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断崖の錯覚(だんがいのさっかく)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-9-20 9:27:14  点击:  切换到繁體中文


        七

 その夜、私は酔いしれた雪を、ほとんど抱きかかえるようにして、「いでゆ」を出た。雪は、私を宿まで送ってやると言い張るのである。いちめんに霜のおりたまちはしずかにしずまっていた。ひとめにかからず、かえって仕合せであると私は思った。そとへ出て冷たい風に当ると、私の酔はさっと醒めた。いや、風のせいだけではなかった。酔いしれた少女のからだのせいでもあった。しっとりと腕に重い、この魚のようにはつらつとした肉体の圧迫に、私は酔心地どころではなかった。幸福にもまちで誰にも見つからずに私たちは百花楼の門まで来た。大きい木の門は固くとざされていた。私は当惑した。
「おい、困った。門がしまっているんだ。」
「たたいたらいいんですよ。」
 雪は、私の腕からするっとぬけて、ふらふら門へ近寄った。
「よせ、よせ。恥かしいよ。」
 酔った女をつれて、夜おそく宿の門をたたいたとあれば、だいいち新進作家としての名誉はどうなる、死んでもそのようなさもしいことはできない。
「おい、君、もう帰れよ。君は、いでゆに寝泊りしているんだろう? こんどは僕が送って行ってやるよ。帰れよ。あした、また遊ぼう。」
「私、いや。」雪は、からだをはげしくゆすぶった。「いや、いや。」
「困るよ。じゃ、ふたりで野宿でもしようと言うのか。困るよ。僕は、宿のものへ恥かしいよ。」
「ああ、いいことがあるわ。おいでよ。」
 雪は手をぴしゃとって、そう言ってから、私の着物のそでをつかまえ、ひきずるようにしてぱたぱた歩きだした。
「なんだ、どうしたんだ。」
 私もよろよろしながら、それでも雪について歩いた。
「いいことがあるの。でも恥かしいわ。あのね、百花楼ではね、ときどきお客が女のひとを連れこむのに、いやよ、笑っちゃ。」
「笑ってやしないよ。」
「そんな入口があるのよ。ええ、秘密よ。湯殿のとこからはいるの。それは、宿でも知らぬふりしているの。私、でも、話に聞いただけよ。ほんとのことは知らないわ。私、知らないことよ。あなた、私を、みだらな女だと思って。」
 変に真面目な口調だった。
「それあ、判らん。」
 私は意地わるくそう答えて、せせら笑った。
「ええ、みだらな女よ。みだらな女よ。」
 雪はひくくそうつぶやいてから、ふと立ちどまって泣きだした。「どうせ、私は。でも、でも、たった一度、うん、たった二度よ。」
 私はわれを忘れて雪を抱きしめた。

        八

 そのわば秘密の入口から、私はまだ泣きじゃくっている雪をかかえて、こっそりと私の部屋へはいった。
「静かにしようよ。他に聞えると大変だ。」
 私は雪を坐らせて、なだめた。酔は、まったく醒めていた。
 雪の泣きはらした眼には、電燈の明るい光がまぶしいらしく、顔からちょっと手を離したが、またすぐひたと両手で顔を被った。
 寒さに赤くかじかんだ手の蔭から囁いた。
「私を軽蔑して?」
「いや!」私もむきになって答えた。「尊敬する。君は、神さまみたいだ。」
「うそよ。」
「ほんとうだ。僕は君みたいな女が欲しくて、小説を書いてるのだよ。僕は、ゆうべ初恋の記という小説を書いたけれど、これは、君をモデルにして書いたのだ。僕の理想の女性だ。読んでみないか。」
 私は机のうえの原稿をとりあげて、どたりと雪の方へなげてやった。
 雪は顔から手を離して、それをひざのうえにひろげた。ああ、そこには、私の名前でない男の名が、いや、ほんとうは私の名が、おおきく書かれていた。雪は、溜息ためいきついて黙読をはじめた。私は、机のそばに坐って、ひっそりと机に頬杖つき、わが愛読者の愛すべき横顔を眺めた。ああ、おのれの作品が眼のまえで、むさぼるように読まれて居るのを眺めるこの刺すような歓喜!
 雪は二三枚読むと、なんと思ったか、ぱっと原稿を膝から払いのけた。
「だめ。私読めないの。まだ酔っぱらっているのかしら。」
 私はいたく失望した。たとえ、どのように酔っていたとて、一行読みだすと、たちまちに酔も醒めて、最後の一行まで、胸のはりさける思いでむさぼり読まれてしかるべき傑作ではないか。ウイスキイ二三杯ぐらいの酔のために、膝からはらいのけるとは!
 私は泣きたくなった。
「面白くないのか?」
「いいえ、かえって苦しいの。私あんなに美しくないわ。」
 私は、ふたたび勇気を得た。そうだ、傑作にはそのような性格もあるのだ。よすぎて読めない。これは有り得る。そう安心すると、私は雪に対して、まえよりも強い、はばのひろい愛情を覚えたのだった。恋愛に憐憫の情がまじると、その感情はいっそうひろがり高まるものらしい。
「いや、そんなことはない。君の方が美しい。顔の美しさは心の美しさだ。心の美しいひとは必ず美人だ。女の美容術の第一課は、心のたんれんだ。僕はそう思うよ。」
「でも、私、よごれているのよ。」
「判らんなあ。だから。言ってるじゃないか。からだは問題でないんだ。心だよ、心だよ。」
 そう言いながら、私はわくわく興奮しだした。雪の傍にある原稿をひったくって、ぴりぴりと引き裂いた。
「あら!」
「いや、いいんだ。僕は君に自信をつけてやりたいのだ。これは傑作だ。知られざる傑作だ。けれども、ひとりの人間に自信をつけて救ってやるためには、どんな傑作でもよろこんで火中にわが身を投ずる。それが、ほんとうの傑作だ。僕は君ひとりのためにこの小説を書いたのだ。しかしこれが君を救わずにかえって苦しめたとすれば、僕は、これを破るほかはない。これを破ることで、君に自信をつけてやりたい。君を救ってやりたい。」
 私は、なおも、原稿を裂きつづけた。
「判ったわよ。判ったわよ。」雪は声をたてて泣きだした。泣きながら叫んだ。「私、泊るわ。ねえ、泊らしてよ。もっともっと。話を聞かしてよ。私、泊るわ。かまうものか。かまうものか。」

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