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道(みち)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-10-26 17:07:42  点击:  切换到繁體中文


        五

 けれども、そんな事は私達の初期の間でした。私はだんだん私の「あそび」をあなたの上には試みなくなつて來ました。あなたのいつも生眞面目でありたい要求――といふよりは、さうあらなければならぬあなたの生れつきをそつとして置くやうになつて來ました。あなたの心を私の心と共に躍らせようとするのは、鎌倉の大佛さんを搖り動さうとするのに同じだと、私はひそかに思ひました。それでも時々は我を忘れて、『早く、鬼が來たから逃げなさいよ!』と、大佛さんの肩を叩くやうな事をよくやりましたけれど。
 私達は大抵離ればなれな心で過しました。あなたとしてはまた私のしんみりしない心持を、常に寂しく思つて居られるのを私は知つてゐました。けれども、あなたが敢て私の性質に近寄らうとしなかつたやうに、或は企てゝも出來なかつたやうに、私も亦あなたの心に添ふやうに、自分を馴さうとはしませんでしたし、また不可能な事に思つてゐました。私は相變らず快活でした、併し、それはもはや内に向いてゞはなく、外に向いてゞした。私は向日葵のやうに無意識に無意識に、自分の心を惹くものゝ方へとその首をむけてゐるのでした。
 Aはその時分最も近く私達の側を歩いてゐました。あの人はあなたも御承知の通り、私の從姉に當る女の再縁した先の先妻の一人子でした。Aと私との間にさうした縁戚關係の生じたのは、私の十六の時で、たしか二つ違ですから、あの人が十八の時でした。併し私達はそれから四五年の間、一度も會つた事もなければ、そんな人がをるといふ事すらも忘れて過してゐました、Aの一家はその時分仙臺の方に暮してゐたのです。
 あなたと私とが相逢ふやうになつてから、一年ばかり後れてのある夏、私は突然一人の知らぬ青年の訪問をうけました。それがAだつたのです、ちようど病後だとはいつてましたが、青白い顏をして、鋭い眼の上の濃い眉毛が何となく陰鬱に見えました。繪をやるために上京したといつてましたが、あとで從姉からの手紙を見ると、どうも家庭が面白くいかないらしいのでした。どちらかといへば、その從姉をあまり好でなかつた私は、却つてAの方に同情を寄せる位でしたけれど、それだといつて會つて見ればのことで、別にどうといふ考もなく、たゞあの人の話が出れば、すぐにあの事を思ひ出して、そして微笑するだけの事でした。それは、Aが初めて私の家に來た時の容子で、小倉の袴の腰に手拭を棒しごきに下げてゐましたが、その手拭がひどく汚れてゐて、玄關に上る時にそれを引き拔いてはつたはつたと足の埃を拂つたのでした。その時の實直な態度を思ひ出すと、私は今でもやはり微笑まずにゐられません。
 それから私達の白熱的でない戀の成行が、大層な廻り道をした揚句、やつぱりあなたと私とは結婚することになりました。その時にAは私達の前途を祝福するといふやうな、感傷的な手紙を私にくれましたが、私はその當時何も彼も、結婚生活の一大混惑――樂しいといつていゝのか、苦しいといつていゝかわからない――の中にすべてを忘れ去つてゐました。

        六

 Aが私達の家庭に親しく出入するやうになつたのは、それから半年ばかり後の事で、ある小さな新しい團體の展覽會に[#「展覽會に」は底本では「展覺會に」]彼が出品してる事を、ある新聞の消息で知つて、急に思ひ出して私が手紙を書いたからでした。
 私はあの人をあなたに紹介するのに何の憚も持ちませんでした。彼は見違へる程元氣になつて、あなたがいつも初對面の人に對して殊にさうであるとほり不機嫌に(あなたは自分では決して機嫌を惡くしてるつもりではないと仰しやるけれど、傍からはさう見えるのです。)默りこくつてゐるに反し、よく話したり笑つたりしました。私もまた引き入れられて、笑つたりおしやべりしたりする事によつて、久しく欝結してたものが去つたやうな、ある快さを覺えたのでした。
 それから私はだんだんAの訪問をうけるのを喜ぶやうになつて來ました。格別勤めるといふ事もなく、またこれぞといつて學校にも通つてなかつた彼は、いつも思ひ出したやうにぶらりとやつて來るのが常でした。私はそれをよくあなたがおかへりになるまで引き留めて、お夕飯を一所に頂かうと言ひ張りました。私は、自分に面白い事は、あなたにもまた面白くなければ[#「なければ」は底本では「なけれは」]ならぬ筈と、不用意にいきなり思ひ込んでしまふのが癖でしたから。
 けれどもこの事は、はじめあなたをあまり喜ばせないやうでした。それはあの人を嫌ふといふよりも、あなたはその賑な談笑に、私同樣な愉快を感ずる事ができなかつたからで、あなたの無意識な要求は、自分が默つてゐたい時にはやつぱり私をもおし默らせて置きたいのでした。それにも拘らず、私はあなたが默つてしまへばしまふ程、その場を糊塗する心から、或はあなたのさうした思をAの前に隱さうとする心から、(私にはなぜかあなたのさういふ氣質をあの人に知られるのがしいやうな[#「知られるのがしいやうな」はママ]氣がしたのです。)微細な心づかひをあなたの上に取られつゝも、ますます賑にはしやぎ出すのでした、さうして鋭敏なAの神經がそれを感じ、いたむやうに私を見るのを知る時、私は恥しさと、寂しさと、腹だたしさのまぜかへしたやうな心を覺え、自分にももはや苦痛であるところの快活さを裝はうとするのでした。
 けれどもAは辭して行く。さうしてあなたは、やつと私が自分のものになつたやうなやすらかさを感じ、しづかに優しく私を御覽になる。けれども私はやつぱり寂しかつたのです、私は疲れ、さうして僅に悲しみ、あなたを劬り、慕ひ、またわつかほど厭ひ、何をどこに求めていゝかわからぬやうな心をもつて、寂しく無言にあなたの首を抱くのでした。
 日向を求めてあらぬ方に向いては咲いても、根を張つた土のしめりを、向日葵とても決して忘れることはできないでせう――やつぱり私も、あなたを餘所にして全き自分があり得ようとも思へないのを、今更にしみじみと考へ耽つてゐます。
 あ、今うしろの山に郭公が啼いてゐる……

        七

 八月末の某日朝。枕に響く谿流の音は、今朝もまた、せめてもに暖く穩な眠から、温泉宿の一間の寂しい女主人の身に私をかへさせてしまひました。昨日も、今日も、明日も、明後日も、恐らくはまたその先の日に於ても、目覺めさへすれば私はこの書きかけた手紙の先を急いで、をはりの數行を言ひたいためにばかり、過ぎし日の醜い姿を寫し出して行かなければなりません。――
『沼尾君は何か僕に不快を抱いてるんではないだらうか――たとへば僕がいつも、沼尾君の留守に來て、上り込んで話してゐるといふやうな事がですね。』
 Aは時々思ひ出したやうに、こんな事を言ひ出しました。
『そんな事はないわ。』と、さういふ時、私はきまつて慌ててかう打ち消すのです。
『あの人はそんな人ぢやないわ。(といふのは、そんなに狹量ではないといふ意味で、その事は私の理想だつたのです。)たゞ人附合がほんとに下手なんですね、自分でもこれぢやいけないと氣を揉むんだけども、何か話したり笑つたりしようと思ふんだけれど、それがさうできないのがあの人の性分なんですよ。』
 この一所懸命な説明に滿足できなくて、私はなほ言葉を次ぐ。
『そらほんとに惡氣なんてちつともない人なんですからね……』
 けれども私はやつぱり言ひ足りなさを覺えて考へ込みます。私はあなたをどうにかしてあの人によく思はれたい、あの人の前にあなたを完全な者にしたい、けれどもそれと同時にまた、この私のどこか寂しいもの足りなさを知つて貰ひたいといふやうな、矛盾した二つの感情の爲に、結局私は口を緘んでしまふのでした。
『お前はほんとに人さへ來てると機嫌がいゝけれど、僕とたつた二人きりの時は、なんだか寂しいやうな、つまらないやうな顏ばかりしてゐるねえ――まるで別人のやうに。』と、いくらか責めるやうに私を御覽になつたあなたの目を私はふと思ひ出します。
 異なる寂しさともの足りなさ……否、同じたぐひの寂しさともの足りなさを、異なる場合にあなたもまた私同樣に感じられてゐらつしやるのでした。私が逐ふ時にそれは無く、あなたが求める時にそれはもう逃げてゐる。
『なぜ二人は同じ時、同じやうにぴつたり、面を向き合せることができないのだらう?』
 私は惱しく唇を噛みます。
『沼尾君はあなたを愛してゐますか?』
 突然Aは彈丸のやうな質問を私に向ける。私は急所を突かれ、そのをのゝきを隱すために目を伏せながらも、間違なく侮辱を感じ、全く機嫌を惡くして、
『えゝ、愛してゐます!』と答へるのだけれど、意地わるく言葉は縺れて、『えゝ、愛してゐるだらうと思ひますわ!』と言つてしまふ。
 けれども、それは言葉が間違つただけのことで、言葉が私の心を裏切つたわけではないのでした。私はぱつと立ち上つて言ひます。
『Aさん、あなたこの頃どんな繪を描いてらつしやるの?』

        八

 ある時、通り魔が私達の道を横ぎつて行つたのです。それは結婚後二年目の年で、それから間もなくあなたはたうとう患ひついてしまつたのでした。私は再びあのどしんと頭を打たれたやうな當時の寒い心を思ひ出したくありません。刺戟や苦惱やになれて來た今にして思へば、その當時の事は、たゞ一寸深き注意を要したに過ぎぬ位の事であつたかも知れないけれど、これといつて一生の根を張るものにめぐり合はず、離れつ即きつしつゝ漂つてゐる浮草のやうな生活の上にあつた私達には、ほんとに恐しいその二年間でした。
 唯一の生計の道であつた語學教師の職を擲つて、落人のやうに私達は茅ヶ崎へ越して行きました。あなたの病氣は、それほど進んでゐるのではなかつたのでしたが、それでもあなたはすつかり滅入り込んでゐらつしやいました。私達はお互にめいめいな事を考へるのに無言で、お縁側には徒に暖な冬の日がさしてゐる事などがよくありました。
 まあ私だけについていへば、生も死も共にといふまでに結び合つてゐない愛の隙間から――體それは[#「體それは」はママ]誰の罪であつたのでせう? 當時にあつては、あなたも私も決して愛し合ふ可く自分を制しはしなかつたつもりなのだけれども。それでは求めるものは與へらるべく、與へらるゝために私達は切にそれを求めなければならなかつたのでせうか? ――私はひそかに自分の心を滿すものを搜し求めました。
『繪でもやらうかしら?』
 さう心に呟いて、私は試に鉛筆を執り、默祷してるやうに默つて動かぬあなたの横顏を描きにかかります。
『あら、動いちや厭よ。※[#判読不可、184-2] まあ、髮の毛が大變のびましたわねえ。』
 さうして今更にあなたの頬のやつれに心が痛む。
『どれお見せ。』と、あなたは手をのばす。
『だめ、ちつとも似ないわ。』
『一寸うまいぢやないか、だが隨分陰欝な顏をしてると見えるねえ、僕は輪廓だけでもそれが見えるぢやないか。』
 何事もすべてはそこに歸して行く。
『髮がのびたから、餘計やつれて見えるのですよ。今度あなた、暖な日にお刈になるといゝわ、床屋を呼んで來ませうか?』
 私はあなたの長く延びた髮の毛に手を突き込んで、指の先でそれをいぢくりながら、急に胸がせくりあげて來るのを覺えて唇を噛むのでした。
『なぜ泣くの?』
たうとう一つ垂つた涙を見つけて、あなたは咎めるやうに私を御覽になる。
『え、何が悲しい?』
 さう言はれても、私は併し答へるすべを知らないのでした。なぜ出る涙であるか、それがはつきり自分にもわかつてゐたならば、私はもつとどうにかしやうがあらうものを、私はたゞ涙が出る故に悲しく、悲しめば悲しむ程、劬られゝば劬られる程またそれにあまへて、涙はとめどもなく私の双つの眼を浸すのでした。

        九

『僕が病氣をしてるから寂しい?』
 あなたはなほもさまざまに[#「さまざまに」は底本では「ざまざまに」]問ひ試みて、私の涙の正體を知らうとなさる。
『きつとさうなんだよ……』
 けれども私は默つてかぶりを振る。併しあなたは言ひます。『堪忍しておくれ、そしてもう少し辛抱しておくれ、ね!』
 私はたまらなくなつて、やにはにあなたの膝をゆすつてわめきます。
『さうぢやないの! さうぢやないの!』
 さうしてひたすらに自分を責め、あなたを劬る心で充ちながら、一層激しくすすり上げるのでした。
 かうした場合、私は最も幸福であつたのを今でもはつきり覺えてます。それはある火花の閃のやうに瞬間的なものではあつても、その幸福感は、羅針盤のやうに私の迷ひ易い心の方向を支配するのでした。
 けれども、その私達の航路に於て、穩な日和ばかりは決して續きませんでした。ある時は儘ならぬ運命にぢれて些細な事に爭ひ合ひ、あなたはあなた、私は私の絶望や失意を露骨にして、お互の上に辛い課税をかけ合ひました。あなたはたゞ自己の慰められ、劬られるのを欲し、私はひたすらに強く強く自分の愛され、且つ心の滿される事を望みました。さうしてあなたも私も、それを先づ自分のうちに求め搜す事をせずに、ただもう相手の上にのみ、恰も權利の如くにそれを要求したのでした。
 この誤は、二人の間の間隙を依然として殘したばかりか、到底それは埋められるものではないやうな、間違つた諦を私の心に植ゑてしまつたのです。
 併しこんな事をお讀みになるあなたも息苦しいでせうね、それでもまだ我慢して讀んで下さいますか? 私だつて、いつまでも昔の事を書いてるのは苦しいのですけれど、でもまた一とほり振り返つて見たいやうな氣もするものですから――では、少し疲れたやうですけれど、今日はもう少し書いて置きませう。
 私達は一年あまりで茅が崎を引き上げました。まだすつかりとは行かなかつたけれど、いろいろ生活上の都合もあり、またひそかに東京を戀しがつてゐた私の影響、があなたをさう動したのでした。私は何事よりも先づ、友達や知己に逢へるのを喜び期待して東京に歸りました。
 Aは早速[#「早速」は底本では「早連」]私達を訪ねて來ました。そして時とすると恐しく考深く陰欝であつたにも拘らず、ある時は熱心に自分の藝術について語り、またある時はその仲間達ののんきな生活の話などをして私達を笑はせました。あなたも今は大分彼と打ち解けて、多少彼をなほ若者扱に見る傾はあつても、あなたの善良さは、知らぬ間に彼に對して十分の信頼を置きかけてゐました。
 Aを前に置いて、私の我儘な事や、自己主義的な事やがよく論議されました。時とすると、あなたはほんとに眞面目になつて、私のあなたに對する態度などに就いて、彼に訴へるやうな口吻を洩す事がありました。そんな時には彼はきまつてあなたの肩を持ち、さうして私を貶しめていひます。
『それは確にお光さんがわるいな!』

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