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夢十夜(ゆめじゅうや)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-10-18 9:31:16  点击:  切换到繁體中文


     第四夜

 広い土間の真中に涼み台のようなものを据(す)えて、その周囲(まわり)に小さい床几(しょうぎ)が並べてある。台は黒光りに光っている。片隅(かたすみ)には四角な膳(ぜん)を前に置いて爺(じい)さんが一人で酒を飲んでいる。肴(さかな)は煮しめらしい。
 爺さんは酒の加減でなかなか赤くなっている。その上顔中つやつやして皺(しわ)と云うほどのものはどこにも見当らない。ただ白い髯(ひげ)をありたけ生(は)やしているから年寄(としより)と云う事だけはわかる。自分は子供ながら、この爺さんの年はいくつなんだろうと思った。ところへ裏の筧(かけひ)から手桶(ておけ)に水を汲(く)んで来た神(かみ)さんが、前垂(まえだれ)で手を拭(ふ)きながら、
「御爺さんはいくつかね」と聞いた。爺さんは頬張(ほおば)った煮〆(にしめ)を呑(の)み込んで、
「いくつか忘れたよ」と澄ましていた。神さんは拭いた手を、細い帯の間に挟(はさ)んで横から爺さんの顔を見て立っていた。爺さんは茶碗(ちゃわん)のような大きなもので酒をぐいと飲んで、そうして、ふうと長い息を白い髯の間から吹き出した。すると神さんが、
「御爺さんの家(うち)はどこかね」と聞いた。爺さんは長い息を途中で切って、
「臍(へそ)の奥だよ」と云った。神さんは手を細い帯の間に突込(つっこ)んだまま、
「どこへ行くかね」とまた聞いた。すると爺さんが、また茶碗のような大きなもので熱い酒をぐいと飲んで前のような息をふうと吹いて、
「あっちへ行くよ」と云った。
「真直(まっすぐ)かい」と神さんが聞いた時、ふうと吹いた息が、障子(しょうじ)を通り越して柳の下を抜けて、河原(かわら)の方へ真直(まっすぐ)に行った。
 爺さんが表へ出た。自分も後(あと)から出た。爺さんの腰に小さい瓢箪(ひょうたん)がぶら下がっている。肩から四角な箱を腋(わき)の下へ釣るしている。浅黄(あさぎ)の股引(ももひき)を穿(は)いて、浅黄の袖無(そでな)しを着ている。足袋(たび)だけが黄色い。何だか皮で作った足袋のように見えた。
 爺さんが真直に柳の下まで来た。柳の下に子供が三四人いた。爺さんは笑いながら腰から浅黄の手拭(てぬぐい)を出した。それを肝心綯(かんじんより)のように細長く綯(よ)った。そうして地面(じびた)の真中に置いた。それから手拭の周囲(まわり)に、大きな丸い輪を描(か)いた。しまいに肩にかけた箱の中から真鍮(しんちゅう)で製(こし)らえた飴屋(あめや)の笛(ふえ)を出した。
「今にその手拭が蛇(へび)になるから、見ておろう。見ておろう」と繰返(くりかえ)して云った。
 子供は一生懸命に手拭を見ていた。自分も見ていた。
「見ておろう、見ておろう、好いか」と云いながら爺さんが笛を吹いて、輪の上をぐるぐる廻り出した。自分は手拭ばかり見ていた。けれども手拭はいっこう動かなかった。
 爺さんは笛をぴいぴい吹いた。そうして輪の上を何遍も廻った。草鞋(わらじ)を爪立(つまだ)てるように、抜足をするように、手拭に遠慮をするように、廻った。怖(こわ)そうにも見えた。面白そうにもあった。
 やがて爺さんは笛をぴたりとやめた。そうして、肩に掛けた箱の口を開けて、手拭の首を、ちょいと撮(つま)んで、ぽっと放(ほう)り込(こ)んだ。
「こうしておくと、箱の中で蛇(へび)になる。今に見せてやる。今に見せてやる」と云いながら、爺さんが真直に歩き出した。柳の下を抜けて、細い路を真直に下りて行った。自分は蛇が見たいから、細い道をどこまでも追(つ)いて行った。爺さんは時々「今になる」と云ったり、「蛇になる」と云ったりして歩いて行く。しまいには、
 「今になる、蛇になる、
  きっとなる、笛が鳴る、」
と唄(うた)いながら、とうとう河の岸へ出た。橋も舟もないから、ここで休んで箱の中の蛇を見せるだろうと思っていると、爺さんはざぶざぶ河の中へ這入(はい)り出した。始めは膝(ひざ)くらいの深さであったが、だんだん腰から、胸の方まで水に浸(つか)って見えなくなる。それでも爺さんは
 「深くなる、夜になる、
  真直になる」
と唄いながら、どこまでも真直に歩いて行った。そうして髯(ひげ)も顔も頭も頭巾(ずきん)もまるで見えなくなってしまった。
 自分は爺さんが向岸(むこうぎし)へ上がった時に、蛇を見せるだろうと思って、蘆(あし)の鳴る所に立って、たった一人いつまでも待っていた。けれども爺さんは、とうとう上がって来なかった。

     第五夜

 こんな夢を見た。
 何でもよほど古い事で、神代(かみよ)に近い昔と思われるが、自分が軍(いくさ)をして運悪く敗北(まけ)たために、生擒(いけどり)になって、敵の大将の前に引き据(す)えられた。
 その頃の人はみんな背が高かった。そうして、みんな長い髯を生(は)やしていた。革の帯を締(し)めて、それへ棒のような剣(つるぎ)を釣るしていた。弓は藤蔓(ふじづる)の太いのをそのまま用いたように見えた。漆(うるし)も塗ってなければ磨(みが)きもかけてない。極(きわ)めて素樸(そぼく)なものであった。
 敵の大将は、弓の真中を右の手で握って、その弓を草の上へ突いて、酒甕(さかがめ)を伏せたようなものの上に腰をかけていた。その顔を見ると、鼻の上で、左右の眉(まゆ)が太く接続(つなが)っている。その頃髪剃(かみそり)と云うものは無論なかった。
 自分は虜(とりこ)だから、腰をかける訳に行かない。草の上に胡坐(あぐら)をかいていた。足には大きな藁沓(わらぐつ)を穿(は)いていた。この時代の藁沓は深いものであった。立つと膝頭(ひざがしら)まで来た。その端(はし)の所は藁(わら)を少し編残(あみのこ)して、房のように下げて、歩くとばらばら動くようにして、飾りとしていた。
 大将は篝火(かがりび)で自分の顔を見て、死ぬか生きるかと聞いた。これはその頃の習慣で、捕虜(とりこ)にはだれでも一応はこう聞いたものである。生きると答えると降参した意味で、死ぬと云うと屈服(くっぷく)しないと云う事になる。自分は一言(ひとこと)死ぬと答えた。大将は草の上に突いていた弓を向うへ抛(な)げて、腰に釣るした棒のような剣(けん)をするりと抜きかけた。それへ風に靡(なび)いた篝火(かがりび)が横から吹きつけた。自分は右の手を楓(かえで)のように開いて、掌(たなごころ)を大将の方へ向けて、眼の上へ差し上げた。待てと云う相図である。大将は太い剣をかちゃりと鞘(さや)に収めた。
 その頃でも恋はあった。自分は死ぬ前に一目思う女に逢(あ)いたいと云った。大将は夜が開けて鶏(とり)が鳴くまでなら待つと云った。鶏が鳴くまでに女をここへ呼ばなければならない。鶏が鳴いても女が来なければ、自分は逢わずに殺されてしまう。
 大将は腰をかけたまま、篝火を眺めている。自分は大きな藁沓(わらぐつ)を組み合わしたまま、草の上で女を待っている。夜はだんだん更(ふ)ける。
 時々篝火が崩(くず)れる音がする。崩れるたびに狼狽(うろた)えたように焔(ほのお)が大将になだれかかる。真黒な眉(まゆ)の下で、大将の眼がぴかぴかと光っている。すると誰やら来て、新しい枝をたくさん火の中へ抛(な)げ込(こ)んで行く。しばらくすると、火がぱちぱちと鳴る。暗闇(くらやみ)を弾(はじ)き返(かえ)すような勇ましい音であった。
 この時女は、裏の楢(なら)の木に繋(つな)いである、白い馬を引き出した。鬣(たてがみ)を三度撫(な)でて高い背にひらりと飛び乗った。鞍(くら)もない鐙(あぶみ)もない裸馬(はだかうま)であった。長く白い足で、太腹(ふとばら)を蹴(け)ると、馬はいっさんに駆(か)け出した。誰かが篝りを継(つ)ぎ足(た)したので、遠くの空が薄明るく見える。馬はこの明るいものを目懸(めが)けて闇の中を飛んで来る。鼻から火の柱のような息を二本出して飛んで来る。それでも女は細い足でしきりなしに馬の腹を蹴(け)っている。馬は蹄(ひづめ)の音が宙で鳴るほど早く飛んで来る。女の髪は吹流しのように闇(やみ)の中に尾を曳(ひ)いた。それでもまだ篝(かがり)のある所まで来られない。
 すると真闇(まっくら)な道の傍(はた)で、たちまちこけこっこうという鶏の声がした。女は身を空様(そらざま)に、両手に握った手綱(たづな)をうんと控(ひか)えた。馬は前足の蹄(ひづめ)を堅い岩の上に発矢(はっし)と刻(きざ)み込んだ。
 こけこっこうと鶏(にわとり)がまた一声(ひとこえ)鳴いた。
 女はあっと云って、緊(し)めた手綱を一度に緩(ゆる)めた。馬は諸膝(もろひざ)を折る。乗った人と共に真向(まとも)へ前へのめった。岩の下は深い淵(ふち)であった。
 蹄の跡(あと)はいまだに岩の上に残っている。鶏の鳴く真似(まね)をしたものは天探女(あまのじゃく)である。この蹄の痕(あと)の岩に刻みつけられている間、天探女は自分の敵(かたき)である。

     第六夜

 運慶(うんけい)が護国寺(ごこくじ)の山門で仁王(におう)を刻んでいると云う評判だから、散歩ながら行って見ると、自分より先にもう大勢集まって、しきりに下馬評(げばひょう)をやっていた。
 山門の前五六間の所には、大きな赤松があって、その幹が斜(なな)めに山門の甍(いらか)を隠して、遠い青空まで伸(の)びている。松の緑と朱塗(しゅぬり)の門が互いに照(うつ)り合ってみごとに見える。その上松の位地が好い。門の左の端を眼障(めざわり)にならないように、斜(はす)に切って行って、上になるほど幅を広く屋根まで突出(つきだ)しているのが何となく古風である。鎌倉時代とも思われる。
 ところが見ているものは、みんな自分と同じく、明治の人間である。その中(うち)でも車夫が一番多い。辻待(つじまち)をして退屈だから立っているに相違ない。
「大きなもんだなあ」と云っている。
「人間を拵(こしら)えるよりもよっぽど骨が折れるだろう」とも云っている。
 そうかと思うと、「へえ仁王だね。今でも仁王を彫(ほ)るのかね。へえそうかね。私(わっし)ゃまた仁王はみんな古いのばかりかと思ってた」と云った男がある。
「どうも強そうですね。なんだってえますぜ。昔から誰が強いって、仁王ほど強い人あ無いって云いますぜ。何でも日本武尊(やまとだけのみこと)よりも強いんだってえからね」と話しかけた男もある。この男は尻を端折(はしょ)って、帽子を被(かぶ)らずにいた。よほど無教育な男と見える。
 運慶は見物人の評判には委細頓着(とんじゃく)なく鑿(のみ)と槌(つち)を動かしている。いっこう振り向きもしない。高い所に乗って、仁王の顔の辺(あたり)をしきりに彫(ほ)り抜(ぬ)いて行く。
 運慶は頭に小さい烏帽子(えぼし)のようなものを乗せて、素袍(すおう)だか何だかわからない大きな袖(そで)を背中(せなか)で括(くく)っている。その様子がいかにも古くさい。わいわい云ってる見物人とはまるで釣り合が取れないようである。自分はどうして今時分まで運慶が生きているのかなと思った。どうも不思議な事があるものだと考えながら、やはり立って見ていた。
 しかし運慶の方では不思議とも奇体ともとんと感じ得ない様子で一生懸命に彫っている。仰向(あおむ)いてこの態度を眺めていた一人の若い男が、自分の方を振り向いて、
「さすがは運慶だな。眼中に我々なしだ。天下の英雄はただ仁王と我(わ)れとあるのみと云う態度だ。天晴(あっぱ)れだ」と云って賞(ほ)め出した。
 自分はこの言葉を面白いと思った。それでちょっと若い男の方を見ると、若い男は、すかさず、
「あの鑿と槌の使い方を見たまえ。大自在(だいじざい)の妙境に達している」と云った。
 運慶は今太い眉(まゆ)を一寸(いっすん)の高さに横へ彫り抜いて、鑿の歯を竪(たて)に返すや否や斜(は)すに、上から槌を打(う)ち下(おろ)した。堅い木を一(ひ)と刻(きざ)みに削(けず)って、厚い木屑(きくず)が槌の声に応じて飛んだと思ったら、小鼻のおっ開(ぴら)いた怒り鼻の側面がたちまち浮き上がって来た。その刀(とう)の入れ方がいかにも無遠慮であった。そうして少しも疑念を挾(さしはさ)んでおらんように見えた。
「よくああ無造作(むぞうさ)に鑿を使って、思うような眉(まみえ)や鼻ができるものだな」と自分はあんまり感心したから独言(ひとりごと)のように言った。するとさっきの若い男が、
「なに、あれは眉や鼻を鑿で作るんじゃない。あの通りの眉や鼻が木の中に埋(うま)っているのを、鑿(のみ)と槌(つち)の力で掘り出すまでだ。まるで土の中から石を掘り出すようなものだからけっして間違うはずはない」と云った。
 自分はこの時始めて彫刻とはそんなものかと思い出した。はたしてそうなら誰にでもできる事だと思い出した。それで急に自分も仁王が彫(ほ)ってみたくなったから見物をやめてさっそく家(うち)へ帰った。
 道具箱から鑿(のみ)と金槌(かなづち)を持ち出して、裏へ出て見ると、せんだっての暴風(あらし)で倒れた樫(かし)を、薪(まき)にするつもりで、木挽(こびき)に挽(ひ)かせた手頃な奴(やつ)が、たくさん積んであった。
 自分は一番大きいのを選んで、勢いよく彫(ほ)り始めて見たが、不幸にして、仁王は見当らなかった。その次のにも運悪く掘り当てる事ができなかった。三番目のにも仁王はいなかった。自分は積んである薪を片(かた)っ端(ぱし)から彫って見たが、どれもこれも仁王を蔵(かく)しているのはなかった。ついに明治の木にはとうてい仁王は埋(うま)っていないものだと悟った。それで運慶が今日(きょう)まで生きている理由もほぼ解った。

     第七夜

 何でも大きな船に乗っている。
 この船が毎日毎夜すこしの絶間(たえま)なく黒い煙(けぶり)を吐いて浪(なみ)を切って進んで行く。凄(すさま)じい音である。けれどもどこへ行くんだか分らない。ただ波の底から焼火箸(やけひばし)のような太陽が出る。それが高い帆柱の真上まで来てしばらく挂(かか)っているかと思うと、いつの間にか大きな船を追い越して、先へ行ってしまう。そうして、しまいには焼火箸(やけひばし)のようにじゅっといってまた波の底に沈んで行く。そのたんびに蒼(あお)い波が遠くの向うで、蘇枋(すおう)の色に沸(わ)き返る。すると船は凄(すさま)じい音を立ててその跡(あと)を追(おっ)かけて行く。けれども決して追つかない。
 ある時自分は、船の男を捕(つら)まえて聞いて見た。
「この船は西へ行くんですか」
 船の男は怪訝(けげん)な顔をして、しばらく自分を見ていたが、やがて、
「なぜ」と問い返した。
「落ちて行く日を追かけるようだから」
 船の男はからからと笑った。そうして向うの方へ行ってしまった。
「西へ行く日の、果(はて)は東か。それは本真(ほんま)か。東(ひがし)出る日の、御里(おさと)は西か。それも本真か。身は波の上。※(「(楫-木)+戈」、第3水準1-84-66)枕(かじまくら)。流せ流せ」と囃(はや)している。舳(へさき)へ行って見たら、水夫が大勢寄って、太い帆綱(ほづな)を手繰(たぐ)っていた。
 自分は大変心細くなった。いつ陸(おか)へ上がれる事か分らない。そうしてどこへ行くのだか知れない。ただ黒い煙(けぶり)を吐いて波を切って行く事だけはたしかである。その波はすこぶる広いものであった。際限(さいげん)もなく蒼(あお)く見える。時には紫(むらさき)にもなった。ただ船の動く周囲(まわり)だけはいつでも真白に泡(あわ)を吹いていた。自分は大変心細かった。こんな船にいるよりいっそ身を投げて死んでしまおうかと思った。
 乗合(のりあい)はたくさんいた。たいていは異人のようであった。しかしいろいろな顔をしていた。空が曇って船が揺れた時、一人の女が欄(てすり)に倚(よ)りかかって、しきりに泣いていた。眼を拭く手巾(ハンケチ)の色が白く見えた。しかし身体(からだ)には更紗(さらさ)のような洋服を着ていた。この女を見た時に、悲しいのは自分ばかりではないのだと気がついた。
 ある晩甲板(かんぱん)の上に出て、一人で星を眺めていたら、一人の異人が来て、天文学を知ってるかと尋ねた。自分はつまらないから死のうとさえ思っている。天文学などを知る必要がない。黙っていた。するとその異人が金牛宮(きんぎゅうきゅう)の頂(いただき)にある七星(しちせい)の話をして聞かせた。そうして星も海もみんな神の作ったものだと云った。最後に自分に神を信仰するかと尋ねた。自分は空を見て黙っていた。
 或時サローンに這入(はい)ったら派手(はで)な衣裳(いしょう)を着た若い女が向うむきになって、洋琴(ピアノ)を弾(ひ)いていた。その傍(そば)に背の高い立派な男が立って、唱歌を唄(うた)っている。その口が大変大きく見えた。けれども二人は二人以外の事にはまるで頓着(とんじゃく)していない様子であった。船に乗っている事さえ忘れているようであった。
 自分はますますつまらなくなった。とうとう死ぬ事に決心した。それである晩、あたりに人のいない時分、思い切って海の中へ飛び込んだ。ところが――自分の足が甲板(かんぱん)を離れて、船と縁が切れたその刹那(せつな)に、急に命が惜しくなった。心の底からよせばよかったと思った。けれども、もう遅い。自分は厭(いや)でも応でも海の中へ這入らなければならない。ただ大変高くできていた船と見えて、身体は船を離れたけれども、足は容易に水に着かない。しかし捕(つか)まえるものがないから、しだいしだいに水に近づいて来る。いくら足を縮(ちぢ)めても近づいて来る。水の色は黒かった。
 そのうち船は例の通り黒い煙(けぶり)を吐いて、通り過ぎてしまった。自分はどこへ行くんだか判らない船でも、やっぱり乗っている方がよかったと始めて悟りながら、しかもその悟りを利用する事ができずに、無限の後悔と恐怖とを抱(いだ)いて黒い波の方へ静かに落ちて行った。

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