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輝ける朝(かがやけるあさ)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-10-26 16:54:11  点击:  切换到繁體中文

 さうだ、私はそれを忘れないうちに書きとめて置かう。この輝いた喜の消え去らぬうちに、このさわやかな心持のうすれゆかぬうちに……私はこの朝の氣持を、決して忘れる事はないであらうけれども、だからといつて書きとめて置く事の決して無益なことではあるまいと思ふ。却つて私の病に於ける無爲の時間が、その爲に生きこそはしても。
 それは昨夜のことであつた。……いや私は先づいきなりその事に筆を進める前に、ついでだから少し自分のこの頃の状態をも記して置かう。
 日記を怠つてからもう七年になる。もし私がこの世から消え去つたならば、極めて少數の人に送つた手紙以外には、私自身の直接に觸れた生活は、その斷片をも人に窺はれなくなるであらう。(嘗て丹念につけたことのある日記も今はすべて燒いてしまつた。)そしてそれでいゝのだ。私といふ者がないあと、私に關したすべての事は消え去れ! 私は遺して置かなければならぬ何物をも持つてゐないと信じてゐる。そしてそれは一番己を知つた言葉だと思つてゐる。私は別にえらい人間でも、感心な人物でもない。人は別に私の生ひたちやその履歴を必要としないであらう。だからこそ私は氣安くその日その日を送つてゐられるのだ。
 けれども、それは決して私がうかうかとのんきに日を暮してゐるといふ意味ではない。私とても生きてゐる以上は、何かこの世もしくは人々の上に役に立つことをしたいと思ふ。さうしてある場合その自信を失つた時には、せめて無害な人間でありたいと思つて心を配る。そんな時には一寸廊下のたたずみにも、もしや人の邪魔になりはしないかと、おどおど自分の身をせばめたりする。或は私の良心も病んでいぢけてゐるのかも知れない。で、實をいふと、私位氣をつけてその日その日を送つてゐる者も少いのだ。こんなわけで、その日その日の記録を自分の心一つに疊んでしまふにはあまり惜しいやうな氣のする時もあるけれど、死後には何物をも遺すまいとする心から、それを文字にするといふ事はなるべく避けてゐる。それだのに今日はなぜか私の内部のものがそれを促して止まない。一度書いてまた灰にするとも、それではともかくその私の心の要求に從つて行かう。
 この部屋がどういふ室であるかはあの壁に懸つた體温表が、無言ながら完全にそれを語つてゐる。大分熱は下つて來た、七度の赤い線をまん中にして、青い鉛筆の跡が、ちようど蒲公英たんぽぽの葉の線のやうに延びて行く。親もなく、夫もなく、子もなく、たつた一人の兄弟より外にはなかつた身の、あまり劇しい生の執着とてはなかつたけれども、病氣がかうしてだんだん快くなつて見れば、やつぱり嬉しい。助かつたやうな氣がする。そしてその助かつたやうな氣のするところから、これまでにない命の貴さが感じられる。私はやつぱり生に執着がなかつたわけではなかつたのだらう。たゞあきらめの分子が、他の情實にまとはられた人よりも幾らか多かつたに過ぎないのであらう。私の鋏が切れ味よかつたわけではなく、私はたゞ切り易い布を持つてゐたに過ぎないのだ。ともあれ私は感謝する。そして私を癒したものゝ前に、私自身の生命を大切にはぐくんで行かう。
 別に語る人とてはない田舍の病院の一室に、私はかくて寂しく滿足してゐる。朝な朝な昇る朝日は、そのうららかな影を斜に壁に投げ、暮れて行く日は障子を通し、硝子戸を透してゆふべゆふべに赤く輝く。やがておもむろに夜が來る。さうして靜なる眠の中へ、常に絶えざる「明日は」の希望に導かれて入つて行く。それは吾々の休息といふよりも、或は忘却すべく、或は新なる力の湧出を待つべく、その日その日に下される救である。さて私は時々夕方の檢温の結果などによつて、氣に入つた讃美歌の一くさりをみ、ぽつかりと音もなくともる電燈を見つめながら、ベツドの上に四肢をのばしてゐる。こんな時、私の肉體と精神は最も自然に融和し、自己といふものをはつきり意識しなくなるために、時たま私の空虚を覗つて押し寄せる寂寥や、悲哀の念から全く脱却し、無念無想に近い境をさまよつてゐる。そして私はそんな時が非常に好きであつた。また病氣の上にも、それは微妙な好い働を働くに違ないと信じてゐる。
 昨日の夕方もちようどこんな風な状態になつてゐた。そして私は幸福であつた。多くの幸福な人々の知らない、寂しい不幸な人間のみが時々味ひ得る、つゝましやかな自足した幸福さであつた。いつの間にか日はとつぷりと暮れてゐた。電燈は夜の世界から完全にこの一室を占領したのに滿足したらしく、一時自信をもつてその光輝を強めたけれども、やがて彼はその己の仕事になれた。さうして最早一定の動かない光をのみ、十分なる安心と、僅なる倦怠とのうちに發散した、恰も私一人の上にはそれで十分であると見きはめをつけたかの如くに。
 私は無意識に手をのばして枕許にあつた本を取り上げた。それはグリムのお伽噺であつた。そしてやつぱり無意識にぱらぱらと頁を繰つた。ふと扉のはしの方に何か鉛筆で書き込んであるのが目についた。
「奇蹟は信仰の副産物なり――」
 それは確に自分の字であつた。いつ何を感ずつてこんなことを書いたのであるか、今ははつきりしなかつたけれども、とにかくある思想の閃がそのとき私をこんな言葉に驅つたのであらう。私はくすぐつたいやうな氣がしながら、やつぱり眞面目になつて、この言葉の内容を吟味しかけた。
 ちようどその時であつた。突然どつと隣室に笑聲が起つた。私はびつくりして眼を※(「目+爭」、第3水準1-88-85)つた。けれども、その笑が何も自分に關係のないのを知ると、また再び靜な自分にかへつて、あてもない瞑想を續けようと身じろぎを愼んだ。
 しかし次の瞬間には、全く思ひもかけず唐突に起つた※(濁点付き片仮名ワ、1-7-82)イオリンの強い絃の音に、われにもなく心をとられて耳をそばだてた。私は全くこんな田舍で、かうした樂器の音にめぐりあはうとは思ひもかけなかつた。絃の音ははじめ、一朝にしてすべての聽覺を集めて奮ひたつ如く起り、やがて恥ぢらふやうな躊躇をもつて止んだ。
『やれやれ。』
 一つのだみ聲がそれを促した。
 私は全身の期待を以て耳を欹て、いつも音樂によつて心の奧に隱れてゐるかなしみを引き出され、ひそかに涙するその心持を早くも味ひながら、※(濁点付き片仮名ワ、1-7-82)イオリンの音のむせび出すのを待つた。
 それはやがて起つた。ところが、はつと思ふ間に卑しげな流行歌が得々として彈き出された。しかもそれは、あの都大路を唄ひつゝさすらひ歩く墮落者の肩にあてられた※(濁点付き片仮名ワ、1-7-82)イオリンほどの哀愁もなく、絃の音はその情操のない主人に驅使されることの不遇を悲しむ暇もなく、たゞ義理にうたつてゐた。私はがつかりしてしまつた。
 けれども考へて見ればそんな期待を抱いた私が間違つてゐたのだ。一體あの男は半氣狂のやうな男なのだから……と、私はもう全く自分一人の世界から脱け出してしまつて、頻に隣室の事に氣をとられてゐた。彼は二三日前に一寸した腫物か何かで入院したのであるが、それからといふもの、おだやかな日和の中に襲つて來た狂風のやうに、靜な私の周圍を掻き亂してゐるのであつた。廊下を通る看護婦を呼びとめて、左程必要でもない質問をしてみたり、自分の部屋を間違へていきなり[#「いきなり」は底本では「いきなりう」]私の部屋に飛び込んだりする。彼はこの近在の物持の息子で、大分この町の所謂上流にも勢力があるらしかつた。いろいろな見舞の客が出入した。そして絶えずひとりぼつちでゐる事の出來ないやうに、必ず二三人の取卷を必要とした。その連中は、若い小學校の教員とか、少し新しがつた事の言ひたい役場の書記とか言つたやうな者達であつた。彼等は毎晩のやうにやつて來た。そしてその金持の息子を圍んで、彼を煽動したり賞讃したりしながら、値の高い葡萄酒などを振舞はせた。
 思ひ出したやうに手に取つた樂器は、また思ひ出したやうに置かれてしまつたらしく、ふつつりとやんでしまつた。
『寒いなあ。』
 誰かゞ火鉢を掻きほじつたらしく、ぱちぱちと炭のはねる音がした。
『神崎は遲いね。』
『いつたい何時頃ですか、もう?』
『……八……時四十七分。』
『時に、君は子供が何人あるんだつけ?』
『三人半です。』
『半とは……?』
『半分だけ出來てるんです、つまり胎生五ヶ月でさ。』
『ふゝゝ、君も隨分盛んだねえ、いつも會ふ度に子供が殖えてるぢやないか、子供を作るのをたゞこれ事としてるんだらう。一體君が眞面目くさつた顏をして、修身の講義なぞをしてるのかと思ふとをかしくなるよ。』
『何しろ吾人々類の究極の目的は、アミイバの昔よりたゞ生殖にありですからね。』
『とすると、君は大に人類の目的を果してゐるわけなんだね、はつはゝゝゝ。』
 私はくるりと横を向いて、背をその壁の方に向けた。手に取る如く聞える隣室の話にわづらはされまいとして、顏をしがめたり、目を閉ぢたりして見るけれど、氣にすれば氣にするほど却つて神經はあらはになつて、いつしかまた物音や話聲に觸れて行く。
『今晩は。』
 重い板戸が開いた。
『やあ、遲いぢやないか、まあはひり給へ!』
 廊下の外では着物の袖か何かを拂ふ音がして、
『なんだ、降つて來たのかい?』と、びつくりした聲が中から應じた。
『ちらちらやつて來ましたよ、このこまかい雪の模樣ぢや、本ぶりかもしれないですね。』
『おやおや。』
『道理で何だか寒いと思つた――また明日は大變だぞ。』
 板戸が閉められて、新來の客の席を取るけはひがした。
 私は首をもたげて、窓の硝子の外をのぞいて見た。けれどもその内側に光る硝子の外はたゞまつ暗で、耳をすましても、雪の降るらしい音も響もなかつた。しかし雪といふ言葉を聞いた刹那から、ひえびえとした寒さが襟元を襲つたやうな氣がした。二月といつても、北國ではまだ冬の最中なのだから。
『僕は今途中でへんな目にあつて來たんですがね――』と、新しい聲がおづおづ何かに氣をとられてゐるやうに言ひ出した。
『何だい、どうしたんだ?』
『僕がこゝに來ようと思つてね、あの專賣局の裏道を來ると、まつ暗い中に一人の女がうづくまつてゐるんだ。そして何か獨語ひとりごとをいつてるんだ。僕は氣狂だらうと思つて、遠卷に通り過ぎながらよく見ると、泣いてゐるんだね、はてなと思つて暫く立ちどまつて見てゐたんだ……』
 みんなが耳をそばだてたらしく、誰も言葉を挾む者がなかつた。

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