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源氏物語(げんじものがたり)04 夕顔

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-11-5 14:47:55  点击:  切换到繁體中文


 十時過ぎに少し寝入った源氏は枕(まくら)の所に美しい女がすわっているのを見た。
「私がどんなにあなたを愛しているかしれないのに、私を愛さないで、こんな平凡な人をつれていらっしって愛撫(あいぶ)なさるのはあまりにひどい。恨めしい方」
 と言って横にいる女に手をかけて起こそうとする。こんな光景を見た。苦しい襲われた気持ちになって、すぐ起きると、その時に灯(ひ)が消えた。不気味なので、太刀(たち)を引き抜いて枕もとに置いて、それから右近を起こした。右近も恐ろしくてならぬというふうで近くへ出て来た。
「渡殿(わたどの)にいる宿直(とのい)の人を起こして、蝋燭(ろうそく)をつけて来るように言うがいい」
「どうしてそんな所へまで参れるものでございますか、暗(くろ)うて」
「子供らしいじゃないか」
 笑って源氏が手をたたくとそれが反響になった。限りない気味悪さである。しかもその音を聞きつけて来る者はだれもない。夕顔は非常にこわがってふるえていて、どうすればいいだろうと思うふうである。汗をずっぷりとかいて、意識のありなしも疑わしい。
「非常に物恐れをなさいます御性質ですから、どんなお気持ちがなさるのでございましょうか」
 と右近も言った。弱々しい人で今日の昼間も部屋(へや)の中を見まわすことができずに空をばかりながめていたのであるからと思うと、源氏はかわいそうでならなかった。
「私が行って人を起こそう。手をたたくと山彦(やまびこ)がしてうるさくてならない。しばらくの間ここへ寄っていてくれ」
 と言って、右近を寝床のほうへ引き寄せておいて、両側の妻戸の口へ出て、戸を押しあけたのと同時に渡殿についていた灯も消えた。風が少し吹いている。こんな夜に侍者は少なくて、しかもありたけの人は寝てしまっていた。院の預かり役の息子(むすこ)で、平生源氏が手もとで使っていた若い男、それから侍童が一人、例の随身、それだけが宿直(とのい)をしていたのである。源氏が呼ぶと返辞をして起きて来た。
「蝋燭(ろうそく)をつけて参れ。随身に弓の絃打(つるう)ちをして絶えず声を出して魔性に備えるように命じてくれ。こんな寂しい所で安心をして寝ていていいわけはない。先刻(せんこく)惟光(これみつ)が来たと言っていたが、どうしたか」
「参っておりましたが、御用事もないから、夜明けにお迎えに参ると申して帰りましてございます」
 こう源氏と問答をしたのは、御所の滝口に勤めている男であったから、専門家的に弓絃(ゆづる)を鳴らして、
「火危(あぶな)し、火危し」
 と言いながら、父である預かり役の住居(すまい)のほうへ行った。源氏はこの時刻の御所を思った。殿上(てんじょう)の宿直役人が姓名を奏上する名対面はもう終わっているだろう、滝口の武士の宿直の奏上があるころであると、こんなことを思ったところをみると、まだそう深更でなかったに違いない。寝室へ帰って、暗がりの中を手で探ると夕顔はもとのままの姿で寝ていて、右近がそのそばでうつ伏せになっていた。
「どうしたのだ。気違いじみたこわがりようだ。こんな荒れた家などというものは、狐(きつね)などが人をおどしてこわがらせるのだよ。私がおればそんなものにおどかされはしないよ」
 と言って、源氏は右近を引き起こした。
「とても気持ちが悪うございますので下を向いておりました。奥様はどんなお気持ちでいらっしゃいますことでしょう」
「そうだ、なぜこんなにばかりして」
 と言って、手で探ると夕顔は息もしていない。動かしてみてもなよなよとして気を失っているふうであったから、若々しい弱い人であったから、何かの物怪(もののけ)にこうされているのであろうと思うと、源氏は歎息(たんそく)されるばかりであった。蝋燭(ろうそく)の明りが来た。右近には立って行くだけの力がありそうもないので、閨(ねや)に近い几帳(きちょう)を引き寄せてから、
「もっとこちらへ持って来い」
 と源氏は言った。主君の寝室の中へはいるというまったくそんな不謹慎な行動をしたことがない滝口は座敷の上段になった所へもよう来ない。
「もっと近くへ持って来ないか。どんなことも場所によることだ」
 灯(ひ)を近くへ取って見ると、この閨の枕の近くに源氏が夢で見たとおりの容貌(ようぼう)をした女が見えて、そしてすっと消えてしまった。昔の小説などにはこんなことも書いてあるが、実際にあるとはと思うと源氏は恐ろしくてならないが、恋人はどうなったかという不安が先に立って、自身がどうされるだろうかという恐れはそれほどなくて横へ寝て、
「ちょいと」
 と言って不気味な眠りからさまさせようとするが、夕顔のからだは冷えはてていて、息はまったく絶えているのである。頼りにできる相談相手もない。坊様などはこんな時の力になるものであるがそんな人もむろんここにはいない。右近に対して強がって何かと言った源氏であったが、若いこの人は、恋人の死んだのを見ると分別も何もなくなって、じっと抱いて、
「あなた。生きてください。悲しい目を私に見せないで」
 と言っていたが、恋人のからだはますます冷たくて、すでに人ではなく遺骸(いがい)であるという感じが強くなっていく。右近はもう恐怖心も消えて夕顔の死を知って非常に泣く。紫宸殿(ししんでん)に出て来た鬼は貞信公(ていしんこう)を威嚇(いかく)したが、その人の威に押されて逃げた例などを思い出して、源氏はしいて強くなろうとした。
「それでもこのまま死んでしまうことはないだろう。夜というものは声を大きく響かせるから、そんなに泣かないで」
 と源氏は右近に注意しながらも、恋人との歓会がたちまちにこうなったことを思うと呆然(ぼうぜん)となるばかりであった。滝口を呼んで、
「ここに、急に何かに襲われた人があって、苦しんでいるから、すぐに惟光朝臣(これみつあそん)の泊まっている家に行って、早く来るように言えとだれかに命じてくれ。兄の阿闍梨(あじゃり)がそこに来ているのだったら、それもいっしょに来るようにと惟光に言わせるのだ。母親の尼さんなどが聞いて気にかけるから、たいそうには言わせないように。あれは私の忍び歩きなどをやかましく言って止める人だ」
 こんなふうに順序を立ててものを言いながらも、胸は詰まるようで、恋人を死なせることの悲しさがたまらないものに思われるのといっしょに、あたりの不気味さがひしひしと感ぜられるのであった。もう夜中過ぎになっているらしい。風がさっきより強くなってきて、それに鳴る松の枝の音は、それらの大木に深く囲まれた寂しく古い院であることを思わせ、一風変わった鳥がかれ声で鳴き出すのを、梟(ふくろう)とはこれであろうかと思われた。考えてみるとどこへも遠く離れて人声もしないこんな寂しい所へなぜ自分は泊まりに来たのであろうと、源氏は後悔の念もしきりに起こる。右近は夢中になって夕顔のそばへ寄り、このまま慄(ふる)え死にをするのでないかと思われた。それがまた心配で、源氏は一所懸命に右近をつかまえていた。一人は死に、一人はこうした正体もないふうで、自身一人だけが普通の人間なのであると思うと源氏はたまらない気がした。灯(ひ)はほのかに瞬(またた)いて、中央の室との仕切りの所に立てた屏風(びょうぶ)の上とか、室の中の隅々(すみずみ)とか、暗いところの見えるここへ、後ろからひしひしと足音をさせて何かが寄って来る気がしてならない、惟光が早く来てくれればよいとばかり源氏は思った。彼は泊まり歩く家を幾軒も持った男であったから、使いはあちらこちらと尋ねまわっているうちに夜がぼつぼつ明けてきた。この間の長さは千夜にもあたるように源氏には思われたのである。やっとはるかな所で鳴く鶏の声がしてきたのを聞いて、ほっとした源氏は、こんな危険な目にどうして自分はあうのだろう、自分の心ではあるが恋愛についてはもったいない、思うべからざる人を思った報いに、こんな後(あと)にも前(さき)にもない例となるようなみじめな目にあうのであろう、隠してもあった事実はすぐに噂(うわさ)になるであろう、陛下の思召(おぼしめ)しをはじめとして人が何と批評することだろう、世間の嘲笑(ちょうしょう)が自分の上に集まることであろう、とうとうついにこんなことで自分は名誉を傷つけるのだなと源氏は思っていた。
 やっと惟光(これみつ)が出て来た。夜中でも暁でも源氏の意のままに従って歩いた男が、今夜に限ってそばにおらず、呼びにやってもすぐの間に合わず、時間のおくれたことを源氏は憎みながらも寝室へ呼んだ。孤独の悲しみを救う手は惟光にだけあることを源氏は知っている。惟光をそばへ呼んだが、自分が今言わねばならぬことがあまりにも悲しいものであることを思うと、急には言葉が出ない。右近は隣家の惟光が来た気配(けはい)に、亡(な)き夫人と源氏との交渉の最初の時から今日までが連続的に思い出されて泣いていた。源氏も今までは自身一人が強い人になって右近を抱きかかえていたのであったが、惟光の来たのにほっとすると同時に、はじめて心の底から大きい悲しみが湧(わ)き上がってきた。非常に泣いたのちに源氏は躊躇(ちゅうちょ)しながら言い出した。
「奇怪なことが起こったのだ。驚くという言葉では現わせないような驚きをさせられた。人のからだにこんな急変があったりする時には、僧家へ物を贈って読経(どきょう)をしてもらうものだそうだから、それをさせよう、願を立てさせようと思って阿闍梨(あじゃり)も来てくれと言ってやったのだが、どうした」
「昨日(きのう)叡山(えいざん)へ帰りましたのでございます。まあ何ということでございましょう、奇怪なことでございます。前から少しはおからだが悪かったのでございますか」
「そんなこともなかった」
 と言って泣く源氏の様子に、惟光も感動させられて、この人までが声を立てて泣き出した。老人はめんどうなものとされているが、こんな場合には、年を取っていて世の中のいろいろな経験を持っている人が頼もしいのである。源氏も右近も惟光も皆若かった。どう処置をしていいのか手が出ないのであったが、やっと惟光が、
「この院の留守役などに真相を知らせることはよくございません。当人だけは信用ができましても、秘密の洩(も)れやすい家族を持っていましょうから。ともかくもここを出ていらっしゃいませ」
 と言った。
「でもここ以上に人の少ない場所はほかにないじゃないか」
「それはそうでございます。あの五条の家は女房などが悲しがって大騒ぎをするでしょう、多い小家の近所隣へそんな声が聞こえますとたちまち世間へ知れてしまいます、山寺と申すものはこうした死人などを取り扱い馴(な)れておりましょうから、人目を紛らすのには都合がよいように思われます」
 考えるふうだった惟光は、
「昔知っております女房が尼になって住んでいる家が東山にございますから、そこへお移しいたしましょう。私の父の乳母(めのと)をしておりまして、今は老人(としより)になっている者の家でございます。東山ですから人がたくさん行く所のようではございますが、そこだけは閑静です」
 と言って、夜と朝の入り替わる時刻の明暗の紛れに車を縁側へ寄せさせた。源氏自身が遺骸(いがい)を車へ載せることは無理らしかったから、茣蓙(ござ)に巻いて惟光(これみつ)が車へ載せた。小柄な人の死骸からは悪感は受けないできわめて美しいものに思われた。残酷に思われるような扱い方を遠慮して、確かにも巻かなんだから、茣蓙の横から髪が少しこぼれていた。それを見た源氏は目がくらむような悲しみを覚えて煙になる最後までも自分がついていたいという気になったのであるが、
「あなた様はさっそく二条の院へお帰りなさいませ。世間の者が起き出しませんうちに」
 と惟光は言って、遺骸には右近を添えて乗せた。自身の馬を源氏に提供して、自身は徒歩で、袴(はかま)のくくりを上げたりして出かけたのであった。ずいぶん迷惑な役のようにも思われたが、悲しんでいる源氏を見ては、自分のことなどはどうでもよいという気に惟光はなったのである。
 源氏は無我夢中で二条の院へ着いた。女房たちが、
「どちらからのお帰りなんでしょう。御気分がお悪いようですよ」
 などと言っているのを知っていたが、そのまま寝室へはいって、そして胸をおさえて考えてみると自身が今経験していることは非常な悲しいことであるということがわかった。なぜ自分はあの車に乗って行かなかったのだろう、もし蘇生(そせい)することがあったらあの人はどう思うだろう、見捨てて行ってしまったと恨めしく思わないだろうか、こんなことを思うと胸がせき上がってくるようで、頭も痛く、からだには発熱も感ぜられて苦しい。こうして自分も死んでしまうのであろうと思われるのである。八時ごろになっても源氏が起きぬので、女房たちは心配をしだして、朝の食事を寝室の主人へ勧めてみたが無駄(むだ)だった。源氏は苦しくて、そして生命(いのち)の危険が迫ってくるような心細さを覚えていると、宮中のお使いが来た。帝(みかど)は昨日(きのう)もお召しになった源氏を御覧になれなかったことで御心配をあそばされるのであった。左大臣家の子息たちも訪問して来たがそのうちの頭中将(とうのちゅうじょう)にだけ、
「お立ちになったままでちょっとこちらへ」
 と言わせて、源氏は招いた友と御簾(みす)を隔てて対した。
「私の乳母(めのと)の、この五月ごろから大病をしていました者が、尼になったりなどしたものですから、その効験(ききめ)でか一時快(よ)くなっていましたが、またこのごろ悪くなりまして、生前にもう一度だけ訪問をしてくれなどと言ってきているので、小さい時から世話になった者に、最後に恨めしく思わせるのは残酷だと思って、訪問しましたところがその家の召使の男が前から病気をしていて、私のいるうちに亡(な)くなったのです。恐縮して私に隠して夜になってからそっと遺骸を外へ運び出したということを私は気がついたのです。御所では神事に関した御用の多い時期ですから、そうした穢(けが)れに触れた者は御遠慮すべきであると思って謹慎をしているのです。それに今朝方(けさがた)からなんだか風邪(かぜ)にかかったのですか、頭痛がして苦しいものですからこんなふうで失礼します」
 などと源氏は言うのであった。中将は、
「ではそのように奏上しておきましょう。昨夜も音楽のありました時に、御自身でお指図(さしず)をなさいましてあちこちとあなたをお捜させになったのですが、おいでにならなかったので、御機嫌(ごきげん)がよろしくありませんでした」
 と言って、帰ろうとしたがまた帰って来て、
「ねえ、どんな穢(けが)れにおあいになったのですか。さっきから伺ったのはどうもほんとうとは思われない」
 と、頭中将から言われた源氏ははっとした。
「今お話ししたようにこまかにではなく、ただ思いがけぬ穢れにあいましたと申し上げてください。こんなので今日は失礼します」
 素知らず顔には言っていても、心にはまた愛人の死が浮かんできて、源氏は気分も非常に悪くなった。だれの顔も見るのが物憂(ものう)かった。お使いの蔵人(くろうど)の弁(べん)を呼んで、またこまごまと頭中将に語ったような行触(ゆきぶ)れの事情を帝へ取り次いでもらった。左大臣家のほうへもそんなことで行かれぬという手紙が行ったのである。
 日が暮れてから惟光(これみつ)が来た。行触(ゆきぶ)れの件を発表したので、二条の院への来訪者は皆庭から取り次ぎをもって用事を申し入れて帰って行くので、めんどうな人はだれも源氏の居間にいなかった。惟光を見て源氏は、
「どうだった、だめだったか」
 と言うと同時に袖(そで)を顔へ当てて泣いた。惟光も泣く泣く言う、
「もう確かにお亡(かく)れになったのでございます。いつまでお置きしてもよくないことでございますから、それにちょうど明日は葬式によい日でしたから、式のことなどを私の尊敬する老僧がありまして、それとよく相談をして頼んでまいりました」
「いっしょに行った女は」
「それがまたあまりに悲しがりまして、生きていられないというふうなので、今朝(けさ)は渓(たに)へ飛び込むのでないかと心配されました。五条の家へ使いを出すというのですが、よく落ち着いてからにしなければいけないと申して、とにかく止めてまいりました」
 惟光の報告を聞いているうちに、源氏は前よりもいっそう悲しくなった。
「私も病気になったようで、死ぬのじゃないかと思う」
 と言った。
「そんなふうにまでお悲しみになるのでございますか、よろしくございません。皆運命でございます。どうかして秘密のうちに処置をしたいと思いまして、私も自身でどんなこともしているのでございますよ」
「そうだ、運命に違いない。私もそう思うが軽率(けいそつ)な恋愛漁(あさ)りから、人を死なせてしまったという責任を感じるのだ。君の妹の少将の命婦(みょうぶ)などにも言うなよ。尼君なんかはまたいつもああいったふうのことをよくないよくないと小言(こごと)に言うほうだから、聞かれては恥ずかしくてならない」
「山の坊さんたちにもまるで話を変えてしてございます」
 と惟光が言うので源氏は安心したようである。主従がひそひそ話をしているのを見た女房などは、
「どうも不思議ですね、行触(ゆきぶ)れだとお言いになって参内もなさらないし、また何か悲しいことがあるようにあんなふうにして話していらっしゃる」
 腑(ふ)に落ちぬらしく言っていた。
「葬儀はあまり簡単な見苦しいものにしないほうがよい」
 と源氏が惟光(これみつ)に言った。
「そうでもございません。これは大層(たいそう)にいたしてよいことではございません」
 と否定してから、惟光が立って行こうとするのを見ると、急にまた源氏は悲しくなった。
「よくないことだとおまえは思うだろうが、私はもう一度遺骸(いがい)を見たいのだ。それをしないではいつまでも憂鬱(ゆううつ)が続くように思われるから、馬ででも行こうと思うが」
 主人の望みを、とんでもない軽率なことであると思いながらも惟光は止めることができなかった。
「そんなに思召(おぼしめ)すのならしかたがございません。では早くいらっしゃいまして、夜の更(ふ)けぬうちにお帰りなさいませ」
 と惟光は言った。五条通いの変装のために作らせた狩衣(かりぎぬ)に着更(きが)えなどして源氏は出かけたのである。病苦が朝よりも加わったこともわかっていて源氏は、軽はずみにそうした所へ出かけて、そこでまたどんな危険が命をおびやかすかもしれない、やめたほうがいいのではないかとも思ったが、やはり死んだ夕顔に引かれる心が強くて、この世での顔を遺骸で見ておかなければ今後の世界でそれは見られないのであるという思いが心細さをおさえて、例の惟光と随身を従えて出た。非常に路(みち)のはかがゆかぬ気がした。十七日の月が出てきて、加茂川の河原を通るころ、前駆の者の持つ松明(たいまつ)の淡い明りに鳥辺野(とりべの)のほうが見えるというこんな不気味な景色(けしき)にも源氏の恐怖心はもう麻痺(まひ)してしまっていた。ただ悲しみに胸が掻(か)き乱されたふうで目的地に着いた。凄(すご)い気のする所である。そんな所に住居(すまい)の板屋があって、横に御堂(みどう)が続いているのである。仏前の燈明の影がほのかに戸からすいて見えた。部屋(へや)の中には一人の女の泣き声がして、その室の外と思われる所では、僧の二、三人が話しながら声を多く立てぬ念仏をしていた。近くにある東山の寺々の初夜の勤行(ごんぎょう)も終わったころで静かだった。清水(きよみず)の方角にだけ灯(ひ)がたくさんに見えて多くの参詣(さんけい)人の気配(けはい)も聞かれるのである。主人の尼の息子(むすこ)の僧が尊い声で経を読むのが聞こえてきた時に、源氏はからだじゅうの涙がことごとく流れて出る気もした。中へはいって見ると、灯をあちら向きに置いて、遺骸との間に立てた屏風(びょうぶ)のこちらに右近(うこん)は横になっていた。どんなに侘(わび)しい気のすることだろうと源氏は同情して見た。遺骸はまだ恐ろしいという気のしない物であった。美しい顔をしていて、まだ生きていた時の可憐(かれん)さと少しも変わっていなかった。
「私にもう一度、せめて声だけでも聞かせてください。どんな前生の縁だったかわずかな間の関係であったが、私はあなたに傾倒した。それだのに私をこの世に捨てて置いて、こんな悲しい目をあなたは見せる」
 もう泣き声も惜しまずはばからぬ源氏だった。僧たちもだれとはわからぬながら、死者に断ちがたい愛着を持つらしい男の出現を見て、皆涙をこぼした。源氏は右近に、
「あなたは二条の院へ来なければならない」
 と言ったのであるが、
「長い間、それは小さい時から片時もお離れしませんでお世話になりました御主人ににわかにお別れいたしまして、私は生きて帰ろうと思う所がございません。奥様がどうおなりになったかということを、どうほかの人に話ができましょう。奥様をお亡(な)くししましたほかに、私はまた皆にどう言われるかということも悲しゅうございます」
 こう言って右近は泣きやまない。
「私も奥様の煙といっしょにあの世へ参りとうございます」
「もっともだがしかし、人世とはこんなものだ。別れというものに悲しくないものはないのだ。どんなことがあっても寿命のある間には死ねないのだよ。気を静めて私を信頼してくれ」
 と言う源氏が、また、
「しかしそういう私も、この悲しみでどうなってしまうかわからない」
 と言うのであるから心細い。
「もう明け方に近いころだと思われます。早くお帰りにならなければいけません」
 惟光(これみつ)がこう促すので、源氏は顧みばかりがされて、胸も悲しみにふさがらせたまま帰途についた。露の多い路(みち)に厚い朝霧が立っていて、このままこの世でない国へ行くような寂しさが味わわれた。某院の閨(ねや)にいたままのふうで夕顔が寝ていたこと、その夜上に掛けて寝た源氏自身の紅の単衣(ひとえ)にまだ巻かれていたこと、などを思って、全体あの人と自分はどんな前生の因縁があったのであろうと、こんなことを途々(みちみち)源氏は思った。馬をはかばかしく御して行けるふうでもなかったから、惟光が横に添って行った。加茂川堤に来てとうとう源氏は落馬したのである。失心したふうで、
「家の中でもないこんな所で自分は死ぬ運命なんだろう。二条の院まではとうてい行けない気がする」
 と言った。惟光の頭も混乱状態にならざるをえない。自分が確(しか)とした人間だったら、あんなことを源氏がお言いになっても、軽率にこんな案内はしなかったはずだと思うと悲しかった。川の水で手を洗って清水(きよみず)の観音を拝みながらも、どんな処置をとるべきだろうと煩悶(はんもん)した。源氏もしいて自身を励まして、心の中で御仏(みほとけ)を念じ、そして惟光たちの助けも借りて二条の院へ行き着いた。
 毎夜続いて不規則な時間の出入りを女房たちが、
「見苦しいことですね、近ごろは平生よりもよく微行(おしのび)をなさる中でも昨日(きのう)はたいへんお加減が悪いふうだったでしょう。そんなでおありになってまたお出かけになったりなさるのですから、困ったことですね」
 こんなふうに歎息(たんそく)をしていた。
 源氏自身が予言をしたとおりに、それきり床について煩ったのである。重い容体が二、三日続いたあとはまた甚(はなはだ)しい衰弱が見えた。源氏の病気を聞こし召した帝(みかど)も非常に御心痛あそばされてあちらでもこちらでも間断なく祈祷(きとう)が行なわれた。特別な神の祭り、祓(はら)い、修法(しゅほう)などである。何にもすぐれた源氏のような人はあるいは短命で終わるのではないかといって、一天下の人がこの病気に関心を持つようにさえなった。
 病床にいながら源氏は右近を二条の院へ伴わせて、部屋(へや)なども近い所へ与えて、手もとで使う女房の一人にした。惟光(これみつ)は源氏の病の重いことに顛倒(てんとう)するほどの心配をしながら、じっとその気持ちをおさえて、馴染(なじみ)のない女房たちの中へはいった右近のたよりなさそうなのに同情してよく世話をしてやった。源氏の病の少し楽に感ぜられる時などには、右近を呼び出して居間の用などをさせていたから、右近はそのうち二条の院の生活に馴(な)れてきた。濃い色の喪服を着た右近は、容貌(ようぼう)などはよくもないが、見苦しくも思われぬ若い女房の一人と見られた。


 

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