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夢十夜(ゆめじゅうや)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-10-18 9:31:16  点击:  切换到繁體中文

     第一夜

 こんな夢を見た。
 腕組をして枕元にすわっていると、仰向あおむきに寝た女が、静かな声でもう死にますと云う。女は長い髪を枕に敷いて、輪郭りんかくやわらかな瓜実うりざねがおをその中に横たえている。真白な頬の底に温かい血の色がほどよく差して、くちびるの色は無論赤い。とうてい死にそうには見えない。しかし女は静かな声で、もう死にますと判然はっきり云った。自分もたしかにこれは死ぬなと思った。そこで、そうかね、もう死ぬのかね、と上からのぞき込むようにして聞いて見た。死にますとも、と云いながら、女はぱっちりと眼をけた。大きなうるおいのある眼で、長いまつげに包まれた中は、ただ一面に真黒であった。その真黒なひとみの奥に、自分の姿があざやかに浮かんでいる。
 自分はとおるほど深く見えるこの黒眼の色沢つやを眺めて、これでも死ぬのかと思った。それで、ねんごろに枕のそばへ口を付けて、死ぬんじゃなかろうね、大丈夫だろうね、とまた聞き返した。すると女は黒い眼を眠そうに※(「目+爭」、第3水準1-88-85)みはったまま、やっぱり静かな声で、でも、死ぬんですもの、仕方がないわと云った。
 じゃ、わたしの顔が見えるかいと一心いっしんに聞くと、見えるかいって、そら、そこに、写ってるじゃありませんかと、にこりと笑って見せた。自分は黙って、顔を枕から離した。腕組をしながら、どうしても死ぬのかなと思った。
 しばらくして、女がまたこう云った。
「死んだら、めて下さい。大きな真珠貝で穴を掘って。そうして天から落ちて来る星の破片かけ墓標はかじるしに置いて下さい。そうして墓の傍に待っていて下さい。またいに来ますから」
 自分は、いつ逢いに来るかねと聞いた。
「日が出るでしょう。それから日が沈むでしょう。それからまた出るでしょう、そうしてまた沈むでしょう。――赤い日が東から西へ、東から西へと落ちて行くうちに、――あなた、待っていられますか」
 自分は黙って首肯うなずいた。女は静かな調子を一段張り上げて、
「百年待っていて下さい」と思い切った声で云った。
「百年、私の墓のそばに坐って待っていて下さい。きっと逢いに来ますから」
 自分はただ待っていると答えた。すると、黒いひとみのなかにあざやかに見えた自分の姿が、ぼうっとくずれて来た。静かな水が動いて写る影を乱したように、流れ出したと思ったら、女の眼がぱちりと閉じた。長いまつげの間から涙が頬へ垂れた。――もう死んでいた。
 自分はそれから庭へ下りて、真珠貝で穴を掘った。真珠貝は大きななめらかなふちするどい貝であった。土をすくうたびに、貝の裏に月の光が差してきらきらした。湿しめった土のにおいもした。穴はしばらくして掘れた。女をその中に入れた。そうして柔らかい土を、上からそっと掛けた。掛けるたびに真珠貝の裏に月の光が差した。
 それから星の破片かけの落ちたのを拾って来て、かろく土の上へ乗せた。星の破片は丸かった。長い間大空を落ちているに、かどが取れてなめらかになったんだろうと思った。げて土の上へ置くうちに、自分の胸と手が少し暖くなった。
 自分はこけの上に坐った。これから百年の間こうして待っているんだなと考えながら、腕組をして、丸い墓石はかいしを眺めていた。そのうちに、女の云った通り日が東から出た。大きな赤い日であった。それがまた女の云った通り、やがて西へ落ちた。赤いまんまでのっと落ちて行った。一つと自分は勘定かんじょうした。
 しばらくするとまた唐紅からくれない天道てんとうがのそりとのぼって来た。そうして黙って沈んでしまった。二つとまた勘定した。
 自分はこう云う風に一つ二つと勘定して行くうちに、赤い日をいくつ見たか分らない。勘定しても、勘定しても、しつくせないほど赤い日が頭の上を通り越して行った。それでも百年がまだ来ない。しまいには、こけえた丸い石を眺めて、自分は女にだまされたのではなかろうかと思い出した。
 すると石の下からはすに自分の方へ向いて青いくきが伸びて来た。見る間に長くなってちょうど自分の胸のあたりまで来て留まった。と思うと、すらりとゆらくきいただきに、心持首をかたぶけていた細長い一輪のつぼみが、ふっくらとはなびらを開いた。真白な百合ゆりが鼻の先で骨にこたえるほど匂った。そこへはるかの上から、ぽたりとつゆが落ちたので、花は自分の重みでふらふらと動いた。自分は首を前へ出して冷たい露のしたたる、白い花弁はなびら接吻せっぷんした。自分が百合から顔を離す拍子ひょうしに思わず、遠い空を見たら、あかつきの星がたった一つまたたいていた。
「百年はもう来ていたんだな」とこの時始めて気がついた。

     第二夜

 こんな夢を見た。
 和尚おしょうの室を退がって、廊下ろうかづたいに自分の部屋へ帰ると行灯あんどうがぼんやりともっている。片膝かたひざ座蒲団ざぶとんの上に突いて、灯心をき立てたとき、花のような丁子ちょうじがぱたりと朱塗の台に落ちた。同時に部屋がぱっと明かるくなった。
 ふすま蕪村ぶそんの筆である。黒い柳を濃く薄く、遠近おちこちとかいて、むそうな漁夫がかさかたぶけて土手の上を通る。とこには海中文殊かいちゅうもんじゅじくかかっている。き残した線香が暗い方でいまだににおっている。広い寺だから森閑しんかんとして、人気ひとけがない。黒い天井てんじょうに差す丸行灯まるあんどうの丸い影が、仰向あおむ途端とたんに生きてるように見えた。
 立膝たてひざをしたまま、左の手で座蒲団ざぶとんめくって、右を差し込んで見ると、思った所に、ちゃんとあった。あれば安心だから、蒲団をもとのごとくなおして、その上にどっかりすわった。
 お前はさむらいである。侍なら悟れぬはずはなかろうと和尚おしょうが云った。そういつまでも悟れぬところをもって見ると、御前は侍ではあるまいと言った。人間のくずじゃと言った。ははあ怒ったなと云って笑った。口惜くやしければ悟った証拠を持って来いと云ってぷいとむこうをむいた。しからん。
 隣の広間の床にえてある置時計が次のときを打つまでには、きっと悟って見せる。悟った上で、今夜また入室にゅうしつする。そうして和尚の首と悟りと引替ひきかえにしてやる。悟らなければ、和尚の命が取れない。どうしても悟らなければならない。自分は侍である。
 もし悟れなければ自刃じじんする。侍がはずかしめられて、生きている訳には行かない。綺麗きれいに死んでしまう。
 こう考えた時、自分の手はまた思わず布団ふとんの下へ這入はいった。そうして朱鞘しゅざやの短刀をり出した。ぐっとつかを握って、赤い鞘を向へ払ったら、冷たいが一度に暗い部屋で光った。すごいものが手元から、すうすうと逃げて行くように思われる。そうして、ことごとく切先きっさきへ集まって、殺気さっきを一点にめている。自分はこの鋭い刃が、無念にも針の頭のようにちぢめられて、九寸くすん五分ごぶの先へ来てやむをえずとがってるのを見て、たちまちぐさりとやりたくなった。身体からだの血が右の手首の方へ流れて来て、握っている束がにちゃにちゃする。くちびるふるえた。
 短刀を鞘へ収めて右脇へ引きつけておいて、それから全伽ぜんがを組んだ。――趙州じょうしゅう曰くと。無とは何だ。糞坊主くそぼうずめとはがみをした。
 奥歯を強くめたので、鼻から熱い息が荒く出る。こめかみが釣って痛い。眼は普通の倍も大きく開けてやった。
 懸物かけものが見える。行灯が見える。たたみが見える。和尚の薬缶頭やかんあたまがありありと見える。鰐口わにぐちいて嘲笑あざわらった声まで聞える。しからん坊主だ。どうしてもあの薬缶を首にしなくてはならん。悟ってやる。無だ、無だと舌の根で念じた。無だと云うのにやっぱり線香のにおいがした。何だ線香のくせに。
 自分はいきなり拳骨げんこつを固めて自分の頭をいやと云うほどなぐった。そうして奥歯をぎりぎりとんだ。両腋りょうわきから汗が出る。背中が棒のようになった。ひざ接目つぎめが急に痛くなった。膝が折れたってどうあるものかと思った。けれども痛い。苦しい。はなかなか出て来ない。出て来ると思うとすぐ痛くなる。腹が立つ。無念になる。非常に口惜くやしくなる。涙がほろほろ出る。ひとおもいに身を巨巌おおいわの上にぶつけて、骨も肉もめちゃめちゃにくだいてしまいたくなる。
 それでも我慢してじっと坐っていた。えがたいほど切ないものを胸にれて忍んでいた。その切ないものが身体からだ中の筋肉を下から持上げて、毛穴から外へ吹き出よう吹き出ようとあせるけれども、どこも一面にふさがって、まるで出口がないような残刻極まる状態であった。
 そのうちに頭が変になった。行灯あんどう蕪村ぶそんも、畳も、違棚ちがいだなも有って無いような、無くって有るように見えた。と云ってはちっとも現前げんぜんしない。ただ好加減いいかげんに坐っていたようである。ところへ忽然こつぜん隣座敷の時計がチーンと鳴り始めた。
 はっと思った。右の手をすぐ短刀にかけた。時計が二つ目をチーンと打った。

     第三夜

 こんな夢を見た。
 六つになる子供をおぶってる。たしかに自分の子である。ただ不思議な事にはいつの間にか眼がつぶれて、青坊主あおぼうずになっている。自分が御前の眼はいつ潰れたのかいと聞くと、なに昔からさと答えた。声は子供の声に相違ないが、言葉つきはまるで大人おとなである。しかも対等たいとうだ。
 左右は青田あおたである。みちは細い。さぎの影が時々闇やみに差す。
田圃たんぼへかかったね」と背中で云った。
「どうして解る」と顔をうしろへ振り向けるようにして聞いたら、
「だってさぎが鳴くじゃないか」と答えた。
 すると鷺がはたして二声ほど鳴いた。
 自分は我子ながら少しこわくなった。こんなものを背負しょっていては、この先どうなるか分らない。どこか打遣うっちゃる所はなかろうかと向うを見ると闇の中に大きな森が見えた。あすこならばと考え出す途端とたんに、背中で、
「ふふん」と云う声がした。
「何を笑うんだ」
 子供は返事をしなかった。ただ
御父おとっさん、重いかい」と聞いた。
「重かあない」と答えると
「今に重くなるよ」と云った。
 自分は黙って森を目標めじるしにあるいて行った。田の中の路が不規則にうねってなかなか思うように出られない。しばらくすると二股ふたまたになった。自分はまたの根に立って、ちょっと休んだ。
「石が立ってるはずだがな」と小僧が云った。
 なるほど八寸角の石が腰ほどの高さに立っている。表には左りくぼ、右堀田原ほったはらとある。やみだのに赤い字があきらかに見えた。赤い字は井守いもりの腹のような色であった。
「左が好いだろう」と小僧が命令した。左を見るとさっきの森が闇の影を、高い空から自分らの頭の上へげかけていた。自分はちょっと躊躇ちゅうちょした。
「遠慮しないでもいい」と小僧がまた云った。自分は仕方なしに森の方へ歩き出した。腹の中では、よく盲目めくらのくせに何でも知ってるなと考えながら一筋道を森へ近づいてくると、背中で、「どうも盲目は不自由でいけないね」と云った。
「だからおぶってやるからいいじゃないか」
「負ぶってもらってすまないが、どうも人に馬鹿にされていけない。親にまで馬鹿にされるからいけない」
 何だかいやになった。早く森へ行って捨ててしまおうと思って急いだ。
「もう少し行くと解る。――ちょうどこんな晩だったな」と背中で独言ひとりごとのように云っている。
「何が」ときわどい声を出して聞いた。
「何がって、知ってるじゃないか」と子供はあざけるように答えた。すると何だか知ってるような気がし出した。けれども判然はっきりとは分らない。ただこんな晩であったように思える。そうしてもう少し行けば分るように思える。分っては大変だから、分らないうちに早く捨ててしまって、安心しなくってはならないように思える。自分はますます足を早めた。
 雨はさっきから降っている。路はだんだん暗くなる。ほとんど夢中である。ただ背中に小さい小僧がくっついていて、その小僧が自分の過去、現在、未来をことごとく照して、寸分の事実もらさない鏡のように光っている。しかもそれが自分の子である。そうして盲目である。自分はたまらなくなった。
「ここだ、ここだ。ちょうどその杉の根の処だ」
 雨の中で小僧の声は判然聞えた。自分は覚えず留った。いつしか森の中へ這入はいっていた。一間いっけんばかり先にある黒いものはたしかに小僧の云う通り杉の木と見えた。
御父おとっさん、その杉の根の処だったね」
「うん、そうだ」と思わず答えてしまった。
「文化五年辰年たつどしだろう」
 なるほど文化五年辰年らしく思われた。
「御前がおれを殺したのは今からちょうど百年前だね」
 自分はこの言葉を聞くや否や、今から百年前文化五年の辰年のこんな闇の晩に、この杉の根で、一人の盲目を殺したと云う自覚が、忽然こつぜんとして頭の中に起った。おれは人殺ひとごろしであったんだなと始めて気がついた途端とたんに、背中の子が急に石地蔵のように重くなった。

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