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文章(ぶんしょう)



 葬式のあった日の暮れがたである。汽車を降りた保吉は海岸の下宿へ帰るため、篠垣しのがきばかりつらなった避暑地の裏通りを通りかかった。狭い往来はくつの底にしっとりと砂をしめらせている。もやももういつかり出したらしい。垣の中にむらがった松はまばらに空を透かせながら、かすかにやにを放っている。保吉は頭を垂れたまま、そう云う静かさにも頓着とんじゃくせず、ぶらぶら海の方へ歩いて行った。
 彼は寺から帰る途中、藤田大佐と一しょになった。すると大佐は彼の作った弔辞の出来栄えを賞讃した上、「急焉きゅうえん玉砕ぎょくさいす」と云う言葉はいかにも本多少佐の死にふさわしいなどと云う批評をくだした。それだけでも親族の涙を見た保吉を弱らせるには十分である。そこへまた同じ汽車に乗った愛敬者あいきょうものの田中中尉は保吉の小説を批評している読売新聞の月評を示した。月評を書いたのはまだその頃文名を馳せていたN氏である。N氏はさんざん罵倒ばとうしたのち、こう保吉にとどめを刺していた。――「海軍××学校教官の余技は全然文壇には不必要である」!
 半時間もかからずに書いた弔辞は意外の感銘を与えている。が、幾晩も電燈の光りに推敲すいこうを重ねた小説はひそかに予期した感銘の十分の一も与えていない。勿論彼はN氏の言葉を一笑に付する余裕よゆうを持っている。しかし現在の彼自身の位置は容易に一笑いっしょうに付することは出来ない。彼は弔辞には成功し、小説には見事に失敗した。これは彼自身の身になって見れば、心細い気のすることは事実である。一体運命は彼のためにいつこう云う悲しい喜劇の幕をおろしてくれるであろう?………
 保吉はふと空を見上げた。空には枝を張った松の中に全然光りのない月が一つ、赤銅色しゃくどういろにはっきりかかっている。彼はその月を眺めているうちに小便をしたい気がした。人通りは幸い一人もない。往来の左右は不相変あいかわらずひっそりした篠垣の一列である。彼は右側の垣の下へ長ながと寂しい小便をした。
 するとまだ小便をしているうちに、保吉の目の前の篠垣はぎいと後ろへ引きあげられた。垣だとばかり思っていたものは垣のように出来た木戸きどだったのであろう。そのまた木戸から出て来たのを見れば、口髭くちひげたくわえた男である。保吉は途方とほうに暮れたから、小便だけはしつづけたまま、出来るだけゆっくり横向きになった。
「困りますなあ。」
 男はぼんやりこう云った。何だか当惑そのものの人間になったような声をしている。保吉はこの声を耳にした時、急に小便も見えないほど日の暮れているのを発見した。

(大正十三年三月)




 



底本:「芥川龍之介全集5」ちくま文庫、筑摩書房
   1987(昭和62)年2月24日第1刷発行
   1995(平成7)年4月10日第6刷発行
底本の親本:「筑摩全集類聚版芥川龍之介全集」筑摩書房
   1971(昭和46)年3月~1971(昭和46)年11月
入力:j.utiyama
校正:かとうかおり
1999年1月8日公開
2004年3月10日修正
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