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十万石の怪談(じゅうまんごくのかいだん)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-9-7 10:14:41  点击:  切换到繁體中文


         四

 勿論もちろん千之介の駈け込んでいったのはそのお長屋だった。
「いるか!」
「…………」
「どこじゃ!」
「…………」
「どこにおるか!」
 叫んだつもりだったが、声になって出なかった。五体をふるわし、唇をわななかせ乍ら躍り込んでいった千之介の、血走っているその目にはっきり映ったのは、ほの暗い短檠たんけいの灯りをあび乍ら、こちらに背を見せて坐っていた妻の姿である。
 髪が乱れているのだ!
 針箱も側にあるのだ!
「不、不義者めがっ」
 叫ぶのと抜いたのと同時だった。――シュッと血しぶきを噴きあげ飛ばして、若く美しかったその妻は一言の言葉を交わし放つひまもなく、どったりと前のめりにうっ伏した。
 その血刀ちがたなひっさげたまま千之介は、隣りつづきの林田門七のお長屋目ざしつつ駈け出すと、物をも言わず躍り入りざま、そこに今別れたばかりの門七が立て膝し乍ら、灯りに油をさしていたのを見かけてあびせかけた。
「不、不義者めがっ」
 ののしったのと斬ったのと同時だった。スパリ、冴えた一刀があの憎らしくも悩ましい片袖もろ共左腕をそのつけ根から斬って放った。――だが刹那である。林田門七もさる者だった。左腕を斬って放たれ乍らも右手めて一つで咄嗟とっさに抜き払ったその一刀が、ぐさりと千之介の腰車こしぐるまに喰い入った。
 そうして言った。おどろいたように言った。
「おう! 千之か! 誰かと思うたのにおぬしだったか!」
「お、おぬしだったかがあるものか! 妻を盗んだ不埒者ふらちものめがっ。千之が遺恨のやいば、思い知ったか」
「そ、そうか! では、では、お身、今の話をまことと信じたか!」
「なにっ。う、嘘か! 嘘じゃと申すか」
「嘘も嘘も真赤な嘘じゃわ! あの貞女が何しにそんないたずらしようぞ! 袖の破れを縫うて貰うたは本当のことじゃが、あとのことは、みなつくり事じゃわ!」
「油のしみはどうしたのじゃ! その片袖の油の匂いはどうしたと言うのじゃ!」
「縫うて貰うているすきに知りつつ細工したのじゃわ。それもこれもみなおぬしに、武道の最期、飾らせたいと思うたからじゃ。女ゆえに見苦しい振舞でもあってはと――そち程の男に、女ゆえ見苦しい振舞いがあってはと、未練をすてさせるために構えていた嘘であったわ」
「そうか! そうであったか! はやまったな! 斬るとは逸まったことをしたな……」
「俺もじゃ。この門七も計りすぎたわ。その上、おぬしと知らずに斬ったは、俺も逸まったことをしたわ……」
 嘆き合っているとき、突如、夜陰の空にこだまして、ピョウピョウと法螺ほらがひびき伝わった。
 あとから、鼕々とうとうと軍鼓の音が揚った。――同時に城内くまなくひびけとばかりに、叫んだ声が流れ伝わった。
「出陣じゃ! 出陣じゃ!」
にわかに藩議がまとまりましたぞう!」
「会津へ援兵と事決まりましたぞう!」
「出陣じゃ! 出陣じゃ!」
 きくや、手負いの二人は期せずして目を見合せ乍ら言った。
「千之!」
「門七!」
「無念じゃな……」
「残念じゃな……」
「ここで果つる位ならば、本懐遂げて死にたかったわ」
「そうよ、華々しゅう斬り死にしたかったな」
「許せ。許せ」
「俺もじゃ。せめて見送ろう!」
「よし行こう!」
 左右からい寄ると、血に濡れ、あけに染みた二人はひしと力を合せて抱き合いつつ、よろめきまろぶようにし乍ら、ようやく表の庭先まで出ていった。
 同時に二人の目の向うの、月光散りしく城内はるかの広場の中を騎馬の一隊に先陣させた藩兵達の大部隊が軍鼓を鳴らし、法螺ほらを空高く吹き鳴らし乍ら、二りゅうの白旗を高々と押し立ててザクザクと長蛇のごとく勇ましげに進んでいった。
 それをお物見櫓ものみやぐらの上から見おろし乍ら、よろこばしげに君侯の呼ばわり励ます声が、冴えざえと青白く冴えまさっている月の光の中を流れて伝わった。
「行けい!」
「行けい!」
「丹羽長国の名を恥かしめるでないぞ!」
「行けい!」
「行けい!」
「二本松藩士の名をけがすでないぞ!」
「行けい!」
「行けい!」
 ききつつ二人が言った。
「御本懐そうよのう」
「御うれしげじゃのう」
 言い乍ら、ふいと門七が思い当ったとみえて、ぞっとなったように身ぶるいさせ乍ら言った。
「あれじゃ! 千之! 崇ったぞ! あの怪談話したゆえの崇りに相違ないぞ!」
「のう! ……」
 ガックリと首を垂れて、断末魔の迫って来た二人の目に、青白い月光の下を静かに流れ動いて行く二旒の白旗が大きな二本の歯のように映った……。





底本:「小笠原壱岐守」大衆文学館文庫、講談社
   1997(平成9)年2月20日第1刷発行
底本の親本:「佐々木味津三全集10」平凡社
   1934(昭和9)年発行
初出:「中央公論 二月号」
   1931(昭和6)年発行
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。
入力:大野晋
校正:noriko saito
2004年11月1日作成
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