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山羊髯編輯長(やぎひげへんしゅうちょう)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-11-10 10:25:35  点击:  切换到繁體中文


「イイエ。申します。どうぞ新聞に書いて下さい。その方がいいのですから……」
 見る見る血の気(け)を喪った二郎氏は、万事休す……といった風に頭を抱えてドッカリと安楽椅子(イージイチェア)の中へ沈み込んだ。どうやらこの夫人のヒステリーは天下無敵のシロモノらしい。
 冷やかに主人の態度をかえりみた夫人は突立ったまま、両手を静かに揉(も)み合わせた。冴え切った微笑を含み含み天下無敵の科白(せりふ)を並べ初めた。
「わたくし、ちゃんと存じております。……あの此村ヨリ子と申します娘は鎮西電力のタイピストで、この安島の妾(めかけ)になっていた女で御座います。……安島の浮気はいつもの事で、相手も数限りない事で御座いますから、わたくしは何も……申しませんでしたけれども、主人が、あんまり見瘻(みすぼ)らしい処へ通いますから、家柄にも拘わると思いまして、それほど気に入った女(ひと)なら、当宅(うち)へ引取って召使ってはどうかと勧めましたけれども、安島は、そんな事はない。アレは妾でも何でもない。気の毒な孤児(みなしご)だから、人から頼まれて世話しているだけだと申します。タイピストを辞(や)めさせてまで世話する筋合いがドコに在るか存じませんが……ホホ……それで、わたくしは決心を致しまして、あの宿の主人と相談を致しまして、ヨリ子を今朝(けさ)から当宅(たく)へ引取って、わたくしの側で召使う事に致しましたが、あまり来方(きかた)が遅う御座いましたので、当宅(こちら)の自用車を迎えに出したので御座います。これは妻として主人の名誉を大切に致しますために、取計(とりはか)らいました事で、決して余計な事を致したおぼえ[#「おぼえ」に傍点]は御座いません」
 吾輩は恭(うやうや)しく夫人の前に頭を下げた。安島二郎氏はイヨイヨ椅子の中へ縮こまった。
「……多分……キット……主人がヨリ子に申し含めたので御座いましょう。ヨリ子は、それを信じて覚悟をきめたので御座いましょう。どんな事があっても安島家へ来てはいけない。奥さんに殺されるから……とか何とか……」
「……と……飛んでもない。そんな馬鹿な事を俺が云うか……そんな事……」
 安島二郎氏が突然に歪(ゆが)んだ顔を上げた。中腰になって両手を伸ばした。両袖のカフス・ボタンからダイヤの光りがギラギラと迸(ほとばし)った。
 夫人は冷然と尻目に見た。
「ヨリ子のような卑しい女が、何で自殺しましょう。貴方のお言葉を信ずればこそです。貴方に生涯を捧げる純な気持があればこそです。……貴方は安島一家の呪いの悪魔です。お兄様や、お姉様がお可哀そうです」
「コレッ。コレ……余計な事を……」
「申します。安島家のために、すべてを犠牲にして申します。わたくしはドウセ芸人上りの卑しい女です。けれども貴方のような血も涙も無い人間とは違います。……どうぞ新聞に書いて下さい。そうすれば主人は破滅します。その方が安島家にとってはいいのです。どうせ一度はここまで来る筈ですから……チット荒療治ですけど……ホホホ……」
「……イ……イケナイ。オ……俺には血もあれば……涙もあるんだ。あり過ぎるんだ……」
「オホホホホホ。ハハハハハハ……。血もあり涙もあり過ぎる方なら何故(なぜ)すぐに、あのヨリ子の処へ飛んで入らっしゃらないのですか。死にかけているのに……ネエ。そうでしょう。オホホ……」
 二郎氏は立上って来た。素焼のように白い、剛(こ)わばった顔に、絶体絶命の血走った眼が二つ爛々と輝いている。
「……馬鹿……ソレどころじゃないんだ。安島家の名誉を守らなければ……」
「……白々しい。名誉を思う人が、どうして、あんな女に手をかけたんです。早くヨリ子の処へ行ってらっしゃい……何を愚図愚図……」
 夫人に突き飛ばされて、よろめきながら二郎氏はポケットから一掴みの札束を出した。吾輩の鼻の先に突付けた。
「君は帰り給え。帰ってくれ給え。何でもない事だから……これを遣るから……サア……」
 吾輩は後退(あとじさ)りをした。
「……僕は……乞食じゃありません」
「イヤ……わ……悪かった。この場だけはドウゾ……拝むから……」
「いけません。書いてちょうだい。すっかりスッパ抜いて頂戴……」
「承知しました。ヘヘヘ……これで血も涙もありますよ」
「……ハハア。貴様は社会主義か……」
 安島二郎氏の顔付きが突然、打って変ったように兇悪になった。
 金持のお道楽に反抗する奴は、みんな社会主義者と思っているらしい口ぶりだ。
 警察に命じて容赦なく引っ括(くく)らせて、貴様の口を塞(ふさ)いで見せるぞ……という威嚇も、その兇悪な面構(つらがま)えの中に含んでいるようだ。
「ナニッ……」吾輩はいきなりグッと来てしまった。「……ナ……何を吐(ぬ)かしやがんだ。貴様みたいな奴が社会主義者を製造するんだ」
 二郎氏は素早く右のポケットに手を入れた。その手に飛び付いて吾輩はシッカリと押えた。
「俺を殺して、暗(やみ)から暗(やみ)へ葬る気か。エエッ。これでも日本国民だぞ。犬猫たあ違うんだぞ……」
「……イ……犬猫以上だ。コ……国体に背(そむ)く奴だ」
「ウップ。血迷うな。貴様の家(うち)の……安島子爵家の定紋の附いた俥(くるま)が、ヨリ子の下宿の前に着いているところを、写真に撮ってあるんだぞ。その方が国体に拘わるじゃないか……エエッ……」
 この威嚇は、たしかに利き過ぎるくらい利いたらしい。夫婦の顔色が同時に土のように暗く変化した。同時に二郎氏のポケットの中の指がムズムズと動いた。ピストルの引金を探っている様子だ。
 ……ハッ……と思ったトタンに吾輩の手が反射的に動いた。安島二郎の下顎がガチンと鳴った。義歯(いれば)の壊れたのがダラリと唇から流れ出した。そいつを一本背負いに支那絨氈(じゅうたん)の上にタタキ付けると同時に、轟然とピストルが鳴った。その弾丸(たま)が部屋の隅のグランドピアノを貫いたらしく、器械の間を銛丸(ブレット)がゴロゴロと転がり落ちる音が、何ともいえない微妙な音階を奏(かな)でた。
 その音が消えないうちに吾輩は応接間を飛出した。
 夫人はトウの昔に眼を白くして、床の上に引っくり返っていた。

 社へ帰ると吾輩は、すぐに写真室に駈け込んだ。千代町の電車通りの角に行って、ヨリ子の下宿の写真と、ヨリ子の寝顔を撮って来いと、飲み友達の写真師に命じた。序(ついで)に安島二郎氏夫妻の写真をカードの中から探し出して、それを見い見い記事を書いているうちに一時間ばかりして写真師が濡れた臭素紙(しゅうそし)を二枚持って来た。
 見ると驚いた。
 まだ生死不明の境に昏睡している筈の此村ヨリ子が、寝床の上に坐っている大ニコニコの愛嬌顔が堂々とあらわれている。吾輩はちょっと面喰ったが、モウ一枚の煙草店の写真の前に、古い写真の中に在る人力車の向う向きの奴を切抜いて貼り付けて、工合よく補筆した上で、俥(くるま)の背後に安島家の定紋三階菱を小さくハッキリと描いた。その写真をモウ一度複写した奴に、ヨリ子のニコニコ顔と、安島夫妻の写真を添えて、記事と一所に山羊髯に差出した。
 記事の内容は「自殺を企てた安島二郎氏の愛妾」「その自殺を知らずに本邸から迎えに来た、二郎夫人の自用車」「ソレとわかった安島子爵家の大狼狽」という意味で、見た通り、聞いた通りの事実を、普通の記事体(てい)に一直線に書き流して、夫妻の感想談を麗々しく並べた興味百パアセントの夕刊記事であったが、その分厚い原稿を山羊髯は夕刊の二面にデカデカと載せた。
 多分臨時議会後で記事が足りなかったんだろう。
 するとコイツが恐ろしく利いたと見えて、その夕方、安島家から厳(いか)めしい顧問弁護士が、玄洋日報社へ乗込んで来て、社長と山羊髯に面会して記事の取消を厳命したという事で、その翌る日の朝刊の一面に「事実無根……安島家云々」の二号活字の取消広告と、社会記事の末尾に小さな取消記事が五行ばかり出た。
 吾輩は、それを見ると大いに不服で、早速山羊髯に抗議を申込んだが、山羊髯は平気で眼をショボショボさした。
「ヒッヒッ。安島家はのう。玄洋日報社の一番有力な後援者じゃけにのう。否(いや)とも云えんでのう……社長どんも弱っとったわい」
「そんならモウ一度、安島家に談判して下さい。玄洋日報社へ十万円寄附するか……どうだと云って……。イヤだと云えあ玄洋日報社員をピストルで撃った事実を公表するがドウダと云って下さい。グランド・ピアノが証人だ。失敬な……」
「まあまあ。そう腹を立てなさんな。あの取消広告はのう。誰も信じやしませんわい。……のみならず取消広告たるものは大きければ大きいだけ記事の内容を強く、裏書きする意味にもなるものじゃけにのう。ホッホッ……」
「それ位の事は知ってます。あいつは僕を社会主義だなんて吐(ぬ)かしやがったんです。おまけに犬か猫みたいに僕を撃殺(うちころ)そうとしやがったんです。あんな奴が社会主義を製造する奴なんですから徹底的にタタキ附けとかなくちゃ……」
「ヒッヒッ。もうアレだけ書かれりゃ大抵ピシャンコになっているじゃろう。おまけにイクラ広告や記事で取消しても、あの写真ばっかりは取消せんけにのう。たしかにあの煙草屋の門口に安島家の俥(くるま)が着いとるけにのう。自殺を知らずに迎えに来たちう現(げん)の証拠が……」
「アハハハ。ちょっと待って下さい。あの写真はインチキですよ。あの家(うち)の写真と、人力車の写真を僕が貼り合わせたんですよ」
「ホホオ。そんならあの紋所は……」
「あれも僕が白絵具で描(か)いたんです」
「……………」
 山羊髯が唖然となった。
 吾輩は入社以来、初めて山羊髯を一パイ喰わせたので、スッカリ機嫌を直してしまった。
 ……これだから新聞記者は止められない……。



底本:「夢野久作全集4」ちくま文庫、筑摩書房
   1992(平成4)年9月24日第1刷発行
※本作品中には、身体的・精神的資質、職業、地域、階層、民族などに関する不適切な表現が見られます。しかし、作品の時代背景と価値、加えて、作者の抱えた限界を読者自身が認識することの意義を考慮し、底本のままとしました。(青空文庫)
入力:柴田卓治
校正:かとうかおり
ファイル作成:かとうかおり
2000年9月9日公開
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。



【表記について】

本文中、新聞記事の見出しを模した箇所では、入力者注で文字の大きさを表した。大きさの比率は、
   見出し文字:小見出し文字:本文の文字=5:4:3

本文中の※は、底本では次のような漢字(JIS外字)が使われている。

   ※(えぐ)い 第4水準2-87-15

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