高橋吉郎が今朝は殊に小さくて青じろく少しけげんさうにこっちを見てゐる。清原も見てゐる。たった二人でぬれた運動場の朝のテニスもさびしいだらう。そのいぶかしさうな
温床とこはれた
こゝの細い桑も今はまったくやはらかな芽を出した。その細桑の灰光は明らかで光ってそしてそろってゐる。
すぎなは青く美しくすぎなは青くて透明な露もとまって本当に新らしいのだ。
右手の奥の方では寄宿の窓のガラスも光る。黄ばらのひかり、すぎなと砂利。
これはレールだ。
それから影だ。手帳。
ゆっくり行けば朝のレールは白くひかる。強くて白くかゞやく、
子供のうすい影法師、私は線路の砂利も見る。
ごくあたり前だがぬれてるやうな気もします。
工夫がうしろからいそいで通りこす。横目でこっちを見ながら行く。少し冷笑してゐるらしい。それでもずんずん行ってしまふ。万法流転。流れと早さ。も一人あとから
この横が土木の似鳥さんの泊ってゐる家だ。女もゐる。そのうちの前で手帳なんかをひろげたって一向気取ったわけぢゃない。
(紙の白と直立。)
一向気取ったわけぢゃない。しなければならなくてしてゐるんだ。けれどももしこれがしんとした
低い
立派だ。この雲のひかり Sun-beam がまさしく今日もそゝいでゐる。
雲は
向ふから女の人と子供がやって来る。みたやうな人だ。
云ふ云ふ。
「まんつ見申したよだど思ったへば
「はあ、おありがどござんす。お蔭でまめしくて
「お内のお母さんだぢと始終ご一緒して居りあん[#「ん」は小書き]す。」純哉さんの妹は
「はあそでござんすか。」この人の鼻はけはしくて写楽のやうに見えるけれどもどこか立派なところもある。
「それがらおうぢのあねさんおあん[#「ん」は小書き]ばぃ悪ぃふでごぁんすたなぢょでお出ゃんすべなす。」
「はあ、あんまり変らなござんす。」
「おりゃの
ありがたう。そんなにほかの人までが考へてゐてくれるのかな、おれでさへ昼学校では大抵まぎれて忘れてゐるのだ。
「ほんとにおありがどござんす。」おじぎをしたのでこの人はもう行かうとする。いまはお礼を云ったのだ。もう一ぺん云はう。
「ほんたうにおありがどござんす。暖ぐなったらど思ってゐあん[#「ん」は小書き]すたどもやっぱりその通りで
「まぁんつたびだび米子どもお話してあん[#「ん」は小書き]すすか。」
「おありがどござんす。」
「おありがどござんす。」
汽車はのぼって来るのぼって来ると子供が云ってゐる。人は影と一緒に向ふへ行く。私も行く。
雲が白くて光ってゐる。
今日も鳥が
製板所も見えます。向ふから工夫がひとりやって来る。ちゃうど私にぶっつかるばかりだ。私は線路をあるいてゐます。
「今日何処まで。」
「はあ、すぐそごまで、お通しやてくなんせや。」
「はあ、いゝえ、向ふ側さすか。」
「はあ。」
鉄橋のこっち岸の
もう鉄橋を渡って行かう。鉄橋を渡るときポケットに手を入れて行くのはいゝにはいゝんだ。下でも人が見てゐるし。けれどもやっぱりごく堅実に渡って行くのだ当然だ。人はゐるゐる。あの二つの顔は知ってゐる。
渡れ渡れ、一体これではあんまり枕木の間隔がせますぎるのだ。
すぐ向ふ岸だ。砂利の白や新鮮なすぎな。
着いた。立派な野菜だごぼうや何か。
すなつち。
馬は黒光り、はねあがる。はねあがれば馬は竜だ。赤い眼をして私を見下す。
底本:「新修宮沢賢治全集 第十四巻」筑摩書房
1980(昭和55)年5月15日初版第1刷発行
1983(昭和58)年1月20日初版第4刷発行
入力:林 幸雄
校正:mayu
2003年1月10日作成
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