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右門捕物帖(うもんとりものちょう)34 首つり五人男

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-9-7 9:54:14  点击:  切换到繁體中文


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 呉服後藤に金座後藤、橋をはさんで向かい合っているふたりの後藤が自慢の金で掛けた橋だから、五斗と五斗とをあわせて一石橋と名がついたというお江戸名代の橋です。
 この橋たもとに、総格子そうこうし六間の間口を構えて、大奥御用呉服所と染めぬいた六間通しののれんが、ほりから吹きつける風にはたはたとはためきながら、見るからにいかめしい造りでした。
 もちろん、お客も町人下賤げせんの小切れ買いではない。城中お出入りの坊主衆、大奥仕えの腰元おつぼね、あるいはまたお旗本の内室といったような身分由緒ゆいしょのいかめしいお歴々ばかりなのです。
 駕籠を乗りつけて、ずいとはいっていくと、黙って名人は八丁堀目じるしの巻き羽織をひねってみせました。
「あっ、なるほど。わかりました。おしらべの筋は?」
「これじゃ」
 手にしていたひとそろいをどさりと目のまえへ投げ出しながら、むだをいわずに三蓋松さんがいまつの紋を指さしました。
 店の者もまた、ここらあたりに勤めている手代となると、諸事むだがないのです。たもとの裏の絹糸をしらべて、自分のところで仕立てた品であるのをたしかめると、大きな横帳をしきりに繰っていたが、ようやく捜しあてたとみえて、声をひそめながら答えました。
「たしかにござります。先月の二十一日にご注文うけまして、当月二日にお届けいたしました品でござります」
「注文主はだれじゃ」
「ちとご身分のあるおかたでござりまするが」
「承知のうえでしらべに参ったのじゃ。奥仕えのお腰元か」
「いいえ、奥ご医師でござります」
「ほほう、お脈方とのう。しかし、ご医師にもいろいろある。お外科、お口科、お眼科。お婦人科。いずれのほうじゃ」
「いいえ、お鍼医はりいの吉田法眼ほうげんさまでござります」
「当人か」
「ご後室さまでござります」
「なに、ご後室とのう。なるほど、そうか。やはり、女だったか! 住まいはいずれじゃ」
「法眼さまがおなくなりになりましてから二年このかた、小石川の伝通院裏にご隠宅を構えて、若党ひとりを相手に、ご閑静なお暮らしをしていらっしゃるとかのことでござります。この品もそちらへお届けいたしました」
「よし、わかった。口外するでないぞ。――駕籠屋かごや! 伝通院裏じゃ」
 なぞの道は、はしなくも紅糸二本から解けかかってきたのです。
「ありがてえね。ちゃんとこういうふうに骨を拾ってくださるんだからな。お眠くはござんせんかい。お疲れなら肩でももみましょうかい」
「つまらねえきげんをとるな。駕籠に乗って肩がもまれるかい」
「いいえね、もめねえことは万々わかってるんだが、気は心でね。これでもあっしゃ精いっぱいおせじを使っているんですよ。――そらきた。伝通院の裏に二つはねえ。あの三軒のどれかですぜ」
 たぶんそのあたりだろうと見当をつけていってみると、案の定、いちばん奥が捜し求めたその隠宅でした。隠宅というとふた間か三間の小さな家にきこえるが、法眼ほうげんといえば位は最上、ろくは百五十石、はぶりをきかした大奥仕えのお鍼医はりいの未亡人がこの世を忍ぶ住まいです。門の構え、広い庭、むしろ邸宅といいたいような広大もない住まいでした。
 その広い庭の中を通りがかりに、建仁寺垣けんにんじがきのすきからひょいとみると、人影がある。
 女です。
 切りさげ髪に、紫いろの被布を着て、今をさかりに咲きほこっている菊の中を、しゃなりくなりとさまよっている様子は、まさしく当のご後室でした。
 だが、いかにも変な女なのです。
 たしかにホシとにらんだお高祖頭巾の女は二十七、八のべっぴんといったのに、伝六のしてやられた男も同じ二十七、八ののっぺりとしたやさ男だったというのに、これはまた似てもつかぬ四十すぎの大年増おおどしまなのでした。そのうえに肉はでっぷり、顔は寸づまり、押せばぶよんと水気が出そうなほどにもあぶらぎって、どんなにうまく化けたにしても、とうていやさ男なぞに化けきれるような女ではないのです。
「ちくしょうめ、さあいけねえぞ。鯨の油につけたって、いちんちひと晩でこうはこやしがきかねえんだ。くやしいね、急にまた空もようが変わりましたぜ」
「ちっとあぶら肉が多すぎるな」
「おちついた顔をしている場合じゃねえんですよ。たしかにこの隠宅へあの三蓋松さんがいまつのひとそろいを届けたというからにゃ、首尾の松の首っつりもこの家のうちに根を張っているにちげえねえんだ。お城御用まで承る後藤の店でうそをつくはずはねえ。乗り込んで、ひと洗い洗ったらどうでござんす」
「やかましい! だれだッ。そんなところでがんがんいうやつあ!」
 そのとき、ぬっと門わきの下男べやからのぞいた顔がある。
 三十四、五のふてぶてしい男でした。後藤の店で話した若党にちがいないのです。
 伝六の目から、当然のごとくに火が飛びだしました。
「がんがんいうやつたア何をぬかしゃがるんだ。人を見てものをいいねえ! うぬアこのうちの下っぱか!」
「下っぱならどうだというんだ。これみよがしに十手をふりまわしているが、うぬア、不浄役人の下っぱか!」
「野郎。ぬかしたな! 不浄役人の下っぱたアどなたさまに向かっていうんだ。詮議せんぎの筋があって来たんだ。うぬのうちア三蓋松か!」
「知らねえや。とちめんぼうめ! かりにも法眼ほうげんの位をいただいたおかたさまのご隠宅なんだ。うぬらごとき不浄役人の詮議うける覚えはねえ。用があったら大目付さまの手形でも持ってきやがれッ。ふふんだ。ひょうろく玉めがッ」
「野郎ッ。おっそろしく口のわるい野郎だな。まてまて、かっぱ野郎ッ。用があるんだ、待ちやがれッ」
 おこぜのようになって追いかけようとしたのを、
「よしな! 伝六ッ」
 うしろから名人が静かに呼びとめて、あれを見なというように、にやりとやりながら、あごでそこの下男べやの中をしゃくりました。
 ちょうちんがあるのです。
 それも三張り。
 ただのちょうちんではない。
 三張りともに、深川、船宿、於加田おかだ、と抜き字の見えるなまめいたちょうちんが、無言のなぞを包んで下男べやの壁につりさがっているのです。
「へへえ、そうか。なるほどね」
 伝六の目もにやりと笑いました。いかに血のめぐりが大まかにできていたにしても、これを見ては不審がわかないというはずはない。詮議や手入れを拒むほど、位におごる法眼の隠宅に、なまめいた船宿のちょうちんなぞのあることからしてが、すでにふつりあいなのです。ましてや、深川の船宿といえば、男女忍びの出会いの茶屋を看板の穏やかならぬ料亭でした。そのちょうちんが、しかも三張りもあるところをみると、切りさげ髪に紫被布で行ない澄ましていたあのご後室が、若党を供にしばしば忍んでいって、そのたびに借りて帰ったものが、いつとはなしに三張りもたまったものに相違ないのです。
「かっぱ野郎、ほえづらかくなよ。このとおり、おっかねえうしろだてがおつきあそばしていらっしゃるんだ。駕籠ですかい」
「決まってらあ。一眼去って一眼きたるたアこのことよ。早くしな」
 乗ると同時に、目ざしたのはその深川でした。
 暮れるに早い秋の日はもう落日が迫って、七橋ななはし八橋やはし七堀ななほり八堀やほりと水の里の深川たつみが近づくにしたがい、大川端おおかわばたはいつのまにかとっぷりと夕やみにとざされました。
 さむざむと冷え渡って冷えは強いが、冷えればまた冷えたで相合いこたつのさし向かい、忍びの夢路の寝物語。はだのぬくみを追って急ぐ男と女の影が、影絵のように路地から路地をぬって歩いて、秋深い辰巳たつみの右左、またひとしおのふぜいです。
「ちくしょうッ、ふざけてらあ。ちょろりと今ふたり、天水おけの陰へかくれましたよ。あんなところでちちくるつもりにちげえねえですぜ」
「そんな詮議に来たんじゃねえ。於加田おかだを捜しているんだ。早く見つけなよ」
「いいえ、物事は総じてこまかく運ばねえと、とかくしりがぬけるんだ。ある! ある! あのかどにあるのがそうですよ」
 ぐいと大川からこっちへ切りこんでいる小堀こぼりのかどの出っ鼻に、なるほど於加田と書いたあんどんが、ゆらめく水に灯影ほかげを宿して見えました。
 むろん、すぐにも詮議せんぎに押し入るだろうと思われたのに、つねに周到綿密、目の光らせどころにそつがないのです。家のまわり、川筋の様子、何か不審はないかと、そこの小陰にたたずみながら目を光らせました。
 同時に、名人のからだが、はっとなったように泳ぎだしました。
 あるのです。
 不思議な船が、大川岸に四そう、小堀の中に三そう、人待ち顔につないであるのです。
 それもただの不思議ではない。七艘ともにしめなわを張って、どの舟の船頭もまた一様に同じしめなわを腰へ巻きつけ、人目にたたぬように船龕燈ふながんどうをそででおおいながら、いまかいまかと舟宿から出てくる客を持ちうけている様子でした。
「ほほう、そろそろとにおってきたな。うなぎのにおいだか、めざしのにおいだか知らねえが、ただのにおいじゃねえようだぜ。引っこんでな! ひょこひょことそんなところへ顔を出すなよ!」
 しかって、ぴたり、へいぎわへ身をよせた主従の耳へ、船宿の裏二階から小さくそっと呼んだ小女の声が聞こえました。
「船頭さん、おしたくは?」
「いつでもいいよ」
「そう。じゃ、はぎの間のお客さんからお送りするからね。順々にこっちへ舟をたのみますよ」
 ギイギイと、艫音ろおとをころしながら忍び寄ってきたのといっしょに、板べいがぽっかりと口をあけて、案内の小女のあとから、あたりをはばかりはばかり、女の姿が現われました。
 十七、八の、まだ肩あげもとれないような下町娘なのです。
「いってらっしゃいまし。どうぞごゆっくり。船頭さん、しっかりたのむよ」
「おいきた。だいじょうぶだよ」
 拾いこむようにして娘を乗せると、奇怪な舟は艫音を急がせながら、ぐんぐんと大川を上へのぼりました。
 入れ違いにまたひとり。
 しかし、今度は三十すぎた奥方ふうの女です。
「ごゆっくりどうぞ……」
 送り出したあとから、またひとり女の姿が、黒板べいの口をくぐって現われました。さらに年のふけた五十近い金持ちの後家らしい女です。
 その舟も同じように、艫音を急がせながら、忍びやかに大川を上へ上へとのぼりました。
 つづいてまたひとり。
 これは二十二、三のあだっぽい鉄火者でした。
 あとから女がまたひとり。
 入れ違いに、やはり女がまたひとり。
 最後に出てきた女は、まさしくどこかのお屋敷勤めの腰元らしい中年増ちゅうどしまです。
 名人右門の目は、電光のように輝きました。
 いってらっしゃい。ごゆっくりどうぞ、と意味ありげにいった声も奇怪です。出てきた七人が七人ともに女ばかりだったのも奇怪です。
 そのうえに、舟はいっせいに上へ上へと前後して川をのぼりました。
 しかも、舟にはしめなわが張ってあるのでした。
 船頭の腰にもまた奇怪なことにしめなわが見えました。
 船頭!
 船頭!
 首尾の松につるしてあったのも、まさしくその船頭なのです。
「舟だ。急いで一丁仕立てろッ!」
「がってんでござんす」
 車輪になって伝六が見つけてきた二丁艫にちょうろ伝馬てんまに飛び乗ると、
「あの七艘じゃ。見とがめられぬよう追いかけろッ」
 ぴたりと舟底に身をつけて、見えがくれにあとを追跡しました。
 それとも知らず、七艘の不思議な舟は、不思議な女をひとりずつ乗せながら、艫音をころして岸伝いにひたすら上へ上へと急ぎました。
 永代橋をくぐって新大橋、新大橋をくぐって両国橋、やがてさしかかってきたのは、なぞのあの五人をつるしてあった首尾の松です。
 十日の月が雲をかぶって、大川一帯はおぼろよいの銀ねずみでした。
 前後しながらのぼっていった奇怪な舟は、その首尾の松へさしかかると、七艘ともに、するりとへさきを右へ変えて、そこの横堀よこぼりを奥へ、ぐんぐんと進みました。
 右は松前志摩守しまのかみ、左は小笠原おがさわら家の下屋敷、どちらを見ても、人影一つ灯影ほかげ一つ見えない寂しい屋敷ばかりで、突き当たりはまた魔の住み家のような、広大もない本所お倉の高い建物なのです。
 突き当たって右へ折れると、舟のはいっていったところがまたいかにも奇怪でした。寺のようにも見えるのです。お宮のようにも見えるのです。見ようによっては御殿のようにも見えるのです。その不思議な建物の中へ、右の水門から一艘、左の水門から一艘というふうに、時をおいては順々に姿を消しました。
「はてね。お待ちなさいよ」
 しきりと首をひねっていたが、たまには伝六も金的を射当てることがあるのです。
「あれだ、あれだ、この建物アたしかにお富士教ですよ」
「えらいことを知っているな。どこで聞いたんだ」
「七つ屋ですよ。質屋のことをいや、だんなはまたごきげんが悪くなるかもしれねえが、床屋と質屋と銭湯と、こいつア江戸のうわさのはきだめなんだ。こないだ一張羅いっちょうらを曲げにいったとき、番頭がぬかしたんですよ。世間が繁盛すると、妙なものまでがはやりだすもんです。近ごろ本所のお蔵前にお富士教ってえのができて、たいそうもなく繁盛するという話だがご存じですかい、とぬかしたんでね。御嶽おんたけ教、扶桑ふそう教といろいろ聞いちゃおるが、お富士教ってえのはあっしも初耳なんで、今に忘れず覚えていたんですよ。本所のお蔵前といや、ここよりほかにねえんだ。まさしくこれがそのお富士教にちげえねえですぜ」
「どういうお宗旨だかきいてきたか」
「そいつが少々おかしいんだ。お富士教ってえいうからにゃ、富士のお山でも拝むんだろうと思ったのに、心のつかえ、腰の病、気欝きうつにとりつかれている女が参ると、うそをいったようにけろりと直るというんですよ」
「道理でな、女ばかりはいりやがった。それにしても、ご信心のお善女さまが、遠い川下の船宿からこっそり通うのがふにおちねえ。まして、夜参りするたアなおさら不思議だ。どこかにはいるところはねえか捜してみな」
 しかし、どこにもない。あっても、門はぴしりと締まって、水門から消えた舟もはいったきり、その水門もまたぴたりと締まって、へいをのり越えるよりほかに、中へ押し入る道はないのです。
「めんどうだ。えてのまねをしてやろうぜ。船頭、舟をあの横の石がきへつけなよ」
 ひらりと飛びうつると、えっとばかり気合いをころして身をおどらせながら、築地ついじづくりの高べいへ片手をかけたかとみるまに、するするとぞうさもなくよじのぼりました。その足につかまって、伝六もよたよたとよじのぼりました。
 中は予想のほかに広いのです。
 拝殿らしいのが前にひとむね
 内陣とおぼしき建物がその奥にひと棟。
 渡殿わたどの、回廊、社務所、額殿がくでん祓殿はらいでん、それに信者だまり、建物の数は七、八つも見えました。内庭にはまた水門から堀がつづいて、船頭たちはどこへ姿を消したか、ぬしのないしめなわ舟がなぞのごとくに見えました。
 かねもきこえるのです。
 鈴の音も、しょう篳篥ひちりきの音も、そうかと思うと太鼓の音がどろどろどんどんと伝わりました。
 なんの祈祷きとうか、祈りがもう始まっているらしいのです。その音をたよりに、名人は一歩一歩と八方へ心を配りながら、拝殿近くへ忍び寄りました。
 同時に、ぴかりと目が光った。
 張りめぐらしてある幔幕まんまくに、あの三蓋松さんがいまつの紋どころが見えるのです。
 つるしてある大ちょうちんにも同じ紋が見えるのです。
「におってきたな。出るな! 出るな! 飛び出して姿を見られたら、あとの手数がかからあ。こっちへ隠れてきなよ」
 影を見とがめられないように身を隠しながら、拝殿へ近づくと、回廊にそっと上がって、やみの中から目を光らしました。
 ぼうとぶきみにまたたいている燈明のあかりの下に、楽人たちの姿は見えるが、肝心の信者の姿は、舟で消えたあの女たちの姿は、ひとりも見えないのです。
「じれってえね。どこへもぐりやがったろうね」
「黙ってろ」
 目まぜでしかりながら、息をころして身をひそませていたその目のさきへ、ぽっかりと内陣の奥から人影が浮き上がりました。
 女です。船宿の裏で見かけたあの金持ちの後家らしい大年増でした。何がうれしいのか、厚ぼったいくちびるに、にったりとしたみを浮かべて、目が怪しく輝き、その両ほおにはほんのりとした赤みが見えました。
 追うように、そのあとからもう一つぽっかりと、同じ内陣の奥から人影が浮きあがりました。
 やはり女です。
 同時でした。伝六がつんとそでを引いてささやきました。
「ちくしょうッ、あれだ、あいつだ。たしかに、あのお高祖頭巾こそずきんの女ですぜ」
「なにッ、見まちがいじゃねえか」
「この目でたしかに見たんです。年かっこう、べっぴんぶりもそっくりですよ」
 いかさま年は二十七、八、髪はおすべらかしに、のはかまをはいて、紫綸子りんずの斎服に行ないすました姿は、穏やかならぬ美人なのです。
 肩を並べて拝殿横の渡殿までやって来ると、魅入るような目を向けて大年増に何かささやきながら、暗い裏庭へ送りこんでおいて、合い図のように渡殿の奥をさしまねきました。
 同時に、いそいそと渡殿を渡りながら出てきた影は、たしかに十七、八のあのういういしい下町娘です。
 待ちうけながら、同じ魅入るような目で笑いかけると、何が恥ずかしいのか、ぱっとほおに朱紅を散らした娘の肩をなでさするようにして、すうとまた、いま出てきた内陣の奥へ消えました。
「ふふん。とんだお富士教だ。おいらの目玉の光っているのを知らねえかい。おまえにゃ目の毒だが、しかたがねえや。ついてきな」
 とっさになにごとか看破したとみえて、むっくり身を起こすと、ちゅうちょなくそのあとを追いました。
 内陣の裏には、奇怪なことにも、小べやがあるのです。
 杉戸が細めにあいて、ちかりとあかりが漏れているのです。
 しかも、小べやのうちにはなまめいた几帳きちょうがあって、その陰からちらりと容易ならぬ品がのぞいているのです。
 夜着とまくらなのでした。
「たわけッ。神妙にしろッ」
 がらりとあけると同時です。
 すさまじい啖呵たんかの突き鉄砲をやにわに一発くらわせました。
「むっつりの右門はこういうお顔をしていらっしゃるんだ。ようみろい!」
 えッ、というようにのはかまがふり向きながら、あわてて夜着を几帳の陰に押しかくそうとしたのを、
「おそいや! たわけッ、ぴかりとおいらの目が光りゃ、地獄の一丁目がちけえんだ。じたばたするない!」
 血いろもなくうち震えている娘をはねのけるようにしてまずうしろへ押しやっておくと、ぬっと歩み寄ってあびせました。
「化けの皮はいでやろう! こうとにらみゃ万に一つ眼の狂ったことのねえおいらなんだ。うぬ、男だな!」
「何を無礼なことおっしゃるんです! かりそめにも寺社奉行じしゃぶぎょうさまからお許しのお富士教、わたしはその教主でござります。神域に押し入って、あらぬ狼藉ろうぜきいたされますると、ご神罰が下りまするぞ!」
「笑わしゃがらあ。とんでもねえお富士山を拝みやがって、ご神罰がきいてあきれらあ。四の五のいうなら、一枚化けの皮をはいでやろう! こいつあなんだ!」
 ぱっと身を泳がせると、胸を押えました。
 乳ぶさはない。
 あるはずもないのです。
 身をよじってさからおうとしたのを、
「じたばたするねえ。もう一枚はいでやらあ。こいつアなんだ」
 草香流片手締めで締めあげながら、ぱっと斎服をはぎとりました。三蓋松さんがいまつのあの紋が下着に見えるのです。
幔幕まんまくも三蓋松、これも三蓋松、大御番組のあき屋敷に脱ぎ捨てた着物の紋どころも同じこの三蓋松だ。小石川伝通院裏吉田法眼ほうげん様のご後室へ、たしかに三蓋松の紋つきちりめんをひとそろいお届けいたしましたと、呉服後藤の店の者がいってるんだ。あのあぶらぎったご後室もご利益うけている信者に相違あるめえ。ちりめんのあのひとそろいも、お賽銭さいせん代わりにうぬへ寄進した品にちげえねえんだ。北鳥越の一件もうぬの小細工、首尾の松の一件も同じうぬの小細工、これだけずぼしをさせば、もう文句はあるめえ。どうだ、すっぱり吐きなよ」
「…………」
「吐かねえのかい! むっつり右門にゃ知恵箱、啖呵たんかの小ひき出し、女に化ける手だけはねえが、たたみ文句の用意はいくらでもあるんだ。これだけの狂言をうつからにゃ、うぬもただのねずみじゃあるめえ。男らしく恐れ入ったらどんなもんだ」
 せつなでした。
「しょうがねえや。いかにもどろを吐きましょうぜ」
 にたりと笑ったかと思うと、果然男だったのです。目は険を帯び、まゆに、顔に、あやしい殺気がわいたかと見るまに、がらりとすべての調子が変わりました。
「江戸の女をもう二、三百人たぶらかそうと思ったが、何もかも洗ってこられちゃしかたがあるめえ。いかにも首尾の松へ五人の船頭をしめ殺してつりさげたのはこのおれだ。自身番からあの夜ふけ盗み出したのもこのおれの細工だ。しかし、ただじゃ年貢ねんぐを納めねえんだ。ひょっくり右門。これでもくらえッ」
 さっと立ち上がると、懐中奥深く忍ばしていたドスを抜き払って、名人の脾腹ひばら目がけながら突き刺しました。と見えたのは一瞬です。
「見そこなうなッ。草香の締め手を知らねえのかい!」
 声といっしょにぎゅっとドスもろともそのきき腕をねじあげたかとみるまに、ぐっとひと突き、こぶしの当て身がわき腹を襲いました。
「おとなしく寝ろい。慈悲を忘れたことのねえむっつり右門だが、今夜ばかりゃ気がたってるんだ。伝六、早くこいつを始末しな」
「いいえ、そ、そ、それどころじゃねえんだ。ほらほら、あいつも逃げた、こっちも逃げやがった。女も、船頭も、太鼓野郎も、みんなばらばらと逃げだしたんですよ。手を! 手を! ひとりじゃ追いきれねえんだ。はええところてつだっておくんなせえよ」
「そんなものほっときゃいいんだよ。根を枯らしゃ、小枝なんぞひとりでに枯れらあ。息を吹きかえさねえうちに、この赤い芋虫を舟まで背負ってきな」
 どさりと投げ出すようにこかし込んだのを待ちうけて、舟は二丁艫をそろえながらギイギイとこぎだしました。
「女も女だね。こんな野郎にだまされたとなりゃ、くやしくならあ。――生き返るにゃまだはええや! ついでに、おれがもう一本十手の当て身をくらわしてやらあ。もう少し長くなってろい!」
 伝六も今夜ばかりは気がたっているとみえるのです。
「つら見るのも、ふてえ野郎だ。それにしても、なんだって野郎め、船頭を五匹も絞めやがったんですかね。盗んで掛け直したところがわからねえんですよ」
「決まってるじゃねえか。金と女を両天秤てんびんにかけて、こんなあくどい狂言をうったんだ。手先に使っておったあの五人の川船頭が、漏らしてならねえ秘密を漏らしそうになったんで、荒療治をやったのよ。掛け直したのは、残った船頭たちへの見せしめさ。もっと理詰めで考えるけいこをしろい」
「なるほどね、大きにそれにちげえねえや。久方ぶりに、だんなも荒療治をおやんなさいましたな」
「あたりめえだ」
 吐き出すようにつぶやくと、毒手にかかった女たちをあわれむように、黙々と目をとじました。





底本:「右門捕物帖(四)」春陽文庫、春陽堂書店
   1982(昭和57)年9月15日新装第1刷発行
入力:tatsuki
校正:kazuishi
2000年3月13日公開
2005年9月24日修正
青空文庫作成ファイル:
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