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右門捕物帖(うもんとりものちょう)16 七化け役者

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-9-7 9:23:48  点击:  切换到繁體中文


     3

 行き向かったところは、むろんのことに、今、名人がいった江戸にただ一人しかないという西条流鏑矢のその弓師、名は六郎左衛門ろくろうざえもん。住居は牛込の河童坂かっぱざか――士官学校があったあの横の坂ですが、河童がここで甘酒屋に化けていたとかいうところからそういう名が起こったのだそうで、家を捜すはこれまた伝六のおはこ。
「だんな、だんな。めっかりましたぜ」
 その河童坂を上りきったところで、てがら顔に呼び招いた声がありましたものでしたから、ただちに駕籠をのりつけさせました。まだ元和げんな慶長ながらの武の道がお盛んな時代ですから、もとより商売はことのほかの繁盛ぶりで、三間間口の表店には、百丁ほどの半弓がずらりと並び、職人徒弟も七、八名――。
 伝六、辰を引き従えてずかずかはいっていくと、
「許せよ。六郎左衛門は在宅か」
 うれしいほどに重々しく鷹揚おうようでした。
 だのに、職人どもがどうしたことかまたぼんくらばかり。いわゆる巻き羽織衆と称して、およそ八丁堀にお組屋敷を賜わっているほどの町方同心ならば、いずれも羽織のすそを巻いて帯にはさんでいるのが当時の風習でしたから、それだけでもひと目見たらわかりそうなのに、とち狂ったのがもみ手をしながらまかり出ると、いらざることをべらべらと始めました。
「いらっしゃいまし、半弓はどの辺にいたしましょう。あちらの十六丁はつげはぜの丸木弓でござります。ちと古風でござりまするが、それがお不向きでござりましたら、こちらが真巻きにぬり重籐しげとう、お隣が日輪、月輪、はずれが節巻きに村重籐むらしげとう。どの辺にいたしましょう」
 のぼせ返って聞きもしないことをまくしたてたものでしたから、鋭い一喝いっかつ
「控えろ。身どもの腰がわからぬか」
「なんでござりましょう」
「手数のかかるやつどもじゃな。これなる巻き羽織が目にはいらぬかときいているのじゃ」
「…………?」
 しかるにもかかわらず、なおぱちくりととち狂っていましたので、ついにずばりと名のりあげました。
「わしがあだ名のむっつり右門じゃ」
 同時にぎょッとなって血の色を失ったのは当然。いずれもぎょうてんしながら青ざめているところへ、騒がずに[#「騒がずに」は底本では「騒かずに」]立ち現われたのは、尋ねるあるじです。年のころは五十かっこう、今がいちばん分別盛りな年配も年配でしたが、諸家諸侯にも出入りのかのう身分がそうさせたものか、さすがに貫禄かんろく品位じゅうぶん、丁重いんぎんに両手をつくと、そらさずにいいました。
「ご高名のだんなさまとも存じませず、徒弟どもがとんだぶちょうほうつかまつりまして、恐縮にござります。てまえがお尋ねの西条流弓師六郎左衛門。ご不審のご用向きはなんでござりましょう」
 いうこともまたおちついているので、だからすぐにもきき尋ねるだろうと思われたのに、しかし、名人は黙念としてまず鋭い一瞥いちべつを与えました。のちの赤穂あこう浪士快挙に男を売った天野屋利兵衛あまのやりへえの例を引くまでもなく、ややもするとこの種の武士表道具に関する探索詮議せんぎには、命を捨てても口を割ろうとしない武士かたぎ男だて気質のめんどうなのが介在することをよく心得ていましたものでしたから、弓師六郎左衛門はたしていかなる人物かと、ややしばし烱々けいけいと鋭く見守っていましたが、べつにうろたえた色も見せず、目の動きもいたって尋常、懸念すべき点はなさそうでしたから、やがてのことに名人のさわやかなことばがずばッと飛んでいきました。
「神妙に申したてねばあいならんぞ」
「ご念までもござりませぬ」
「では、あい尋ねるが、そちの手掛けた西条流半弓一式を近ごろにどこぞの大名がたへ納めたはずじゃが、覚えないか」
「…………」
「黙っているは隠す所存か」
「め、めっそうもござりませぬ。そのようなことがござりましたろうかと、とっくりいま考えているのでござりまするが、――せっかくながら、この両三年、お尋ねのようなことは一度もござりませぬ」
「なに? ないとな! いらざる忠義だていたすと、せっかく名を取った西条流弓師の家名も断絶せねばならぬぞ。どうじゃ、しかとまちがいないか」
「たしかにござりませぬ。てまえは昔から物覚えのよいが一つの自慢。まして、ご大名がたへのご用ならば家の名誉にもござりますゆえ、あらば隠すどころか、進んでも申しまするが、せっかくながら、この三年来、ただの一度もお尋ねのようなことはござりませぬ」
 うそとは思えぬ面ざし向けて、きっぱりと言いきったものでしたから、予想のほかの的のはずれにはたと当惑したのは名人でした。また、これはいかな名人とても当惑するのが当然なので、第一の急所たるべき半弓詮議せんぎに望みが絶えたとならば、残るてだてはいずれもことごとく困難なものばかりです。例のからめて戦法にしたがい、非業の最期を遂げたおへやさまの素姓を洗ったうえで、いかなる恨みのもとにかような所業を敢行したか、そこから手を染めるのが一法。しからずんば、三百諸侯をひとりひとり当たって、西条流半弓の名手といわれる大名をかぎ出すのがまたその一法でしたが、しかるにからめて吟味そのものはすでに品川表のあの一条のごとく、無念ながらご三家ご連枝の威権によって剣もほろろに峻拒しゅんきょされたあとであり、三百諸侯を洗うについては、これまた悲しいことに月とすっぽんどころか、あまりにも身分が違いすぎましたので、さすがの捕物名人も、ことごとくあぐねきってしまいました。
「ちぇッ。しようのねえだんなだな。八丁堀へけえるんだったら、そっちゃ方角ちげえですよ。そんなほうへやっていったら、信州へ抜けちまうじゃござんせんか」
 いわれるほどに道々思いに沈んで、ようようのことにお組屋敷へしょんぼりと帰りつくや、ぐったりそこへうち倒れてしまいました。捕物はじまってここに十六番、かつて見ないほどにも意気悄沈しょうちんのもようでしたから、おこり上戸、おしゃべり上戸とともにいたって泣き上戸の伝六が、おろおろと手放しで始めました。
「ねえ、だんな。――だんなってたら、ちょっと、だんな。しようがねえな。あっしまでが悲しくなるじゃござんせんか。しっかりしておくんなせえよ。――」
 聞き流しながら、知恵も才覚もつき果てたようにややしばしぐったりとなったままでいましたが、しかし、そのうちに名人の手がそろりそろりと、あごのあのまばらのひげのところへ持っていかれました。ここへ静かに手先が伸びていくと、曇った空がたいていのとき晴れだすのが普通でしたから、それと知って、今のさっきまでの泣き上戸伝六が、たちまち喜び上戸に早変わりしたのはいうまでもないことです。
「おッ。みろみろ、辰ッ。もぞりもぞりとおはこが出かかったから、静かにしろよ。あのつんつんとひっぱるやつがお出なさりゃ、じきに知恵袋の口があくんだからな」
 と――いうかいわないうちに、果然、むくりと起き上がるや、微笑とともにあいきょう者へ、朗らかなところが飛んでいきました。
「な、伝六ッ」
「ありがてえ! 出ましたか!」
「出ねえでどうするかい。おれともあろうものが、とんだおかたのいらっしゃることを度忘れしていたもんじゃねえか。こういうときのお力にと、松平伊豆守様というすてきもないうしろだてがおいでのはずだよ」
「ちげえねえ。ちげえねえ。じゃ、老中筆頭というご威権をかりて、まっさきに尾州様へお手入れしようっていうんですね」
「と申しあげちゃ恐れ多いが、身分の卑しさには、それより道がねえんだ。三百十八大名をかたっぱし洗って、西条流半弓のお手きき殿さまをかぎつけることにしてからが、同心やおかきじゃ手が出ねえんだからな。こういう場合の伊豆守様だよ」
「大きにちげえねえや。それにまた、松平のお殿さまだって、お自分がお出迎えのさいちゅうにあんな騒動が降ってわいたんだからね。今まで、だんなにおさしずのねえのが不思議なくらいですよ」
「だから、まずおまんまでもいただいて、ゆるゆると出かけようじゃねえか。さっき品川でかに酢をどうとかいったっけが、ありゃどうしたい」
「ちぇッ。これだからあっしゃ、だんなながらときどきあいそがつきるんですよ。十ばかりさげてけえりましょうかといったら、とてつもなくしかりつけたじゃござんせんか。もういっぺんあごをなでてごらんなせえな」
「ほい。そうだったかい、今度は一本やられたな。じゃ、ちっとじぶんどきがはずれているが、いつもおかわいがりくださる伊豆守様だ。あちらでおふるまいにあずかろうよ」
 いいつつ、蝋色鞘ろいろざやを腰にしたとき――、表であわただしくいう声がありました。
「ご老中さまから火急にお差し紙でござります」
「なに! 伊豆守様からお差し紙が参ったとな――伝六ッ。なにかご内密のお力添えかもしれぬ、はよう行けッ」
 今、お力を借りに行こうといったその松平のお殿さまから、それも火急のご書状といいましたので、いかで伝六にちゅうちょがあるべき、――ねずみ舞いをしながら出ようとすると、四尺八寸のお公卿くげさまが、いたってまめやかでした。のどかな顔をしながら、ちょこちょこと飛んでいったようでしたが、すでにそこへうやうやしくお差し紙をいただいて帰りましたものでしたから、取る手おそしと開いてみるに、そもいったいなんとしたものでありましたろう!
「――ただいま尾州家より家老をもって内々のお申し入れこれあり、品川宿の一条に対する詮索せんさく詮議せんぎ爾今じこん無用にされたしとのことにそうろう条、そのほう吟味中ならば手控えいたすべく、右伝達いたし候。
松平伊豆守
近藤右門へ」
 意外にも吟味差し止めのいかめしやかなお書状でしたから、晴れたと見えたのもつかのま、この世の悲しみを一度に集めたごとく青々と面を青めると、力なく言い捨てました。
「伝六。床を敷け」
「…………」
「何を泣くんだ。泣いたって、しようがねえじゃねえか。早く敷きなよ」
「でも、あんまりくやしいじゃござんせんか」
「身分が低けりゃしかたがねえんだ。なんぞ尾州様におさしつかえがおありなさるんだろうから、早く敷きなよ」
「じゃ、辰とふたりでお口に合うものをこしれえますから、おまんまだけでも召し上がってから、お休みくだせえましな」
「胸がつかえて、それどころじゃねえんだ。世の中があじけなくて、生きているのもこめんどうになったから、早く敷いて寝かしてくれよ」
 悲しげに横たわると、そのまますっぽり夜具の中に面をうめてしまいました。


 

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