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青年(せいねん)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-11-7 9:47:53  点击:  切换到繁體中文


     十

   純一が日記の断片
 十一月三十日。晴。毎日几帳面(きちょうめん)に書く日記ででもあるように、天気を書くのも可笑しい。どうしても己には続いて日記を書くということが出来ない。こないだ大村を尋ねて行った時に、その話をしたら、「人間は種々(いろいろ)なものに縛られているから、自分で自分をまで縛らなくても好(い)いじゃないか」と云った。なる程、人間が生きていたと云って、何も齷齪(あくそく)として日記を附けて置かねばならないと云うものではあるまい。しかし日記に縛られずに何をするかが問題である。何の目的の為めに自己を解放するかが問題である。
 作る。製作する。神が万物を製作したように製作する。これが最初の考えであった。しかしそれが出来ない。「下宿の二階に転がっていて、何が書けるか」などという批評家の詞を見る度に、そんなら世界を周遊したら、誰にでもえらい作が出来るかと反問して遣(や)りたいと思う反抗が一面に起ると同時に、己はその下宿屋の二階もまだ知らないと思う怯懦(きょうだ)が他の一面に萌(きざ)す。丁度Titanos(チタノス)が岩石を砕いて、それを天に擲(なげう)とうとしているのを、傍に尖(とが)った帽子を被(かぶ)った一寸坊が見ていて、顔を蹙(しか)めて笑っているようなものである。
 そんならどうしたら好(い)いか。
 生きる。生活する。
 答は簡単である。しかしその内容は簡単どころではない。
 一体日本人は生きるということを知っているだろうか。小学校の門を潜(くぐ)ってからというものは、一しょう懸命にこの学校時代を駈け抜けようとする。その先きには生活があると思うのである。学校というものを離れて職業にあり附くと、その職業を為(な)し遂げてしまおうとする。その先きには生活があると思うのである。そしてその先には生活はないのである。
 現在は過去と未来との間に劃(かく)した一線である。この線の上に生活がなくては、生活はどこにもないのである。
 そこで己は何をしている。
 今日はもう半夜を過ぎている。もう今日ではなくなっている。しかし変に気が澄んでいて、寐(ね)ようと思ったって、寐られそうにはない。
 その今日でなくなった今日には閲歴がある。それが人生の閲歴、生活の閲歴でなくてはならない筈(はず)である。それを書こうと思って久しく徒(いたずら)に過ぎ去る記念に、空虚な数字のみを留(とど)めた日記の、新しいペエジを開いたのである。
 しかし己の書いている事は、何を書いているのだか分からない。実は書くべき事が大いにある筈で、それが殆ど無いのである。やはり空虚な数字のみにして置いた方が増しかも知れないと思う位である。
 朝は平凡な朝であった。極(き)まって二三日置きに国から来る、お祖母(ば)あ様の手紙が来た。食物(しょくもつ)に気を附けろ、往来で電車や馬車や自動車に障(さわ)って怪我をするなというような事が書いてあった。食物や車の外には、危険物のあることを知らないのである。
 それから日曜だというので、瀬戸が遣って来た。ひどく知己らしい事を言う。何か己とあの男と秘密を共有していて、それを同心戮力(りくりょく)して隠蔽(いんぺい)している筈だというような態度を取って来る。そして一日の消遣策(しょうけんさく)を二つ三つ立てて己の採択に任せる。その中に例の如くune direction dominante(ユヌ ジレクション ドミナント)がある。それは磁石の針の如くに、かの共有している筈の秘密を指しているのである。己はいつもなるべくそれと方向を殊にしている策を認容するのであるが、こん度はためしにどれをも廃棄して、「きょうは僕は内で本を読むのだ」と云って見た。その結果は己の予期した通りであった。瀬戸は暫くもじもじしていたがとうとう金を貸せと云った。
 己にはかれの要求を満足させることは、さほどむずかしくはなかった。しかし己は中学時代に早く得ている経験を繰り返したくなかった。「君こないだのもまだ返さないで、甚だ済まないが」と云うのは尤(もっと)も無邪気なのである。「長々難有(ありがと)う」と云って一旦出して置いて、改めてプラス幾らかの要求をするというのは古い手である。それから一番振(ふる)っているのは、「もうこれだけで丁度になりますからどうぞ」というのであった。端(はし)たのないようにする物、纏(まと)めて置く物に事を闕(か)いて、借金を纏めて置かないでも好さそうなものである。己はそういう経験を繰り返したくなかった。そこで断然初めからことわることにした。然(しか)るにそのことわるということの経験は甚だ乏しい。己だって国から送って貰うだけの金を何々に遣うという予算を立てているから、不用な金はない。しかしその予算を狂わせれば、貸されない事はない。かれの要求するだけの金は現に持っているのである。それを無いと云おうか。そんな嘘は衝(つ)きたくない。又嘘を衝いたって、それが嘘だということは、先方へはっきり知れている。それは不愉快である。
 つい国を立つすぐ前である。やはりこんな風に心中でとつ置いつした結果、「君これは返さなくても好(い)いが、僕はこれきり出さないよ」と云った事があった。そしてその友達とはそれきり絶交の姿になった。実につまらない潔癖であったのだ。嘘を衝きたくないからと云って、相手の面目を潰(つぶ)すには及ばないのである。それよりはまだ嘘を衝いた方が好(よ)いかも知れない。
 己は勇気を出して瀬戸にこう云った。「僕はこれまで悪い経験をしている。君と僕との間には金銭上の関係を生ぜさせたくない。どうぞその事だけは已(や)めてくれ給え」と云った。瀬戸は驚いたような目附をして己の顔を見ていたが、外の話を二つ三つして、そこそこに帰ってしまった。あの男は己よりは世慣れている。多分あの事の為めに交際を廃(や)めはすまい。只その態度を変えるだろう。もう「君はえらいよ」は言わなくなって、却(かえっ)て少しは前より己をえらく思うかも知れない。
 しかし己はこんな事を書く積りで、日記を開(あ)けたのではなかった。目的の不慥(ふたしか)な訪問をする人は、故(ことさ)らに迂路(うろ)を取る。己は自分の書こうと思う事が、心にはっきり分かっていないので、強いて余計な事を書いているのではあるまいか。
 午後から坂井夫人を訪ねて見た。有楽座で識りあいになってから、今日尋ねて行(ゆ)くまでには、実は多少の思慮を費していた。行こうか行くまいかと、理性に問うて見た。フランスの本が集めてあるというのだから、往(い)って見たら、利益を得(え)ることもあろうとは思ったが、人の噂に身の上が疑問になっている奥さんの邸(やしき)に行(ゆ)くのは、好くあるまいかと思った。ところが、理性の上でpro(プロウ)の側の理由とcontra(コントラ)の側の理由とが争っている中へ、意志が容喙(ようかい)した。己は往って見たかった。その往って見たかったというのは、書物も見たかったには相違ない。しかし容赦なく自己を解剖して見たら、どうもそればかりであったとは云われまい。
 己はあの奥さんの目の奥の秘密が知りたかったのだ。
 有楽座から帰ってから、己はあの目を折々思出した。どうかすると半ば意識せずに思い出していて、それを意識してはっと思ったこともある。言わばあの目が己を追い掛けていた。或(あるい)はあの目が己を引き寄せようとしていたと云っても好(い)いかも知れない。実は理性の争(あらそい)に、意志が容喙したと云うのは、主客を顛倒(てんどう)した話で、その理性の争というのは、あの目の磁石力に対する、無力なる抗抵(こうてい)に過ぎなかったかも知れない。
 とうとうその抗抵に意志の打ち勝ってしまったのが今日であった。己は根岸へ出掛けた。
 家(うち)は直ぐ知れた。平らに苅(か)り込んだ※(かし)の木が高く黒板塀の上に聳(そび)えているのが、何かの秘密を蔵しているかと思われるような、外観の陰気な邸であった。石の門柱(もんばしら)に鉄格子の扉が取り附けてあって、それが締めて、脇の片扉だけが開(あ)いていた。門内の左右を低い籠塀(かごべい)で為切(しき)って、その奥に西洋風に戸を締めた入口がある。ベルを押すと、美しい十四五の小間使が出て、名刺を受け取って這入(はい)って、間もなく出て来て「どうぞこちらへ」と案内した。
 通されたのは二階の西洋間であった。一番先に目に附いたのはWatteau(ワットオ)か何かの画を下画に使ったらしい、美しいgobelins(ゴブラン)であった。園(その)の木立の前で、立っている婦人の手に若い男が接吻(せっぷん)している図である。草木の緑や、男女の衣服の赤や、紫や、黄のかすんだような色が、丁度窓から差し込む夕日を受けて眩(まば)ゆくない、心持の好(い)い調子に見えていた。
 小間使が茶をもて来て、「奥様が直ぐにいらっしゃいます」と云って、出て行った。茶を一口飲んで、書籍の立て並べてある棚の前に行って見た。
 書棚の中にある本は大抵己のあるだろうと予期していた本であった。Corneille(コルネイユ)とRacine(ラシイヌ)とMoliere(モリエエル)[#「一つ目の「e」は「`」付き」]とは立派に製本した全集が揃えてある。それからVoltaire(ヴォルテエル)の物やHugo(ユウゴオ)の物が大分ある。
 背革の文字をあちこち見ているところへ、奥さんが出て来られた。
 己は謎らしい目を再び見た。己は誰も云いそうな、簡単で平凡な詞(ことば)と矛盾しているような表情を再びこの女子(おんな)の目の中に見出した。そしてそれを見ると同時に、己のここへ来たのは、コルネイユやラシイヌに引き寄せられたのではなくて、この目に引き寄せられたのだと思った。
 己は奥さんとどんな会話をしたかを記憶しない。この記憶の消え失せたのはインテレクトの上の余り大きい損耗ではないに違いない。しかし奇妙な事には、己の記憶は決して空虚ではない。談話を忘れる癖に或る単語を覚えている。今一層適切に言えば、言語を忘れて音響を忘れないでいる。或る単語が幾つか耳の根に附いているようなのは、音響として附いているのである。
 記憶の今一つの内容は奥さんの挙動である。体の運動である。どうして立っておられたか、どうして腰を掛けられたか、又指の尖(さき)の余り細り過ぎているような手が、いかに動かずに、殆ど象徴的に膝の上に繋ぎ合わされていたか、その癖その同じ手が、いかに敏捷(びんしょう)に、女中の運んで来た紅茶を取り次いで渡したかというような事である。
 こういう音響や運動の記憶が、その順序の不確(ふたしか)な割に、その一々の部分がはっきりとして残っているのである。
 ここに可笑(おか)しい事がある。己は奥さんの運動を覚えているが、その静止しておられる状態に対しては記憶が頗(すこぶ)る朧気(おぼろげ)なのである。その美しい顔だけでも表情で覚えているので、形で覚えているのではない。その目だけでもそうである。国にいた時、或る爺(じじ)いが己に、牛の角と耳とは、どちらが上で、どちらが下に附いておりますかと問うた。それ位の事は己も知っていたから、直ぐに答えたら、爺いが云った。「旦那方でそれが直ぐにお分かりになるお方はめったにござりません」と云った。形の記憶は誰(たれ)も乏しいと見える。独り女の顔ばかりではない。
 そんなら奥さんの着物に就いて、どれだけの事を覚えているか。これがいよいよ覚束(おぼつか)ない。記憶は却て奥さんの詞をたどる。己が見るともなしに、奥さんの羽織の縞を見ていると、奥さんが云われた。「おかしいでしょう。お婆あさんがこんな派手な物を着て。わたしは昔の余所行(よそゆき)を今の不断着にしますの」と云われた。己はこの詞を聞いて、始(はじめ)てなる程そうかと思った。華美に過ぎるというような感じは己にはなかった。己には只着物の美しい色が、奥さんの容姿(すがた)には好く調和しているが、どこやら世間並でない処があるというように思われたばかりであった。
 己の日記の筆はまだ迂路を取っている。己は怯懦である。
 久しく棄てて顧みなかったこの日記を開いて、筆を把(と)ってこれに臨んだのは何の為めであるか。或る閲歴を書こうと思ったからではないか。なぜその閲歴を為す勇気があって、それを書く勇気がないか。それとも勇気があって敢(あえ)て為したのではなくて、人に余儀なくせられて漫(みだ)りに為したのであるか。漫りに為して恥じないのであるか。
 己は根岸の家の鉄の扉を走って出たときは血が涌(わ)き立っていた。そして何か分からない爽快(そうかい)を感じていた。一種の力の感じを持っていた。あの時の自分は平生の自分とは別であって、平生の自分はあの時の状態と比べると、脈のうちに冷たい魚(うお)の血を蓄えていたのではないかとさえ思われるようであった。
 しかしそれは体の感じであって、思想は混沌(こんとん)としていた。己は最初は大股(おおまた)に歩いた。薩摩下駄が寒い夜の土を踏んで高い音を立てた。そのうちに歩調が段々に緩くなって、鶯坂(うぐいすざか)の上を西へ曲って、石燈籠(いしどうろう)の列をなしている、お霊屋(たまや)の前を通る頃には、それまで膚(はだえ)を燃やしていた血がどこかへ流れて行ってしまって、自分の顔の蒼(あお)くなって、膚に粟(あわ)を生ずるのを感じた。それと同時に思想が段々秩序を恢復(かいふく)して来た。澄んだ喜びが涌いて来た。譬(たと)えばparoxysme(パロクシスム)をなして発作する病を持っているものが、その発作の経過し去った後(のち)に、安堵(あんど)の思をするような工合であった。己は手に一巻のラシイヌを持っていた。そしてそれを返しに行(い)かなくてはならないという義務が、格別愉快な義務でもないように思われた。もうあの目が魔力を逞(たくましゅ)うして、自分を引き寄せることが出来なくなったのではあるまいかと思われた。
 突然妙な事が己の記憶から浮き上がった。それは奥さんの或る姿勢である。己がラシイヌを借りて帰ろうとすると、寒いからというので、小間使に言い付けて、燗(かん)をした葡萄酒(ぶどうしゅ)を出させて、己がそれを飲むのをじっと見ていながら、それまで前屈(まえかが)みになって掛けていられた長椅子に、背を十分に持たせて白足袋を穿(は)いた両足をずっと前へ伸ばされた。記憶から浮き上がったのは意味のない様なあの時の姿勢である。
 あれを思い出すと同時に、己は往(ゆ)くときから帰るまでの奥さんとの対話を回顧して見て、一つも愛情にわたる詞のなかったのに驚いた。そしてあらゆる小説や脚本が虚構ではあるまいかと疑って見た。その時ふいとAude(オオド)という名が思い出された。只オオドの目は海のように人を漂わしながら、死せる目であった、空虚な目であったというのに、奥さんの謎の目は生きているだけが違う。あの目はいろいろな事を語った。しかしあの姿勢も何事をか己に語ったのである。あんな語りようは珍らしい。飽くまで行儀正しい処と、一変して飽くまでfrivole(フリヴオル)な処とのあるのも、あれもオオドだと、つくづく思いながら歩いていたら、美術学校と図書館との間を曲がる曲がり角で、巡査が突然角燈を顔のところへ出したので、びっくりした。
 己は今日の日記を書くのに、目的地に向って迂路を取ると云ったが、これでは遂に目的地を避けて、その外辺を一周したようなものである。しかし己は知らざる人であったのが、今日知る人になったのである。そしてその一時涌き立った波が忽(たちま)ち又斂(おさ)まって、まだその時から二時間余りしか立たないのに、心は哲人の如くに平静になっている。己はこんな物とは予期していなかった。
 予期していなかったのはそればかりではない。己が知る人になるのに、こんな機縁で知る人になろうとも予期していなかった。己は必ず恋愛を待って、始て知る人になろうとも思わなかったが、又恋愛というものなしに、自衛心が容易に打ち勝たれてしまおうとも思わなかった。そしてあの坂井夫人は決して決して己の恋愛の対象ではないのである。
 己に内面からの衝動、本能の策励(さくれい)のあったのは已(すで)に久しい事である。己は心が不安になって、本を読んでいるのに、目が徒らに文字を見て、心がその意義を繹(たず)ねることの出来なくなることがあった。己はふいと何の目的もなく外に出たくなって飛び出して、忙がしげに所々(しょしょ)を歩いていて、その途中で自分が何物かを求めているのに気が付いて、あのGautier(ゴオチエエ)のMademoiselle Maupin(マドモアセユ モオパン)にある少年のように女を求めているのに気が付いて、自ら咎(とが)めはしなかったが、自ら嘲(あざけ)ったことがある。あの時の心持は妙な心持であった。或るaventure(アヴァンチュウル)に遭遇して見たい。その相手が女なら好(い)い。そしてその遭遇に身を委(ゆだ)ねてしまうか否かは疑問である。その刹那(せつな)に於ける思慮の選択か、又は意志の判断に待つのである。自分の体は愛惜すべきものである。容易に身を委ねてしまいたくはない。事に依ったら、女に遇(あ)って、女が己に許すのに、己は従わないで、そして女をなるべく侮辱せずに、なだめて慰藉(いしゃ)して別れたら、面白かろう。そうしたら、或は珍らしい純潔な交(まじわり)が成り立つまいものでもない。いやいや。それは不可能であろう。西洋の小説を見るのに、そんな場合には女は到底侮辱を感ぜずにはいないものらしい。又よしや一時純潔な交のようなものが出来ても、それはきっと似て非なるもので、その純潔は汚涜(おとく)の繰延(くりのべ)に過ぎないだろう。所詮そうそう先の先までは分かるものではない。とにかくアヴァンチュウルに遭遇して見てからの事である。まあ、こんな風な思量が、半ば意識の閾(しきい)の下に、半ばその閾を踰(こ)えて、心の中に往来していたことがある。そういう時には、己はそれに気が付いて、意識が目をはっきり醒(さ)ますと同時に、己はひどく自ら恥じた。己はなんという怯懦な人間だろう。なぜ真の生活を求めようとしないか。なぜ猛烈な恋愛を求めようとしないか。己はいくじなしだと自ら恥じた。
 しかしとにかく内面からの衝動はあった。そして外面からの誘惑もないことはなかった。己は小さい時から人に可哀(かわゆ)がられた。好(い)い子という詞が己の別名のように唱えられた。友達と遊んでいると、年長者、殊に女性の年長者が友達の侮辱を基礎にして、その上に己の名誉の肖像を立ててくれた。好い子たる自覚は知らず識(し)らずの間に、己の影を顧みて自ら喜ぶ情を養成した。己のvanite(ヴァニテエ)[#最後の「e」は「´」付き]を養成した。それから己は単に自分の美貌を意識したばかりではない。己は次第にそれを利用するようになった。己の目で或る見かたをすると、強情な年長者が脆(もろ)く譲歩してしまうことがある。そこで初めは殆ど意識することなしに、人の意志の抗抵を感ずるとき、その見かたをするようになった。己は次第にこれが媚(こび)であるということを自覚せずにはいられなかった。それを自覚してからは、大丈夫(だいじょうふ)たるべきものが、こんな宦官(かんがん)のするような態度をしてはならないと反省することもあったが、好い子から美少年に進化した今日も、この媚が全くは無くならずにいる。この媚が無形の悪習慣というよりは、寧(むし)ろ有形の畸形(きけい)のように己の体に附いている。この媚は己の醒めた意識が滅(ほろぼ)そうとした為めに、却ってraffine(ラフィネエ)[#最後の「e」は「´」付き]になって、無邪気らしい仮面を被って、その蔭に隠れて、一層威力を逞くしているのではないかとも思われるのである。そして外面から来る誘惑、就中(なかんずく)異性の誘惑は、この自ら喜ぶ情と媚とが内応をするので、己の為めには随分防遏(ぼうあつ)し難いものになっているに相違ないのである。
 今日の出来事はこう云う畠に生えた苗に過ぎない。
 己はこの出来事のあったのを後悔してはいない。なぜというに、現社会に僅有絶無(きんゆうぜつむ)というようになっているらしい、男子の貞操は、縦(たと)い尊重すべきものであるとしても、それは身を保つとか自ら重んずるとかいう利己主義だというより外に、何の意義をも有せざるように思うからである。そういう利己主義は己にもある。あの時己は理性の光に刹那の間照されたが、歯牙(しが)の相撃とうとするまでになった神経興奮の雲が、それを忽ち蔽(おお)ってしまった。その刹那の光明の消えるとき、己は心の中で、「なに、未亡人だ」と叫んだ。平賀源内がどこかで云っていたことがある。「人の女房に流し目で見られたときは、頸(くび)に墨を打たれたと思うが好(よ)い。後家は」何やらというような事であった。そんな心持がしたのである。
 とにかく己は利己主義の上から、或る損失を招いたということを自覚する。そしてこれから後(のち)に、又こんな損失を招きたくないということをも自覚する。しかし後悔と名づける程の苦い味を感じてはいないのである。
 苦みはない。そんなら甘みがあるかというに、それもない。あのとき一時発現した力の感じ、発揚の心状は、すぐに迹(あと)もなく消え失せてしまって、この部屋に帰って、この机の前に据わってからは、何の積極的な感じもない。この体に大いなる生理的変動を生じたものとは思われない。尤も幾分かいつもより寂しいようには思う。しかしその寂しさはあの根岸の家に引き寄せられる寂しさではない。恋愛もなければ、係恋(あこがれ)もない。
 一体こんな閲歴が生活であろうか。どうもそうは思われない。真の充実した生活では慥にない。
 己には真の生活は出来ないのであろうか。己もデカダンスの沼に生えた、根のない浮草で、花は咲いても、夢のような蒼白い花に過ぎないのであろうか。
 もう書く程の事もない。夜の明けないうちに少し寐ようか。しかし寐られれば好(い)いが。只この寐られそうにないのだけが、興奮の記念かも知れない。それともその余波さえ最早(もはや)消えてしまっていて、今寐られそうにないのは、長い間物を書いていたせいかも知れない。

     十一

 純一の根岸に行った翌日は、前日と同じような好(い)い天気であった。
 純一はいつも随分夜をふかして本なぞを読むことがあっても、朝起きて爽快を覚えないことはないのであるが、今朝、日の当っている障子の前にすわって見れば、鈍い頭痛がしていて、目に羞明(しゅうめい)を感じる。顔を洗ったら、直るだろうと思って、急いで縁に出た。
 細かい水蒸気を含んでいる朝の空気に浸されて、物が皆青白い調子に見える。暇があるからだと云って、長次郎が松葉を敷いてくれた蹲(つくば)いのあたりを見れば、敷松葉の界(さかい)にしてある、太い縄の上に霜がまだらに降っている。
 ふいと庭下駄を穿いて門に出て、しゃがんで往来を見ていた。絆纏(はんてん)を着た職人が二人きれぎれな話をして通る。息が白く見える。
 暫(しばら)くしゃがんでいるうちに、頭痛がしなくなった。縁に帰って楊枝(ようじ)を使うとき、前日の記憶がぼんやり浮んで来た。あの事を今一度ゆっくり考えて見なくてはならないというような気がする。障子の内では座敷を掃く音がしている。婆あさんがもう床を上げてしまって、東側の戸を開けて、埃(ほこり)を掃き出しているのである。
 顔を急いで洗って、部屋に這入って見ると、綺麗(きれい)に掃除がしてある。目はすぐに机の上に置いてある日記に惹(ひ)かれた。きのう自分の実際に遭遇した出来事よりは、それを日記にどう書いたということが、当面の問題であるように思われる。記憶は記憶を呼び起す。そして純一は一種の不安に襲われて来た。それはきのうの出来事に就いての、ゆうべの心理上の分析には大分行き届かない処があって、全体の判断も間違っているように思われるからである。夜の思想から見ると昼の思想から見るとで同一の事相が別様の面目を呈して来る。
 ゆうべの出来事はゆうべだけの出来事ではない。これから先きはどうなるだろう。自分の方に恋愛のないのは事実である。しかしあの奥さんに、もう自分を引き寄せる力がないかどうだか、それは余程疑わしい。ゆうべ何もかも過ぎ去ったように思ったのは、瘧(おこり)の発作の後(のち)に、病人が全快したように思う類(るい)ではあるまいか。又あの謎(なぞ)の目が見たくなることがありはすまいか。ゆうべ夜が更けてからの心理状態とは違って、なんだかもう少しあの目の魔力が働き出して来たかとさえ思われるのである。
 それに宿主なしに勘定は出来ない。問題はこっちがどう思うかというばかりではない。向うの思わくも勘定に入れなくてはならない。有楽座で始て逢ってから、向うは目的に向って一直線に進んで来ている。自分は受身である。これから先きを自分がどうしようかというよりは、向うがどうしてくれるかという方が問題かも知れない。恋愛があるのないのと生利(なまぎき)な事を思ったが、向うこそ恋愛はないのであろう。そうして見れば、我が為めに恥ずべきこの交際を、向うがいつまで継続しようと思っているかが問題ではあるまいか。それは固(もと)より一時の事であるには違いない。しかし一時というのは比較的な詞である。
 こんな事を思っている処へ、婆あさんが朝飯を運んで来たので、純一は箸(はし)を取り上げた。婆あさんは給仕をしながら云った。
「昨晩は大相(たいそう)遅くまで勉強していらっしゃいましたね」
「ええ。友達の処へ本を借りに行って、つい話が長くなってしまって、遅く帰って来て、それから少し為事をしたもんですから」
 言いわけらしい返事をして、これがこの内へ来てからの、嘘(うそ)の衝き始めだと、ふいと思った。そして厭(いや)な心持がした。
 食事が済むと、婆あさんは火鉢に炭をついで置いて帰った。
 純一はゆうべ借りて来たラシイヌを出して、一二枚開けて見たが、読む気になれなかった。そこでこんなクラッシックなものは、気分のもっと平穏な時に読むべきものだと、自分で自分に言いわけをした。それから二三日前に、神田の三才社(さんさいしゃ)で見附けて、買って帰ったHuysmans(ヒュイスマンス)の小説のあったのを出して、読みはじめた。
 小説家たる主人公と医者の客との対話が書いてある。話題は過ぎ去ったものとしての自然主義の得失である。次第次第に実世間に遠ざかって、しまいには殆ど縁の切れたようになった文芸を、ともかくも再び血のあり肉のあるものにしたのは、この主義の功績である。しかし煩瑣(はんさ)な、冗漫な文字(もんじ)で、平凡な卑猥(ひわい)な思想を写すに至ったこの主義の作者の末路を、飽くまで排斥する客の詞にも、確に一面の真理がある。
 自然主義の功績を称(とな)える処には、バルザックが挙げてある。フロオベルが挙げてある。ゴンクウルが挙げてある。最後にゾラが挙げてある。とにかく立派な系図である。
 純一は日本でのen miniature(アン ミニアチュウル)自然主義運動を回顧して、どんなに贔屓目(ひいきめ)に見ても、さ程難有(ありがた)くもないように思った。純一も東京に出て、近く寄って預言者を見てから、渇仰(かっこう)の熱が余程冷却しているのである。
 対話が済んで客が帰る。主人公が独りで物を考えている。そこにこんな事が書いてある。「材料の真実な事、部分部分の詳密な事、それから豊富で神経質な言語、これ等は写実主義の保存せられなくてはならない側である。しかしその上に霊的価値を汲(く)むものとならなくてはならない。奇蹟(きせき)を官能の病で説明しようとしてはならない。人生に霊と体(たい)との二つの部分があって、それが鎔合(ようごう)せられている。寧ろ混淆(こんこう)せられている。小説も出来る事なら、そんな風に二つの部分があらせたい。そしてその二つの部分の反応(はんおう)、葛藤(かっとう)、調和を書くことにしたい。一言(いちごん)で言えば、ゾラの深く穿(うが)って置いた道を踏んで行(ゆ)きながら、別にそれと併行している道を空中に通ぜさせたい。それが裏面の道、背後の道である。一言で言えば霊的自然主義を建立するのである。そうなったらば、それは別様な誇りであろう。別様な完全であろう。別様な強大であろう」そういう立派な事が出来ないで、自然主義をお座敷向きにしようとするリベラルな流義と、電信体の悪く気取った文章で、徒(いたず)らに霊的芸術の真似をしていて、到底思想の貧弱を覆うことの出来ない流儀とが出来ているというのである。
 純一はここまで読んで来て、ふいと自分の思想が書物を離れて動き出した。目には文字(もんじ)を見ていて、心には別の事を思っている。
 それは自分のきのうの閲歴が体だけの閲歴であって、自分の霊は別に空中の道を歩いていると思ったのが始で、それから本に書いてある事が余所になってしまったのである。
 あの霊を離れた交を、坂井夫人はいつまで継続しようとするだろうか。きのうも既に心に浮かんだオオドのように、いつまでも己に附き纏(まと)うのだろうか。それとも夫人は目的を達するまでは、一直線に進んで来たが、既に目的を達した時が初(はじめ)の終なのであろうか。借りて帰っているラシイヌの一巻が、今は自分を向うに結び附けている一筋の糸である。あれを返すとき、向うは糸を切るであろうか。それともその一筋を二筋にも三筋にもしはすまいか。手紙をよこしはすまいか。この内へ尋ねて来はすまいか。
 こう思うと、なんだかその手紙が待たれるような気がする。その人が待たれるような気がする。あのお雪さんは度々この部屋へ来た。いくら親しくしても、気が置かれて、帰ったあとでほっと息を衝く。あの奥さんは始めて顔を見た時から気が置けない。この部屋へでもずっと這入って来て、どんなにか自然らしく振舞うだろう。何を話そうかと気苦労をするような事はあるまい。話なんぞはしなくても分かっているというような風をするだろう。
 純一はここまで考えて、空想の次第に放縦になって来るのに心附いた。そして自分を腑甲斐(ふがい)なく思った。
 自分は男子ではないか。経験のない為めに、これまでは受身になっていたにしても、何もいつまでも受身になっている筈(はず)がない。向うがどう思ったって、それにどう応ずるかはこっちに在る。もう向うの自由になっていないと、こっちが決心さえすればそれまでである。借りた本は小包にしてでも返される。手紙が来ても、開けて見なければ好(い)い。尋ねて来たら、きっぱりとことわれば好い。
 純一はここまで考えて、それが自分に出来るだろうかと反省して見た。そして躊躇(ちゅうちょ)した。それを極(き)めずに置く処に、一種の快味があるのを感じた。その躊躇している虚に乗ずるように、色々な記憶が現れて来る。しなやかな体の起(た)ちよう据わりよう、意味ありげな顔の表情、懐かしい声の調子が思い出される。そしてそれを惜む未錬の情のあることを、我ながら抹殺(まっさつ)してしまうことが出来ないのである。又してもこの部屋であの態度を見たらどうだろうなどと思われる。脱ぎ棄てた吾嬬(あづま)コオト、その上に置いてあるマッフまでが、さながら目に見えるようになるのである。
 純一はふと気が附いて、自分で自分を嘲って、又Huysmans(ヒュイスマンス)を読み出した。Durtal(ドュルタル)という主人公が文芸家として旅に疲れた人なら、自分はまだ途(みち)に上らない人である。ドュルタルは現世界に愛想(あいそ)をつかして、いっその事カトリック教に身を投じようかと思っては、幾度(いくたび)かその「空虚に向っての飛躍」を敢てしないで、袋町から踵(くびす)を旋(めぐ)らして帰るのである。それがなぜ愛想をつかしたかと思うと、実に馬鹿らしい。現世界は奇蹟の多きに堪(た)えない。金なんぞも大いなる奇蹟である。何か為事をしようと思っている人の手には金がない。金のある人は何も出来ない。富人が金を得れば、悪業(あくぎょう)が増長する。貧人が金を得れば堕落の梯(はしご)を降(くだ)って行(ゆ)く。金が集まって資本になると、個人を禍(わざわい)するものが一変して人類を禍するものになる。千万の人はこれがために餓死して、世界はその前に跪(ひざまず)く。これが悪魔の業(わざ)でないなら、不可思議であろう。奇蹟であろう。この奇蹟を信ぜざることを得ないとなれば、三位一体(さんみいったい)のドグマも信ぜられない筈がなくなると云うのである。
 純一は顔を蹙(しか)めた。そして作者の厭世(えんせい)主義には多少の同情を寄せながら、そのカトリック教を唯一の退却路にしているのを見て、因襲というものの根ざしの強さを感じた。
 十一時半頃に大村が尋ねて来た。月曜日の午前の最終一時間の講義と、午後の臨床講義とは某教授の受持であるのに、その人が事故があって休むので、今日は遠足でもしようかと思うということである。純一はすぐに同意して云った。
「僕はまだちっとも近郊の様子を知らないのです。天気もひどく好(い)いから、どこへでも御一しょに行(い)きましょう」
「天気はこの頃の事さ。外国人が岡目八目で、やっぱり冬寒くなる前が一番好(い)いと云っているね」
「そうですかねえ。どっちの方へ行(い)きますか」
「そうさ。僕もまだ極めてはいないのです。とにかく上野から汽車に乗ることにするさ」
「もうすぐ午(ひる)ですね」
「上野で食って出掛けるさ」
 純一が袴(はかま)を穿いていると、大村は机の上に置いてある本を手に取って見た。
「大変なものを読んでいるね」
「そうですかね。まだ初めの方を見ているのですが、なんだかひどく厭世的な事が書いてあります」
「そうそう。行(ゆ)き留まりのカトリック教まで行って、半分道だけ引き返して、霊的自然主義になるという処でしょう」
「ええ。そこまで見たのです。一体先きはどうなるのですか」
 こう云いながら、純一は袴を穿いてしまって、鳥打帽を手に持った。大村も立って戸口に行って腰を掛けて、編上沓(あみあげぐつ)を穿き掛けた。
「まあ、歩きながら話すから待ち給え」
 純一は先きへ下駄を引っ掛けて、植木屋の裏口を覗(のぞ)いて、午食(ひる)をことわって置いて、大村と一しょに歩き出した。大村と並んで歩くと、動(やや)もすればこの巌乗(がんじょう)な大男に圧倒せられるような感じのするのを禁じ得ない。
 純一の感じが伝わりでもしたように、大村は一寸(ちょっと)純一の顔を見て云った。
「ゆっくり行(い)こうね」
 なんだか譲歩するような、庇護(ひご)するような口調であった。しかし純一は不平には思わなかった。
「さっきの小説の先きはどうなるのですか」と、純一が問うた。
「いや。大変なわけさ。相手に出て来る女主人公は正真正銘のsataniste(サタニスト)なのだからね。しかしドュルタルは驚いて手を引いてしまうのです。フランスの社会には、道徳も宗教もなくなって、只悪魔主義だけが存在しているという話になるのです。今まであの作者のものは読まなかったのですか」
「ええ。つい読む機会がなかったのです。あの本も註文して買ったのではないのです。瀬戸が三才社に大分沢山フランスの小説が来ていると云ったので、往って見たとき、ふいと買ったのです」
「瀬戸はフランスは読めないでしょう」
「読めないのです。学校で奨励しているので、会話かなんかを買いに行ったとき、見て来て話したのです」
「そんな事でしょう。まあ、読んで見給え。随分猛烈な事が書いてあるのだ。一体青年の読む本ではないね」
 目で笑って純一の顔を見た。純一は黙って歩いている。
 天王寺前の通に出た。天気の好(い)いわりに往来は少い。墓参(はかまいり)に行(い)くかと思われるような女子供の、車に乗ったのに逢った。町屋の店先に莚蓆(むしろ)を敷いて、子供が日なたぼこりをして遊んでいる。
 動物園前から、東照宮の一の鳥居の内を横切って、精養軒の裏口から這入った。
 帳場の前を横切って食堂に這入ると、丁度客が一人もないので、給仕が二三人煖炉(だんろ)の前で話をしていたが、驚いたような様子をして散ってしまった。その一人のヴェランダに近い卓(テエブル)の処まで附いて来たのに、食事を誂(あつら)えた。
 酒はと問われて、大村は麦酒(ビイル)、純一はシトロンを命じた。大村が「寒そうだな」と云った。
「酒も飲めないことはないのですが、構えて飲むという程好きでないのです」
「そんなら勧めたら飲むのですか」
 この詞が純一の耳には妙に痛切に響いた。「ええ。どうも僕はpassif(パッシイフ)で行(い)けません」
「誰だってあらゆる方面にactif(アクチイフ)にagressif(アグレッシイフ)に遣(や)るわけには行(い)かないよ」
 給仕がスウプを持って来た。二人は暫く食事をしながら、雑談をしているうちに、何の連絡もなしに、純一が云った。
「男子の貞操という問題はどういうものでしょう」
「そうさ。僕は医学生だが、男子は生理上に、女子よりも貞操が保ちにくく出来ているだけは、事実らしいのだね。しかし保つことが不可能でもなければ、保つのが有害でも無論ないということだ。御相談とあれば、僕は保つ方を賛成するね」
 純一は少し顔の赤くなるのを感じた。「僕だって保ちたいと思っているのです。しかし貞操なんというものは、利己的の意義しかないように思うのですが、どうでしょう」
「なぜ」
「つまり自己を愛惜するに過ぎないのではないでしょうか」
 大村は何やら一寸考えるらしかったが、こう云った。「そう云えば云われないことはないね。僕の分からないと思ったのは、生活の衝動とか、種族の継続とかいうような意義から考えたからです。その方から見れば、生活の衝動を抑制しているのだから、egoistique(エゴイスチック)よりはaltrustique(アルトリュスチック)の方になるからね。なんだか哲学臭いことを言うようだが、そう見るのが当り前のようだからね」
 純一は手に持っていたフォオクを置いて、目をかがやかした。「なる程そうです。どうぞ僕の希望ですから、哲学談をして下さい。僕は国にいた頃からなんでも因襲に囚(とら)われているのはつまらないと、つくづく思ったのです。そして腹の底で、自分の周囲の物を、何もかも否定するようになったのですね。それには小説やなんぞに影響せられた所もあるのでしょう。それから近頃になって、自分の思想を点検して見るようになったのです。いつかあなたと新人の話をしたでしょう。丁度あの頃からなのです。あの時積極的新人ということを言ったのですが、その積極的ということの内容が、どうも僕にははっきりしていなかったのです」
 給仕が大村の前にあるフライの皿を引いて、純一の前へ来て顔を覗(のぞ)くようにした。純一は「好(い)いよ」と云って、フォオクを皿の中へ入れて、持って行(い)かせて話し続けた。「そこで折々ひとりで考えて見たのです。そうすると、自分の思想が凡(すべ)て利己的なようなのですね。しかもけちな利己主義で、殆ど独善主義とでも言って好(い)いように思われたのです。僕はこんな事では行(い)けないと思ったのです。或る物を犠牲にしなくては、或る物は得られないと思ったのです。ところが、僕なんぞの今までした事には、犠牲を払うとか、献身的態度に出るとかいうような事が一つもないでしょう。それからというものはあれも利己的だ、これも利己的だと思ったのです。それだもんですから、貞操ということを考えた時も、生活の受用や種族の継続が犠牲になっているという側を考えずに、自己の保存だ、利己的だという側ばかり考えたのです」
 大村の顔には、憎らしくない微笑が浮んだ。「そこで自己を犠牲にして、恋愛を得ようと思ったというのですか」
「いいえ。そうではないのです。それは僕だって恋愛というものを期待していないことはないのです。しかし恋愛というものを人生の総てだとは思いませんから、恋愛を成就するのが、積極的新人の面目だとも思いません」純一は稍(や)やわざとらしい笑(わらい)をした。「つまり貧乏人の世帯調べのように、自己の徳目を数えて見て、貞操なんということを持ち出したのです」
「なる程。人間のする事は、殊に善と云われる側の事になると、同じ事をしても、利己の動機でするのもあろうし、利他の動機でするのもあろうし、両方の動機を有しているのもあるでしょう。そこで新人だって積極的なものを求めて、道徳を構成しようとか、宗教を構成しようとかいうことになれば、それはどうせ利己では行(い)けないでしょうよ」
「それではどうしても又因襲のような或る物に縛(ばく)せられるのですね。いつかもその事を言ったら、あなたは縄の当り処が違うと云ったでしょう。あれがどうも好く分らないのですが」
「大変な事を記憶していましたね。僕はまあ、こんな風に思っているのです。因襲というのは、その縛(いましめ)が本能的で、無意識なのです。新人が道徳で縛られるのは、同じ縛(いましめ)でも意識して縛られるのです。因襲に縛られるのが、窃盗をした奴が逃げ廻っていて、とうとう縛られるのなら、新人は大泥坊が堂々と名乗って出て、笑いながら縛(ばく)に就くのですね。どうせ囚われだの縛(いましめ)だのという語(ことば)を使うのだから」
 大村が自分で云って置いて、自分が無遠慮に笑うので、純一も一しょになって笑った。暫くしてから純一が云った。
「そうして見ると、その道徳というものは自己が造るものでありながら、利他的であり、social(ソシアル)であるのですね」
「無論そうさ。自己が造った個人的道徳が公共的になるのを、飛躍だの、復活だのと云うのだね。だから積極的新人が出来れば、社会問題も内部から解決せられるわけでしょう」
 二人は暫く詞が絶えた。料理は小鳥の炙(あぶり)ものに萵苣(ちさ)のサラダが出ていた。それを食ってしまって、ヴェランダへ出て珈琲(コオフィイ)を飲んだ。
 勘定を済ませて、快い冬の日を角帽と鳥打帽とに受けて、東京に珍らしい、乾いた空気を呼吸しながら二人は精養軒を出た。

     十二

 二人は山を横切って、常磐華壇(ときわかだん)の裏の小さな坂を降りて、停車場(ば)に這入(はい)った。時候が好(い)いので、近在のものが多く出ると見えて、札売場の前には草鞋(わらじ)ばきで風炉敷包(ふろしきづつみ)を持った連中が、ぎっしり詰まったようになって立っている。
「どこにしようか」と、大村が云った。
「王子も僕はまだ行ったことがないのです」と純一が云った。
「王子は余り近過ぎるね。大宮にしよう」大村はこう云って、二等待合の方に廻って、一等の札を二枚買った。
 時間はまだ二十分程ある。大村が三等客の待つベンチのある処の片隅で、煙草を買っている間に、純一は一等待合に這入って見た。
 ここで或る珍らしい光景が純一の目に映じた。
 中央に据えてある卓(テエブル)の傍(わき)に、一人の夫人が立っている。年はもう五十を余程越しているが、純一の目には四十位にしか見えない。地味ではあるが、身の廻りは立派にしているように思われた。小さく巻いた束髪に、目立つような髪飾もしていないが、鼠色(ねずみいろ)の毛皮の領巻(えりまき)をして、同じ毛皮のマッフを持っている。そして五六人の男女に取り巻かれているが、その姿勢や態度が目を駭(おどろ)かすのである。
 先(ま)ず女王がcercle(セルクル)をしているとしか思われない。留守を頼んで置く老女に用事を言い附ける。随行らしい三十歳ばかりの洋服の男に指図をする。送って来たらしい女学生風の少女に一人一人訓戒めいた詞を掛ける。切口状(きりこうじょう)めいた詞が、血の色の極淡い脣(くちびる)から凛(りん)として出る。洗錬を極めた文章のような言語に一句の無駄がない。それを語尾一つ曖昧(あいまい)にせずに、はっきり言う。純一は国にいたとき、九州の大演習を見に連れて行(ゆ)かれて、師団長が将校集まれの喇叭(ラッパ)を吹かせて、命令を伝えるのを見たことがある。あの時より外には、こんな口吻(こうふん)で物を言う人を見たことがないのである。
 純一は心のうちで、この未知の夫人と坂井夫人とを比較することを禁じ得なかった。どちらも目に立つ女であって、どこか技巧を弄(ろう)しているらしい、しかしそれが殆ど自然に迫っている。外(ほか)の女は下手が舞台に登ったようである。丁度芸術にも日本には或るmanierisme(マニエリスム)[# 一つ目の「e」は「´」付き]が行われているように、風俗にもそれがある。本で読んだり、画で見たりする、西洋の女のように自然が勝っていない。そしてその技巧のある夫人の中で、坂井の奥さんが女らしく怜悧(れいり)な方の代表者であるなら、この奥さんは女丈夫(じょじょうふ)とか、賢夫人とか云われる方の代表者であろうと思った。
 そこへ、純一はどこへ行ったかと見廻しているような様子で、大村が外から覗いたので、純一はすぐに出て行って、一しょに三等客の待っているベンチの側(そば)の石畳みの上を、あちこち歩きながら云った。
「今一等待合にいた夫人は、当り前の女ではないようでしたが、君は気が附きませんでしたか」
「気が附かなくて。あれは、君、有名な高畠詠子(たかばたけえいこ)さんだよ」
「そうですか」と云った純一は、心の中(うち)になる程と頷(うなず)いた。東京の女学校長で、あらゆる毀誉褒貶(きよほうへん)を一身に集めたことのある人である。校長を退(しりぞ)いた理由としても、種々の風説が伝えられた。国にいたとき、田中先生の話に、詠子さんは演説が上手で、或る目的を以て生徒の群に対して演説するとなると、ナポレオンが士卒を鼓舞するときの雄弁の面影があると云った。悪徳新聞のあらゆる攻撃を受けていながら、告別の演説でも、全校の生徒を泣かせたそうである。それも一時(いちじ)の感動ばかりではない。級(クラス)ごとに記念品を贈る委員なぞが出来たとき、殆ど一人(いちにん)もその募りに応ぜなかったものはないということである。とにかく英雄である。絶えず自己の感情を自己の意志の下(もと)に支配している人物であろうと、純一は想像した。
「女丈夫だとは聞いていましたが、一寸見てもあれ程態度の目立つ人だとは思わなかったのです」
「うん。態度のrepresentative(ルプレザンタチイヴ)[# 二つ目の「e」は「´」付き]な女だね」
「それに実際えらいのでしょう」
「えらいのですとも。君、オオトリシアンで、まだ若いのに自殺した学者があったね。Otto(オットオ) Weininger(ワイニンゲル)というのだ。僕なんぞはニイチェから後(のち)の書物では、あの人の書いたものに一番ひどく動(うごか)されたと云っても好(い)いが、あれがこう云う議論をしていますね。どの男でも幾分か女の要素を持っているように、どの女でも幾分か男の要素を持っている。個人は皆M+Wだというのさ。そして女のえらいのはMの比例数が大きいのだそうだ」
「そんなら詠子さんはMを余程沢山持っているのでしょう」と云いながら、純一は自分には大分Wがありそうだと思って、いやな心持がした。
 風炉敷包を持った連中は、もうさっきから黒い木札の立ててある改札口に押し掛けている。埒(らち)が開(あ)くや否や、押し合ってプラットフォオムへ出る。純一はとかくこんな時には、透くまで待っていようとするのであるが、今日大村が人を押し退(の)けようともせず、人に道を譲りもせずに、群集(ぐんじゅ)を空気扱いにして行(ゆ)くので、その背後に附いて、早く出た。
 一等室に這入って見れば、二人が先登(せんとう)であった。そこへ純一が待合室で見た洋服の男が、赤帽に革包(かばん)を持たせて走って来た。赤帽が縦側の左の腰掛の真ん中へ革包を置いて、荒い格子縞の駱駝(らくだ)の膝掛(ひざかけ)を傍(そば)に鋪(し)いた。洋服の男は外へ出た。大村が横側の後(うしろ)に腰掛けたので、純一も並んで腰を掛けた。
 続いて町のものらしい婆あさんと、若い女とが這入って来た。物馴れない純一にも、銀杏返(いちょうがえ)しに珊瑚珠(さんごじゅ)の根掛(ねがけ)をした女が芸者だろうということだけは分かった。二人の女は小さい革包を間に置いて腰を掛けたが、すぐに下駄を脱いで革包を挟んで、向き合って、きちんと据わった。二人の白足袋がsymetrique(シメトリック)[# 一つ目の「e」は「´」付き]に腰掛の縁(へり)にはみ出している。
 芸者らしい女は平気でこっちを見ている。純一は少し間の悪いような心持がしたので、救(すくい)を求めるように大村を見た。大村は知らぬ顔をして、人の馳(は)せ違うプラットフォオムを見ていた。
 乗るだけの客が大抵乗ってしまった頃に、詠子さんが同じ室(しつ)に這入って来た。さっきの洋服の男は、三等にでも乗るのであろう。挨拶をして走って行った。女学生らしい四五人がずらりと窓の外に立ち並んだ。詠子さんは開(ひら)いていた窓から、年寄の女に何か言った。
 発車の笛が鳴った。「御機嫌宜(よろ)しゅう」、「さようなら」なんぞという詞が、愛相(あいそう)の好(よ)い女学生達の口から、囀(さえず)るように出た。詠子さんは窓の内に真っ直に立って、頤(あご)で会釈をしている。女学生の中(うち)の年上で、痩(や)せた顔の表情のひどく活溌(かっぱつ)なのが、汽車の大分遠ざかるまで、ハンケチを振って見送っていた。
 詠子さんは静かに膝掛の上に腰を卸して、マッフに両手を入れて、端然としている。
 暫(しばら)くは誰(だれ)も物を言わない。日暮里(にっぽり)の停車場(ば)を過ぎた頃、始めて物を言い出したのは、黒(くろ)うとらしい女連(おんなづれ)であった。「往(い)くと思っているでしょうか」と若いのが云うと、「思っていなくってさ」と年を取ったのが云う。思いの外に遠慮深い小声である。しかし静かなこの室では一句も残らずに聞える。それが始終主格のない話ばかりなのである。
 大村が黙っているので、純一も遠慮して黙っている。詠子さんはやはり端然としている。
 窓の外は同じような田圃道(たんぼみち)ばかりで、おりおりそこに客を載せてゆっくり歩いている人力車なんぞが見える。刈跡から群がって雀が立つ。醜い人物をかいた広告の一つに、鴉(からす)の止まっていたのが、嘴(くちばし)を大きく開(あ)いて啼(な)きながら立つ。
 室内は、左の窓から日の差し込んでいる処に、小さい塵(ちり)が跳(おど)っている。
 黒人(くろうと)らしい女連も黙ってしまう。なぜだか大村が物を言わないので、純一も退屈には思いながら黙っていた。
 王子を過ぎるとき、窓から外を見ていた純一が、「ここが王子ですね」と云うと、大村は「この列車は留まらないのだよ」と云ったきり、又黙ってしまった。
 赤羽で駅員が一人這入って来て、卓(テエブル)の上に備えてある煎茶の湯に障(さわ)って見て、出て行った。ここでも、蕨(わらび)や浦和でも、多少の乗客の出入(でいり)はあったが、純一等のいる沈黙の一等室には人の増減がなかった。詠子さんは始終端然としているのである。
 三時過ぎに大宮に着いた。駅員に切符を半分折り取らせて、停車場を出るとき、大村がさも楽々したという調子で云った。
「ああ苦しかった」
「なぜです」
「馬鹿げているけれどね、僕は或る種類の人間には、なるべく自己を観察して貰いたくないのだ」
「その種類の人間に詠子さんが属しているのですか」
 大村は笑った。「まあ、そうだね」
「一体どういう種類なのでしょう」
「そうさね。一寸説明に窮するね。要するに自己を誤解せられる虞(おそれ)のある人には、自己を観察して貰いたくないとでも云ったら好(い)いのでしょう」純一は目を※(みは)っている。「これでは余り抽象的かねえ。所謂(いわゆる)教育界の人物なんぞがそれだね」
「あ。分かりました。つまりhypocrites(イポクリイト)だと云うのでしょう」
 大村は又笑った。「そりゃあ、あんまり酷だよ。僕だってそれ程教育家を悪く思っていやしないが、人を鋳型に※(は)めて拵(こしら)えようとしているのが癖になっていて、誰(だれ)をでもその鋳型に※めて見ようとするからね
 こんな事を話しながら、二人は公園の門を這入った。常磐木の間に、葉の黄ばんだ雑木の交っている茂みを見込む、二本柱の門に、大宮公園と大字で書いた木札の、稍古びたのが掛かっているのである。
 落葉の散らばっている、幅の広い道に、人の影も見えない。なる程大村の散歩に来そうな処だと、純一は思った。只どこからか微(かす)かに三味線(しゃみせん)の音(ね)がする。純一が云った。
「さっきお話しのワイニンゲルなんぞは女性をどう見ているのですか」
「女性ですか。それは余程振(ふる)っていますよ。なんでも女というものには娼妓のチイプと母のチイプとしかないというのです。簡単に云えば、娼と母(ぼ)とでも云いますかね。あの論から推すと、東京(とうけい)や無名通信で退治ている役者買の奥さん連は、事実である限りは、どんなに身分が高くても、どんな金持を親爺(おやじ)や亭主に持っていても、あれは皆娼妓(しょうぎ)です。芸者という語を世界の字書に提供した日本に、娼妓の型が発展しているのは、不思議ではないかも知れない。子供を二人しか生まないことにして、そろそろ人口の耗(へ)って来るフランスなんぞは、娼妓の型の優勝を示しているのに外ならない。要するにこの質(たち)の女はantisociale(アンチソシアル)です。幸(さいわい)な事には、他の一面には母(はは)の型があって、これも永遠に滅びない。母の型の女は、子を欲しがっていて、母として子を可哀(かわい)がるばかりではない。娘の時から犬ころや猫や小鳥をも、母として可哀がる。娵(よめ)に行(い)けば夫をも母として可哀がる。人類の継続の上には、この型の女が勲功を奏している。だから国家が良妻賢母主義で女子を教育するのは尤(もっと)もでしょう。調馬手が馬を育てるにも、駈足は教えなくても好(い)いようなもので、娼妓の型には別に教育の必要がないだろうから」
「それでは女子が独立していろいろの職業を営んで行(い)くようになる、あの風潮に対してはどう思っているのでしょう」
「あれはM>Wの女と看做(みな)して、それを育てるには、男の這入るあらゆる学校に女の這入るのを拒まないようにすれば好(い)いわけでしょうよ」
「なる程。そこで恋愛はどうなるのです。母の型の女を対象にしては恋愛の満足は出来ないでしょうし、娼妓の型の女を対象にしたら、それは堕落ではないでしょうか」
「そうです。だから恋愛の希望を前途に持っているという君なんぞの為めには、ワイニンゲルの論は残酷を極めているのです。女には恋愛というようなものはない。娼妓の型には色欲がある。母の型には繁殖の欲があるに過ぎない。恋愛の対象というものは、凡(すべ)て男子の構成した幻影だというのです。それがワイニンゲルの為めには非常に真面目な話で、当人が自殺したのも、その辺に根ざしているらしいのです」
「なる程」と云った純一は、暫く詞もなかった。坂井の奥さんが娼妓の型の代表者として、彼れの想像の上に浮ぶ。※(あ)くことを知らないpolype(ポリイプ)の腕に、自分は無意味の餌(え)になって抱(いだ)かれていたような心持がして、堪えられない程不愉快になって来るのである。そしてこう云った。
「そんな事を考えると、厭世(えんせい)的になってしまいますね」
「そうさ。ワイニンゲルなんぞの足跡(そくせき)を踏んで行(い)けば、厭世は免れないね。しかし恋愛なんという概念のうちには人生の酔(えい)を含んでいる。Ivresse(イヴレス)を含んでいる、鴉片(アヘン)やHaschisch(アッシシュ)のようなものだ。鴉片は支那までが表向禁じているが、人類が酒を飲まなくなるかは疑問だね。Dionisos(ジオニソス)はApollon(アポルロン)の制裁を受けたって、滅びてしまうものではあるまい。問題は制裁奈何(いかん)にある。どう縛られるか、どう囚われるかにあると云っても好かろう」
 二人は氷川(ひかわ)神社の拝殿近く来た。右側の茶屋から声を掛けられたので、殆ど反射的に避けて、社(やしろ)の背後の方へ曲がった。
 落葉の散らばっている小道の向うに、木立に囲まれた離れのような家が見える。三味線の音はそこからする。四五人のとよめき笑う声と女の歌う声とが交って来る。
 音締(ねじめ)の悪い三味線の伴奏で、聴くに堪えない卑しい歌を歌っている。丁度日が少し傾いて来たので、幸に障子が締め切ってあって、この放たれた男女の一群(ひとむれ)と顔を合せずに済んだ。二人は又この離れを避けた。
 社の東側の沼の畔(ほとり)に出た。葦簀(よしず)を立て繞(めぐ)らして、店をしまっている掛茶屋がある。
好(い)い処ですね」と、覚えず純一が云った。
「好かろう」と、大村は無邪気に得意らしく云って、腰掛けに掛けた。
 大村が紙巻煙草に火を附ける間、純一は沼の上を見わたしている。僅か二三間先きに、枯葦(かれあし)の茂みを抜いて立っている杙(くい)があって、それに鴉が一羽(いちわ)止まっている。こっちを向いて、黒い円い目で見て、紫色の反射のある羽をちょいと動かしたが、又居ずまいを直して逃げずにいる。
 大村が突然云った。「まだ何も書いて見ないのですか」
「ええ。蜚(と)ばず鳴かずです」と、純一は鴉を見ながら答えた。
「好く文学者の成功の事を、大いなるcoup(クウ)をしたと云うが、あれは采(さい)を擲(なげう)つので、つまり芸術を賭博(とばく)に比したのだね。それは流行作者、売れる作者になるにはそういう偶然の結果もあろうが、censure(サンシュウル)問題は別として、今のように思想を発表する道の開けている時代では、価値のある作が具眼者に認められずにしまうという虞れは先ず無いね。だから急ぐには及ばないが、遠慮するにも及ばない。起(た)とうと思えば、いつでも起てるのだからね」
「そうでしょうか」
「僕なんぞはそういう問題では、非常に楽天的に考えていますよ。どんなに手広に新聞雑誌を利用しているclique(クリク)でも、有力な分子はいつの間にか自立してしまうから、党派そのものは脱殻(ぬけがら)になってしまって、自滅せずにはいられないのです。だからそんなものに、縋(すが)ったって頼もしくはないし、そんなものに黙殺せられたって、悪く言われたって阻喪するには及ばない。無論そんな仲間に這入るなんという必要はないのです」
「しかし相談相手になって貰われる先輩というようなものは欲しいと思うのですが」
「そりゃああっても好(い)いでしょうが、縁のある人が出合うのだから、強いて求めるわけには行(い)かない。紹介状やなんぞで、役に立つ交際が成り立つことは先ず無いからね」
 こんな話をしているうちに、三味線や歌が聞え已(や)んだので、純一は時計を見た。
「もう五時を大分過ぎています」
「道理で少し寒くなって来た」と云って、大村が立った。
 鴉が一声啼いて森の方へ飛んで行った。その行方を見送れば、いつの間にか鼠色の薄い雲が空を掩(おお)うていた。
 二人は暫く落葉の道を歩いて上りの汽車に乗った。

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