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旗本退屈男(はたもとたいくつおとこ)03 第三話 後の旗本退屈男

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-9-7 10:20:11  点击:  切换到繁體中文


       二

 行ってみると、予期せぬ災禍(さいか)に会って落馬した古高新兵衛は、場内取締りの任に当っていた町方役人七八人と、同藩家中の藩士達両三名に守られながら、必死と介抱手当をうけているところでした。
 然るに、これが先ず第一の不審でした。よし重量のある鉄扇で急所の脾腹(ひばら)を襲われたとしても、距離は少なくも六七間以上離れた遠方からでしたから、どんなに心得ある達人が打ったにしても、鉄扇の一撃ぐらいでそう造作なく落命する筈はあるまいと思われたのに、意外やすでに古高新兵衛の生命(いのち)は、この世のものでなかったので、介抱手当に当ったものの打ち驚いたのは言う迄もないことでしたが、退屈男も殊のほか不審に打たれて、移すともなく目を移しながら、ふとそこにつながれている新兵衛乗馬の黒鹿毛にまなこを注ぐと、こはそも奇怪! ちらりと目についたものは、鎧(あぶみ)の外に、ベっとり流れ垂れている紛れなき生血です。
「ほほう。鉄扇をうけた位で、生血が垂れているとは少し奇怪じゃな」
 勃然として大きな不審が湧き上がりましたので、うろたえ騒いでいる人々を押し分けると、構わずにずいと死骸の傍らへ近よりました。
 と知って、町方役人共が、要らぬおせっかいとばかりに鋭く咎めました。
「用もない者が、誰じゃ誰じゃ! 行けッ。行けッ。あちらへ行かぬかッ」
 見ただけでも分りそうなものなのに、悉く逆上しきっているのか、二度も三度も横柄(おうへい)に役人風を吹かしましたので、仕方なくあの傷痕を静かにふりむけると、微笑しながら言いました。
「わしじゃ、分らぬか」
「おッ。早乙女の御殿様でござりまするな。この者、御前の御身寄りでござりますか」
「身寄りでなくば、のぞいてはわるいか」
「と言うわけではござりませぬが、お役柄違いの方々が、御酔狂にお手出しなさいましても無駄かと存じますゆえ、御注意申しあげただけにござります」
 素人(しろうと)が手出しするな、と言わぬばかりな冷笑を浴びせかけましたので、退屈男の一喝(かつ)が下ったのは勿論の事です。
「控えろ。笑止がましい大言を申しおるが、その方共はあれなる鎧に生血の垂れおるを存じおるか」
「えッ?」
「それみい! それ程ののぼせ方で、主水之介に酔狂呼ばわりは片腹痛いわ」
 にわかにうろたえ出した町役人共を尻目にかけて、怪死を遂げた古高新兵衛の骸(なきがら)に近よりながら、先ず鉄扇で打たれた脇腹を打ち調べてみると、然るにこれがますます不審です。当然そこが血の出所でなければならぬと思われたのに、肝腎な脇腹には一向それらしい傷跡すらも見えなくて、全然予想以外の丁度鞍壺に当る内股のところから、それも馬乗り袴を通して、ベっとりと疑問の生血が滲み出ていましたので、愈々いぶかりながら見調べると、事実はますます出でてますます不思議! 生々と血の垂れ滲み出ているその傷口が、袴の外から何物かに、あんぐりと噛み切られでもしたかのような形をしていましたので、主水之介の目の鋭く光ったのは当然でした。
 ただちに馬の鞍壺を見改めると、愈々出でて愈々奇怪!――思うだにぞっと身の毛のよだつ毒毒しい生蛇が、置き鞍の二枚皮の間から、にょっきりと鎌首を擡(もた)げていたのです。しかも、それが只の毒蛇ではなく、ひと噛みそれに襲われたならば、忽ち生命を奪われると称されている大島産の恐るべき毒蛇金色ハブでしたから、いかな退屈男も、これにはしたたかぎょっとなりました。無理もない。ぎょっとなったのも、またおよそ無理のないことでした。事実は計らずもここに至って、二つの奇怪な謎を生じたわけだからです。第一は黒住団七を狙った鉄扇の投げ手。第二は毒蛇を潜ませて、古高新兵衛を害(あや)めた下手人。しかも、それが同一人の手によって行なわれたものか、全然目的を異にした二つの見えざる敵が、めいめい別々に二人の騎士を狙って、それが危害を加えようとしたものか、謎は俄然いくつかの疑問を生んで参りましたので、退屈男の蒼白だった面に、ほのぼのと血の色がみなぎりのぼりました。
「のう、こりゃ、町役人」
「………」
 畠違いの者が邪魔っけだと言わぬばかりに罵ったその広言の手前、いたたまれない程に恥ずかしくなったものか、さしうつむいて返事も出来ずにいるのを、笑い笑い近よると、揶揄するように言いました。
「真赤になっているところをみると、少しは人がましいところがあるとみゆるな。わしはなにもそち達の邪魔をしようというのではない。只、退屈払いになりさえすればよいゆえ、手伝うてつかわすが、どちらの番所の者じゃ。北町か、南町か」
「………」
「食物が悪いとみえて、疑ぐり深う育っている喃。そち達の瘠せ手柄横取りしたとて、何の足しにもなる退屈男でないわ。姓名を名乗らば下手人見つかり次第進物にしてつかわすが、何と申す奴じゃ」
「南町御番所の与力(よりき)、水島宇右衛門と申しまするでござります」
「現金な奴めが。了見の狭いところが少し気に入らぬが、力を貸してつかわすゆえに、家へ帰ったならば家内共に熱燗(あつかん)でもつけさせて、首長う待っていろよ」
 退屈男らしく皮肉を残しておくと、京弥を随えながら、なにはともかくと、中間馬丁達の詰め所にやって行きました。
 無論その目的は、疑問の怪死を遂げた古高新兵衛の馬丁について、何等かあの金色(こんじき)ハブの手掛りを嗅ぎつけようと言うつもりからでしたが、然るに、それなる馬丁が甚だ不都合でした。主人が横死をしたというのに、その現場へ姿を見せない事からして大きな不審でした。行ってみるとさらに大きな疑雲を残して、いずれかへ逸早く姿をかくしたあとでしたから、退屈男の言葉の鋭く冴えたのは言うまでもないことでした。
「いつ頃逐電(ちくでん)いたしたか存ぜぬか!」
「ほんの今しがたでござりましたよ」
「今しがたにも色々あるわ。いつ頃の今しがたじゃか、存ぜぬか」
「古高様のあのお騒ぎが起きますとすぐでござりましたよ。どうした事か急に色を変えて、まごまごしていたようでござりましたが、気がついて見ましたら、もう姿が見えませんでしたゆえ、手前共もいぶかしんでいる次第でござります」
 突如としてここに疑惑の雲が漂って参りましたので、あの凄艶な疵跡に、不気味な威嚇を示しながら、わけもなく打ちふるえている馬丁共をじろじろと見眺めていましたが、その時ふと退屈男の目を鋭く射たものは、そこに置き忘れでもしたかのごとくころがっている本場鹿皮印伝(しかがわいんでん)の煙草入でした。中間馬丁と言えば、いかに裕福な主人についていたにしても、精々先ず年額六両か七両が関の山の給料です。然るにも拘わらず、まがい物ならぬ本物の印伝皮で揉(な)めしこしらえた贅沢きわまる煙草入がころがっていましたものでしたから、いかで退屈男の逃すベき!
「これなる煙草入は何者の持ち品じゃ!」
「おやッ。野郎め、あんなに自慢していやがったのに、よっぽど慌てやがったとみえて、大切(たいじ)な品を忘れて行きやがったね。古高様の中間の六松めが、さっき見せびらかしていた品でごぜえますよ」
 もっけもない事を言いましたので、何気なく手にとりあげて、とみつこうみつ打ち調べているとき、ころり、と叺(かます)の中から下におちたものは、丁半バクチに用いる象牙細工の小さな賽(さい)ころです。
「ほほう、そろそろ筋書通りになって参ったな」
 言いつつ、うそうそと微笑を見せていましたが、実に猪突でした。
病(やまい)というものは仕方がのうてな、身共も至ってこの賽ころが大好物じゃが、その方共が用いるところはどこの寺場じゃ」
「ふえい?……」
「なにもそのように頓狂な声を発して、おどろくには当らないよ。こればッかりは知ったが病、久しぶりでちと弄(なぐさ)みたいが、いつもどこの寺場で用いおるか」
「ご冗談でござりましょう。お見かけすればお小姓をお召し連れなさいまして、ご身分ありげなお殿様が、賽ころもねえものでごぜえますよ。いい加減なお弄(なぶ)りはおよしなせえましな」
「疑ごうていると見ゆるな。身分は身分、好物は好物じゃ。ほら、この通りここに五十両程用意して参っているが、これだけでは資本(もとで)に不足か」
 ちゃりちゃりと山吹色を鳴らしてみせましたので、笑止なことには根が下司(げす)な中間共です。
「はあてね。いい色していやがるね。じゃ、あの、本当にこれがお好きなんでごぜ[#「ぜ」は底本では「ざ」と誤植]えますかい」
 小判の色に誘惑でもされたもののごとく、ついうっかりと警戒を解きながら、乗り気になって来たので、すかさずに退屈男が油をそそぎかけました。
「下手の横好きと言う奴でな。ついせんだっても牛込の賭場で、三百両捲き上げられたが、持ったが病で致し方のないものさ。これだけで足りずば屋敷へ使いを立てて、あと二三百両程取り寄せても苦しゅうないが、存じていたら、そち達の寺場に案内せぬか」
「そりゃ、ぜひにと言えばお教え申さねえわけでもござんせぬが、実あ、こないだうちここへ御主人のお供致しまして、馬馴らしに参りますうちに六松と昵懇(じっこん)になって、あいつの手引で行くようになったんでごぜえますからね。そうたびたび弄(なぐさ)みに参ったわけじゃござんせんが、寺場って言うのがちっと風変りな穴なんでごぜえますよ」
「どこじゃ。町奴共の住いででもあるか」
「いいえ、手習いの師匠のうちなんでごぜえますよ」
「なに! 手習いの師匠とな! では、浪人者じゃな」
「へえ。元あ、宇都宮藩のお歴々だったとか言いましたが、表向きゃ、手習いの看板出して、内証にはガラガラポンをやるようなご浪人衆でごぜえますもの、なんか曰くのある素性(すじょう)でごぜえましょうよ」
「住いはいずこじゃ」
根津権現(ねずごんげん)の丁度真裏でごぜえますがね」
 きくや同時でした。
「馬鹿者共めがッ」
 言いざま、前に居合わした中間二人を、ぱんぱんと取って押えておくと、鋭く京弥に命じました。
「急いでそち、あとの二人を取って押えろッ。こ奴共も、六松とやらいうた怪しい下郎と同じ穴の貉(むじな)やも知れぬ。いぶかしい手習師匠の住いさえ分らば、もうあとは足手纒(あしでまとい)の奴等じゃ。押えたならば、どこぞそこらへくくりつけておけッ」
 自身の押えた二人をも、手早くそこの柱に窮命(きゅうめい)させておくと、六松の逐電先(ちくでんさき)をつき止めるべく、ただちに根津権現裏目ざして足を早めました。

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