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幻影の盾(まぼろしのたて)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-10-18 9:25:04  点击:  切换到繁體中文

一心不乱と云う事を、目に見えぬ怪力をかり、縹緲(ひょうびょう)たる背景の前に写し出そうと考えて、この趣向を得た。これを日本の物語に書き下(おろ)さなかったのはこの趣向とわが国の風俗が調和すまいと思うたからである。浅学にて古代騎士の状況に通ぜず、従って叙事妥当を欠き、描景真相を失する所が多かろう、読者の誨(おしえ)を待つ。

 遠き世の物語である。バロンと名乗るものの城を構え濠(ほり)を環(めぐ)らして、人を屠(ほふ)り天に驕(おご)れる昔に帰れ。今代(きんだい)の話しではない。
 何時(いつ)の頃とも知らぬ。只アーサー大王(たいおう)の御代とのみ言い伝えたる世に、ブレトンの一士人がブレトンの一女子に懸想(けそう)した事がある。その頃の恋はあだには出来ぬ。思う人の唇(くちびる)に燃ゆる情けの息を吹く為には、吾(わが)肱(ひじ)をも折らねばならぬ、吾頚(くび)をも挫(くじ)かねばならぬ、時としては吾血潮さえ容赦もなく流さねばならなかった。懸想されたるブレトンの女は懸想せるブレトンの男に向って云う、君が恋、叶(かな)えんとならば、残りなく円卓の勇士を倒して、われを世に類(たぐ)いなき美しき女と名乗り給え、アーサーの養える名高き鷹(たか)を獲て吾許(もと)に送り届け給えと、男心得たりと腰に帯びたる長き剣(つるぎ)に盟(ちか)えば、天上天下に吾志を妨ぐるものなく、遂(つい)に仙姫(せんき)の援(たすけ)を得て悉(ことごと)く女の言うところを果す。鷹の足を纏(まと)える細き金の鎖の端(はし)に結びつけたる羊皮紙を読めば、三十一カ条の愛に関する法章であった。所謂(いわゆる)「愛の庁」の憲法とはこれである。……盾(たて)の話しはこの憲法の盛に行われた時代に起った事と思え。
 行く路(みち)を扼(やく)すとは、その上(かみ)騎士の間に行われた習慣である。幅広からぬ往還に立ちて、通り掛りの武士に戦(たたかい)を挑(いど)む。二人の槍(やり)の穂先が撓(しわ)って馬と馬の鼻頭(はなづら)が合うとき、鞍壺(くらつぼ)にたまらず落ちたが最後無難にこの関を踰(こ)ゆる事は出来ぬ。鎧(よろい)、甲(かぶと)、馬諸共(もろとも)に召し上げらるる。路を扼する侍は武士の名を藉(か)る山賊の様なものである。期限は三十日、傍(かたえ)の木立に吾旗を翻えし、喇叭(らっぱ)を吹いて人や来ると待つ。今日も待ち明日(あす)も待ち明後日(あさって)も待つ。五六三十日の期が満つるまでは必ず待つ。時には我意中の美人と共に待つ事もある。通り掛りの上臈(じょうろう)は吾を護(まも)る侍の鎧の袖(そで)に隠れて関を抜ける。守護の侍は必ず路を扼する武士と槍を交える。交えねば自身は無論の事、二世(にせ)かけて誓える女性(にょしょう)をすら通す事は出来ぬ。千四百四十九年にバーガンデの私生子と称する豪のものがラ・ベル・ジャルダンと云える路を首尾よく三十日間守り終(おお)せたるは今に人の口碑に存する逸話である。三十日の間私生子と起居を共にせる美人は只「清き巡礼の子」という名にその本名を知る事が出来ぬのは遺憾(いかん)である。……盾の話しはこの時代の事と思え。
 この盾は何時の世のものとも知れぬ。パヴィースと云うて三角を倒(さかし)まにして全身を蔽(おお)う位な大きさに作られたものとも違う。ギージという革紐(かわひも)にて肩から釣るす種類でもない。上部に鉄の格子(こうし)を穿(あ)けて中央の孔から鉄砲を打つと云う仕懸(しかけ)の後世のものでは無論ない。いずれの時、何者が錬(きた)えた盾かは盾の主人なるウィリアムさえ知らぬ。ウィリアムはこの盾を自己の室(へや)の壁に懸けて朝夕(ちょうせき)眺めている。人が聞くと不可思議な盾だと云う。霊の盾だと云う。この盾を持って戦に臨むとき、過去、現在、未来に渉(わた)って吾願を叶える事のある盾だと云う。名あるかと聞けば只幻影(まぼろし)の盾と答える。ウィリアムはその他を言わぬ。
 盾の形は望(もち)の夜の月の如く丸い。鋼(はがね)で饅頭(まんじゅう)形の表を一面に張りつめてあるから、輝やける色さえも月に似ている。縁(ふち)を繞(めぐ)りて小指の先程の鋲(びょう)が奇麗に五分程の間を置いて植えられてある。鋲の色もまた銀色である。鋲の輪の内側は四寸ばかりの円を画(かく)して匠人の巧を尽したる唐草(からくさ)が彫り付けてある。模様があまり細か過ぎるので一寸(ちょっと)見ると只不規則の漣※(「さんずい+猗」、第3水準1-87-6)(れんい)が、肌(はだ)に答えぬ程の微風に、数え難き皺(しわ)を寄する如くである。花か蔦(つた)か或(ある)は葉か、所々が劇(はげ)しく光線を反射して余所(よそ)よりも際立(きわだ)ちて視線を襲うのは昔し象嵌(ぞうがん)のあった名残でもあろう。猶内側へ這入(はい)ると延板(のべいた)の平らな地になる。そこは今も猶鏡の如く輝やいて面にあたるものは必ず写す。ウィリアムの顔も写る。ウィリアムの甲の挿毛(さしげ)のふわふわと風に靡(なび)く様も写る。日に向けたら日に燃えて日の影をも写そう。鳥を追えば、こだまさえ交えずに十里を飛ぶ俊鶻(しゅんこつ)の影も写そう。時には壁から卸して磨(みが)くかとウィリアムに問えば否と云う。霊の盾は磨かねども光るとウィリアムは独(ひと)り語(ごと)の様に云う。
 盾の真中(まんなか)が五寸ばかりの円を描いて浮き上る。これには怖ろしき夜叉(やしゃ)の顔が隙間(すきま)もなく鋳(い)出(いだ)されている。その顔は長(とこ)しえに天と地と中間にある人とを呪(のろ)う。右から盾を見るときは右に向って呪い、左から盾を覗(のぞ)くときは左に向って呪い、正面から盾に対(むか)う敵には固(もと)より正面を見て呪う。ある時は盾の裏にかくるる持主をさえ呪いはせぬかと思わるる程怖しい。頭(かしら)の毛は春夏秋冬の風に一度に吹かれた様に残りなく逆立っている。しかもその一本一本の末は丸く平たい蛇(へび)の頭となってその裂け目から消えんとしては燃ゆる如き舌を出している。毛と云う毛は悉く蛇で、その蛇は悉く首を擡(もた)げて舌を吐いて縺(もつ)るるのも、捻(ね)じ合うのも、攀(よ)じあがるのも、にじり出るのも見らるる。五寸の円の内部に獰悪(どうあく)なる夜叉の顔を辛うじて残して、額際から顔の左右を残なく填(うず)めて自然(じねん)に円の輪廓(りんかく)を形ちづくっているのはこの毛髪の蛇、蛇の毛髪である。遠き昔しのゴーゴンとはこれであろうかと思わるる位だ。ゴーゴンを見る者は石に化すとは当時の諺(ことわざ)であるが、この盾を熟視する者は何人(なんびと)もその諺のあながちならぬを覚(さと)るであろう。
 盾には創(きず)がある。右の肩から左へ斜(はす)に切りつけた刀の痕(あと)が見える。玉を並べた様な鋲(びょう)の一つを半ば潰(つぶ)して、ゴーゴン・メジューサに似た夜叉の耳のあたりを纏(まと)う蛇の頭を叩いて、横に延板の平な地へ微(かす)かな細長い凹(くぼ)みが出来ている。ウィリアムにこの創(きず)の因縁を聞くと何(なん)にも云わぬ。知らぬかと云えば知ると云う。知るかと云えば言い難しと答える。
 人に云えぬ盾の由来の裏には、人に云えぬ恋の恨みが潜んでいる。人に云わぬ盾の歴史の中(うち)には世もいらぬ神もいらぬとまで思いつめたる望の綱が繋(つな)がれている。ウィリアムが日毎夜毎に繰り返す心の物語りはこの盾と浅からぬ因果の覊絆(きずな)で結び付けられている。いざという時この盾を執って……望はこれである。心の奥に何者かほのめいて消え難き前世の名残の如きを、白日の下に引き出(いだ)して明ら様に見極むるはこの盾の力である。いずくより吹くとも知らぬ業障(ごうしょう)の風の、隙(すき)多き胸に洩(も)れて目に見えぬ波の、立ちては崩(くず)れ、崩れては立つを浪なき昔、風吹かぬ昔に返すはこの盾の力である。この盾だにあらばとウィリアムは盾の懸かれる壁を仰ぐ。天地人を呪うべき夜叉の姿も、彼が眼には画ける天女(てんにょ)の微かに笑(えみ)を帯べるが如く思わるる。時にはわが思う人の肖像ではなきかと疑う折さえある。只抜け出して語らぬが残念である。
 思う人! ウィリアムが思う人はここには居らぬ。小山を三つ越えて大河を一つ渉(わた)りて二十哩(マイル)先の夜鴉(よがらす)の城に居る。夜鴉の城とは名からして不吉であると、ウィリアムは時々考える事がある。然しその夜鴉の城へ、彼は小児の時度々(たびたび)遊びに行った事がある。小児の時のみではない成人してからも始終訪問(おとず)れた。クララの居る所なら海の底でも行かずにはいられぬ。彼はつい近頃まで夜鴉の城へ行っては終日クララと語り暮したのである。恋と名がつけば千里も行く。二十哩は云うに足らぬ。夜を守る星の影が自(おの)ずと消えて、東の空に紅殻(べにがら)を揉(も)み込んだ様な時刻に、白城の刎橋(はねばし)の上に騎馬の侍が一人あらわれる。……宵の明星が本丸の櫓(やぐら)の北角にピカと見え初(そ)むる時、遠き方より又蹄(ひづめ)の音が昼と夜の境を破って白城の方へ近づいて来る。馬は総身に汗をかいて、白い泡を吹いているに、乗手は鞭(むち)を鳴らして口笛をふく。戦国のならい、ウィリアムは馬の背で人と成ったのである。
 去年の春の頃から白城の刎橋の上に、暁方(あけがた)の武者の影が見えなくなった。夕暮の蹄の音も野に逼(せま)る黒きものの裏(うち)に吸い取られてか、聞えなくなった。その頃からウィリアムは、己(おの)れを己れの中(うち)へ引き入るる様に、内へ内へと深く食い入る気色であった。花も春も余所(よそ)に見て、只心の中に貯えたる何者かを使い尽すまではどうあっても外界に気を転ぜぬ様に見受けられた。武士の命は女と酒と軍(いく)さである。吾思う人の為めにと箸(はし)の上げ下しに云う誰彼(たれかれ)に傚(なら)って、わがクララの為めにと云わぬ事はないが、その声の咽喉(のど)を出る時は、塞(ふさ)がる声帯を無理に押し分ける様であった。血の如き葡萄の酒を髑髏(どくろ)形の盃(さかずき)にうけて、縁越すことをゆるさじと、髭(ひげ)の尾まで濡(ぬ)らして呑み干す人の中に、彼は只額を抑えて、斜めに泡を吹くことが多かった。山と盛る鹿の肉に好味の刀(とう)を揮(ふる)う左も顧みず右も眺めず、只わが前に置かれたる皿のみを見詰めて済す折もあった。皿の上に堆(うずた)かき肉塊の残らぬ事は少ない。武士の命を三分(ぶん)して女と酒と軍(いく)さがその三カ一を占むるならば、ウィリアムの命の三分(ぶ)二は既に死んだ様なものである。残る三分一は? 軍(いくさ)はまだない。
 ウィリアムは身の丈(たけ)六尺一寸、痩(や)せてはいるが満身の筋肉を骨格の上へたたき付けて出来上った様な男である。四年前の戦(たたかい)に甲も棄て、鎧も脱いで丸裸になって城壁の裏(うち)に仕掛けたる、カタパルトを彎(ひ)いた事がある。戦が済んでからその有様を見ていた者がウィリアムの腕には鉄の瘤(こぶ)が出るといった。彼の眼と髪は石炭の様に黒い。その髪は渦を巻いて、彼が頭(かしら)を掉(ふ)る度にきらきらする。彼の眼(まなこ)の奥には又一双の眼(まなこ)があって重なり合っている様な光りと深さとが見える。酒の味に命を失い、未了の恋に命を失いつつある彼は来(きた)るべき戦場にもまた命を失うだろうか。彼は馬に乗って終日終夜野を行くに疲れた事のない男である。彼は一片の麺麭(パン)も食わず一滴の水さえ飲まず、未明より薄暮まで働き得る男である。年は二十六歳。それで戦(いくさ)が出来ぬであろうか。それで戦が出来ぬ位なら武士の家に生れて来ぬがよい。ウィリアム自身もそう思っている。ウィリアムは幻影(まぼろし)の盾を翳(かざ)して戦う機会があれば……と思っている。
 白城の城主狼のルーファスと夜鴉の城主とは二十年来の好(よし)みで家の子郎党(ろうどう)の末に至るまで互(たがい)に往き来せぬは稀(まれ)な位打ち解けた間柄であった。確執の起ったのは去年(こぞ)の春の初からである。源因は私ならぬ政治上の紛議の果とも云い、あるは鷹狩の帰りに獲物争いの口論からと唱え、又は夜鴉の城主の愛女クララの身の上に係る衝突に本づくとも言触らす。過ぐる日の饗筵(きょうえん)に、卓上の酒尽きて、居並ぶ人の舌の根のしどろに緩(ゆる)む時、首席を占むる隣り合せの二人が、何事か声高(こわだか)に罵(ののし)る声を聞かぬ者はなかった。「月に吠ゆる狼(おおかみ)の……ほざくは」と手にしたる盃を地に抛(なげう)って、夜鴉の城主は立ち上る。盃の底に残れる赤き酒の、斑(まだ)らに床を染めて飽きたらず、摧(くだ)けたる※(「角+光」、第3水準1-91-91)片(こうへん)と共にルーファスの胸のあたりまで跳ね上る。「夜(よ)迷(ま)い烏の黒き翼を、切って落せば、地獄の闇(やみ)ぞ」とルーファスは革に釣る重き剣に手を懸けてするすると四五寸ばかり抜く。一座の視線は悉く二人の上に集まる。高き窓洩る夕日を脊に負う、二人の黒き姿の、この世の様とも思われぬ中に、抜きかけた剣のみが寒き光を放つ。この時ルーファスの次に座を占めたるウィリアムが「渾名(あだな)こそ狼なれ、君が剣に刻(きざ)める文字に耻(は)じずや」と右手(めて)を延ばしてルーファスの腰のあたりを指(ゆびさ)す。幅広き刃(やいば)の鍔(つば)の真下に pro gloria et patria と云う銘が刻んである。水を打った様な静かな中に、只ルーファスが抜きかけた剣を元の鞘(さや)に収むる声のみが高く響いた。これより両家の間は長く中絶えて、ウィリアムの乗り馴(な)れた栗毛(くりげ)の馬は少しく肥えた様に見えた。
 近頃は戦さの噂(うわさ)さえ頻(しき)りである。睚眦(がいさい)の恨(うらみ)は人を欺く笑(えみ)の衣に包めども、解け難き胸の乱れは空吹く風の音にもざわつく。夜となく日となく磨きに磨く刃の冴(さえ)は、人を屠(ほふ)る遺恨の刃を磨くのである。君の為め国の為めなる美しき名を藉(か)りて、毫釐(ごうり)の争に千里の恨を報ぜんとする心からである。正義と云い人道と云うは朝嵐(あらし)に翻がえす旗にのみ染め出(いだ)すべき文字(もんじ)で、繰り出す槍の穂先には瞋恚(しんい)の※(「(諂-言)+炎」、第3水準1-87-64)(ほむら)が焼け付いている。狼は如何にして鴉と戦うべき口実を得たか知らぬ。鴉は何を叫んで狼を誣(し)ゆる積りか分らぬ。只時ならぬ血潮とまで見えて迸(ほと)ばしりたる酒の雫(しずく)の、胸を染めたる恨を晴さでやとルーファスがセント・ジョージに誓えるは事実である。尊き銘は剣にこそ彫れ、抜き放ちたる光の裏(うち)に遠吠ゆる狼を屠らしめたまえとありとあらゆるセイントに夜鴉の城主が祈念を凝(こら)したるも事実である。両家の間の戦は到底免かれない。いつというだけが問題である。
 末の世の尽きて、その末の世の残るまでと誓いたる、クララの一門に弓をひくはウィリアムの好まぬところである。手創(てきず)負いて斃(たお)れんとする父とたよりなき吾(われ)とを、敵の中より救いたるルーファスの一家(いっけ)に事ありと云う日に、膝(ひざ)を組んで動かぬのはウィリアムの猶好まぬところである。封建の代のならい、主と呼び従と名乗る身の危きに赴(おもむ)かで、人に卑怯(ひきょう)と嘲(あざ)けらるるは彼の尤(もっと)も好まぬところである。甲(かぶと)も着よう、鎧(よろい)も繕おう、槍も磨こう、すわという時は真先に行こう……然しクララはどうなるだろう。負ければ打死をする。クララには逢えぬ。勝てばクララが死ぬかも知れぬ。ウィリアムは覚えず空に向って十字を切る。今の内姿を窶(やつ)して、クララと落ち延びて北の方(かた)へでも行こうか。落ちた後で朋輩(ほうばい)が何というだろう。ルーファスが人でなしと云うだろう。内懐(うちぶところ)からクララのくれた一束ねの髪の毛を出して見る。長い薄色の毛が、麻を砧(きぬた)で打って柔かにした様にゆるくうねってウィリアムの手から下がる。ウィリアムは髪を見詰めていた視線を茫然(ぼうぜん)とわきへそらす。それが器械的に壁の上へ落ちる。壁の上にかけてある盾の真中で優しいクララの顔が笑っている。去年分れた時の顔と寸分違(たが)わぬ。顔の周囲を巻いている髪の毛が……ウィリアムは呪われたる人の如くに、千里の遠きを眺めている様な眼付で石の如く盾を見ている。日の加減か色が真青だ。……顔の周囲を巻いている髪の毛が、先(さ)っきから流れる水に漬けた様にざわざわと動いている。髪の毛ではない無数の蛇の舌が断間なく震動して五寸の円の輪を揺り廻るので、銀地に絹糸の様に細い炎が、見えたり隠れたり、隠れたり見えたり、渦を巻いたり、波を立てたりする。全部が一度に動いて顔の周囲を廻転するかと思うと、局部が纔(わず)かに動きやんで、すぐその隣りが動く。見る間に次へ次へと波動が伝わる様にもある。動く度(たび)に舌の摩(す)れ合う音でもあろう微かな声が出る。微かではあるが只一つの声ではない、漸(ようや)く鼓膜に響く位の静かな音のうちに――無数の音が交っている。耳に落つる一の音が聴けば聴く程多くの音がかたまって出来上った様に明かに聞き取られる。盾の上に動く物の数多きだけ、音の数も多く、又その動くものの定かに見えぬ如く、出る音も微(かす)かであららかには鳴らぬのである。……ウィリアムは手に下げたるクララの金毛を三たび盾に向って振りながら「盾! 最後の望は幻影(まぼろし)の盾にある」と叫んだ。
 戦は潮(うしお)の河に上る如く次第に近付いて来る。鉄を打つ音、鋼(はがね)を鍛(きた)える響、槌(つち)の音、やすりの響は絶えず中庭の一隅に聞える。ウィリアムも人に劣らじと出陣の用意はするが、時には殺伐な物音に耳を塞(ふさ)いで、高き角櫓(すみやぐら)に上(のぼ)って遙(はる)かに夜鴉の城の方を眺める事がある。霧深い国の事だから眼に遮(さえ)ぎる程の物はなくても、天気の好い日に二十哩(マイル)先は見えぬ。一面に茶渋を流した様な曠(こう)野(や)が逼(せま)らぬ波を描いて続く間に、白金(しろがね)の筋が鮮(あざや)かに割り込んでいるのは、日毎の様に浅瀬を馬で渡した河であろう。白い流れの際立ちて目を牽(ひ)くに付けて、夜鴉の城はあの見当だなと見送る。城らしきものは霞(かすみ)の奥に閉じられて眸底(ぼうてい)には写らぬが、流るる銀(しろがね)の、烟(けむり)と化しはせぬかと疑わるまで末広に薄れて、空と雲との境に入る程は、翳(かざ)したる小手(こて)の下より遙かに双の眼(まなこ)に聚(あつ)まってくる。あの空とあの雲の間が海で、浪の噛(か)む切立(きった)ち岩の上に巨巌(きょがん)を刻んで地から生えた様なのが夜鴉の城であると、ウィリアムは見えぬ所を想像で描き出す。若(も)しその薄黒く潮風に吹き曝(さら)された角窓の裏(うち)に一人物を画き足したなら死竜(しりょう)は忽(たちま)ち活(い)きて天に騰(のぼ)るのである。天晴(てんせい)に比すべきものは何人(なんびと)であろう、ウィリアムは聞かんでも能(よ)く知っている。
 目の廻る程急がしい用意の為めに、昼の間はそれとなく気が散って浮き立つ事もあるが、初夜過ぎに吾が室に帰って、冷たい臥床(ふしど)の上に六尺一寸の長躯(ちょうく)を投げる時は考え出す。初めてクララに逢ったときは十二三の小供で知らぬ人には口もきかぬ程内気であった。只髪の毛は今の様に金色であった……ウィリアムは又内懐(うちぶところ)からクララの髪の毛を出して眺める。クララはウィリアムを黒い眼の子、黒い眼の子と云ってからかった。クララの説によると黒い眼の子は意地が悪い、人がよくない、猶太(ユダヤ)人かジプシイでなければ黒い眼色のものはない。ウィリアムは怒って夜鴉の城へはもう来ぬと云ったらクララは泣き出して堪忍(かんにん)してくれと謝した事がある。……二人して城の庭へ出て花を摘んだ事もある。赤い花、黄な花、紫の花――花の名は覚えておらん――色々の花でクララの頭と胸と袖を飾ってクイーンだクイーンだとその前に跪(ひざま)ずいたら、槍を持たない者はナイトでないとクララが笑った。……今は槍もある、ナイトでもある、然しクララの前に跪く機会はもうあるまい。ある時は野へ出て蒲公英(たんぽぽ)の蕊(しべ)を吹きくらをした。花が散ってあとに残る、むく毛を束(つか)ねた様に透明な球をとってふっと吹く。残った種の数でうらないをする。思う事が成るかならぬかと云いながらクララが一吹きふくと種の数が一つ足りないので思う事が成らぬと云う辻(つじ)うらであった。するとクララは急に元気がなくなって俯向(うつむ)いてしまった。何を思って吹いたのかと尋ねたら何でもいいと何時になく邪慳(じゃけん)な返事をした。その日は碌々(ろくろく)口もきかないで塞(ふさ)ぎ込んでいた。……春の野にありとあらゆる蒲公英をむしって息の続づかぬまで吹き飛ばしても思う様な辻占は出ぬ筈だとウィリアムは怒る如くに云う。然しまだ盾と云う頼みがあるからと打消すように添える。……これは互に成人してからの事である。夏を彩(いろ)どる薔薇(ばら)の茂みに二人座をしめて瑠璃(るり)に似た青空の、鼠色に変るまで語り暮した事があった。騎士の恋には四期があると云う事をクララに教えたのはその時だとウィリアムは当時の光景を一度に目の前に浮べる。「第一を躊躇(ちゅうちょ)の時期と名づける、これは女の方でこの恋を斥(しりぞ)けようか、受けようかと思い煩(わずら)う間の名である」といいながらクララの方を見た時に、クララは俯向(うつむ)いて、頬のあたりに微(かす)かなる笑(えみ)を漏(もら)した。「この時期の間には男の方では一言も恋をほのめかすことを許されぬ。只眼にあまる情けと、息に漏るる嘆きとにより、昼は女の傍(かた)えを、夜は女の住居(すまい)の辺りを去らぬ誠によりて、我意中を悟れかしと物言わぬうちに示す」クララはこの時池の向うに据えてある大理石の像を余念なく見ていた。「第二を祈念の時期と云う。男、女の前に伏して懇(ねんご)ろに我が恋叶(かな)えたまえと願う」クララは顔を背(そむ)けて紅(くれない)の薔薇の花を唇につけて吹く。一弁(ひとひら)は飛んで波なき池の汀(みぎわ)に浮ぶ。一弁は梅鉢の形ちに組んで池を囲える石の欄干に中(あた)りて敷石の上に落ちた。「次に来るは応諾の時期である。誠ありと見抜く男の心を猶も確めん為め女、男に草々(くさぐさ)の課役をかける。剣の力、槍の力で遂ぐべき程の事柄であるは言うまでもない」クララは吾を透す大いなる眼を翻して第四はと問う。「第四の時期を Druerie と呼ぶ。武夫(もののふ)が君の前に額付(ぬかず)いて渝(かわ)らじと誓う如く男、女の膝下(しっか)に跪(ひざま)ずき手を合せて女の手の間に置く。女かたの如く愛の式を返して男に接吻する」クララ遠き代の人に語る如き声にて君が恋は何れの期ぞと問う。思う人の接吻さえ得なばとクララの方に顔を寄せる。クララ頬に紅して手に持てる薔薇の花を吾が耳のあたりに抛(なげう)つ。花びらは雪と乱れて、ゆかしき香りの一群れが二人の足の下に散る。…… Druerie の時期はもう望めないわとウィリアムは六尺一寸の身を挙げてどさと寝返りを打つ。間(けん)にあまる壁を切りて、高く穿(うが)てる細き窓から薄暗き曙光(しょこう)が漏れて、物の色の定かに見えぬ中に幻影の盾のみが闇に懸る大蜘蛛(おおぐも)の眼(まなこ)の如く光る。「盾がある、まだ盾がある」とウィリアムは烏(からす)の羽の様な滑(なめら)かな髪の毛を握ってがばと跳ね起る。中庭の隅では鉄を打つ音、鋼(はがね)を鍛える響、槌の音やすりの響が聞え出す。戦は日一日と逼(せま)ってくる。

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