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右門捕物帖(うもんとりものちょう)09 達磨を好く遊女

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-9-7 9:11:19  点击:  切换到繁體中文


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 行きつくと幸運でした。早めに帰宅したものか、そこの茶の間の長火ばちの向こうに、どっかりとおおあぐらをかいて、八端はったんのどてらにその醜悪な肉体を包みながら、いかさま上方くだりの絹あきんどといったふうに化け込んで、当のその八つ化け仙次がやにさがっていたものでしたから、右門はずいと座敷へ上がっていきました。
 しかし、上がると同時にちょっとまた意表をついたので。当の相手がそこにのめのめとやにさがっているんだから、すぐにも飛びかかるだろうと思われたのが、意外にも右門はくるりひざをまくると、伝法に長火ばちのこちらへおおあぐらをかいて、同じく伝法に、不意と妙な啖呵たんかをきりだしました。
「八つ化けの仙次さんとやら、お初でござりますね。聞きゃ、こちらへお越しで、いろいろおひざもとを食い荒らしていなさるそうだが、あんたは江戸に、ご家人の右衛門介うえもんのすけっていうならずもののあっしがいることお耳にゃしなかったかね」
 みずから無頼漢と名のる妙な男がぬうとはいってきて、いかにも度胸がよさそうに、いきなりくるりとひざをまくりながら、気味わるくにたりにたりとやって、突然八つ化け仙次とずぼしをさしたものでしたから、相手はおもわずぎょっとなったようでしたが、いっこうにおちつきはらっているのは右門です。度胸のよさがどの程度のものかわからないといったように、にたりにたり笑いながら、ますます伝法なことばをつづけていきました。
「いや、不意にとび込んできたんだから、びっくりなさるなあ無理ゃござんせんがね。なあ、八つ化けの仙次さん、あんたは見くびってのことかしらねえが、江戸のならずものぁ贅六ぜいろくのぐにゃぐにゃたあ、ちっと骨っぷしのできが違ってますぜ。聞きゃ清公をおどかしつけて香箱をまきあげ、あまつさえそこにいるあっしにゃ妹分の薄雪をしつこくつけまわっていなさるというが、こうと聞いちゃあとへ引かねえご家人の右衛門介が、わざわざお越しなすったんだ。ね、おい、八つ化けさん、すっぱり気よく色をつけてもらおうじゃござんせんか」
 いいながら、しきりとじろじろあたりを見まわしました。実は、このじろじろとあたりを見まわしたのが右門流の手なんで、それというのはあの香箱をどこにかくまってあるか、それが第一の懸念だったからです。召し取ることはよいが、相手も相当名を売ったやつなんだから、もし刀にものをいわせるようなことになって、そのまま命を奪ってしまうようなことになれば、せっかく虎穴こけつに入って、貴重な虎児こじを取り逃がしてしまったのでは、また捜し出すまでの手数がいると思われましたものでしたから、召し取るまえにその隠匿個所をつき止めておこうと、そのためにありもせぬご家人の右衛門介にまで化け込んで、何かと時を引き伸ばしながら、じろじろとへや内を見まわしたのでしたが、しかしこういう場合、その目のつけどころがまたあくまでも右門流です。たいていの捕方とりかただったら、品物が品物だからおそらくたんすか長持ちといったような貴重品の入れてある家財道具に着目すべきところを、右門は例のごとくその逆のからめてをたどって、なるべくなんでもなさそうなところ、くだらないちょっとしたところというような個所にばかり、鋭い視線を働かせていきました。
 ――と、はしなくも、その鋭い視線のうちにいぶかしくも映じたものは、床の間の隣の妙な壁です。本式な床なら格別、普通の略式なお座敷であったら、まず一間の床があって、その隣にはからかみ二本の押し入れでもが設けられてあるのがあたりまえですが、しかるに、それなる茶の間の奥の座敷を見ると、床は床であってもその床の隣の押し入れであるべきところが、妙なことに出っ張った土壁なのです。引っ込んだ土壁ならばまだよろしいが、壁をもってふさいだ押し入れのように、そこの一間が出っ張っていたものでしたから、なんじょう右門の慧眼けいがんののがすべき、臭いなと思ってすっくと立ち上がりながら近づいていって、こころみにたたいてみると、果然出っ張った土壁の奥は空洞くうどうらしく、ぼんぼんと陰にこもった響きでありました。
 と――そのとたんです。
「聞いたこともねえ名まえをぬかしやがって、おかしな因縁つけやがると思ったから黙っていわしておいたが、さては八丁堀のやつらじゃな」
 仙次もさる者、それと見破ったもののごとく、がぜん敵意を示してきましたものでしたから、今ぞ莞爾かんじとしてうち笑ったのは右門でした。
「ようやくわかったか。ついでに名まえも聞かしてやらあ。おれがいま八丁堀でかくれもねえむっつり右門だ!」
「うぬッ、きさまだったか。こうなりゃもう百年めだ。黙ってさっき聞いてりゃ、ぐにゃぐにゃの贅六ぜいろくなんかときいたふうなせりふぬかしゃがって、とれるものならみごととってみろッ」
 いうやいなや、かたわらの中わきざしを引きよせて、ぎらり秋水にそりを打たしながら八つ化け仙次が立ち上がったものでしたから、それぞ右門の期したるところ。さらに莞爾としてうちむと、いとも涼しげに言い放ちました。
「無手なら草香流、得物をとらば血を見ないではおかぬ江戸まえの捕方とりかたじゃ、それでも来るか!」
「行かいでどうするッ。いざといわば仕掛けのその壁へかくれて、まんまと抜け裏へ逃げるつもりだったが、そいつを気づかれたんじゃ、八つ化け仙次も運のつきだ。さ、そっちのひょうげた野郎もいっしょにかかってこい!」
 案の定、秘密の壁を右門に発見されたことによって、もう仙次はやぶれかぶれか、庭の土間先に逃げ口をふさぎながらがんばっていた伝六にまでもいどんできたので、伝六の目をむいたこと――。
「ちくしょうッ、おれさまをひょうげた野郎とほざきゃがったな!」
 いうと同時に、手なれの十手をぴたり及び腰に擬しました。
 だが、われらのむっつり右門は、仕掛けの壁をうしろにやくして、ごく泰然自若たるものです。なるべくならば血ぬらさないで、身ぐるみ丸取りにしようと思いましたものでしたから、仙次の腕やいかにと静かにその体へ目を配りました。見ると、浪花表の凶賊と誇称されている八つ化け仙次も、江戸まえの捕物名人むっつり右門の目にかかってはまことにたわいもないので、その小手先に歴然たる大きなすきがあったものでしたから、右門のとっさに抜き取ったるは奥義の手裏剣! 石火の早さでひゅうと飛んでいくと、ぷつりと小手にささりました。と同時に、肉をえぐる痛さで、ぽろり仙次がわきざしを取り落としたものでしたから、飛鳥のように体へはいると、血にぬれたその手をぎゅっとねじ上げたものはおなじみの草香流です。
「バカ野郎! みい! 痛いめに会うじゃねえか!」
 いっしょに莞爾かんじとしたもので――、
「さ、伝六! くくしあげろ」
 そして、その捕縛を命じておくと、なにより香箱の行くえをと、右門はただちに仕掛けの壁をあけるべく、巨細こさいにその構造を点検いたしました。
 と――その目に映ったものは、床柱の横にぽっちりとみえた節のごとき一個のポチです。こころみにそれなるポチを押してみると、果然土壁は、からくり仕掛けの龕燈がんどう返しに、くるりと大きな口をあけました。見れば、いうまでもなくそのうしろには抜け裏がありましたが、それよりも右門の鼻をゆかしく打ったものは、そこのたなの上にあるきりの小箱から発する異香のかおりでしたから、もう以下は説明の要がないくらいで、案の定それなる桐の外箱の中には、南蛮渡りの古金襴こきんらんに包まれて、その一品ゆえに若者清吉をして首をくくらし、遊女薄雪をして単身敵の胸中に入らしめた、豊太閤ゆかりの遺品と称する香箱が秘められてありました。だから、遊君薄雪のおどり上がったのは当然なことで――
「まあ! うれしゅうござります! うれしゅうござります!」
 品物をうけとるやいなや、処女のごとき喜びをみせて、かきいだき占めたものでしたから、右門はなすがままにまかせながら促しました。
「では、早いこと清吉どんに、うれしい顔をみせてあげなさいましよ」
「はい、もうどこへでも参ります。お連れしてくんなまし」
 すでにかいがいしい旅のしたくをととのえて立ち上がりましたものでしたから、右門はくくしあげられている八つ化け仙次に、いやがらせを一ついいました。
「江戸のならずものは、ちっと手口が違うだろ。どうだ、少しは身にこたえたかい。くやしかろうが、きさまの手いけの花も、ついでに憎い恋がたきのところへみやげにするぜ」
 仙次は、いまいましそうに歯ぎしりしたが、むろんもうこれは手遅れなので――その歯ぎしりしたままのやつを、右門は道の途中の自身番へ投げこんでおくと、一路急いだところは八丁堀の組屋敷です。おどろいたのは清吉ですが、自分ではなに一つ密事も打ちあけなかったのに、右門が僅々きんきん一日の間で、胸中を読むこと鏡のごとく、おのれのほしいもののことごとくをそこにみやげとしながら携えかえったものでしたから、前後も忘れて薄雪に取りすがりました。右門はそれをここちよげに見守っていましたが、そのときふと思いついたので、まさにふたりの激発せんとしている愛情をせきとめながら、薄雪に尋ねました。
「そうそう、聞こうと思ってつい忘れていたが、あんたはまたなんで、あんなに達磨だるまなんかがお好きじゃった」
 すると、薄雪はほんのりほおへ紅を散らしたと見えましたが、ちょっと意外なことをいいました。
「今まで三年ごし、どなたにも申しませんだが、だんなさまだから申します。実は、わちきのくるわへ身を売りましたのは、人さまのように、親のためや、恩をうけた主人のためではござりませぬ。もともと生まれおちるからの親なし子でござりましたのを、さるご親切なおかたさまに拾われて成人しましたが、人のうわさに、くるわはおなごにいちばんの苦界と聞きましたゆえ、すき好んでわれとわが身をその苦界に沈めたのでござります」
「それはまた珍しい話を聞くものじゃが、どうしてまた苦界と知って、われとわが身をお沈めなさったのじゃ」
「くるわはおなごの操のいちばん安いところと聞きましたゆえ、その安いくるわでどのくらいまでおなごの操を清く高く守り通されるかためすためでござりました。さればこそ、達磨大師の、面壁九年になぞらえて、わちきも操を守るための修業をしようと、朋輩ほうばいからさげすまれるほど、あのようなひょうげたものの姿を身のまわりにつけていましたが、お恥ずかしゅうござります……ついここの清さんばかりには心からほだされまして、守りの帯も解いてしまいました。――でも、ここの主さんをのぞいては、百万石を積まれてもだれひとりなびいた殿御はござりませぬ。身請けされた仙次さんなぞはいうまでもないこと、一つ家に十日あまり暮らしていても、指一つふれさせないで、主さんにさし上げたこのはだは守り通してござります」
 おどろくべき貞操修業者の告白をきいて、右門はいまさらのごとくにその清楚せいそとした遊君薄雪のあでやかさを見つめていましたが、いつにもないことをふいと感慨深げに漏らしました。
「そうか、それは惜しいことをしたな。そなたのようなかたがいると知ったら、わしも清吉どんの果報に少しあやかればよかったにな――」
 ふたりが恥ずかしげに顔を伏せていきましたので、右門が追っかけていいました。
「さ、もうこれでわしの仕事は終わった。清吉どんは早くもとの無傷なからだになって、今度はふたりで夫婦達磨めおとだるまの修業をする義務があるゆえ、その香箱を携えて、こよいのうちにも上方へともども出立いたされよ」
 なんで若きふたりの喜ばないでいられるべき、おどり狂うようにして右門に感謝の意をのこしながら、すぐと江戸をあとにいたしました。――そのうしろ姿にしぐれそぼふる九月末の、ふけまさった秋の夕やみが、そくそくと迫っていきました。
 右門九番てがらは、かくて終わりを告げるしだいです。





底本:「右門捕物帖(一)」春陽文庫、春陽堂書店
   1982(昭和57)年9月15日新装第1刷発行
入力:tatsuki
校正:Juki
2000年5月24日公開
2005年7月1日修正
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●表記について
  • このファイルは W3C 勧告 XHTML1.1 にそった形式で作成されています。
  • 「くの字点」をのぞくJIS X 0213にある文字は、画像化して埋め込みました。
  • 傍点や圏点、傍線の付いた文字は、強調表示にしました。

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