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雪渡り(ゆきわたり)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-10-29 17:02:33  点击:  切换到繁體中文


 兄弟の一郎二郎三郎は戸口に並(なら)んで立って、
「行っておいで。大人の狐にあったら急いで目をつぶるんだよ。そら僕ら囃(はや)してやろうか。堅雪かんこ、凍(し)み雪しんこ、狐の子ぁ嫁(よめ)ぃほしいほしい。」と叫びました。
 お月様は空に高く登り森は青白いけむりに包まれています。二人はもうその森の入口に来ました。
 すると胸にどんぐりのきしょうをつけた白い小さな狐の子が立って居て云いました。
「今晩は。お早うございます。入場券はお持ちですか。」
「持っています。」二人はそれを出しました。
「さあ、どうぞあちらへ。」狐の子が尤(もっと)もらしくからだを曲げて眼(め)をパチパチしながら林の奥(おく)を手で教えました。
 林の中には月の光が青い棒を何本も斜(なな)めに投げ込(こ)んだように射(さ)して居りました。その中のあき地に二人は来ました。
 見るともう狐の学校生徒が沢山(たくさん)集って栗(くり)の皮をぶっつけ合ったりすもうをとったり殊(こと)におかしいのは小さな小さな鼠(ねずみ)位の狐の子が大きな子供の狐の肩車に乗ってお星様を取ろうとしているのです。
 みんなの前の木の枝(えだ)に白い一枚の敷布(しきふ)がさがっていました。
 不意にうしろで
「今晩は、よくおいででした。先日は失礼いたしました。」という声がしますので四郎とかん子とはびっくりして振(ふ)り向いて見ると紺三郎です。
 紺三郎なんかまるで立派な燕尾服(えんびふく)を着て水仙(すいせん)の花を胸につけてまっ白なはんけちでしきりにその尖(とが)ったお口を拭(ふ)いているのです。
 四郎は一寸(ちょっと)お辞儀(じぎ)をして云いました。
「この間は失敬。それから今晩はありがとう。このお餅をみなさんであがって下さい。」
 狐の学校生徒はみんなこっちを見ています。
 紺三郎は胸を一杯(いっぱい)に張ってすまして餅を受けとりました。
「これはどうもおみやげを戴(いただ)いて済みません。どうかごゆるりとなすって下さい。もうすぐ幻燈もはじまります。私は一寸失礼いたします。」
 紺三郎はお餅を持って向うへ行きました。
 狐の学校生徒は声をそろえて叫びました。
「堅雪かんこ、凍(し)み雪しんこ、硬(かた)いお餅はかったらこ、白いお餅はべったらこ。」
 幕の横に、
「寄贈(きぞう)、お餅沢山、人の四郎氏、人のかん子氏」と大きな札(ふだ)が出ました。狐の生徒は悦(よろこ)んで手をパチパチ叩(たた)きました。
 その時ピーと笛(ふえ)が鳴りました。
 紺三郎がエヘンエヘンとせきばらいをしながら幕の横から出て来て丁寧(ていねい)にお辞儀をしました。みんなはしんとなりました。
「今夜は美しい天気です。お月様はまるで真珠(しんじゅ)のお皿(さら)です。お星さまは野原の露(つゆ)がキラキラ固まったようです。さて只今(ただいま)から幻燈会をやります。みなさんは瞬(またたき)やくしゃみをしないで目をまんまろに開いて見ていて下さい。
 それから今夜は大切な二人のお客さまがありますからどなたも静かにしないといけません。決してそっちの方へ栗の皮を投げたりしてはなりません。開会の辞です。」
 みんな悦んでパチパチ手を叩きました。そして四郎がかん子にそっと云いました。
「紺三郎さんはうまいんだね。」
 笛がピーと鳴りました。
『お酒をのむべからず』大きな字が幕にうつりました。そしてそれが消えて写真がうつりました。一人のお酒に酔(よ)った人間のおじいさんが何かおかしな円いものをつかんでいる景色です。
 みんなは足ぶみをして歌いました。

キックキックトントンキックキックトントン
 凍み雪しんこ、堅雪かんこ、
     野原のまんじゅうはぽっぽっぽ
 酔ってひょろひょろ太右衛門(たえもん)が
     去年、三十八たべた。
キックキックキックキックトントントン
 写真が消えました。四郎はそっとかん子に云いました。
「あの歌は紺三郎さんのだよ。」
 別に写真がうつりました。一人のお酒に酔った若い者がほおの木の葉でこしらえたお椀(わん)のようなものに顔をつっ込(こ)んで何か喰(た)べています。紺三郎が白い袴(はかま)をはいて向うで見ているけしきです。
 みんなは足踏(あしぶ)みをして歌いました。
キックキックトントン、キックキック、トントン、
 凍み雪しんこ、堅雪かんこ、
     野原のおそばはぽっぽっぽ、
 酔ってひょろひょろ清作が
     去年十三ばい喰べた。
キック、キック、キック、キック、トン、トン、トン。
 写真が消えて一寸(ちょっと)やすみになりました。
 可愛(かあい)らしい狐の女の子が黍団子(きびだんご)をのせたお皿を二つ持って来ました。
 四郎はすっかり弱ってしまいました。なぜってたった今太右衛門と清作との悪いものを知らないで喰べたのを見ているのですから。
 それに狐の学校生徒がみんなこっちを向いて「食うだろうか。ね。食うだろうか。」なんてひそひそ話し合っているのです。かん子ははずかしくてお皿を手に持ったまままっ赤になってしまいました。すると四郎が決心して云いました。
「ね、喰べよう。お喰べよ。僕(ぼく)は紺三郎さんが僕らを欺(だま)すなんて思わないよ。」そして二人は黍団子をみんな喰べました。そのおいしいことは頬(ほ)っぺたも落ちそうです。狐の学校生徒はもうあんまり悦んでみんな踊りあがってしまいました。
キックキックトントン、キックキックトントン。
「ひるはカンカン日のひかり
 よるはツンツン月あかり、
 たとえからだを、さかれても
 狐の生徒はうそ云うな。」
キック、キックトントン、キックキックトントン。
「ひるはカンカン日のひかり
 よるはツンツン月あかり
 たとえこごえて倒(たお)れても
 狐の生徒はぬすまない。」
キックキックトントン、キックキックトントン。
「ひるはカンカン日のひかり
 よるはツンツン月あかり
 たとえからだがちぎれても
 狐の生徒はそねまない。」
キックキックトントン、キックキックトントン。
 四郎もかん子もあんまり嬉(うれ)しくて涙(なみだ)がこぼれました。
 笛がピーとなりました。
『わなを軽べつすべからず』と大きな字がうつりそれが消えて絵がうつりました。狐のこん兵衛(べえ)がわなに左足をとられた景色です。
「狐こんこん狐の子、去年狐のこん兵衛が
左の足をわなに入れ、こんこんばたばた
こんこんこん。」
とみんなが歌いました。
 四郎がそっとかん子に云いました。
「僕の作った歌だねい。」
 絵が消えて『火を軽べつすべからず』という字があらわれました。それも消えて絵がうつりました。狐のこん助が焼いたお魚を取ろうとしてしっぽに火がついた所です。
 狐の生徒がみな叫びました。
「狐こんこん狐の子。去年狐のこん助が
 焼いた魚を取ろとしておしりに火がつき
きゃんきゃんきゃん。」
 笛がピーと鳴り幕は明るくなって紺三郎が又出て来て云いました。
「みなさん。今晩の幻燈はこれでおしまいです。今夜みなさんは深く心に留(と)めなければならないことがあります。それは狐のこしらえたものを賢(かしこ)いすこしも酔わない人間のお子さんが喰べて下すったという事です。そこでみなさんはこれからも、大人になってもうそをつかず人をそねまず私共狐の今迄(いままで)の悪い評判をすっかり無くしてしまうだろうと思います。閉会の辞です。」
 狐の生徒はみんな感動して両手をあげたりワーッと立ちあがりました。そしてキラキラ涙をこぼしたのです。
 紺三郎が二人の前に来て、丁寧におじぎをして云いました。
「それでは。さようなら。今夜のご恩は決して忘れません。」
 二人もおじぎをしてうちの方へ帰りました。狐の生徒たちが追いかけて来て二人のふところやかくしにどんぐりだの栗だの青びかりの石だのを入れて、
「そら、あげますよ。」「そら、取って下さい。」なんて云って風の様に逃(に)げ帰って行きます。
 紺三郎は笑って見ていました。
 二人は森を出て野原を行きました。
 その青白い雪の野原のまん中で三人の黒い影(かげ)が向うから来るのを見ました。それは迎(むか)いに来た兄さん達でした。





底本:「注文の多い料理店」新潮文庫、新潮社
   1990(平成2)年5月25日発行
   1997(平成9)年5月10日17刷
初出:「愛国婦人」
   1921(大正10)年12月号、1922(大正11)年1月号
入力:土屋隆
校正:田中敬三
2006年3月22日作成
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