そのうち九月になりました。私ははじめたった一人で行かうと思ったのでしたがどうも野原から大分奥でこはかったのですし第一どの辺だったかあまりはっきりしませんでしたから誰か友だちを誘はうときめました。
そこで土曜日に私は藤原慶次郎にその話をしました。そして誰にもその場所をはなさないなら一緒に行かうと相談しました。すると慶次郎はまるでよろこんで言ひました。
「
私はもう占めたと思ひました。
次の朝早く私どもは今度は大きな
ところがその日は朝も東がまっ赤でどうも雨になりさうでしたが私たちが
それでも私たちはずんずん登って行きました。慶次郎は時々向ふをすかすやうに見て
「大丈夫だよ。もうすぐだよ。」と云ふのでした。実際山を歩くことなどは私よりも慶次郎の方がずうっとなれてゐて上手でした。
ところがうまいことはいきなり私どもははぎぼだしに
「おい、こゝは新らしいところだよ。もう僕らはきのこ山を二つ持ったよ。」と言ったのです。すると慶次郎も顔を赤くしてよろこんで
「さあ、取ってかう。」私は云ひました。そして白いのばかりえらんで二人ともせっせと集めました。昨年のことなどはすっかり途中で話して来たのです。
間もなく
「さあぬれるよ。」私は言ひました。
「どうせずぶぬれだ。」慶次郎も云ひました。
雨つぶはだんだん数が増して来てまもなくザアッとやって来ました。
ところが雨はまもなくぱたっとやみました。五六つぶを
「おい、こゝはどの辺だか見て置かないと今度来るときわからないよ。」慶次郎が言ひました。
「うん。それから去年のもさがして置かないと。兄さんにでも来て
「あした学校を下ってからでもいゝぢゃないか。」慶次郎は私の兄さんには知らせたくない風でした。
「帰りに暗くなるよ。」
「大丈夫さ。とにかくさがして置かう。
私たちは籠はそこへ置いたまま崖の方へ歩いて行きました。そしたらまだまだと思ってゐた崖がもうすぐ目の前に出ましたので私はぎくっとして手をひろげて慶次郎の来るのをとめました。
「もう崖だよ。あぶない。」
慶次郎ははじめて崖を見たらしくいかにもどきっとしたらしくしばらくなんにも云ひませんでした。
「おい、やっぱり、すると、あすこは去年のところだよ。」私は言ひました。
「うん。」慶次郎は少しつまらないといふやうにうなづきました。
「もう帰らうか。」私は云ひました。
「帰らう。あばよ。」と慶次郎は高く向ふのまっ赤な崖に叫びました。
「あばよ。」
私はにはかに面白くなって力一ぱい叫びました。
「ホウ、居たかぁ。」
「居たかぁ。」崖がこだまを返しました。
「また来るよ。」慶次郎が叫びました。
「来るよ。」崖が答へました。
「
「馬鹿。」崖も悪口を返しました。
「馬鹿野郎」慶次郎が少し低く叫びました。
ところがその返事はたゞごそごそごそっとつぶやくやうに聞えました。どうも手がつけられないと云ったやうにも又そんなやつらにいつまでも返事してゐられないなと自分ら同志で相談したやうにも聞えました。
私どもは顔を見合せました。それから
それから
ですから次の年はたうとう私たちは兄さんにも話して一緒にでかけたのです。
底本:「新修宮沢賢治全集 第九巻」筑摩書房
1979(昭和54)年7月15日初版第1刷発行
1983(昭和58)年2月20日初版第5刷発行
底本の親本:「校本宮澤賢治全集」筑摩書房
入力:田代信行
校正:伊藤時也
2000年9月13日公開
2005年10月18日修正
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