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菊模様皿山奇談(きくもようさらやまきだん)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-9-12 9:27:57  点击:  切换到繁體中文


        四十一

 さて秋月喜一郎は、飴屋源兵衞を柔らかにだまして白状させようという了簡、其の頃お武家があらい事をいたすと、町人はかえって驚いて、云うことも前後致したり、言いたいことも言いかねて、それがために物の分らんような事が、毎度町奉行所でもあった事でございます。源兵衞は何うして知れたかと思って、顔色かおいろを変え、突いていた手がぶる/″\震える様子ゆえ、喜一郎はえみを含みまして、物柔らかに、
秋「いや源兵衞何か心配をして、これを言ってはならんとか、あれを言ってはほか役人の身の上にもかゝわるだろうと深く思いすぐして、隠し立てを致すと却って為にならんぞ、定めし上役うわやくの者が其の方に折入おりいって頼んだ事も有るであろうが、其の者の身分柄にもさわるような事があってはならんから、これは秋月に言っては悪かろうと、斯う手前が考えて物を隠すと、却って悪い、と云うのは元来もと/\お屋敷へ出入でいりを致すのには、殿様を大事と心得なければならん、そりゃアまた出入町人にはそれ/″\係りの者もあるから、係り役人を粗末にしろと云うのではないが、もとより手前はかみの召上り物の御用をす身の上ではないか、なア」
源「へえ誠にどうも其の、えゝ…何うもわたくしがその、事柄をわきまえませんものでございまして、唯飴屋風情の者がお屋敷へお出入を致しまして、お身柄のあります貴方様を始め、皆様に直々じき/\斯うってお目通りをいたし、誠に有難い事と心得まして、只私はえゝ何うも其の有難くばかり存じますので、へえ自然に申上げます事もその前後あとさきに相成ります」
秋「なに有難く心得て、言う事が前後ぜんごになるというのは可笑おかしい一体何ういう訳で手前は当家のばゞあ斑猫はんみょうってくれろと頼んだか、それを云えというんだ」
源「それはそのわたくしが懇意にいたします近辺に医者がございまして、その医者がどうも其の薬を……薬は一体毒なもので、※(「やまいだれ+難」、第3水準1-88-63)ようちょう根太ねぶと腫物はれもののようなものにけます、膏薬吸出しのようなものは、斑猫のような毒が入りませんければ、早く吹切ふっきりません、それゆえほしいと申されました事でございまして」
秋「其の人は何処どこの者か」
源「へえ実はその……わたくし平常ふだん心易こゝろやすくいたしますから、どうかお前頼んでくれまいかと云われて、私が其の医者を同道いたしてまいりまして、当家のばゞあに頼みましたのでございます」
秋「ムヽウ、其の医者は何処の者だえ、いやさ近辺にいるというが、よもやおかゝえの医者ではあるまい、町医か外療げりょうでもいたすものかえ」
源「へえ、その……大概その外療をいたしましたり、ま其のかぜきぐらいを治すような工合ぐあいで」
秋「何と申す医者だえ」
源「へい、その誠にその、ざっといたした医者で」
秋「雑と致した、そんな医者はありません、名前は何というのだえ」
源「名前はその、えゝ……実はその何でございます、山路と申します」
秋「山路……山路宗庵と云うか」
源「へえ、く御存じさまで」
秋「是は殿様のお部屋お秋のかたの父で、お屋敷へまいる事もあるで、存じてる、其の者に頼まれて、貴様が此処こゝの婆に斑猫をれと頼んだのか、薬に用いるなれば至極道理もっともの事だ……当家の主人はるの、一寸ちょっとこゝへ出てくれ」
嘉「はい」
秋「婆も一寸こゝへ」
婆「はい」
 と両人とも秋月喜一郎の前へまいりました。
秋「お前方は何かえ、此の飴屋の源兵衞は前から懇意にいたしてるものかえ、毎度此の飴屋方へもき、源兵衞も度々たび/\此方こちらへ参るような事があるかえ」
嘉「いえなにわしが処へお出でなすった事も何もない、私は御懇意にもなんにもしませんが、婆が商いに出ました先でお目にかゝったのがはじまり、それから頼まれましたんで、のうおっかあ
婆「はい、なに心易くも何ともえので、お得意廻りに歩き、商いをしべえと思って籠を脊負しょって出て、お前さま、谷中へかゝろうとするみちで会ったゞね、それから斯ういう理由わけだが婆、何うだかと云うから、ま詰らん小商こあきないをするよりもこれ、一疋虫をつかめえて六百ずつになれば、子供でも出来る事だから宜かろうと頼まれましたんで」
秋「左様か、源兵衞当家の嘉八という男も婆も手前は懇意じゃア無いと云うじゃアないか」
源「へえ、別に懇意という……なにもこれ親類というわけでも何でもないので」
[#「秋」は底本では「源」]「親類かと問やアせん、手前が当家の婆とは別懇だから、山路が手前に斑猫をる事を頼んだと只今申したが、しからば手前は当家の婆は別懇でも何でもなく、通りかゝりに頼んだか山路も何か入用いりようがあって毒虫を捕る事を手前に頼んだ事であろうと考えるが、これはたれか屋敷の者のうちで頼んだ者でもありはせんか」
源「へえ左様でございますかな」
秋「左様でございますかな、と申して此のほうが手前に聞くんだ」
源「へえ……どうか真平まっぴら御免遊ばして下さいまし、重々心得違で」
[#「秋」は底本では「喜」]「只心得違いでは分らん、白状をせんか、此の程御舎弟様が御病気について、大分だいぶ夜分おせきが出るから、水飴を上げたら宜かろうというのでお上屋敷からお勧めに相成ってる、その水飴を上げる処の出入町人は手前じゃから、手前の処で製造して水飴があがる、其の水飴を召上ってし御病気でもおもるような事があれば、手前が水飴の中へ毒を入れた訳ではあるまいけれども、手前が製した水飴を召上ったゝめに病気が重り、手前が頼んで斑猫をらしたという事実がある上は、左様な訳ではなくても、手前が水飴の中へ毒虫でも製し込んでかみへ上げはせんかと、手前に疑ぐりがかゝる、是は当然の事じゃアないか、なア、決して手前をとがにはせん、白状さえすれば素々もと/\通り出入もさせてやる、此の秋月が刀にかけても手前を罪に落さんで、相変らず出入をさせた上に、お家の大事なれば多分に手当をいたしてるように、此の秋月が重役と申合せて計らってつかわす、何も怖い事はないから有体ありていに言ってくれ、殿様のお為じゃ、殿様が有難いと心得たら是を隠してはなりませんよ、のう源兵衞」
源「へえ、わたくし愚昧ぐまいでございまして、それゆえ申上げますことも前後あとさきに相成ります事でございまして、何かとお疑ぐりを受けますことに相成りましたが、なか/\何う致しまして、水飴の中へ毒などは入れられません、いて見えます極製ごくせいでございますから、へえ、なか/\何う致しまして、其様そんなことは……御免遊ばして下さいまし」
 と泣声を出し涙をぬぐう。
秋「何故なぜ泣く」
源「わたくしは涙っぽろうございます」
秋「涙っぽろいと云っても何も泣くことはない、別段仔細は無いから……左様な事は致すまいなれども、また御舎弟様付とお上屋敷の者と心を合せて、段々手前も存じて居ろうが、どうも御舎弟さまを邪魔にする者があると云うのは、御癇癖ごかんぺきが強く、いさゝかな事にも暴々あら/\しくお高声こうせいを遊ばして、手打にするなどというはげしい御気性、そこでどうも御舎弟様にはつきが悪いので上屋敷へへつらう者も多いが、今大殿様もお加減の悪い処であるから、誠に心配で、万一もしもの事でもありはせんか、有った時には御順家督ごじゅんかとくで、何うしても御舎弟紋之丞様を直さねばならん、ところがその、此処こゝばゞあが居っては……他聞をはゞかることじゃ……婆が聞いてもくわしいことは分るまいが……、婆嘉八とも暫時ざんじ彼方あっち退いてくれ」
婆「はい」
 と立ってゆく。あと見送りて、
秋「手前も存じてる通り、只今其の方が申した医者の娘、お秋のかたもうけられた菊さまという若様がある、其のかたを御家督に立てたいという慾心から、菊様の重役やお附のものが皆心を合せて御舎弟様をき者にせんと……たくむのでは有りはすまいが、重役の者一統心配してる、御舎弟様は大切のお身の上、万一まんいち間違でもあっては公儀へ対しても相済まんことだが、そりゃア手前も心得てるだろう、只山路が頼んだというと、山路はお秋の方の実父だから、左様なこともありはせんかとわしは疑ぐる、しかうで有るか無いか知れんものに疑念を掛けては済まんけれども、大切のことゆえ有体ありていに云ってくれ、其のほう御舎弟様を大切に思うなれば云ってくれ、秋月が此の通り手を突いて頼む……な……決して手前の咎めにはせんよ、出入も元々どおりにさせ、また事に寄ったら三人扶持さんにんふちか五人扶持ぐらいは、若殿様の御世およになれば私から直々じき/\に申上げて、其の方一代ぐらいのお扶持は頂戴さしてやる」
 とやわらかに言わるゝ程気味が悪うございますから、源兵衞はおそる/\こうべを上げ、
源「へえ、有難う、恐入りますことで、貴方さまのような御重役が、わたくしごとき町人風情に手を突いてお頼みでございましては、誠に恐入ります、私も実はその、えゝ……始めは驚きましてございますが……実はその、へえ、お立派なお方さまのお頼みでございまして、斑猫てえ虫をって水飴の中へ入れてくれろというお頼みでございます、初めは山路というお医者が、何とかいう、えゝ、※(「譽」の「言」に代えて「石」、第3水準1-89-15)よせきとかいう薬を入れて練ったらと云うので練って見ましたが、これは水飴の中へ入れてもく分りますので、毒虫を煮てらんびきにいたして、その毒気どくきを水飴の中へ入れたら、やわらかになって宜かろうというお頼みで、迂濶うっかりお目通りをして其の事を伺い、これは意外な事と存じまして、お断りを申上げましたら、其の事が不承知と申すなら、一大事をあかしたによって手打に致すとおっしゃって、刀のつかへ手を掛けられたので、びっくり致しまして、いやと云えば殺され、うんと云えば是迄通り出入でいりをさせ、其の上多分のお手当を下さるとの事、お金がほしくはございませんでしたが、全く殺されますのが辛いので、はいとむを得ずお受けをいたしました、真平まっぴら御免下さいまし」
秋「うむ、宜く言ってくれた、わしうだろうと大概推察致して居った、宜く言ってくれた」
源「えゝわたくしが此の事を申上げましたことが知れますと、私は斬られます」
秋「いや/\手前が殺されるような事はせん、決して心配するな、あゝ誠に感心、宜く言ってくれた、これ当家の主人」
嘉「はい」
秋「今わしが源兵衞に云った事が逐一ちくいち分ったかえ、分ったら話して見るがい」
[#「嘉」は底本では「梅」]「なにか仰しゃったようでごぜえますが、むずかしくって少しも分りませんが、わけえ殿様に水飴をめさせて、それから殿様にも甜めさせて、それを何ですかえ両方へ甜めさせるような事にして御扶持ごふちをくれるんだって」
秋「あはゝゝ分らんか、宜しい、至極宜しい、分らんければ」
嘉「それで何ですかえ、飴屋さんが御扶持を両方から貰って」
秋「宜しい/\、分らん処が妙だ、どうぞなわしが貴様のうちへ来て、飴屋と話をした事だけはごく内々ない/\でいてくれ、いか、屋敷の者に……ばゞあが又かご脊負しょって、大根や菜などをうりに来た時に、秋月様がいらしったと長家の者に云ってくれちゃア困る、是だけはしっかと口留をいたして置く、いうとかんよ、云うとゆるさんよ、何処どこから知れても他に知る者は無いのだから、其の儘にしては置かんよ」
嘉「はい……どうか御免を」
秋「いや、云いさえしなければ宜しいのだ」
嘉「いう処じゃアありません、婆さんお前は口がうるせえから」
婆「云うって云わねえって何だか知んねえものそれじゃア誰が聞いても、殿様はおれうちへおいでなすった事はごぜえません、飴屋さんとお話などはなせえませんと」
秋「そんな事を云うにも及ばん、決して云ってはならんぞ」
婆「はい、かしこまりました」
秋「源兵衞、毒虫を入れた水飴は大概もう仕上げてあるかの」
源「へえ、明後日あさっては残らず出来ます」
喜「明後日あさって出来る……よし宜く知らせてくれたかたじけない、源兵衛手前になんぞ望みの物を取らしたく思う、持合せた金子も少ないが、是はほんの手前が宅への土産に何ぞ買って行ってくれ、わしが心ばかりだ」
源「何う致しまして、わたくしがこれを戴きましては」
秋「いや/\遠慮をせずに取って置いてくれ、ついてはの、源兵衞大概此のほうに心当りもある、手前に頼んだ侍の名前は、これ誰が頼んだえ」
源「へえ、是だけは、それを言えば斬ると仰しゃいました、へえ、何うかまア種々いろ/\そのお書物かきものの中へ、わたくしにその、血で爪印をしろと仰しゃいましたから、少し爪の先を切りました」
秋「左様か、云っては悪いか、しかし源兵衞う打明けてしまった事じゃから云っても宜かろう」
源「何卒どうぞそれだけは御勘弁を」
秋「云えんかえ」
源「へえ、何うもそれは御免をこうむります」
秋「併し源兵衞、是までに話を致して、依頼者の姓名が云えんと云うのはおかしい、まだ手前は悪人へみ致してるように思われる、手前が云わんならわしの方で云おうか」
源「へえ」
秋「神原五郎治兄弟か、新役の松蔭かな」
 源兵衞は仰天して、
源「よく御存じさまで」

        四十二

 喜一郎はわざえみを含みまして、
秋「何うも其辺そこらだろうと鑑定が附いていた、ま宜しいが、の松蔭並びに神原兄弟の者はなか/\悪才にけた奴ゆえ、種々いろ/\罠をかけて、わしが云ったことを手前に聞くまいものでもないが、手前決して云うな」
源「何う致しまして、云えばぐにわたくしが殺されます、貴方様も仰しゃいませんように」
秋「わしは決して云わん、首尾好しゅびよく悪人を見出みだして御当家安堵の想いを為すような事になれば、何うか願って手前に五人扶持もりたいの」
源「何う致しまして、悪人へみ致しました罪で、わたくしはお手打になりましても宜しいくらいで、私は命さえ助かりますれば、御扶持は戴きませんでも宜しゅうございます、お出入りだけは相変らず願います」
秋「うむ、承知いたした、一緒に帰ろうか、いや/\途中で他人ひとに見られると悪いから、早くけ/\」
源「有難うございます」
 ほっと息をいて、ぶる/\震えながら出て、あとを振返り/\二三丁行って、それからぷうと駈出して向うへく様子を見て、
秋「何も駈出さんでも宜さそうなものだ」
 と笑いながら心静かに身支度をいたし、供を呼んで、是から嘉八親子にもくれ/″\礼をべて帰られましたが、丁度八月九日のことで、川添富彌という若様附でございます、御舎弟様は夜分になりますとお咳が出て、お熱の差引さしひきがありますゆえ、お医者は側に附切りでございます。一統が一通りならん心配で、お夜詰よづめをいたし、明番あけばんになりますと丁度只今の午前十時頃お帰りになるのですが、御容態ごようだいが悪いと忠義の人は残っている事がありますので、富彌様はお留守勝だから、御新造はお留守を守って、どうかおかみの御病気御全快になるようにと、しきりに神信心などを致して居ります。御新造は年三十で名をおむらさんといい、大柄ない器量の方で、おさだという女中が居ります。
村「定や/\」
定「はい」
村「あの此処こゝだけを少し片附けておくれ、何だか今年のように用の遅れた事はない、おち/\土用干も出来ずにしまったが、そろ/\もう綿入近くなったので、早く綿入物を直しにらなければならない、それにあわせ大分だいぶ汚れたから、お襟を取換えて置かなければなるまい」
定「左様でございます、矢張やはり旦那様がおせわしくって、日々にち/\御出勤になりましたり、夜もお帰りは遅し、お留守勝ですから夜業よなべが出来ようかと存じますが、何だか矢張やっぱりせか/\致しまして、なんでございますよ、御用が段々遅れに遅れてまいりました」
村「あの今日はお明番あけばんだから、大概お帰りだろうとは思うが、一時いっときでも遅れると又案じられて、おかみがお悪いのではないかと、何だか私は気が落着かないよ、旦那のお帰り前に御飯を戴いてしまおうか」
定「何もございませんが、いつもの魚屋がかれいを持ってまいりました、珍らしい事で、鰈を取って置きました」
村「うかえ、それじゃアお昼の支度をしておくれ」
定「かしこまりました」
 と是から午飯ひるの支度を致して、午飯ひるはんべ終り、お定が台所で片附け物をして居ります処へ入って来ましたのは、茶屋町に居りますおぬいという仕立物をする人で、くは出来ないが、はかまぐらいの仕立が出来るのでお家中かちゅうへお出入りをいたしている、独り暮しの女で、
縫「御免遊ばして」
定「おや、お縫さん、よくお出掛け……さ、おあがんなさい」
縫「誠に御無沙汰をいたしました、此間こないだは有難う……今日こんにち御新ごしんさんはお宅に」
定「はア奥にいらっしゃるよ」
縫「実はたった一人のいもとで、わたくしが力に思っていました其の者が、随分丈夫なたちでございましたが、加減が悪くって、其方それへ泊りがけに参って居りまして、看病を致してやったり、種々いろ/\の事がありまして大分だいぶ遅くなりました、もっともお綿入でございますから、だ早いことは早いと存じまして」
定「出来ましたかえ」
縫「はい、左様でございます」
定「御新造様、あの茶屋町のお縫どんがまいりました」
村「さ、此方こっちへお入り」
縫「御免遊ばしまし……誠に御無沙汰をいたしました」
村「朝晩は余程加減が違ったの」
縫「誠に滅切めっきり御様子が違いました、お変りさまもございませんで」
村「有難う」
縫「御意にるか存じませんが、お悪ければ直します」
村「大層く出来ました、誠に結構……お前のは仕立屋よりかかえって着好きいいと旦那も仰しゃってゞ、誠に好く出来ました、大分色気も好くなったの」
縫「これは何でございます、お洗い張を遊ばしましたら滅切りお宜しくなりました、もっともお物が宜しいのでございますから、はい仕立栄したてばえがいたします」
村「久しく来なかったの」
縫「はいなんでございます、じきに大門町にいるいもとですが、平常ふだん丈夫でございましたが、長煩ながわずらいを致しましたので、手伝いにまいりまして、伯母が一人ございますが、其の伯母はわたくしのためには力になってくれました、長命ながいきで八十四で、此の間死去なくなりましたが、あなた其の歳まで眼鏡もかけず、歯もし、腰も曲りませんような丈夫でございましたが、月夜の晩に縁側で裁縫しごとを致して居りましたが、其処そこへ倒れたなり、ぽっくり死去なくなりましたので、それゆえ種々いろ/\取込んで……お小袖こそでですから間に合わん気遣いはないと存じまして、御無沙汰をいたしました、今年は悪い時候で、上方辺は大分水が出たという話を聞きました、お屋敷の大殿様も若殿様もお加減がお悪いそうで」
村「あゝ誠にお長引きで」
縫「わたくしいつう申しますので、伯母が死去なくなりましてもくやむことはない、これ/\のお屋敷の殿様が御病気で、お医者の五人も三人も附いて、結構なお薬を召上り、お手当は届いてもなおる時節にならなければ癒らんから、くよ/\思う事はないと申して、へえ」
村「何分だお宜しくないので、実に心配しているよ、夜分はお咳が出ての」
縫「うでございますか、それはまア御心配でございますね、しかしまだお若様でいらっしゃいますから、もう程無ほどのう御全快になりましょう」
村「御全快にならなくっちゃア大変なお方さまで、一時いっときも早くと心配しているのさ」
縫「えゝ御新造様え、こんな事をお勧め申すと、なんでございますが、わきから頼まれて、あんまりお安いと存じまして持って出ましたが、二枚小袖の払い物が出ましたので、ま此様こんな物を持って出たり何かして、済みませんが、出所でどこも確かな物ですから、お目にかけますが、それに八丈の唐手もろこしでの細いのが一枚入って居ります、あとは縞縮緬しまちりめんでお裏が宜しゅうございます、お平常着ふだんぎに遊ばしても、お下着に遊ばしても」
村「私は古着は嫌いだよ」
縫「左様でございましょうが、出所でどころが知れているものですから」
村「じゃア出してお見せ」
縫「かしこまりました」
 とおつぎから包を持ってまいり、取出して見せました。唐手の縞柄は端手はででもなく、縞縮緬は細格子ほそごうしで、色気も宜うございます。
村「大層い縞だの」
縫「誠に宜うございます」
村「これはの位というのだえ」
縫「これで先方むこうじゃアもう少し値売ねうりをしたいように申して居りますが、此の書付でと申すので」
村「二枚で此の値段書ねだんがきでは大層に安い物だの」
縫「へい、お安うございます、貴方お裏は新しいものでございます」
村「何ういう訳でれを払うというのだえ」
縫「先方むこうはよく/\困っているのでございます」
村「たけ身巾みはゞが違うと困るね」
縫「左様ならお置き遊ばしては何うでございます、一日ぐらいお置きあそばしても宜しゅうございます」
村「あんまり縞柄がいから、欲しいような心持もするから、置いてっておくれ」
縫「左様でございますか、じゃアわたくしが今日の暮方までに参りませんければ、明朝伺いに上ります」
村「ではあと※(「てへん+僉」、第3水準1-84-94)あらためて見よう」
 是をお世話いたせば幾許いくらか儲かるのだから先ず気に入ったようだとお縫は悦んで帰ってしまう、あとでお定を呼んで、
村「手伝っておくれ、ほどいて見よう、綿は何様どんなか」
 と段々解いて見ると。不思議なるかな襟筋えりすじに縫込んでありました一封の手紙が出ました。
村「おや、定や」
定「はい」
村「此様こんな手紙が出たよ」
定「おや/\襟ん中から奇態でございますね、何うして」
村「私にも分らんが、何ういう訳で襟の中へ……おかしいの」
定「女物の襟へ手紙を入れて置くのは訝しい訳でございますが、情夫いろおとこの処へでも遣るのでございましょう」
村「だってお前それにしても襟の中へ……訝しいじゃアないか」
定「左様でございますね、開けて御覧遊ばせよ、何と書いてあるか」
村「無闇に封を切っては悪かろう」
定「これを貴方の物にして、此の手紙を開けて御覧なすって、入用にゅうようの手紙なれば先方むこうへ返したっていじゃア有りませんか」
村「本当にうだね、封が固くしてあるよ、何と書いてあるだろう」
定「お禁厭まじないでございますか知らん、随分おまもりを襟へ縫込んで置く事がありますから、疫病除やくびょうよけに」
村「父上様まいる菊よりと書いてある、親の処へやったんで」
定「だって貴方親の処へ手紙をやるのに、封じを固くして襟の中へ縫付けて置くのはおかしゅうございますね、もっとも芸者などは自分の情郎いろおとこや何かを親の積りにして、世間へ知れないようにお父様とっさま/\とごまかすてえ事を聞いて居りますよ」
村「開けて見ようかの」
定「開けて御覧遊ばせよ」
村「面白いことが書いてあるだろうの」
定「屹度きっと惚気のろけ種々いろ/\書いてありましょうよ」
 悪いようだが封じが固いだけに、お開けて見たくなるは人情で、これから開封して見ますと、女の手で優しく書いてあります。
村「…ふみして申上もうしあげ[#「まいらせそろ」の草書体、426-5]…、きわっているの」
定「へえ、それから」
村「…益々御機嫌よく御暮おくら被成候なされそうろう御事おんこと蔭ながら御嬉おんうれしく存じあげ[#「まいらせそろ」の草書体、426-7]
定「定文句じょうもんくでございますね、しかし色男の処へ贈る手紙にしちゃアあらたまり過ぎてるように存じますね」
村「うだの、左候さそうらえばわたくし主人松蔭事ス……神原四郎治と申合せ渡邊様を殺そうとの悪だくみ……おや」
定「へえ……何ういう訳でございましょう」
村「黙っていなよ、……それのみならず水飴の中へ毒薬を仕込み、若殿様へ差上候よう両人の者しめし合せ居り候を、図らずわたくしが立聞致し驚き入り候」
定「呆れましたね、誰でございますえ」
村「大きな声をおしでないよ、世間へ知れるとわるいわ……一大事ゆえ文にしたゝめ差上候わんと取急ぎ認め候え共、し取落し候事も有れば、の者の手にっては尚々おかみのために相成らずと心配致し、あわせの襟[#「襟」は底本では「縫」]へ縫込み差上候間、添書そえしょの通りお宅にてこれを解き御覧の上渡邊様方に勤め居り候御兄様おあにさまへ此の文御見せ内々ない/\御重役様へ御知らせ下され候様願いあげ※尚[#「まいらせそろ」の草書体、427-1]申上度事もうしあげたきこと数々有之これあり候え共取急ぎ候まゝ書残し※[#「まいらせそろ」の草書体、427-2]おお目もじの上くわしく可申上候もうしあげべくそうろう芽出度めでたくかしく、父上様兄上様、菊…と、……菊というのは何かの、の新役の松蔭の処に奉公していた女中は菊と云ったっけかの」
定「わたくしは存じませんよ」
村「松蔭のうちにいた女中が殺されたような事を聞いたから、旦那様に聞いてもお前などは聞かんでもい事だと仰しゃるから、別段くわしくお聞き申しもしなかったが、是は容易な事ではないよ」
 と申している処へ一声ひとこえ高く、玄関にて、
僕「お帰りい」
村「旦那がお帰り遊ばした」
 とあわてゝお玄関へ出て両手をつかえ、
村「お帰り遊ばしまし」
定「お帰り遊ばせ」
富「あい、すぐ衣服きものを着換えよう」
村「お着換遊ばせ、定やお召換だよ、お湯をすぐに取って、さぞお疲れで」
富「いやもう大きに疲れました、ハアーどうも夜られんでな、大きに疲れました、ねむれんと云うのは誠にいかんものだ」
 是から衣服きものを着替えて座蒲団の上に坐ると、お烟草盆に火をけて出る、茶台に載せてお茶が出る。
村「毎日/\お夜詰よづめは誠にお苦労な事だと、蔭ながら申して居りますが、貴方までお加減がお悪くなると、かえっておかみのお為になりませんから、時々は外村とむら様とお替り遊ばす訳にはまいりませんので」
富「いや、外村と代っているよ」
村「今日こんにちの御様子は如何いかゞで」
富「少しはお宜しいように見受けたが、どうもお咳が出てお困り遊ばすようだ」
定「御機嫌宜しゅう、お上は如何でございます」
富「あい、大きに宜しい、定まで心配してるが、どうも困ったものじゃ」
村「早速貴方に申上げる事がございます、茶屋町の縫がまいりまして」
富「うん」
村「かれが払い物だと云って小袖こそでを二枚持ってまいりましたから、たけは何うかと存じまして、改める積りで解きましたところが、貴方えりの中から斯様こんな手紙が出ました、御覧遊ばせ」
 と差出すを受取り、
富「襟の中から、はて」
 とひらいて読み下し、にわかに顔色を変え、再び繰返し読直して居りまする内に、何と思ったか、
富「定」
定「はい」
富「茶屋町の裁縫しごとをいたす縫というものは何かえ、あれは亭主でも有るのか」
定「いえ、亭主はございません、四年已前あと死去なくなりまして、子供もなし、寡婦暮やもめぐらしで、只今はお屋敷やお寺方の仕事をいたして居りますので、お召縮緬めしちりめん半纒はんてんなどを着まして、芝居などへまいりますと、帰りには屹度きっとお茶屋で御膳や何かべますって」
富「其様そんな事は何うでもい、御新造松蔭のうちにいた下婢おんなは菊と云ったっけの」
村「わたくしは名を存じませんが、其の下女が下男と不義をいたして殺されたという話を聞きましたから、只今考えて居りますので」
富「只松蔭とのみで名が分らんと、ほかにない苗字でもなし、尤も神原四郎治は当家の御家来と確かに知れている、その四郎治と心を合せる者は大藏の外にはないが、先方さきの親の名が書いてあると調べるに都合も宜しいが、ス……これ定、其の茶屋町の縫という女を呼びにれ、すぐに……事を改めていうと胡乱うろんに思って、何処かへ隠れでもするといかんから、貴様一寸ちょっと行って来い、先刻さっき衣服きものの事について頼みたい事がある、他に仕立物もある、置いてまいった衣服二枚を買取るに都合もあるから、旦那様もお帰りになり、相談をするからと申してな、それに旨い物が出来たで、馳走をしてやる、早く来いと申して、すぐに呼んでまいれ」
定「じゃアわたくしがまいりましょうか」
富「かえって貴様の方が宜かろう、女は女同志で、此の事を決していうな」
定「何う致しまして、決して申しは致しません」
 と急いで出てまいりました。


 

作家录入:贯通日本语    责任编辑:贯通日本语 

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