そして、黒い路が、
空が旗のやうにぱたぱた光って翻へり、火花がパチパチパチッと燃えました。
達二はいつか、草に倒れてゐました。
そんなことはみんなぼんやりしたもやの中の出来事のやうでした。牛が逃げたなんて、やはり夢だかなんだかわかりませんでした。風だって一体吹いてゐたのでせうか。
達二はみんなと一緒に、たそがれの県道を歩いてゐたのです。
「さあ、みんな支度はいゝが。」誰かが叫びました。
達二はすっかり太い白いたすきを掛けてしまって、地面をどんどん踏みました。
「ダー、ダー、ダー、ダー、ダースコダーダー。」それから、大人が太鼓を撃ちました。
達二は刀を抜いてはね上りました。
「ダー、ダー、ダー、ダー。ダー、スコ、ダーダー。」
「危なぃ。誰だ、刀抜いだのは。まだ町さも来なぃに早ぁぢゃ。」怪物の
「ダー、ダー、ダー、ダー。ダー、スコ、ダーダー。」
町はづれの町長のうちでは、まだ門火を燃して居ませんでした。その
小さな奇麗な子供らが出て来て、笑って見ました。いよいよ大人が本気にやり出したのです。
「ホウ、そら、
「夜風さかまき ひのきはみだれ、
打ぅつも果てるも 一つのいのち、
「ダー、ダー、スコ、ダーダー、ド、ドーン、ド、ドーン。太刀はいなづま すゝきのさやぎ、燃えて……」
組は二つに分れ、剣がカチカチ云ひます。
月が
(先生の声がする。さうだ。もう学校が始まってゐるのだ。)と達二は思ひました。
そこは教室でした。先生が何だか少し
「みなさん。楽しい夏の休みももう過ぎました。これからは気持ちのいゝ秋です。一年中、一番、勉強にいゝ時です。みなさんはあしたから、又しっかり勉強をするのです。どなたも宿題はして来たでせうね。今日持って来た方は手をあげて。」
達二と
「明日は忘れないでみなさん持って来るのですよ。もし、ぜんたい、してしまはなかった人があっても、やはりその
誰も上げません。
「さうです。皆さんは立派な生徒です。休み中、みなさんは何をしましたか。そのうちで一番面白かったことは何ですか。達二さん。」
「おぢいさんと仔馬を集めに行ったときです。」
「よろしい。大へん結構です。楢夫さん。あなたはお休みの間に、何が一番楽しかったのですか。」
「
「剣舞をあなたは踊ったのですか。」
「さうです。」
「どこでですか。」
「
「さうですか。まあよろしい。お座りなさい。みなさん。外にも剣舞に出た人はありますか。」
「先生、私も出ました。」
「先生、私も出ました。」
「達二さんも、さうですか。よろしい。みなさん。剣舞は決して悪いことではありません。けれども、
「先生。私はお銭を貰ひません。」
「よろしい。さうです。それから……。」
達二は、眼を開きました。みんな夢でした。冷たい霧や
そして達二は又うとうとしました。そこで霧が
「おいでなさい。いゝものをあげませう。そら。干した
「ありがど、あなたはどなた。」
「わたし誰でもないわ。一緒に向ふへ行って遊びませう。あなた
「驢馬は持ってません。
「只の仔馬は大きくて
「そんなら、あなたは小鳥は
「小鳥。わたし大好きよ。」
「あげませう。私はひはを有ってゐます。ひはを一
「えゝ。欲しいわ。」
「あげませう。私今持って来ます。」
「えゝ、早くよ。」
達二は、一生懸命、うちへ走りました。美しい緑色の野原や、小さな流れを、一心に走りました。野原は何だかもくもくして、ゴムのやうでした。
達二のうちは、いつか野原のまん中に建ってゐます。急いで
「達二、どこさ行く。」と達二のおっかさんが云ひました。
「すぐ来るがら。」と云ひながら達二は鳥を見ましたら、鳥はいつか、
風が吹き、空が暗くて銀色です。
「
それからしばらく空がミインミインと鳴りました。達二は又うとうとしました。
山男が
(なに怖いことがあるもんか。)
「こりゃ、山男。出はって
山男がすっかり怖がって、草の上を四つん
「どうか
「うん。そんだら許してやる。
「ふう。蟹を百疋。それ
「それがら
「ふう。殺して来てもようがすか。」
「うんにゃ。わがん[#「ん」は小書き]なぃ。生ぎだのだ。」
「ふうふう。かしこまた。」
油断をしてゐるうちに、達二はいきなり山男に足を
「小僧。さあ、
「ばか。
「仲々づ太ぃやづだ。
「行がない。」
「ようし、そんだらさらって行ぐ。」
山男は達二を
急にまっ暗になって、雷が
そして達二は又眼を開きました。
灰色の霧が速く速く飛んでゐます。そして、牛が、すぐ眼の前に、のっそりと立ってゐたのです。その
「あ、居だが。馬鹿だな。
雷と風の音との中から、
「おゝい。達二。居るが。達二。達二。」
達二はよろこんでとびあがりました。
「おゝい。居る、居る。
達二は、牛の手綱をその首から解いて、引きはじめました。
黒い路が又ひょっくり草の中にあらはれました。そして達二の兄さんが、とつぜん、眼の前に立ちました。達二はしがみ付きました。
「
「牛ぁ逃げだだも。」
「牛ぁ逃げだ。はあ、さうが。何にびっくりしたたがな。すっかりぬれだな。さあ、
「一向寒ぐなぃ。
「さうが。よしよし。まづ
緩い傾斜を、二つ程昇り降りしました。それから、黒い大きな路について、
稲光が二度ばかり、かすかに白くひらめきました。草を焼く
達二の兄さんが叫びました。
「おぢいさん。居だ、居だ。達二ぁ居だ。」
おぢいさんは霧の中に立ってゐて、
「あゝさうが。心配した、心配した。あゝ
半分に焼けた大きな栗の木の根もとに、草で作った小さな囲ひがあって、チョロチョロ赤い火が燃えてゐました。
兄さんは牛を
馬もひひんと鳴いてゐます。
「おゝむぞやな。な。何ぼが泣いだがな。さあさあ団子たべろ。食べろ。な。今こっちを焼ぐがらな。全体何処迄行ってだった。」
「
「危ぃがった。危ぃがった。向ふさ降りだらそれっ切りだったぞ。さあ達二。団子喰べろ。ふん。まるっきり馬こみだぃに食ってる。さあさあ、こいづも食べろ。」
「おぢいさん。今のうぢに草片附げで来るべが。」と達二の兄さんが云ひました。
「うんにゃ。も少し待で。又すぐ晴れる。おらも弁当食ふべ。あゝ心配した。
「今朝ほんとに天気
「うん。又
兄さんが出て行きました。天井がガサガサガサガサ云ひます。おぢいさんが、笑ひながらそれを見上げました。
兄さんが又はひって来ました。
「おぢいさん。明るぐなった。雨あ
「うんうん。さうが。さあ弁当食ってで草片附げべ。達二。弁当食べろ。」
霧がふっと切れました。陽の光がさっと流れて入りました。その太陽は、少し西の方に寄ってかかり、幾片かの
草からは
はるかの北上の
底本:「新修宮沢賢治全集 第八巻」筑摩書房
1979(昭和54)年5月15日初版第1刷発行
1984(昭和59)年1月30日初版第7刷発行
入力:林 幸雄
校正:久保格
2002年11月10日作成
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