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生活(せいかつ)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-10-23 13:02:04  点击:  切换到繁體中文


なににこがれて書くうたぞ
一時にひらくうめすもも
すももの蒼さ身にあびて
田舎暮らしのやすらかさ


 私はこのうたが好きで、毎日この室生むろうさんのうたを唱歌のようにうたう。「なににこがれて書くうたぞ」全く、このうたの通り、私はなににこがれているともなく、夜けて、ほとんど毎日机に向っている。そうして、やくざなその日暮らしの小説を書いている。夕御飯が済んで、小さい女中と二人で、油ものは油もの、茶飲み茶碗は茶飲み茶碗と、あれこれと近所の活動写真の話などをしながらかたづけものをして、剪花きりばなに水を替えてやっていると、もうその頃はたいてい八時が過ぎている。三ツの夕刊を手にして、二階の書斎へあがって行くと、火鉢の火がおとろえている。炭をつぎ、鉄瓶てつびんをかけて、湯のわくあいだ、私は三ツの夕刊に眼をとおすのだ。うちでとっているのは、朝日新聞、日日新聞、読売新聞の三ツで、まず眼をとおすのは、芝居や活動の広告のようなものだ。女の心がある、行ってみたいなと思う。永遠の誓いと云うのがある、みんな観に行きたいと思いながら、その広告が場末ばすえ小舎こやにかかるまで行けないでしまうことがたびたびなのだ。
 広告を読み終ると三面記事を読む。その三面記事も一番下の小さい欄から読んでゆく。三ツの新聞に、同じような事が書いてあっても、どれも違う記事のように読めて面白くて仕方がない。政治欄はめったに読まない。だから私は、小学生よりも政治の事を知らない。――いつだったかも、日日新聞から、議会と云うものをせて貰った。入口では人のふところへまで手を入れて調べる人がいたり、場内へ這入はいると、四囲あたりの空気が臭くて、じっとしていられなかった。真下に視下みおろす議場では、居睡いねむりをしている人や、肩をからせてつかみあっている人たちがいた。それが議員と云う人たちなそうで、もう吃驚びつくりしてしまって、それきりな気持ちになってしまっている。
 ひととおり新聞を読み終ると、ちょうど鉄瓶の湯がき始める。もう、この時間が私には天国のようで、眼鏡めがねに息をかけてやり、なめし皮で球を綺麗にみがく。そうして茶をれ、机の上の色々なものに触れてみる。「御健在か」と、そういてみる気持ちなのだ。ペンは万年筆を使っている。インキは丸善のアテナインキ。三合さんごう位はいっている大きいびんのを買って来て、たのしみにうつわへうつしてつかう。二年位あるような気がする。原稿用紙の前には小さい手鏡を置いて、時々舌を出したり、眼をぐるぐるまわして遊ぶ。だけど、長いものを書き始めると、この鏡は邪魔になって、いつも寝床ねどこの上へほうり投げてしまう。机の上には、何だか知らないけれども雑誌と本でいっぱいになって、ろくろく花を置くことも出来ない。唐詩選の岩波本がぼろぼろになって、机の上のどこかに載っている。
 九時になっても、お茶を飲んでんやりしている。昔の日記を出したりして読む。妙に感心してみたり、妙にくだらなく思ったりする。心の遊びが大変なもので、色々な人たちの顔や心を自由に身につけてみる。あの人と夫婦になってみたいなと思うひとがあって、小説を書く前は、他愛のないそんな心の遊びが多い。――十時頃になると、家中のひとたちがおやすみを云いあう。皆が床へつくと、私が怖がりやだから、家中の鍵を見てまわり、台所で夜食の用意をして、それを二階へ持ってあがる。塩昆布と鰹節の削ったのがあれば私は大変機嫌がいいのだ。この頃は寒いので夜をかしているとからだにこたえて来て仕方がない。なににこがれて書くうたぞ、でその日暮らし故、それに、やっぱり書くことに苦しくとも愉しいので机の前に坐ってしまう。腰をかける椅子なので、寒くなると、私は椅子の上に何時いつか坐って書いている。書いていて一番いやなのは、あふれるような気持ちでありながら、字引を引いて一字の上に何時までも停滞していることが、一番なさけない。私の字引は、学生自習辞典と云うので、これは、私が四国の高松をうろうろしていた時に七拾五銭で買ったもの、もう、ぼろぼろになってしまっている。何度字引を買っても、結局これが楽なので、字が足りないけれどこれを使っている。本当に、考えて見れば田舎いなかの女学生みたいな生活だけれども、こうして、私の生活を何か書けと云われると、私は、ぱっとした暮らしでもない自分のこの頃に、何とない、おかしなものを感じ始めているのだ。
 雨。
 今日もまた雨なり。膝小僧を出して『彼女の控帳』をとうとう書きあげる。二十七枚『新潮』へ送る。駄菓子を拾銭買って来て一人でたべた。小かぶと瓢箪瓜ひょうたんうりを漬けてみる。二、三日したらうまいだろう。母より手紙、頭が痛い。――十二日
 雨。
 へとへとだ。くだらなく徹夜して読書。――財産三拾七銭はかなや。夜、紫なるとらの花拾銭、シオン五銭買って来る。雨にれて犬と歩む。よき散歩なり。フミキリの雨、夜の雨、青く光って濡れて走る郊外電車、きわめてこころよし。――十三日
 これは三年前の秋の日記だけれども、何かが恋をでもしているような子供っぽい日記だ。いまは、何もおどろきのない生活で、とても、此様な日記はかけない。――昔は、肉親たちがちりぢりに遠く散っていて孤独であったせいか、燃えあがるような気持ちだったけれども、いまは私の家にみんな集って来ているので、時々辛いなと思う時がある。――昼間は客が多いので、仕事はたいてい夜中だけれど、夜中の仕事は私には少々辛くなって来た。あくる日はおばけのような顔で、ふためとは見られない。寝床へ這入るのが四時頃、七時には眼が覚めてしまう。家の近くに辻山病院と云うのがある。古くからの知りあいで、私はここでこの頃ねむり薬をつくって貰っている。疲れると、その睡り薬をのんで、昼間でもベッドに横になる。ベッドと云っても、寄宿舎にあるような小さいベッドなので、寝心地が何となく悪く、すぐ眼が覚めるのもベッドのせいかも知れないと思っている。朝、六時か七時には、どんなに寒くても起きあがり、ひととおり新聞を読むのが愉しみ。文芸欄を読み、家庭欄を読み、それから政治面の写真だけを見る。それでおしまい、三面記事を朝読むのは怖いから読まない。一日厭な思いをするから、たいてい、昼すぎにちょいちょいのぞくことにしている。
 徹夜の仕事はろくなものは書けないのだけれども、どうしても夜になって、「ああ」とくたびれてしまうのだ。私だけの客でなく、家のひとたちの客も見える。おかずごしらえ、下着の洗濯、これでなかなか楽な生きかたではない。年齢としをとった女中をおくことも時に考えるけれども、いまの女中は十三の時に来て三年いる。私の邪魔にならないので、何が不自由でも、それが一番幸せだと思っている。第一、女中がいてくれるなんて、マノン・レスコオの中の何かの一節にあったけれども、なりあがり者の私としては、はずかしい位なのだ。しかも三年もいてくれている。
 私は、ひとにはなかなか腹をたてないけれども、家ではよく腹をたてて自分で泣きたくなる。その気持ちはどこへも持ってゆきようがないので、机の前に坐り、んやりしている。煙草たばこはバットを四、五本吸う。昔、好きなひとがあった頃は、そのひとが煙草がきらいで吸わなかったけれども、いまはそのひとと何でもなくなったので、平気で煙草を吸うようになってしまった。やけになる気持ちは大変きもちがいい。私は何度もやけになって、随分むしゃくしゃした昔だったけれども、この頃は日向ひなたぼっこみたいだ。――小説の話は大きらい、説明や批評が少しも出来ないからだろう。ほら、お日様みたいな小説よ位の説明ならば指で丸をつくって、「ほら、こんなに円満なのさア」で、「ああそうか」と受取って貰うより仕方がないのだ。時々ほこりを叩くような批評を貰う時がある。辛いなと思うけれども、それで、シゲキを受けることもひといちばいのせいか、すっかり呆んやりしてしまって、腐った、魚みたいに、二、三日蒲団ふとんをかぶって寝てしまう。自分の作品がよくないからだ。一番、自分が知っているから一時はゆきばがなくなるけれども、机の前に坐り、また、こつこつ何か書き始める。私はこれが宗教だと云うようなものがあるとすれば、ただ、こつこつ書いている。その三昧境さんまいきょうにあるような気がする。厭な言葉だけれども、私は万年文学少女なのでもあろう。

 つい四、五日前、税務所のお役人が来た。お役人と云うと、胸がどきどきして、ちょうど昼食どきだったけれども、御飯が咽喉のどへ通らなかった。私は税金を払い始めてちょうど四年になるけれども、蔭では実際辛いなと思ったことがたびたびだった。収入が拾円の時が三、四度あったり、ちょっと旅をすると、その収入が止ったりするのに、税金は私にとって案外立派すぎた。今度も、税金の値上げだったけれども、「年収四千円はありますでしょう」と云われたのは誰のことかと吃驚びっくりしてしまった。よく運んで二百円、悪くいって九拾円、平均百五拾円あったら、ナムアミダブツと月の瀬を越すことが出来る。
吉屋信子よしやのぶこさんの税金は下手な実業家以上です」と、税務所のお役人が云われたけれども、私は吃驚しているきりで何とも話しようがなかった。一、二枚のものを書いても林芙美子だし、かりそめに、ゴシップに林芙美子の名前が出ていても、それをいっしょくたにしてあれこれ云われるのでは立つ瀬がないから、「どうぞ雑誌社や新聞社で、私が稿料をいったいいくら貰っているかきいてみて下さい」と云うより仕方がない。吉屋さんは先輩でブンヤも違う。「あなたは文学はお好きでいらっしゃいますか」とたずねると、お役人は、学生の頃はそれでもちょいちょい読みましたが、いまは法律をやっていますと云うことだった。感じのいいお役人であったが、年収四千円は困ったことだと思った。純文学をやっているひとって、案外、派手のようだけれど貧乏で、月五拾円あるひとは、新進作家の方でしょうと云うと、そうですかねえと感心していた。

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