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坊っちゃん(ぼっちゃん)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-10-18 9:20:56  点击:  切换到繁體中文


「おれは無論行くんだ。古賀さんが立つ時は、はままで見送りに行こうと思ってるくらいだ」
「送別会は面白いぜ、出て見たまえ。今日は大いに飲むつもりだ」
「勝手に飲むがいい。おれはさかなを食ったら、すぐ帰る。酒なんか飲む奴は馬鹿ばかだ」
「君はすぐ喧嘩けんかける男だ。なるほど江戸っ子の軽跳けいちょうな風を、よく、あらわしてる」
「何でもいい、送別会へ行く前にちょっとおれのうちへお寄り、はなしがあるから」

 山嵐は約束やくそく通りおれの下宿へ寄った。おれはこの間から、うらなり君の顔を見る度に気の毒でたまらなかったが、いよいよ送別の今日となったら、何だかあわれっぽくって、出来る事なら、おれが代りに行ってやりたい様な気がしだした。それで送別会の席上で、大いに演説でもしてその行をさかんにしてやりたいと思うのだが、おれのべらんめえ調子じゃ、到底とうてい物にならないから、大きな声を出す山嵐をやとって、一番赤シャツの荒肝あらぎもひしいでやろうと考え付いたから、わざわざ山嵐を呼んだのである。
 おれはまず冒頭ぼうとうとしてマドンナ事件から説き出したが、山嵐は無論マドンナ事件はおれよりくわしく知っている。おれが野芹川のぜりがわの土手の話をして、あれは馬鹿野郎ばかやろうだと云ったら、山嵐は君はだれをつらまえても馬鹿よばわりをする。今日学校で自分の事を馬鹿と云ったじゃないか。自分が馬鹿なら、赤シャツは馬鹿じゃない。自分は赤シャツの同類じゃないと主張した。それじゃ赤シャツは腑抜ふぬけの呆助ほうすけだと云ったら、そうかもしれないと山嵐は大いに賛成した。山嵐は強い事は強いが、こんな言葉になると、おれよりはるかに字を知っていない。会津っぽなんてものはみんな、こんな、ものなんだろう。
 それから増給事件と将来重く登用すると赤シャツが云った話をしたら山嵐はふふんと鼻から声を出して、それじゃ僕を免職めんしょくする考えだなと云った。免職するつもりだって、君は免職になる気かと聞いたら、だれがなるものか、自分が免職になるなら、赤シャツもいっしょに免職させてやると大いに威張いばった。どうしていっしょに免職させる気かと押し返してたずねたら、そこはまだ考えていないと答えた。山嵐は強そうだが、智慧ちえはあまりなさそうだ。おれが増給をことわったと話したら、大将大きに喜んでさすが江戸っ子だ、えらいとめてくれた。
 うらなりが、そんなにいやがっているなら、なぜ留任の運動をしてやらなかったと聞いてみたら、うらなりから話を聞いた時は、すでにきまってしまって、校長へ二度、赤シャツへ一度行って談判してみたが、どうする事も出来なかったと話した。それについても古賀があまり好人物過ぎるから困る。赤シャツから話があった時、断然断わるか、一応考えてみますとげればいいのに、あの弁舌に胡魔化されて、即席そくせき許諾きょだくしたものだから、あとからおっかさんが泣きついても、自分が談判に行っても役に立たなかったと非常に残念がった。
 今度の事件は全く赤シャツが、うらなりを遠ざけて、マドンナを手に入れる策略なんだろうとおれが云ったら、無論そうに違いない。あいつは大人おとなしい顔をして、悪事を働いて、人が何か云うと、ちゃんと逃道にげみちこしらえて待ってるんだから、よっぽど奸物かんぶつだ。あんな奴にかかっては鉄拳制裁てっけんせいさいでなくっちゃ利かないと、こぶだらけのうでをまくってみせた。おれはついでだから、君の腕は強そうだな柔術じゅうじゅつでもやるかと聞いてみた。すると大将二の腕へ力瘤を入れて、ちょっとつかんでみろと云うから、指の先でんでみたら、何の事はない湯屋にある軽石の様なものだ。
 おれはあまり感心したから、君そのくらいの腕なら、赤シャツの五人や六人は一度に張り飛ばされるだろうと聞いたら、無論さと云いながら、曲げた腕をばしたり、縮ましたりすると、力瘤がぐるりぐるりと皮のなかで廻転かいてんする。すこぶる愉快ゆかいだ。山嵐の証明する所によると、かんじんりを二本より合せて、この力瘤の出る所へ巻きつけて、うんと腕を曲げると、ぷつりと切れるそうだ。かんじんよりなら、おれにも出来そうだと云ったら、出来るものか、出来るならやってみろと来た。切れないと外聞がわるいから、おれは見合せた。
 君どうだ、今夜の送別会に大いに飲んだあと、赤シャツと野だをなぐってやらないかと面白半分に勧めてみたら、山嵐はそうだなと考えていたが、今夜はまあよそうと云った。なぜと聞くと、今夜は古賀に気の毒だから――それにどうせ撲るくらいなら、あいつらの悪るい所を見届けて現場で撲らなくっちゃ、こっちの落度になるからと、分別のありそうな事を附加つけたした。山嵐でもおれよりは考えがあると見える。
 じゃ演説をして古賀君を大いにほめてやれ、おれがすると江戸っ子のぺらぺらになって重みがなくていけない。そうして、きまった所へ出ると、急に溜飲りゅういんが起って咽喉のどの所へ、大きなたまが上がって来て言葉が出ないから、君にゆずるからと云ったら、妙な病気だな、じゃ君は人中じゃ口は利けないんだね、困るだろう、と聞くから、何そんなに困りゃしないと答えておいた。
 そうこうするうち時間が来たから、山嵐と一所に会場へ行く。会場は花晨亭かしんていといって、当地ここで第一等の料理屋だそうだが、おれは一度も足を入れた事がない。もとの家老とかの屋敷やしきを買い入れて、そのまま開業したという話だが、なるほど見懸みかけからしていかめしい構えだ。家老の屋敷が料理屋になるのは、陣羽織じんばおりい直して、胴着どうぎにする様なものだ。
 二人が着いたころには、人数にんずももう大概揃たいがいそろって、五十じょうの広間に二つ三つ人間のかたまりが出来ている。五十畳だけにとこは素敵に大きい。おれが山城屋で占領せんりょうした十五畳敷の床とは比較にならない。尺を取ってみたら二間あった。右の方に、赤い模様のある瀬戸物のかめえて、その中にまつの大きなえだしてある。松の枝を挿して何にする気か知らないが、何ヶ月立っても散る気遣いがないから、銭が懸らなくって、よかろう。あの瀬戸物はどこで出来るんだと博物の教師に聞いたら、あれは瀬戸物じゃありません、伊万里いまりですと云った。伊万里だって瀬戸物じゃないかと、云ったら、博物はえへへへへと笑っていた。あとで聞いてみたら、瀬戸で出来る焼物だから、瀬戸と云うのだそうだ。おれは江戸っ子だから、陶器とうきの事を瀬戸物というのかと思っていた。床の真中に大きな懸物があって、おれの顔くらいな大きさな字が二十八字かいてある。どうも下手へたなものだ。あんまり不味まずいから、漢学の先生に、なぜあんなまずいものを麗々れいれいと懸けておくんですとたずねたところ、先生はあれは海屋かいおくといって有名な書家のかいた者だと教えてくれた。海屋だか何だか、おれは今だに下手だと思っている。
 やがて書記の川村がどうかお着席をと云うから、柱があってりかかるのに都合のいい所へすわった。海屋の懸物の前にたぬき羽織はおりはかまで着席すると、左に赤シャツが同じく羽織袴で陣取じんどった。右の方は主人公だというのでうらなり先生、これも日本服でひかえている。おれは洋服だから、かしこまるのが窮屈きゅうくつだったから、すぐ胡坐あぐらをかいた。となりの体操たいそう教師は黒ずぼんで、ちゃんとかしこまっている。体操の教師だけにいやに修行が積んでいる。やがておぜんが出る。徳利とくりならぶ。幹事が立って、一言いちごん開会の辞を述べる。それから狸が立つ。赤シャツがつ。ことごとく送別の辞を述べたが、三人共申し合せたようにうらなり君の、良教師で好人物な事を吹聴ふいちょうして、今回去られるのはまことに残念である、学校としてのみならず、個人として大いに惜しむところであるが、ご一身上のご都合で、切に転任をご希望になったのだからいたかたがないという意味を述べた。こんなうそをついて送別会を開いて、それでちっともはずかしいとも思っていない。ことに赤シャツに至って三人のうちで一番うらなり君をほめた。この良友を失うのは実に自分にとって大なる不幸であるとまで云った。しかもそのいい方がいかにも、もっともらしくって、例のやさしい声を一層やさしくして、述べ立てるのだから、始めて聞いたものは、誰でもきっとだまされるにきまってる。マドンナも大方この手で引掛ひっかけたんだろう。赤シャツが送別の辞を述べ立てている最中、向側むかいがわに坐っていた山嵐がおれの顔を見てちょっと稲光いなびかりをさした。おれは返電として、人指し指でべっかんこうをして見せた。
 赤シャツが座に復するのを待ちかねて、山嵐がぬっと立ち上がったから、おれはうれしかったので、思わず手をぱちぱちとった。すると狸を始め一同がことごとくおれの方を見たには少々困った。山嵐は何を云うかと思うとただ今校長始めことに教頭は古賀君の転任を非常に残念がられたが、私は少々反対で古賀君が一日いちじつも早く当地を去られるのを希望しております。延岡は僻遠へきえんの地で、当地に比べたら物質上の不便はあるだろう。が、聞くところによれば風俗のすこぶる淳朴じゅんぼくな所で、職員生徒ことごとく上代樸直じょうだいぼくちょくの気風を帯びているそうである。心にもないお世辞をいたり、美しい顔をして君子をおとしいれたりするハイカラ野郎は一人もないと信ずるからして、君のごとき温良篤厚とっこうの士は必ずその地方一般の歓迎かんげいを受けられるに相違そういない。吾輩わがはいは大いに古賀君のためにこの転任を祝するのである。終りに臨んで君が延岡に赴任ふにんされたら、その地の淑女しゅくじょにして、君子の好逑こうきゅうとなるべき資格あるものをえらんで一日いちじつも早く円満なる家庭をかたち作って、かの不貞無節なるお転婆てんばを事実の上において慚死ざんしせしめん事を希望します。えへんえへんと二つばかり大きな咳払せきばらいをして席に着いた。おれは今度も手をたたこうと思ったが、またみんながおれのかおを見るといやだから、やめにしておいた。山嵐が坐ると今度はうらなり先生が起った。先生はご鄭寧ていねいに、自席から、座敷のはしの末座まで行って、慇懃いんぎんに一同に挨拶あいさつをした上、今般は一身上の都合で九州へ参る事になりましたについて、諸先生方が小生のためにこの盛大せいだいなる送別会をお開き下さったのは、まことに感銘かんめいの至りにえぬ次第で――ことにただ今は校長、教頭その他諸君の送別の辞を頂戴ちょうだいして、大いに難有ありがた服膺ふくようする訳であります。私はこれから遠方へ参りますが、なにとぞ従前の通りお見捨てなくご愛顧あいこのほどを願います。とへえつく張って席にもどった。うらなり君はどこまで人が好いんだか、ほとんど底が知れない。自分がこんなに馬鹿にされている校長や、教頭にうやうやしくお礼を云っている。それも義理一遍いっぺんの挨拶ならだが、あの様子や、あの言葉つきや、あの顔つきから云うと、しんから感謝しているらしい。こんな聖人に真面目にお礼を云われたら、気の毒になって、赤面しそうなものだが狸も赤シャツも真面目に謹聴きんちょうしているばかりだ。
 挨拶が済んだら、あちらでもチュー、こちらでもチュー、という音がする。おれも真似をしてしるを飲んでみたがまずいもんだ。口取くちとり蒲鉾かまぼこはついてるが、どす黒くて竹輪の出来損できそこないである。刺身さしみも並んでるが、厚くってまぐろの切り身を生で食うと同じ事だ。それでもとなり近所の連中はむしゃむしゃうまそうに食っている。大方江戸前の料理を食った事がないんだろう。
 そのうち燗徳利かんどくり頻繁ひんぱんに往来し始めたら、四方が急ににぎやかになった。野だ公は恭しく校長の前へ出てさかずきを頂いてる。いやな奴だ。うらなり君は順々に献酬けんしゅうをして、一巡周いちじゅんめぐるつもりとみえる。はなはだご苦労である。うらなり君がおれの前へ来て、一つ頂戴致しましょうと袴のひだを正して申し込まれたから、おれも窮屈にズボンのままかしこまって、一ぱい差し上げた。せっかく参って、すぐお別れになるのは残念ですね。ご出立しゅったつはいつです、是非浜までお見送りをしましょうと云ったら、うらなり君はいえご用おおのところ決してそれにはおよびませんと答えた。うらなり君が何と云ったって、おれは学校を休んで送る気でいる。
 それから一時間ほどするうちに席上は大分乱れて来る。まあ一ぱい、おや僕が飲めと云うのに……などと呂律ろれつまわりかねるのも一人二人ひとりふたり出来て来た。少々退屈たいくつしたから便所へ行って、昔風な庭を星明りにすかしてながめていると山嵐が来た。どうださっきの演説はうまかったろう。と大分得意である。大賛成だが一ヶ所気に入らないと抗議こうぎを申し込んだら、どこが不賛成だと聞いた。
「美しい顔をして人を陥れるようなハイカラ野郎は延岡にらないから……と君は云ったろう」
「うん」
「ハイカラ野郎だけでは不足だよ」
「じゃ何と云うんだ」
「ハイカラ野郎の、ペテン師の、イカサマ師の、猫被ねこっかぶりの、香具師やしの、モモンガーの、岡っ引きの、わんわん鳴けば犬も同然な奴とでも云うがいい」
「おれには、そう舌は廻らない。君は能弁だ。第一単語を大変たくさん知ってる。それで演舌えんぜつが出来ないのは不思議だ」
「なにこれは喧嘩けんかのときに使おうと思って、用心のために取っておく言葉さ。演舌となっちゃ、こうは出ない」
「そうかな、しかしぺらぺら出るぜ。もう一遍やって見たまえ」
「何遍でもやるさいいか。――ハイカラ野郎のペテン師の、イカサマ師の……」と云いかけていると、椽側えんがわをどたばた云わして、二人ばかり、よろよろしながらけ出して来た。
「両君そりゃひどい、――逃げるなんて、――僕が居るうちは決してにがさない、さあのみたまえ。――いかさま師?――面白い、いかさま面白い。――さあ飲みたまえ」
とおれと山嵐をぐいぐい引っ張って行く。実はこの両人共便所に来たのだが、ってるもんだから、便所へはいるのを忘れて、おれ等を引っ張るのだろう。酔っ払いは目のあたる所へ用事を拵えて、前の事はすぐ忘れてしまうんだろう。
「さあ、諸君、いかさま師を引っ張って来た。さあ飲ましてくれたまえ。いかさま師をうんと云うほど、酔わしてくれたまえ。君逃げちゃいかん」
と逃げもせぬ、おれを壁際かべぎわし付けた。諸方を見廻してみると、膳の上に満足な肴の乗っているのは一つもない。自分の分を奇麗きれいに食いつくして、五六間先へ遠征えんせいに出た奴もいる。校長はいつ帰ったか姿が見えない。
 ところへお座敷はこちら? と芸者が三四人はいって来た。おれも少しおどろいたが、壁際へ圧し付けられているんだから、じっとしてただ見ていた。すると今まで床柱とこばしらへもたれて例の琥珀こはくのパイプを自慢じまんそうにくわえていた、赤シャツが急にって、座敷を出にかかった。むこうからはいって来た芸者の一人が、行き違いながら、笑って挨拶をした。その一人は一番若くて一番奇麗な奴だ。遠くできこえなかったが、おや今晩はぐらい云ったらしい。赤シャツは知らん顔をして出て行ったぎり、顔を出さなかった。大方校長のあとを追懸おいかけて帰ったんだろう。
 芸者が来たら座敷中急に陽気になって、一同がときの声をげて歓迎かんげいしたのかと思うくらい、騒々そうぞうしい。そうしてある奴はなんこをつかむ。その声の大きな事、まるで居合抜いあいぬき稽古けいこのようだ。こっちではけんを打ってる。よっ、はっ、と夢中むちゅうで両手を振るところは、ダーク一座の操人形あやつりにんぎょうよりよっぽど上手じょうずだ。向うのすみではおいおしゃくだ、と徳利を振ってみて、酒だ酒だと言い直している。どうもやかましくて騒々しくってたまらない。そのうちで手持無沙汰てもちぶさたに下を向いて考え込んでるのはうらなり君ばかりである。自分のために送別会を開いてくれたのは、自分の転任をおしんでくれるんじゃない。みんなが酒をんで遊ぶためだ。自分独りが手持無沙汰で苦しむためだ。こんな送別会なら、開いてもらわない方がよっぽどましだ。
 しばらくしたら、めいめい胴間声どうまごえを出して何かうたい始めた。おれの前へ来た一人の芸者が、あんた、なんぞ、唄いなはれ、と三味線をかかえたから、おれは唄わない、貴様唄ってみろと云ったら、かね太鼓たいこでねえ、迷子の迷子の三太郎と、どんどこ、どんのちゃんちきりん。叩いて廻ってわれるものならば、わたしなんぞも、金や太鼓でどんどこ、どんのちゃんちきりんと叩いて廻って逢いたい人がある、と二た息にうたって、おおしんどと云った。おおしんどなら、もっと楽なものをやればいいのに。
 すると、いつの間にかそばへ来て坐った、野だが、鈴ちゃん逢いたい人に逢ったと思ったら、すぐお帰りで、お気の毒さまみたようでげすと相変らずはなし家みたような言葉使いをする。知りまへんと芸者はつんと済ました。野だは頓着とんじゃくなく、たまたま逢いは逢いながら……と、いやな声を出して義太夫ぎだゆう真似まねをやる。おきなはれやと芸者は平手で野だのひざを叩いたら野だは恐悦きょうえつして笑ってる。この芸者は赤シャツに挨拶をした奴だ。芸者に叩かれて笑うなんて、野だもおめでたい者だ。鈴ちゃん僕が紀伊の国をおどるから、一ついて頂戴と云い出した。野だはこの上まだ踴る気でいる。
 向うの方で漢学のおじいさんが歯のない口をゆがめて、そりゃ聞えません伝兵衛でんべいさん、お前とわたしのその中は……とまでは無事にすましたが、それから? と芸者に聞いている。爺さんなんて物覚えのわるいものだ。一人が博物をつらまえて近頃ちかごろこないなのが、でけましたぜ、弾いてみまほうか。よう聞いて、いなはれや――花月巻かげつまき、白いリボンのハイカラ頭、乗るは自転車、弾くはヴァイオリン、半可はんかの英語でぺらぺらと、I am glad to see you と唄うと、博物はなるほど面白い、英語入りだねと感心している。
 山嵐は馬鹿に大きな声を出して、芸者、芸者と呼んで、おれが剣舞けんぶをやるから、三味線を弾けと号令を下した。芸者はあまり乱暴な声なので、あっけに取られて返事もしない。山嵐は委細構わず、ステッキを持って来て、踏破千山万岳烟ふみやぶるせんざんばんがくのけむり真中まんなかへ出て独りでかくし芸を演じている。ところへ野だがすでに紀伊の国を済まして、かっぽれを済まして、たな達磨だるまさんを済して丸裸まるはだか越中褌えっちゅうふんどし一つになって、棕梠箒しゅろぼうきを小脇にい込んで、日清談判破裂はれつして……と座敷中練りあるき出した。まるで気違きちがいだ。
 おれはさっきから苦しそうに袴もがず控えているうらなり君が気の毒でたまらなかったが、なんぼ自分の送別会だって、越中褌の裸踴はだかおどりまで羽織袴で我慢がまんしてみている必要はあるまいと思ったから、そばへ行って、古賀さんもう帰りましょうと退去を勧めてみた。するとうらなり君は今日は私の送別会だから、私が先へ帰っては失礼です、どうぞご遠慮えんりょなくと動く景色もない。なに構うもんですか、送別会なら、送別会らしくするがいいです、あの様をご覧なさい。気狂会きちがいかいです。さあ行きましょうと、進まないのを無理に勧めて、座敷を出かかるところへ、野だが箒を振り振り進行して来て、やご主人が先へ帰るとはひどい。日清談判だ。帰せないと箒を横にして行く手をふさいだ。おれはさっきから肝癪かんしゃくが起っているところだから、日清談判なら貴様はちゃんちゃんだろうと、いきなり拳骨げんこつで、野だの頭をぽかりとわしてやった。野だは二三秒の間毒気を抜かれたていで、ぼんやりしていたが、おやこれはひどい。おちになったのは情ない。この吉川をご打擲ちょうちゃくとは恐れ入った。いよいよもって日清談判だ。とわからぬ事をならべているところへ、うしろから山嵐が何か騒動そうどうが始まったと見てとって、剣舞をやめて、飛んできたが、このていたらくを見て、いきなり頸筋くびすじをうんとつかんで引きもどした。日清……いたい。いたい。どうもこれは乱暴だと振りもがくところを横にねじったら、すとんとたおれた。あとはどうなったか知らない。途中とちゅうでうらなり君に別れて、うちへ帰ったら十一時過ぎだった。

     十

 祝勝会で学校はお休みだ。練兵場れんぺいばで式があるというので、たぬきは生徒を引率して参列しなくてはならない。おれも職員の一人ひとりとしていっしょにくっついて行くんだ。町へ出ると日の丸だらけで、まぼしいくらいである。学校の生徒は八百人もあるのだから、体操の教師が隊伍たいごを整えて、一組一組の間を少しずつ明けて、それへ職員が一人か二人ふたりずつ監督かんとくとして割り仕掛しかけである。仕掛しかけだけはすこぶる巧妙こうみょうなものだが、実際はすこぶる不手際である。生徒は小供こどもの上に、生意気で、規律を破らなくっては生徒の体面にかかわると思ってる奴等やつらだから、職員が幾人いくたりついて行ったって何の役に立つもんか。命令も下さないのに勝手な軍歌をうたったり、軍歌をやめるとワーと訳もないのにときの声をげたり、まるで浪人ろうにんが町内をねりあるいてるようなものだ。軍歌も鬨の声も揚げない時はがやがや何か喋舌しゃべってる。喋舌らないでも歩けそうなもんだが、日本人はみな口から先へ生れるのだから、いくら小言をったって聞きっこない。喋舌るのもただ喋舌るのではない、教師のわる口を喋舌るんだから、下等だ。おれは宿直事件で生徒を謝罪さして、まあこれならよかろうと思っていた。ところが実際は大違おおちがいである。下宿のばあさんの言葉を借りて云えば、正に大違いの勘五郎かんごろうである。生徒があやまったのはしんから後悔こうかいしてあやまったのではない。ただ校長から、命令されて、形式的に頭を下げたのである。商人が頭ばかり下げて、ずるい事をやめないのと一般で生徒も謝罪だけはするが、いたずらは決してやめるものでない。よく考えてみると世の中はみんなこの生徒のようなものから成立しているかも知れない。人があやまったりびたりするのを、真面目まじめに受けて勘弁するのは正直過ぎる馬鹿ばかと云うんだろう。あやまるのも仮りにあやまるので、勘弁するのも仮りに勘弁するのだと思ってればつかえない。もし本当にあやまらせる気なら、本当に後悔するまでたたきつけなくてはいけない。
 おれが組と組の間にはいって行くと、天麩羅てんぷらだの、団子だんごだの、と云う声が絶えずする。しかも大勢だから、だれが云うのだか分らない。よし分ってもおれの事を天麩羅と云ったんじゃありません、団子と申したのじゃありません、それは先生が神経衰弱しんけいすいじゃくだから、ひがんで、そう聞くんだぐらい云うにまってる。こんな卑劣ひれつな根性は封建時代から、養成したこの土地の習慣なんだから、いくら云って聞かしたって、教えてやったって、到底とうてい直りっこない。こんな土地に一年も居ると、潔白なおれも、この真似まねをしなければならなく、なるかも知れない。むこうでうまく言いけられるような手段で、おれの顔をよごすのをほうっておく、樗蒲一ちょぼいちはない。向こうが人ならおれも人だ。生徒だって、子供だって、ずう体はおれより大きいや。だから刑罰けいばつとして何か返報をしてやらなくっては義理がわるい。ところがこっちから返報をする時分に尋常じんじょうの手段で行くと、向うから逆捩さかねじを食わして来る。貴様がわるいからだと云うと、初手からみちが作ってある事だから滔々とうとうと弁じ立てる。弁じ立てておいて、自分の方を表向きだけ立派にしてそれからこっちの非を攻撃こうげきする。もともと返報にした事だから、こちらの弁護は向うの非が挙がらない上は弁護にならない。つまりは向うから手を出しておいて、世間体はこっちが仕掛けた喧嘩けんかのように、見傚みなされてしまう。大変な不利益だ。それなら向うのやるなり、愚迂多良童子ぐうたらどうじを極め込んでいれば、向うはますます増長するばかり、大きく云えば世の中のためにならない。そこで仕方がないから、こっちも向うの筆法を用いてつらまえられないで、手の付けようのない返報をしなくてはならなくなる。そうなっては江戸えどっ子も駄目だめだ。駄目だが一年もこうやられる以上は、おれも人間だから駄目でも何でもそうならなくっちゃ始末がつかない。どうしても早く東京へ帰ってきよといっしょになるに限る。こんな田舎いなかに居るのは堕落だらくしに来ているようなものだ。新聞配達をしたって、ここまで堕落するよりはましだ。
 こう考えて、いやいや、いてくると、何だか先鋒せんぽうが急にがやがやさわぎ出した。同時に列はぴたりと留まる。変だから、列を右へはずして、向うを見ると、大手町おおてまちき当って薬師町やくしまちへ曲がる角の所で、行きづまったぎり、し返したり、押し返されたりしてみ合っている。前方から静かに静かにと声をらして来た体操教師に何ですと聞くと、曲り角で中学校と師範しはん学校が衝突しょうとつしたんだと云う。
 中学と師範とはどこの県下でも犬とさるのように仲がわるいそうだ。なぜだかわからないが、まるで気風が合わない。何かあると喧嘩をする。大方せまい田舎で退屈たいくつだから、暇潰ひまつぶしにやる仕事なんだろう。おれは喧嘩は好きな方だから、衝突と聞いて、面白半分にけ出して行った。すると前の方にいる連中は、しきりに何だ地方税のくせに、引き込めと、怒鳴どなってる。後ろからは押せ押せと大きな声を出す。おれは邪魔じゃまになる生徒の間をくぐり抜けて、曲がり角へもう少しで出ようとした時に、前へ! と云う高くするどい号令がきこえたと思ったら師範学校の方は粛粛しゅくしゅくとして行進を始めた。先を争った衝突は、折合がついたには相違そういないが、つまり中学校が一歩をゆずったのである。資格から云うと師範学校の方が上だそうだ。
 祝勝の式はすこぶる簡単なものであった。旅団長が祝詞を読む、知事が祝詞を読む、参列者が万歳ばんざいを唱える。それでおしまいだ。余興は午後にあると云う話だから、ひとまず下宿へ帰って、こないだじゅうから、気にかかっていた、清への返事をかきかけた。今度はもっとくわしく書いてくれとの注文だから、なるべく念入ねんいりしたためなくっちゃならない。しかしいざとなって、半切はんきれを取り上げると、書く事はたくさんあるが、何から書き出していいか、わからない。あれにしようか、あれは面倒臭めんどうくさい。これにしようか、これはつまらない。何か、すらすらと出て、骨が折れなくって、そうして清が面白がるようなものはないかしらん、と考えてみると、そんな注文通りの事件は一つもなさそうだ。おれはすみって、筆をしめして、巻紙をにらめて、――巻紙を睨めて、筆をしめして、墨を磨って――同じ所作を同じように何返もり返したあと、おれには、とても手紙は書けるものではないと、あきらめてすずりふたをしてしまった。手紙なんぞをかくのは面倒臭い。やっぱり東京まで出掛けて行って、って話をするのが簡便だ。清の心配は察しないでもないが、清の注文通りの手紙を書くのは三七日の断食だんじきよりも苦しい。
 おれは筆と巻紙をほうり出して、ごろりと転がって肱枕ひじまくらをしてにわの方をながめてみたが、やっぱり清の事が気にかかる。その時おれはこう思った。こうして遠くへ来てまで、清の身の上を案じていてやりさえすれば、おれの真心まことは清に通じるに違いない。通じさえすれば手紙なんぞやる必要はない。やらなければ無事でくらしてると思ってるだろう。たよりは死んだ時か病気の時か、何か事の起った時にやりさえすればいい訳だ。
 庭は十坪とつぼほどの平庭で、これという植木もない。ただ一本の蜜柑みかんがあって、へいのそとから、目標めじるしになるほど高い。おれはうちへ帰ると、いつでもこの蜜柑を眺める。東京を出た事のないものには蜜柑のっているところはすこぶるめずらしいものだ。あの青い実がだんだん熟してきて、黄色になるんだろうが、定めて奇麗きれいだろう。今でももう半分色の変ったのがある。ばあさんに聞いてみると、すこぶる水気の多い、うまい蜜柑だそうだ。今にうれたら、たんとし上がれと云ったから、毎日少しずつ食ってやろう。もう三週間もしたら、充分じゅうぶん食えるだろう。まさか三週間以内にここを去る事もなかろう。
 おれが蜜柑の事を考えているところへ、偶然山嵐ぐうぜんやまあらしが話しにやって来た。今日は祝勝会だから、君といっしょにご馳走ちそうを食おうと思って牛肉を買って来たと、竹の皮のつつみたもとから引きずり出して、座敷ざしき真中まんなかへ抛り出した。おれは下宿で芋責いもぜめ豆腐責になってる上、蕎麦そば屋行き、団子だんご屋行きを禁じられてる際だから、そいつは結構だと、すぐ婆さんからなべと砂糖をかり込んで、煮方にかたに取りかかった。
 山嵐は無暗むやみに牛肉を頬張ほおばりながら、君あの赤シャツが芸者に馴染なじみのある事を知ってるかと聞くから、知ってるとも、この間うらなりの送別会の時に来た一人がそうだろうと云ったら、そうだぼくはこのごろようやく勘づいたのに、君はなかなか敏捷びんしょうだと大いにほめた。
「あいつは、ふた言目には品性だの、精神的娯楽ごらくだのと云うくせに、裏へまわって、芸者と関係なんかつけとる、しからんやつだ。それもほかの人が遊ぶのを寛容かんようするならいいが、君が蕎麦屋へ行ったり、団子屋へはいるのさえ取締上とりしまりじょう害になると云って、校長の口を通して注意を加えたじゃないか」
「うん、あの野郎の考えじゃ芸者買は精神的娯楽で、天麩羅や、団子は物理的娯楽なんだろう。精神的娯楽なら、もっと大べらにやるがいい。何だあのざまは。馴染の芸者がはいってくると、入れ代りに席をはずして、逃げるなんて、どこまでも人を胡魔化ごまかす気だから気に食わない。そうして人が攻撃こうげきすると、僕は知らないとか、露西亜ロシア文学だとか、俳句が新体詩の兄弟分だとか云って、人をけむくつもりなんだ。あんな弱虫は男じゃないよ。全く御殿女中ごてんじょちゅうの生れ変りか何かだぜ。ことによると、あいつのおやじは湯島のかげまかもしれない」
「湯島のかげまた何だ」
「何でも男らしくないもんだろう。――君そこのところはまだ煮えていないぜ。そんなのを食うと絛虫さなだむしくぜ」
「そうか、大抵大丈夫たいていだいじょうぶだろう。それで赤シャツは人にかくれて、温泉の町の角屋かどやへ行って、芸者と会見するそうだ」
「角屋って、あの宿屋か」
「宿屋兼料理屋さ。だからあいつを一番へこますためには、あいつが芸者をつれて、あすこへはいり込むところを見届けておいて面詰めんきつするんだね」
「見届けるって、夜番よばんでもするのかい」
「うん、角屋の前に枡屋ますやという宿屋があるだろう。あの表二階をかりて、障子しょうじへ穴をあけて、見ているのさ」
「見ているときに来るかい」
「来るだろう。どうせひと晩じゃいけない。二週間ばかりやるつもりでなくっちゃ」
随分ずいぶん疲れるぜ。僕あ、おやじの死ぬとき一週間ばかり徹夜てつやして看病した事があるが、あとでぼんやりして、大いに弱った事がある」
「少しぐらい身体が疲れたって構わんさ。あんな奸物かんぶつをあのままにしておくと、日本のためにならないから、僕が天に代って誅戮ちゅうりくを加えるんだ」
愉快ゆかいだ。そう事が極まれば、おれも加勢してやる。それで今夜から夜番をやるのかい」
「まだ枡屋に懸合かけあってないから、今夜は駄目だ」
「それじゃ、いつから始めるつもりだい」
「近々のうちやるさ。いずれ君に報知をするから、そうしたら、加勢してくれたまえ」
「よろしい、いつでも加勢する。ぼく計略はかりごと下手へただが、喧嘩とくるとこれでなかなかすばしこいぜ」
 おれと山嵐がしきりに赤シャツ退治の計略はかりごとを相談していると、宿の婆さんが出て来て、学校の生徒さんが一人、堀田ほった先生にお目にかかりたいてておでたぞなもし。今お宅へ参じたのじゃが、お留守るすじゃけれ、大方ここじゃろうててさがし当ててお出でたのじゃがなもしと、しきいの所へひざいて山嵐の返事を待ってる。山嵐はそうですかと玄関げんかんまで出て行ったが、やがて帰って来て、君、生徒が祝勝会の余興を見に行かないかってさそいに来たんだ。今日は高知こうちから、何とかおどりをしに、わざわざここまで多人数たにんず乗り込んで来ているのだから、是非見物しろ、めったに見られないおどりだというんだ、君もいっしょに行ってみたまえと山嵐は大いに乗り気で、おれに同行を勧める。おれは踴なら東京でたくさん見ている。毎年八幡様はちまんさまのお祭りには屋台が町内へ廻ってくるんだから汐酌しおくみでも何でもちゃんと心得ている。土佐っぽの馬鹿踴なんか、見たくもないと思ったけれども、せっかく山嵐が勧めるもんだから、つい行く気になって門へ出た。山嵐を誘いに来たものは誰かと思ったら赤シャツの弟だ。みょうやつが来たもんだ。
 会場へはいると、回向院えこういん相撲すもう本門寺ほんもんじ御会式おえしきのように幾旒いくながれとなく長い旗を所々に植え付けた上に、世界万国の国旗をことごとく借りて来たくらい、なわから縄、つなから綱へわたしかけて、大きな空が、いつになくにぎやかに見える。東のすみに一夜作りの舞台ぶたいを設けて、ここでいわゆる高知の何とか踴りをやるんだそうだ。舞台を右へ半町ばかりくると葭簀よしずの囲いをして、活花いけばな陳列ちんれつしてある。みんなが感心して眺めているが、一向くだらないものだ。あんなに草や竹を曲げてうれしがるなら、背虫の色男や、びっこ亭主ていしゅを持って自慢じまんするがよかろう。
 舞台とは反対の方面で、しきりに花火を揚げる。花火の中から風船が出た。帝国万歳ていこくばんざいとかいてある。天主の松の上をふわふわ飛んで営所のなかへ落ちた。次はぽんと音がして、黒い団子が、しょっと秋の空を射抜いぬくようにがると、それがおれの頭の上で、ぽかりと割れて、青いけむりかさの骨のように開いて、だらだらと空中に流れ込んだ。風船がまた上がった。今度は陸海軍万歳と赤地に白く染め抜いた奴が風に揺られて、温泉の町から、相生村あいおいむらの方へ飛んでいった。大方観音様の境内けいだいへでも落ちたろう。
 式の時はさほどでもなかったが、今度は大変な人出だ。田舎にもこんなに人間が住んでるかとおどろいたぐらいうじゃうじゃしている。利口りこうな顔はあまり見当らないが、数から云うとたしかに馬鹿に出来ない。そのうち評判の高知の何とか踴が始まった。踴というから藤間か何ぞのやる踴りかと早合点していたが、これは大間違いであった。
 いかめしい後鉢巻うしろはちまきをして、ばかま穿いた男が十人ばかりずつ、舞台の上に三列にならんで、その三十人がことごとく抜き身をげているには魂消たまげた。前列と後列の間はわずか一尺五寸ぐらいだろう、左右の間隔かんかくはそれより短いとも長くはない。たった一人列をはなれて舞台のはしに立ってるのがあるばかりだ。この仲間はずれの男は袴だけはつけているが、後鉢巻は倹約して、抜身の代りに、胸へ太鼓たいこけている。太鼓は太神楽だいかぐらの太鼓と同じ物だ。この男がやがて、いやあ、はああと呑気のんきな声を出して、妙なうたをうたいながら、太鼓をぼこぼん、ぼこぼんとたたく。歌の調子は前代未聞の不思議なものだ。三河万歳みかわまんざい普陀洛ふだらくやの合併がっぺいしたものと思えば大した間違いにはならない。
 歌はすこぶる悠長ゆうちょうなもので、夏分の水飴みずあめのように、だらしがないが、句切りをとるためにぼこぼんを入れるから、のべつのようでも拍子ひょうしは取れる。この拍子に応じて三十人の抜き身がぴかぴかと光るのだが、これはまたすこぶる迅速じんそくなお手際で、拝見していても冷々ひやひやする。となりも後ろも一尺五寸以内に生きた人間が居て、その人間がまた切れる抜き身を自分と同じようにわすのだから、よほど調子がそろわなければ、同志撃どうしうちを始めて怪我けがをする事になる。それも動かないで刀だけ前後とか上下とかに振るのなら、まだ危険あぶなくもないが、三十人が一度に足踏あしぶみをして横を向く時がある。ぐるりと廻る事がある。膝を曲げる事がある。隣りのものが一秒でも早過ぎるか、おそ過ぎれば、自分の鼻は落ちるかも知れない。隣りの頭はそがれるかも知れない。抜き身の動くのは自由自在だが、その動く範囲はんいは一尺五寸角の柱のうちにかぎられた上に、前後左右のものと同方向に同速度にひらめかなければならない。こいつは驚いた、なかなかもって汐酌しおくみせきおよぶところでない。聞いてみると、これははなはだ熟練の入るもので容易な事では、こういう風に調子が合わないそうだ。ことにむずかしいのは、かの万歳節のぼこぼん先生だそうだ。三十人の足の運びも、手の働きも、こしの曲げ方も、ことごとくこのぼこぼん君の拍子一つで極まるのだそうだ。はたで見ていると、この大将が一番呑気そうに、いやあ、はああと気楽にうたってるが、その実ははなはだ責任が重くって非常に骨が折れるとは不思議なものだ。
 おれと山嵐が感心のあまりこの踴を余念なく見物していると、半町ばかり、向うの方で急にわっと云う鬨の声がして、今までおだやかに諸所を縦覧していた連中が、にわかに波を打って、右左りにうごき始める。喧嘩だ喧嘩だと云う声がすると思うと、人のそでくぐけて来た赤シャツの弟が、先生また喧嘩です、中学の方で、今朝けさ意趣返いしゅがえしをするんで、また師範しはんの奴と決戦を始めたところです、早く来て下さいと云いながらまた人の波のなかへもぐんでどっかへ行ってしまった。

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