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踊る地平線(おどるちへいせん)10長靴の春

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-9-27 7:02:20  点击:  切换到繁體中文


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 車輪とレイルとの摩擦による火気が、鉄材を伝わって、上って来るのかも知れなかった。室内は、莫迦げて暑かった。そのために窓の硝子ガラスが膨脹して、白い汗を流した。で、私達は相談して、入口のドアを開け放して置くことに合意した。
 恐ろしい転轍の技能だった。そのびに、列車は何メートルかを飛行した。窓掛けが散乱した。衣裳鞄が踊った。脱いであるルセアニア人の靴が、ひとりでに歩き出した。私達は、空気を抱擁しようとして、何度か失敗した。
 鈍い音を立てて、戸口が人を吸い込んだ。その人は、激しく投げ出された身体からだが、機会的にルセアニア人の寝台を打って、その拍子に彼と並んで、そうして私と向き合って、上手に腰かけたので、やっと倒れることから自分を防いだ。それは、指を鳴らしたような出来事だった。私は、ルセアニア人へ話しかけようとしていた言葉を、唇の上でみ消したまま、この不可抗力による闖入者ちんにゅうしゃ観察スタディした。
 彼女は、アストラカンの長い外套を着て、空想的な創造になる黒のフェルト帽をかぶっていた。顔は、プラタナスの落葉の吹きつける百貨店の飾窓ウインドに、春の先駆を着て片手を上げている茶褐色の衣裳人形のように、どこまでも人工的な印象だった。眉は、細い鉛筆の一線だった。大きな口が、官能の門を閉ざしていた。眼は、熟さない林檎りんごの皮の青さだった。それが、汽車の震動を誇張して、二つの驚愕の窓のように見ひらかれていた。
 彼女は、咽喉のどの奥から笑いを転がし出して、含嗽うがいをした。そして急に、執事のような真面目な顔を作った。それから、この椿事ちんじを説明すべく、両方のひじを左右へ振った。
『何て揺れる汽車でしょう!』
 こうして彼女の全身は、私達のコンパアトメントのものとなったのだ。それなのに、彼女は、そこにそうして存在を延長していていいという私たちの許可を、沈黙の眼で促しているのである――。
 私は、必要を認めて、同室者の意見をも兼ねた。
『私達は、すこし神経質なのです。お互いに鼻を見ては笑い、つぎに悲しそうに考え込んで、果ては寝台を相手に大声にわめくだけのことです。居らしっても、面白いことはあるまいと思います。』
『私は、このままここにいていいのでしょうか。それとも、もう一度、あの車廊の遊動木を渡って、自分の部屋まで旅行しなければならないのでしょうか。』
『御随意に。』
 私はうしろへって、両脚をぶらぶらさせた。そのほうが、汽車の速力を助けるように思えたからだ。
『しかし、ご覧のとおり、私の同室者は、もう靴を脱いでしまって、靴下だけで床を踏んでいるのです。それさえお差支さしつかえなければ――。』
 すると、彼女の表情を、私への軽侮が走った。この私の紳士性は、彼女の憐愍れんびんを買うに充分だったのだ。
『何という興味ある話題でしょう!』
 彼女は、俄かの喜悦を示すために、外套の襟を抱き締めた。そして、前屈まえかがみの姿勢を採って、私達二人を聴衆に、こういう驚くべき秘密結社の暴露に着手したのである。
『明らかに、あなた方は、まだ、国際裸体婦人同盟に関して、何らお聞きになったことはないと見えますね。女でさえ今は裸体を主張しているのに、男の方が、靴下一枚でいたって、それが何でしょう? 国際裸体婦人同盟は、アントワアプに本部のある最左翼解放運動の前線で、言わばその独立活動隊です。会員は、目下欧羅巴ヨーロッパじゅうに七十人あまりですが、そのなかには、あの「幸福な白痴ハッピイ・フウル」を書いた倫敦ロンドンの劇作家モウド・ハインもいます。巴里パリーの雑誌記者が三人います。リデルヒブルグ大学の生物学教授シャンツ夫人もいます。最近では、ワルシャワ歌劇団のソプラノ花形のリル・デ・メル嬢と、ルツェルンの美容師で、六十七歳になるお婆さんとが加盟しました。そのほか、詩人、労働運動者、音楽家など、勿論みんな智識階級の女ばかりです。』
 彼女は語を切って、自分は何も国際裸体婦人同盟の宣伝をしているのではないと、私達を誤解から切断しようとした。私たちは、私達も今ちょうどそういう話を始めるところだったからと言って、彼女に、続けることを頼んだ。
『同盟の信条は、ごく簡単です。年中裸体で生活すること。これだけです。但し、外套と靴下は特別に許されることになっています。外套は、必要に応じて寒気を防ぐため。そして靴下は、跣足はだしで歩いていい設備が、まだ多くの都市に出来ていないものですから、仕方なしに靴をはく、その附属品としてです。が、そういう方面の訓練の全く欠けている、教養のない男達の眼から、私たちが裸体でいることを隠すために、私達は、四六時中どんな要心を強いられていることでしょう! 余計な注意を惹いて悶着を起したくないからです。それでも、私たち国際裸体婦人同盟の会員にとっては、裸かでいるほうが遥かに自然なのです。近代の女は、現世紀の狂気じみた性の騒ぎには、飽き飽きしました。性のことなど、問題にすべきではないのです。誰が、食べ物のことをそうやかましく言う人があるでしょう? 性は、はじめから種族的な「縦の本能」に過ぎません。人間には、もっと社会的な「横の仕事」がたくさんあるはずです。ところが、この簡単な「性」に神秘を着せるのが、われわれの着物です。一体着物というものは、支配階級が、富と権力を誇示して民衆をおどかしつけるために発明されたものではないでしょうか。それは徳律や宗教や評判のいい学説と同じに、現在の社会制度を支持するほか、何の役目もしていないのです。』
『すべてが習慣なのだ。』
 ここで、ルセアニア人が考え深そうに言った。
『だから、われわれは新しい習慣を創造しさえすればいいのだ。そして、それを、一般が不審がらずに受け入れるまで、闘って押しつけることだ。』
『そうです。その通りです。だから人間は、ことに女は今、男の前に真っ裸になる必要があるのです。衣服は、在来のすべての社会的罪悪の母でした。裸かですと、人は絶えず内省します。そして、対人関係と、それを総合した社会における個の位置と進展の方向とを、はっきり認識することが出来るでしょう。そこに、近代的に健康なスポウツマンシップも、理論上一つのきずもない完全な自由も発見されるわけです。』
『そうすると。』
 と私も、何か彼女の議論の助けになるようなことを、早く言わなければならない義務を感じ出した。口を閉じた彼女が、黙って私を激励した。それが私を、さっそく勇敢な独断家にしてしまった。
『そうすると、あらゆる意味での装身を景品の一つにして、こんなにまで個人間の自由競争を亢進させてその利をはんでいる狡猾な資本主義もお洒落な都会人に関する限り、その魅力の半分を失くすることになりますね。』
『勿論です。』彼女の顎が襟の開きを打った。『各方面から切り崩さなければならないほど、資本主義は、あまりにしっかり無智な人間を把握しています。ちょっと考えても解ることではないでしょうか。近代の女が、まだ着物を着てるなんて、何という古い醜さでしょう! 彼女らの言語でいっても、それは実にわらうべき流行遅れなのです。しかし、何事もはじめの間は厄介なものです。一番いけないことは、男が、女の裸体に慣れていないことです。けれど、これは無理もありません。が、そのうちには、マデレイヌもボンド街も第五街も、通行の裸かの女で充満する日が来ることでしょう。それが、国際裸体婦人同盟の理想なのです。これは必ず実現するにきまっていますが、そうなった日、女を見る男の眼も、自然変って来なければなりません。一般の女を、女としてより先に、まず人間として眺めて、そして、一般の女のなかからさえ、性ばかりでない、もっと価値あるもの、もっと智的なものを探し出そうとするでしょう。性はつまりません。お互いですもの。』
 つまり彼女によれば、国際裸体婦人同盟は、この、世紀的に古い誤謬に毒され切っている男達を、その可哀そうな状態から救い出すための、親切な教育団体だと言うのだ。私達は、彼女の説に、異常な恐怖と好奇と感謝を感じながらも、それを表面に現わさないだけの努力を必要とした。すこしでも、「この瞬間の傾向」の背後に立っていると思われたくない虚栄心が、私たちという二人の男を強く支配している事実に、私は気がついていた。したがって、近く彼女が示そうとしているであろう彼女自身の実証に対しても、私たちは、それを待ちあぐんでいることなどは気振けぶりにも見せなかった。実際、若いルセアニア人は、そんなところは何マイルも先に行ってると言ったように、しきりに欠伸あくびをしていたし、私は、出来るだけ詰らなそうに、びたび窓の外を覗かなければならなかった。硝子ガラスが一面に塩を吹いて、何も見えはしなかったけれど。
 私は、汽車の両腹を撫でて、非常な速力でうしろへ逃げて行く暗黒くらやみの音を聞いた。
 それは、長靴の膝に当る地方の深夜だった。そして、停電は沿線全体のものだった。
 彼女が言っていた。
 一九二八年の暮れだった。そこは、伯林ベルリンの雑沓だった。電車を降りようとしていた彼女は、無礼な群衆の不注意から、彼女の外套の下を瞥見されるような過失を結果してしまった。そういう訓練のない男達の眼が、彼女に一斉射撃された。警官が来た。彼女は既に、拘引と、そして退屈きわまる訊問とを覚悟していた。が、警官は、警察へ同行するかわりに、保護と称して、暗い公園の奥へ彼女をれ込もうとしたというのだ――。
『救われない!』
 ルセアニア人が叫んだ。すると彼女は、啓示を受けた人のように、急にち上ったのである。
『一たい誰が、あなたに着物を着ることを教えましたか。』
 そして、彼女は、今まで片手で押さえていたアストラカン外套の前を、手早く開けて見せた。下には直ぐに、薄桃色の曲線と、円味まるみを持ったおもてとが、三十年近く生きて来て、たるんでいた。毛穴が、早春の地中海の夜気を呼吸して、全体をすこし粟立あわだたせているように、私は観察した。
『ポケットがなくて、不便です。』彼女が打ち明けた。『が、靴下を吊る仕掛けのほか、私はいつもこれで、そして、誰よりも一番好い着物を着ているつもりです。』
 私達は、あわてて賛成した。彼女は、もう一度、アストラカンの前を合わせて、濡れた気体か何ぞのように、ルセアニア人の寝台の端に固くなった。それが彼女を、急に疲れて見せた。
『あなた方が、私のこの服装を気にするほど、反動的でなければいいがと思います。』
 私は、第一、そうして外套さえき合わせていれば、絶対に私達の眼に入りっこないし、仮りに外套を脱いだところで、私も、私の同室者も、そんな小さなことからは解放されているからと言って、彼女を安心させた。そうすると彼女は、まだ自分の服装のことを考えて、それを話題にのぼすような仕方は、まるで今までの普通の女と同じで、同盟員が目的にしている若々しい反逆――実は、それは、単なる純理論の実行に過ぎないのだが――には、何らならないと反省して、しとやかに自分を責めた。それから彼女は、耳の上に挟んでいたみかけの葉巻をくわえて、ううううなりながら、私達に燐寸マッチを催促するために、それをる手真似をした。

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