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超人鬚野博士(ちょうじんひげのはかせ)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-11-10 9:55:47  点击:  切换到繁體中文


     吾輩のこと

 ……何だ……吾輩の身上話みのうえばなしを速記にして雑誌に掲載するから話せ……と云うのか。
 フウム。それは話さん事もないが、しかし、りに選って又、吾輩みたいなルンペン紳士……乞食と泥棒のあいの子みたいな奴の話を、雑誌に公表する必要がドコにあるのかね。吾輩以上に立派な地位あり、名誉ある人間が、天の星の如く、地の砂の如く天下に充満しているではないか。そんな奴とは正反対に、どこにでも寝る、何でも着る、何でも喰う、地位とか、家柄とか、人格とかいうものが一つも無い点に於いて天下広しといえども、吾輩ぐらい不名誉な人間は無いだろう。そんな薄見うすみっともない人間の話が問題になるのかね一体……エエ……何だと……?
 しかし吾輩はソンナにも有名なのかノー……。
 フーム。有名にも何にも「鬚野ひげの博士」の名前を知らない者は日本中にタダの一人も居ない。吾輩が日本に存在しているために英国も、米国も、露西亜ロシアも、日本に挑戦し得ないでいる。日露戦争以後に吾輩がドンナ科学的の発明を日本の軍部に提供して、ドンナ新鋭の武器を内々で取揃えさしているか判明わからないから……成る程のう……それは事実だ。毛唐けとうの奴等もよく知っとるのう。日露戦争の時にヨッポドりたと見えてアラユル密偵スパイを使って吾輩の身辺みのまわりを探らせているらしいてや。事によると現在、海軍で作りよる一人乗、魚形水雷ぎょけいすいらいボートが吾輩の発明である事を探り出しとるかも知れんのう。ナアニ、饒舌しゃべっても大丈夫だよ。毛唐が真似して作っても乗る奴が一匹も居る気遣いがないし、防禦ぼうぎょの方法が全く無いんだからね。時速百二十ノット、航続距離二万海里かいりと云ったら大抵わかるだろう。その動力が問題なんだからね。その動力が将来の日本軍のタンク、飛行機に十倍以上の能率を上げさせるんだから恐ろしいだろう。日本国民たるもの枕を高うして可なりだ。つまり吾輩の人格が、全人類を押え付けている……吾輩が、こうしてボロマントを着て、ハキダメから拾った片チンバの護謨ごむ靴を引きずって、往来をウロウロしている限り世界の外交界はこの「鬚野房吉ひげのふさきち博士」の存在を無視する訳に行かんと考えている……吾輩を目して新興日本のマスコット……松岡全権以上の偉人として恐れおののいていると云うのか……。
 アッハッハッハッハッ……宜しい。大いによろしい。気に入ったぞ。それでは一つ吾輩の正体を明らかにして全世界三十億の蛆虫うじむし共をパンクさせてくれるかな。とにかく向うの草原くさばらへ行こう。あの大きな土管の中で話そう。イヤイヤ。原稿料なんか一文も要らん。上等の日本酒と海苔のりと醤油があれば宜しい。はや生乾なまびが好きなんだが、コイツはちょっと無かろうて……。

     感化院脱出

 世間の奴はよく吾輩をキチガイキチガイというが、その位のことはチャンと考えているんだよ。吾輩の過去といったって極めて簡単だ。両親の名前や顔は勿論のことそんなものが居たか居なかったかすら知らないんだから多分、精神的にも物質的にも生れながらのルンペンなんだろう。孫悟空と同じに華果山カカサンの金の卵から生れた事だけは確実……だろうと思うんだが……アハハ洒落しゃれじゃないよ。
 それから十四のとしにO市の感化院を脱出ぬけだして無一文で女郎買いに行った。ドッチも喜ぶ話だから多分、無料ただだろうと思って行ったのが一生のアヤマリ。女郎屋の敷居をまたがないうちに吾輩の帯際おびぎわを捉まえて、グイグイと引っぱり戻した奴が居る。鯉のアタリよりもチット大きいなと思って振返ってみると、タッタ今表口に立って……イラッシャイイラッシャイをやっていた豚みたいな男だ。感化院を出がけに兄貴分から注意されて来た牛太郎ぎゅうたろうという女郎屋の改札がかりはコイツらしい。聞いた通りに派手なダンダラの角帯かくおびを締めていやがる。
「オイ、兄さん。ぜにを持っているかね」
 と云ううちにその改札屋が吾輩のえり番号をジイッと見やがった時にはギョッとしたね。アンマリ気がいていたもんだからウッカリして引剥ぐのを忘れていたもんだが、見破られたと思ったから吾輩はイキナリ焼糞やけくそになってしまった。
「馬鹿。銭があったらかかあを持つワイ。感化院の房公ふさこうを知らんケエ」
 とタンカを切ってやったら牛太の奴吾輩の襟首をつかんでギューギューと小突きまわした。ついで拳固げんこを固めて吾輩の横面よこつらを一つ鼻血の出る程らわしたから、トタンに堪忍袋の緒が切れてしまった。さもなくとも燃え上るようなホルモンのり場に困っている吾輩だ。襟首を掴んでいる牛太郎の手の甲をモリモリと噛み千切ちぎりざま、持って生まれた怪力でもって二十貫ぐらいある豚野郎を入口の塩盛しおもりの上にタタキ付けた。それから失恋のムシャクシャ晴しに、駈付けて来た二三人の人相の悪い奴を向うに廻わして、下駄を振上げているところへ、通りかかった角力取すもうとり木乃伊ミイラみたいな大きな親爺おやじが仲に這入はいって止めた。止めたといってもその親爺が無言のまま、片手に吾輩の襟首を掴んで、喧嘩の中から牛蒡ごぼう抜きに宙に吊るしたまま下駄を穿かしてくれたので万事解決さ。相手のゴロツキ連中もこの親爺の顔を知っていたと見えて、猫みたいにブラ下がっている吾輩に向ってペコペコお辞儀していたが、可笑おかしかったよ。
 それからその親爺に連れられて、そこいらの河ッぷちの綺麗な座敷に通されてみるとイヨイヨ驚いたね。その親爺が坐っていても吾輩の立っている高さぐらいあるんだ。どこで胴体が継足つぎたしてあるんだろうと思って荒っぽいしまのドテラを何度も何度も見上げ見下した位だ。おまけにツルツル禿はげの骸骨みたいにへこんだ眼の穴の間から舶来のブローニングに似た真赤な鼻がニューと突出ている。左右の膝に置いた手が分捕ぶんどりスコップ位ある上に、木乃伊ミイラ色の骨だらけの全身を赤い桜の花と、平家蟹の刺青ほりもので埋めているからトテモ壮観だ。向い合っているうちに無料ただでコンナ物を見ちゃ済まないような気がして来た。
 そこで吾輩は生れて初めて鰻の蒲焼なるものを御馳走になったが、その美味うまかったこと。モウ吾輩は一生涯、この親分の乾児こぶんになってもいいとその場で思い込んでしまったくらい感激しちゃったね。
 それからポツポツ様子を聞いてみると、その木乃伊ミイラ親爺の商売は見世物師みせものしなんだそうだ。成程と子供心に感心つかまつったね。
「ヘエ。オジサンが見世物になるのけエ」
 と訊いてやったら、義歯いればつまんでいた親爺が眼を細くしてニコニコした。ピストルの頭を分捕スコップで撫でまわしながら吾輩に盃を差した。
「……マアマア。そんげなトコロじゃ。どうじゃい小僧。ワシは軽業かるわざの親分じゃが、ワシの相手になって軽業がやれるケエ」
「軽業でも、手品でも、カッポレでも都踊りでも何でもやるよ。しかしオジサン。力ずくでワテエに勝てるけえ」
「アハハハ。小癪こしゃくなヤマカンきおるな。木乃伊ミイラの鉄五郎を知らんかえ」
「知らんがな。どこの人かいな」
「この俺の事じゃがな」
「ああ。オジサンの事かい」
「ソレ見い。知っとるじゃろ。なあ」
「知らんてや。他人のような気もせんケンド……ワテエは強いで。砂俵の一俵ぐらい口でくわえて行くで……」
「ホオー。大きな事を云うな。その味噌ッ歯で二十貫もある品物が持てるものかえ」
「嘘やないで。その上に両手に一俵ずつ持ってんのやで……」
「プッ……小僧……酒に酔うてケツカルな」
「ワテエ。酒に酔うた事ないてや」
「そんならこの腕に喰付いてみんかい」
 木乃伊ミイラの爺さん一杯機嫌らしく、片肌を脱いで二の腕を曲げて見せると、真四角い木賃宿きちんやどの木枕みたいな力瘤ちからこぶが出来た。指でさわってみると鉄と同じ位に固い。
啖付くいついても大事ないかえ」
「歯が立ったなら鰻を一パイ喰わせる……アイタタタ……待て……待てチウタラ……」
 廊下を通りかかった女中が吃驚びっくりしたらしくふすまを開けたが、木乃伊ミイラ親爺の二の腕に付いてる濡れた歯型を見ると、呆気あっけに取られたまま突立っていた。
 親爺は急いで肌を入れた上から二の腕をさすった。吾輩に喰付かれたが、嬉しいらしく女中を振返ってニコニコと笑った。
「……鰻を、ま一丁持って来い。それからおかんも、ま一本……恐ろしい歯を持っとるのう。ええそれから……そこで給金の註文は無いかや……」
「無いよオジサン。毎日鰻を喰べて、女郎買いに行かしてもらいたいだけや」
 木乃伊ミイラ親爺は口をアングリいたまま、眼をショボショボさせていたが、それで話がきまったらしかった。

     少年力持

 それからのち、三四年ばかりの間、吾輩は毎日毎日、お祭りの見物の中で、生命いのちがけの芸当をやった。金ピカの猿股さるまた一つになった木乃伊ミイラ親爺の相手になって、禿頭はげあたまの上に逆立ちしたり、両足を捉まえて竹片たけぎれみたいにキリキリと天井へ投げ上げられたり、バスケットボールみたいに丸くなって手玉に取られたりするのであったがトテモ面白かった。吾輩みたいな身体からだを不死身と云うのだろう。イクラ遣り損なって怪我けがをしても痛くもなければ血も出ない上に、すぐに治癒なおる。見物の眼に決して止まらないから便利だ。しまいには木乃伊ミイラ親爺がヤケになったらしく、吾輩を掴まえて死ねかしの猛烈な芸当をやらせ続けたが、どうしても死なないので驚いているらしかった。
 そればかりじゃない。吾輩は別にタッタ一人で時間つなぎに少年力持ちからもちをやった。自動車にかれたり、牛の角を捉まえて押しくらをしたり、石ころを噛み割ったり、錻力ぶりきを引裂いたりする片手間に、振袖を着た小娘に化けて……笑っちゃいけない、これでもひげを剃ると惚れ惚れするような優男やさおとこだぞ……手品の手伝いみたいなものを遣っているうちに、困った事が出来た。
 ……というのはホカでもない。前にも云った通り、コツコツの木乃伊ミイラ親爺と、その頃まではまだ紅顔の美少年だった吾輩が組んで、大車輪で演出する死物狂いの冒険軽業が、吾輩の第一の当り芸であると同時に、この一座の第一の呼物であったんだが、その芸当の最中の話だ。毎日毎日一度ずつ、芸当の小手調べとして親爺と揃いの金ピカの猿股を穿いた丸裸体まるはだかの吾輩が、オヤジの禿頭の上に逆立ちをする事になっていたんだが、そいつを毎日毎日繰返しているうちに、そのオヤジの禿頭のテッペンにタッタ一本黒い、太い毛がピインと生えているのに気が付いたもんだ。
 世の中というものは妙なものだね。その黒い毛の一本が、木乃伊ミイラ親爺の生命いのちの綱で、この一座の運命の神様だった事を、その時まで夢にも気付かなかった吾輩は、その毛を見るたんびに気になって気になって仕様がないようになった。第一いつ見ても真直にピインと垂直に立っているのが不思議で仕様がない。伸びもしなければ縮みもしない。波打ちも、倒おれも、折れも曲りもしないのだからしゃくさわる。第二に、ほかの処に生えている毛はミンナ真白いのに、この毛一本だけが黒いのだからしからん。まるで外国の廻わし者みたいな感じだ。最後に気に入らないのは、その毛の尖端さきが、ちょうど避雷針みたいに、吾輩の鼻の頭と真向いになっている事で、逆立ちをするたんびにその毛を見ると、鼻の頭が思わずズーンと電気に感じて来る。何だってこのオヤジはコンナ気まぐれな毛をタッタ一本、脳天の絶頂にオッ立てているのだろうと思うと、寝ても醒めても苦になって、イライラして仕様がなくなった。しまいには毎日一度ずつその禿頭の上で逆立ちするのが死ぬ程イヤになって来た。
 そこで吾輩はトウトウ決心をして或る日の事、幕前の時間を見計みはからって木乃伊ミイラ親爺に談判してみた。
「親方。ほかの芸当なら何でも我慢するが、アノ親方のアタマの上の逆立ちだけは勘弁してくれんかい」
 親方は面喰らったらしかった。赤い鼻をチョットつまんで眼を丸くした。
「何で、そんげな事を云い出したんかい」
 吾輩は頭をいた。マサカにタッタ一本の毛が恐ろしく、逆立ちが出来ないとは云えないからスッカリ赤面してしまった。
「何でチウ事もあらへんけんど……アレ位のこと……アンマリ見易みやすうて見物に受けよらんけに、止めとうなったんや」
馬鹿奴ばかめえ。何をきくさる。ワレのような小僧に何がわかるか。あの逆立ちは芸当の小手調べチウて、芝居で云うたらアヤツリ三番叟さんばそうや。軽業の礼式みたようなもんやけに、ほかの芸当は止めてもアレだけは止める事はならん。それともこの禿頭が気に入らん云うのか」
 と云ううちにオヤジは渋臭い禿頭を吾輩の鼻の先に突付けて平手でツルリと撫でて見せた。それにつれて頭の上の黒い毛がピインと跳ね返って吾輩の鼻の頭に尖端を向けた。トタンに吾輩の全身がズウーンとして、お尻の割れ目がゾクゾクと鳥肌だって来た。
 吾輩は、思わずその禿頭を平手で押除おしのけた……と思ったが、気が付いた時には、楽屋の荒板の上に横たおしにタタキ付けられていた。アトから考えると親方の虫の居処いどころがその日に限って日本一悪かったらしいね。
 それから間もなく二人は、満場の喝采を浴びて見物の前に跳り出た。むろんその時はタッタ今の経緯いきさつも何も忘れて、僅かの時間、親方の頭の上で辛抱する気になっていたもんだが、そのうちに例の通り、禿頭の上で逆立ちをしてみると……妙だったね。
 その時の気持ばっかりは今から考えてもわからないんだが、アレが魔が差したとでもいうもんだろうかね。ツイ自分の鼻の先に突立っている毛の尖端さきを見ると、自分では毛頭ソンナ気じゃないのに、両手がジリジリと縮んで、赤茶色の禿頭肌はげはだが吾輩の唇に接近して来た。そうして、やはり何の気もなく、その禿はげのマン中の黒い毛を糸切歯の間にシッカリと挟んでグイと引抜いたもんだ。
「ギャアッ……ヤラレタッ……」
 と云う悲鳴がどこからか聞こえたように思ったが、全く夢うつつだったね。吾輩の小さな身体が禿頭の上から一間ばかりまりのようにケシ飛んで、板張の上に転がっていた。ビックリして跳ね起きてみると、直ぐ眼の前のステージの上に、木乃伊ミイラの親方がステキもない長大な大の字を描いて、眼を真白くき出したまま伸びている。ゴロゴロと喘鳴ぜんめいを起していたところから考え合わせるとあの時がモウ断末魔らしかったんだがね。
 アトから聞いたところによると、親方の木乃伊ミイラ親爺は平生から吾輩を恐ろしい小僧だ恐ろしい小僧だと云っていたそうだ。感化院から出て来たばかりの怪物だから何をするか、わからない奴だ。気に入らないと俺の咽喉笛のどぶえでも何でもい切りかねないので、毎日毎日俺に手向い出来ない事を知らせるつもりで、思い切りタタキ散らしてやるんだが、実は恐ろしくて恐ろしくて仕様がないから、ああするんだ……と云っていたそうだが、してみると吾輩が毛の根をチクリとさせたのを親方は、吾輩が例の手で禿頭のマン中へカブリ付いたものと思ったらしいね。その後の医師の診断によると、老人の過労から来る、急激な神経性の心臓痲痺まひというのだったそうだが、実に意外千万だったね。そんな馬鹿な事がといったって、木乃伊ミイラの親方は、総立ちの見物人と、楽屋総出の介抱と、吾輩の泣きの涙のうちに、ホコリダラケの板張りの上で息を引取ったのだから仕方がない。
 ところで問題は、それからなんだ。楽屋に運び込まれた親方の死骸に取付いてオイオイ泣いているうちに、片っ方で仲間を集めてボソボソ評議していた拳固げんこの梅という奴が、いつの間にか立上って来て、何も知らない吾輩の横っつらをガアンと一つ喰らわしたもんだ。このゲンコの梅という奴は、ずっと前に大人の力持をやって相当人気を博していたもんだが、アトから来た少年力持の吾輩に人気をさらわれてスッカリ腐り込んでいた奴だ。むろん糞力くそぢからがある上に、拳固で下駄の歯をタタキ割るという奴だったから痛かったにも何にも、眼の玉が飛び出たかと思った位だった。だから、いつもの吾輩だったら文句無しに掴みかかるところだったが、親方の死骸を見て気が弱っていたせいだったろう、起上る力も無いまま茣蓙ござの上に半身を起して、仁王立におうだちになっている梅公のスゴイ顔を見上げた。見ると吾輩の周囲には、梅をお先棒にした座員の一同が犇々ひしひしと立ちかかっている様子だ。これは前に一度見た事の在るこの一座のマワシといって一種の私刑リンチだね。それにかける準備だとわかったから、吾輩はガバと跳ね起きて片頬を押えたまま身構えた。
「……ナ……何をするのけえ」
「何をするとは何デエ。手前てめえが親方を殺しやがったんだろう」
「親方の頭のテッペンから血がニジンでいるぞ」
「あしこから小さな毒針を舌の先で刺しやがったんだろう。最前り倒おされたうらみに……」
「ソ……そんな事ねえ……」
「嘘け。俺あ見てたんだぞ……」
 吾輩は実をいうとこの時に内心すこぶ狼狽ろうばいしたね。タッタ今歯で引抜いた黒い毛は、どこかへ吐き出すか嚥込のみこむかしてしまっている。よしんば歯の間に残っていたにしたところが、アンナ黒い毛がタッタ一本、親方の禿頭の中央まんなかえている事実を知っていたものは、事によると吾輩一人かも知れないのだから、トテモ証拠になりそうにない。のみならずコンナ荒っぽい連中は一旦そうだと思い込んだら山のように証拠が出て来たって金輪際、承知する気づかいは無いのだから、吾輩はスッカリ諦らめてしまった。コンナ連中を片端かたっぱしからタタキたおして、逃げ出すくらいの事は何でもないとも思ったが、親方の死骸を見ると妙に勇気がくじけてしまった。
「……ヨシ……文句云わん。タタキ殺してくんな。……その代り親方と一所に埋めてくんな」
「……ウム。そんならたしかに貴様が親方を殺したんだな」
「インニャ。殺したオボエは無い」
「この野郎。まだ強情張るか……」
 と云ううちに、青竹が吾輩の横っ腹へピシリと巻付いた。
「警察へ渡す前に親方のカタキを取るんだ。覚悟しろ……」
「何をッ」
 と吾輩は立上った。親方のカタキという一言が吾輩を極度に昂奮させたのだった。
 むちだの青竹だの丸太ん棒だの、太い綱だのが雨霰あめあられと降りかかって来る下を潜った吾輩はイキナリ親方の死骸を抱え上げて、頭の上に差上げた。
「サア来い」
 これには一同面喰ったらしい。獲物えものが無いと思ってタカをくくっていた吾輩が、前代未聞のスゴイ武器を振りかざしたのだからね。一同が思わずワアと声を揚げてあと退さがったすきに吾輩は、そこに積上げて在るトランクを小楯に取って身構えた。ドイツコイツの嫌いは無い。一番最初にかかって来た奴を親方の禿頭でタタキ倒おしてやろうと思っているところへ、思いがけない仲裁が現われた。

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