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菊模様皿山奇談(きくもようさらやまきだん)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-9-7 10:43:59  点击:  切换到繁體中文


        四十七

 幇間(ほうかん)の五蝶が、
五「大夫様、此のお庭は好(よ)いお庭でございますな」
數「なか/\好いの」
五「大きな緋鯉(ひごい)が居ります、更紗(さらさ)や何か亀井戸もよろしく申すので」
數「何ういう訳で、誰が亀井戸でよろしくと申した」
五「いえなに、然(そ)ういう訳ではありません、これはどうも恐入りましたな」
數「私(わし)も一つ洒落ようかな」
五「これは恐入ります、皆(みん)な此処(こゝ)へ来て伺いな、大夫様がお洒落遊ばすと、お上屋敷の御家老様が」
數「貴公は甘(うま)い物で洒落るから、私(わし)も一つ洒落よう」
五「改まって洒落ようというお声がかりは恐入ります」
數「私(わし)が国は美作で」
五「へえ成程」
數「私(わし)は城代家老じゃ」
五「へえ/\」
數「そこで洒落るのだ」
五「大層どうもお洒落の御玄関(ごげんかん)から大広間(おおびろま)は恐入りました、へえ、成程」
數「美作城代家老私(みまさかじょうだいかろうわし)、というのは何うだ」
五「へえ、恐入りましたな、それは何ういう訳なんで」
數「分らんの、いまさか羊羹(ようかん)鹿(か)の子(こ)餅(もち)」
五「へゝえ、成程気が付きません、美作城代家老私、いまさか羊羹鹿の子餅、これは恐入りました……どうも恐入ったね」
喜「恐入りました、御家老様からお洒落がお菓子で出たから、可笑(おかし)な洒落と云うのをやろうかね、さアと云うと一寸(ちょいと)出ないものでげすが」
みの吉「私がちょいと一つやるよ」
喜「や、これはみの吉さん感心」
みの「私が赤飯(おこわ)を喫(た)べたんだよ」
喜「可笑しな洒落だね」
みの「汁粉屋で赤飯を出したのだよ」
喜「此の節は汁粉屋で赤飯を売るよ」
みの「だから白木屋(しろきや)お駒(こま)というのを汁粉屋赤飯(しるこやおこわ)さ」
喜「前(さき)に本文(ほんもん)を断(ことわ)って後(あと)から云うのは可笑しい」
岩越「手前が一つ洒落ようかの」
五「岩越さま、あなた様のお洒落は」
岩「手前は考えたが余程むずかしいて、これはムヽウ…待ってくれ、えー阿部川餅(あべかわもち)というのが有るの」
五「へえ/\ございます」
岩「一つ八文で」
五「阿部川、へい、一つは八文で」
岩「あべ川の八銭では本当の直(ね)だというのは何うだ」
五「へえー、変なお洒落で、それは何う云う訳なんで」
岩「姉川(あねかわ)の合戦(かっせん)、本多(ほんだ)が出たというのだ」
五「それは余りお固いお洒落でげすな、私(わたくし)が洒落ましょう、斯ういうのは何うでございます、大黒様が巨燵(こたつ)に※(「火+共」、第3水準1-87-42)(あた)ってるのでございます、大黒暖(あった)かいと」
數「うん、成程是は分った、大福暖(あった)かいか」
五「御家老様の御意に入(い)りましたか」
數「私(わし)が最(も)う一つ洒落ようか、是は何うだの、松風は固い岩おこしは柔らかいと云うのは」
五「へえ、それは何ういう訳で」
數「松蔭は堅い男、岩越は柔術家(やわらとり)」
五「へえ成程中々ちょっくら分りませんが誠に恐入りました事で、早くお三味線を」
 とお座付(ざつき)が済み、後(あと)は深川の端唄(はうた)で賑(にぎや)かにやる大分興に入(い)った様子、御家老も六十近(ぢか)いお年で、初めて斯ういう席に臨みましたので快く大分に召上りました。
數「お前のお蔭で私(わし)は斯様(こん)な面白い事に逢ったのは初めてだ、実に堪(たま)らんな、又(ま)た其の中(うち)来たいものだ」
大「何うか御在府中御遠慮なくおいで下されば、清左衞門は如何(いか)ばかりの悦びか知れません、芸者は孰(どれ)がお気に入りました」
數「皆宜(よ)いの、其の中(うち)にも彼(あれ)が好(よ)いの、小まんに雛吉か」
大「彼(あれ)が御意に入りましたら、今度はお相手に前々(ぜん/″\)から頼み置きまして、呼寄せるように致しましょう」
數「それは誠に辱(かたじけ)ない、大きに酔うたな、殿様は御病気での」
大「へえ/\私(わたくし)も大きに心配を致して居ります」
數「併(しか)し私(わし)が顔を御覧があってから、大きにお力が附いて大分に宜しいと、殊(こと)の外(ほか)お悦びでお食(しょく)も余程進むような事で」
大「大夫、何ぞお慰(なぐさ)みを」
數「いや私(わし)は誠に武骨な男で、音曲(おんぎょく)や何かはとんと分らん、能が好きじゃ」
大「はア、左様でございますか、それでは能役者を」
數「いや連れて来たよ、二人次の間に居(お)るが、せめて皷(つゞみ)ぐらいはなければなるまいと思って、婦人で皷を能(よ)く打つ者があって、幸いだから、私(わし)が其の婦人(おんな)を連れてまいった」
大「それは少しも心得ませんでした、何時(いつ)の間(ま)にまいりましたか」
數「芸者どもは少し端(はし)へ寄って居れ」
 と是から灯(あかり)を増し折から月が皎々(こう/\)と差上(さしのぼ)りまして、前の泉水へ映じ、白萩(しろはぎ)は露を含んで月の光りできら/\いたして居(お)る中へ灯(あかり)を置きまして、此方(こちら)には芸者が並んで居りますから、何方(どちら)を見ても目移りが致しますような有様、今襖(ふすま)を開けて出て来ましたは仙台平(せんだいひら)の袴(はかま)に黒の紋付でございます。其の頃だから半髪青額(はんはつせいてん)でまだ若い十七八の男と、二十七八になる男と二人がすうと摺足(すりあし)をして出て来ました。脇を見ると隅の方に女が一人振袖(ふりそで)を着まして、調べを取ってポン/\という其の皷の音が裏皮へ抜けまして奥へ響き中々上手に打ちます。大藏は何うして何時の間に斯様(かよう)な能役者を連れて来たかと思って見ますと、どうも見た様な能役者であるとは思いましたが、松蔭にも分りません。少し前へ膝を進めて熟々(よく/\)見ますと若い方は先年お暇(いとま)が出て、お屋敷を追放になりました渡邊織江の忰(せがれ)の祖五郎、今一人は春部梅三郎、両人共にお屋敷を出て居(お)って、二人が何うして此処(こゝ)へ能役者に成って来たことかと、皷打(つゞみうち)を見ると祖五郎の姉のお竹ですから松蔭は驚きまして、是は何ういう訳かと濱名左傳次と互(たがい)に顔を見合せて居ります内に、舞もしまいました。
數「大きに御苦労/\、さア/\こゝへ来て、ずうっとこゝへ来な、構わずに此処(こゝ)へ来て一盃(いっぱい)……それから松蔭もこゝへ来て……えゝ、これは貴公も知って居(お)る通り、渡邊織江の忰祖五郎で、彼(あれ)は春部梅三郎じゃ、不調法があってお暇になり、浪人の活計(たつき)に迫り、自分も好きな所から能役者となりたいと、何うやら斯うやら今では能役者でやって居(お)るそうだ、これは祖五郎の姉だ、器量も好(よ)いがお屋敷へ帰るまでは何処(どこ)へも嫁付(かたづ)くことは否(いや)だと、皷を打ったり、下方(したかた)が出来る処から出入町人の亭主に心安い者があって、其処(そこ)にいると云うが、今日(こんにち)は幸いな折柄で、どうか又贔屓にして斯ういう事が有ったら前々(まえ/\)屋敷にいた時の馴染もあるから呼んでやってくれ」
大「これは思掛けない事で、祖五郎殿にも春部氏にも暫(しばら)く……」
 と松蔭も腹の中では驚きました。
大「えゝ、只今は何処(どこ)に」
數「いや、国へ尋ねて来た、それからま何うするにも仕方がないから、奈良辺(あたり)で稽古をして、此方(こちら)へ出て来たので、是からが本当の修業じゃ、さア/\一盃(いっぱい)/\」
梅「松蔭殿、面目次第もない、尾羽打枯した浪人の生計(たつき)、致し方なく斯様な営業(なりわい)をいたして居り、誠に恥入りました訳で、松蔭殿にお目通りを致しますのも間の悪い事でございますが、構わんから参れと、御家老の仰せを受けて罷出(まかりで)ました、貴方様には追々(おい/\)御出世、蔭ながら悦び居ります」
祖「祖五郎も蔭ながら、貴方様の御出世は父織江がお世話致した甲斐がござると蔭ながら悦び居ります、今日(こんにち)は思掛けなく御面会を致しました、此の後(ご)共御贔屓を願いとう……斯様な御酒宴のございます節には必ずお招きを願います」
竹「松蔭さま暫く、竹でございます」
大「これはお竹さま、これは実に妙でげすな」
數「いや実に妙だ、芸者は帰したら宜かろう、却(かえ)って此処(こゝ)にいると屋敷の話も出来んから、取急いで秋田屋芸者共を早く帰せ/\」
番頭「へえ/\」
 と急に船に載せて帰しました、
數「さ、こゝへ来て昔の話をしよう、この祖五郎の父織江は福原別懇であった、忠義無二な男であったが、武運拙(つたな)くして谷中瑞麟寺の藪蔭で何者とも知れず殺害(せつがい)され、不束(ふつゝか)の至りによって永(なが)のお暇(いとま)を仰付けられ、討ったる敵(かたき)が知れんというが、さぞ残念であろう」
祖「はっ、誠に残念至極で」
 と眼に涙を浮(うか)めてお竹と祖五郎が松蔭の顔をじろりと横目で睨(ね)め上げるから、松蔭は気味悪くなり、下を向いている。
數「春部梅三郎は腰元の若江と密通して逃げたという事だったの」
梅「はい、誠に恥入った事でございます」
數「うん、それが露顕した訳でもなし、是まで勤め向(むき)も堅く、ほんの若気(わかげ)の至りで、女を連れて逐電いたしたのじゃが、未(いま)だお暇の出たわけではなし、只家出をした廉(かど)だから、お詫をして帰参の叶(かな)う時節もあろう、若江という小姓も少(ちい)さい時分から奉公をしていた者で、先年体好(ていよ)くお暇になったとの事、是も出入りは出来ようかと思う、所でお前たちに私(わし)が問うがな、大殿様は今年はもう五十五にお成りなさる、昨今の処では御病気も大きに宜(よ)いようじゃが、どうもお身上(みじょう)が悪いので、今度の御病気は數馬決して安心せん、もしお逝去(かくれ)にでもなった時には御家督相続は誰が宜かろう、春部だの祖五郎はお暇になってゝも、代々の君恩の辱(かたじけ)ない事は忘却致すまい、君恩を有難いと考えるならば、御家督は何う致すが宜しいか少しは考えも有ろう」
祖「手前の考えでは若様は未(ま)だお四才(よっつ)かお五才(いつゝ)で御頑是(ごがんぜ)もなく、何弁(わきま)えない処のお子様でございますから、万々一(まん/\いち)大殿様がお逝去(かく)れに相成った時には、お下屋敷にならせられる紋之丞様より他に御家督御相続のお方は有るまいかと存じます」
數「それは些(ち)と違うだろう、菊様はお血統(ちすじ)だ、仮令(たとえ)お四才(よっつ)でも菊様が御家督にならなければなるまい、御舎弟を直すのは些と道理に違って居(お)るように心得る」
梅「いや、それは違って居りましょう」
數「違っては居らん」
梅「併(しか)しお四才(よっつ)になる者を御家督になされば、矢張(やっぱり)御後見が附かなければなりません、それよりは矢張(やっぱり)お下屋敷の御舎弟紋之丞様が御家督御相続になって、菊様追々御成人の後(のち)、御順家督(ごじゅんかとく)に相成るが御当然(ごとうぜん)のことゝ存じます」
數「いや/\然(そ)うでない、お血統(ちすじ)は別だ、誰しも我子は可愛もので、御実子(ごじっし)を以(もっ)て御家督相続と云えば殿様にもお快くお臨終が出来る、御兄弟の御情合も深い、深いなれども御舎弟様が御家督と云えばお快くないから御臨終(ごりんじゅう)が悪かろうと思う、どうもお四才(よっつ)でもお血統はお血統、若様を御家督にするが当然かと心得るな」
祖「是は御家老様にお似合いなさらんお言葉で、紋之丞様が御家督相続に相成れば、万事御都合が宜しい事で、お舎弟様は文武の道に秀(ひい)で、お智慧も有り、先(ま)ず大殿様が御秘蔵の御方(おんかた)度々(たび/\)お賞(ほ)めのお言葉も有りました事は、父から聞いて居ります」
數「それはお前たちの知らん事、何でも菊様に限る」
大「えゝ、松蔭横合より差出ました横槍を入れます、これは春部氏祖五郎殿の申さるゝが至極尤(もっと)もかと存じます、菊様は未(いま)だお四才(よっつ)で、何のお弁(わきま)えもない頑是(がんぜ)ない方をお世嗣(よとり)に遊ばしますのも、些(ち)と不都合かのように存じます、菊様御成人の後は兎も角こゝ十四五年の間は梅の御印様(おしるしさま)が御家督になるのが手前に於(おい)ては当然かと、憚(はゞか)りながら存じます」
數「然(そ)うじゃアあるまい」
大「いや/\それは誰が何と申しても左様かと心得ます」
 福原數馬は俄(にわか)に面色(めんしょく)を変え、容(かたち)を正して声を張上げ。
數「黙れ……白々しい事を申すな、松蔭手前はそれ程御舎弟紋之丞様を大切に心得て居(お)るならば、何故(なぜ)飴屋の源兵衞を頼んだ」
大「はっ」
數「神原五郎治、四郎治と同意致して、殿を蔑(ないがし)ろにする事を私(わし)が知らんと思うて居(お)るか、白痴(たわけ)め、左様に人前(ひとまえ)を作り忠義立を申してもな、其の方は大恩人の渡邊織江を谷中瑞麟寺脇の細道において、手槍をもって突殺した事を存じて居(お)るぞ、其の咎(とが)を梅三郎に負わそうと存じて、証拠の物を取置き、其の上ならず御舎弟様を害そうと致した事も存じて居(お)る、百八十余里隔(へだ)った国にいても此の福原數馬は能(よ)く心得て居(お)るぞ、人非人(にんぴにん)め」
 と云い放たれ、恟(びっく)り致したが、そこは悪党でございますから、じりゝと前へ膝を進めて顔色(がんしょく)を変え。
大「御家老さま怪(け)しからん事を仰せられます、思い掛けない事を仰せられまする……手前が何で渡邊織江を殺害(せつがい)し、殊(こと)に御舎弟紋之丞さまを失おうとしたなどと誰が左様な事を申しました、手前に於(おい)ては毛頭覚えはございません、何を証拠に左様なことを仰しゃいますか、承わりとうござる」
數「これ、まだ其様(そん)なことを云うか、手前は五分試(ごぶだめ)しにもせにアならん奴だ、うゝん……よく考えて見よ、先(まず)奥方さま御死去になってから、お秋の方の気儘(きまゝ)気随(きずい)神原兄弟や手前達を引入れ、殿様を蔑(ないがしろ)にいたす事も皆(み)な存じて居(お)る。殊に其の方を世話いたした渡邊を殺害(せつがい)致したり、もと何処(どこ)の者か訳も分らん者を渡邊が格別取做(とりなし)を申したから、お抱えになったのじゃ、上(かみ)へ諂(へつら)い媚(こび)を献じて、とうとう寺島主水を説伏せ、江戸家老を欺き遂(おわ)せて、菊様を世に出そうが為、御舎弟様を亡(な)き者にしようと云う事は、疾(と)うに忠心の者が一々国表へ知らせたゆえに、老体なれども此の度(たび)態々(わざ/\)出て参ったのだ、其の方のような悪人は年を老(と)っても人指(ひとさしゆび)と拇指(おやゆび)で捻(ひね)り殺すぐらいの事は心得て居(お)る、さアそれとも言訳があるか、忠義に凝(こ)った若者らは不忠不義の大罪人八裂(やつざき)にしても飽足(あきた)らんと憤(いきどお)ったのを、私(わし)が止めた、いやそれは宜しくない、一人を殺すは何でもない、况(まし)て事を荒立る時には殿様のお眼識違(めがねちが)いになりお恥辱(はじ)である、また死去致した渡邊織江の越度(おちど)にも相成る事、万一此の事が将軍家の上聞(じょうぶん)に達すれば、此の上もない御当家のお恥辱(はじ)になるゆえ、事穏便(おんびん)が宜しいと理解をいたした、こりゃ最早何(ど)の様(よう)に陳じても遁(のが)れる道はないから、神原兄弟は国表へ禁錮(おしこめ)申し付け、家老役御免、跡役は秋月喜一郎に仰付けられるよう相定(あいさだま)って居(お)る、手前は不忠な事を致し、面目次第もない、不忠不義の大罪人御奉公も相成り兼(かね)るによって永(なが)の暇(いとま)下されたしという書面を書け、これ祖五郎此の松蔭に父を討たれ、無念の至りであろう、手前はお暇を蒙(こうむ)って居(お)る身の上、仮令(たとえ)悪人でも殿様のお側近くへまいる役柄を勤める大藏を、敵(かたき)と云って無闇に討つことは出来んから、暇を取ったら、直(すぐ)に討て……梅三郎貴様は大藏のため既に罪に陥(おと)されし廉(かど)もあり、祖五郎は未(いま)だ年若じゃによって助太刀を致してやれ、これに岩越という柔術取(やわらとり)の名人が居(お)るから心配は無い、貴様力を添えてやれ、さ松蔭書付を書いて私(わし)へ出せばそれで手前はお暇になったのだ…秋田屋の亭主気の毒だが此の庭で敵討(かたきうち)を致させるから少し貸せ」
清「へえ」
 と驚きました。
清「泉水がございますが」
數「いや、びちゃ/\落(おっ)こっても宜しい、急に一時(いちじ)に片を附けなければならんのだ、さ書け書かんかえ」
大「はっ……併(しか)し何(ど)の様(よう)の証拠がござって、手前は神原兄弟と心を合せて御家老職を欺(あざむ)き、剰(あまつ)さえ御舎弟様を手前が毒害いたそうなどと、毛頭身に覚えない事で、殊に渡邊織江を殺害(せつがい)いたしたなどと」
梅「黙れ此の梅三郎が宜く心得て居(お)るぞ、手前は神原と心を合せて織江殿を殺害(せつがい)致した其の時に、此の梅三郎は其の場に居合せ、下男を取押えて密書を奪い現に所持いたして居(お)る、最早遁(のが)れる道はないぞ」
 祖五郎は血眼(ちまなこ)になって前へ進み、
祖「やい大藏、人非人恩知らず、狗畜生(いぬちくしょう)、やい手前はな父を討ったに相違ない、手前は召使(めしつかい)の菊を殺し、又家来林藏も斬殺(きりころ)し、其の上ならず不義密通だと云って宿(やど)へ死骸を下げたが、其の前々(まえ/\)菊が悪事の段々を細かに書いて、小袖の襟へ縫附けて親元へ贈った菊の書付けを所持して居(お)る、最早遁(のが)れる道はないぞ、手前も武士じゃないか、尋常に立上って勝負いたせ」
大「はっ……不忠不義の大罪重々心に恥じ、恐入りましてござる」
數「さ、書け、もう迚(とて)もいかんから書け、松蔭手前も諦めの悪い男だ、最早遁(にぐ)るも引くも出来やせん、書け」
大「はっ」
數「まだ恐れ入らんか」
大「はっ」
數「も一つ云おうか、白山前の飴屋小金屋源兵衞を欺(だま)し宗庵という医者を抱込んで、水飴の中へ斑猫を煮込み、紋之丞様へ差上げようと致したな、それは疾(と)うに水飴屋の亭主が残らず白状致してある、遁(のが)れる道はない」
大「あゝ残念…是まで十分仕遂(しおわ)せたる事が破れたか、あゝ」
 と震(ふる)えて袴(はかま)の間へ手を入れ、松蔭大藏は歯噛(はがみ)をなして居りましたが、最早詮方(せんかた)がないと諦め、平伏して、
大「恐れ入ってござる」
數「おゝ、恐れ入ればそれで宜しい、お秋の方も剃髪(ていはつ)させ、国へ押込める積(つもり)だ、さ書け/\」
大「只今書きまする」
 と云いながら後(あと)へ退(さが)るから、岩越という柔術家(やわらとり)が万一(もし)逃げにかゝったら引倒して息の根を止めようと思って控えて居ります。後へ退って大藏が硯(すゞり)を引寄せて震(ふる)えながら認(したゝ)めて差出す。
數「爪印を押せ、其処(そこ)へ」
大「はっ」
 と爪印を捺(お)して福原數馬の前へ差出し、
大「重々心得違い、是(こ)れにて宜しゅうございますか、御披見(ごひけん)下さい」
數「其の方の手跡(しゅせき)だから宜しい、さ是から庭へ出て敵討(かたきうち)だ/\」
 と云うと大藏は耐(こら)えかねて小刀(しょうとう)を引抜くが早いか脇腹へ突込(つきこ)んで引廻しました。
祖「汝(おの)れ切腹致したな」
 と祖五郎が飛掛って二打三打斬付け、遂(つい)に仇(あだ)を討遂(うちおお)せて、直(すぐ)にお屋敷へお届けに相成り、とうとう悪人は残らず国表へ押込められて、お上屋敷の御家来十七人切腹致し、渡邊祖五郎、春部梅三郎はお召帰(めしかえ)しに相成り、渡邊祖五郎は二代目織江と成り、菊様の後見と相成って、お下屋敷にまいりました。また秋月は跡家老職(あとかろうしょく)を仰付けられ、こゝに於(おい)て福原數馬は安心して国へ帰る。殿様は御病気全快し、其の後(ご)大殿お逝去(なくなり)になって、紋之丞さまが乗出し、美作守に任ぜられ。又お竹を何くれ親切に世話をした雲水の宗達は、美作の国までお竹を送り届け、それより廻国を致し、遂に京都で大寺(だいじ)の住職となり、鴻の巣の若江は旅籠屋(はたごや)を親族に相続させ、更(あらた)めて渡邊祖五郎が媒妁人(なこうど)で、梅三郎と夫婦になり、お竹も重役へ嫁入りました。大力(だいりき)の遠山權六は忠義無二との取沙汰(とりざた)にて百石の御加増に相成りましたという。お芽出たいお話でございますが、長物語で嘸(さぞ)御退屈。

(拠酒井昇造筆記)




 



底本:「圓朝全集 巻の九」近代文芸・資料複刻叢書、世界文庫
   1964(昭和39)年2月10日発行
底本の親本:「圓朝全集巻の九」春陽堂
   1927(昭和2)年8月12日発行
※「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に基づいて、底本の表記をあらためました。
ただし、話芸の速記を元にした底本の特徴を残すために、くの字点(二倍の踊り字。「く」を縦に長くしたような形の繰り返し記号)はそのまま用いました。二の字点(漢数字の「二」を一筆書きにしたような形の繰り返し記号)は、「々」「ゝ」「ヽ」にかえました。
総ルビの底本から、振り仮名の一部を省きました。
底本中ではばらばらに用いられている、「其の」と「其」、「此の」と「此」は、それぞれ「其の」と「此の」に統一しました。
底本中では改行されていませんが、会話文の前後で段落をあらため、会話文の終わりを示す句読点は、受けのかぎ括弧にかえました。
※本作品中には、人名などの固有名詞に一部不統一が見られますが、あきらかな誤植と思われる場合を除き、原則として統一はせず、底本のままとしました。
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。
入力:小林繁雄
校正:かとうかおり
2001年1月6日公開
2004年7月21日修正
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。



●表記について
  • このファイルは W3C 勧告 XHTML1.1 にそった形式で作成されています。
  • [#…]は、入力者による注を表す記号です。
  • 「くの字点」は「/\」で、「濁点付きくの字点」は「/″\」で表しました。
  • 「くの字点」をのぞくJIS X 0213にある文字は、画像化して埋め込みました。
  • 傍点や圏点、傍線の付いた文字は、強調表示にしました。
  • この作品には、JIS X 0213にない、以下の文字が用いられています。(数字は、底本中の出現「ページ-行」数。)これらの文字は本文内では「※[#…]」の形で示しました。

    「穀」の「禾」に代えて「釆」    168-6
    「まいらせそろ」の草書体    344-6、344-6、426-5、426-7、427-1、427-2
    かしく」の草書体    345-9
    「宀/婁」    347-6

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