打印本文 打印本文 关闭窗口 关闭窗口

邪宗門(じゃしゅうもん)

作者:未知 文章来源:青空文库 点击数 更新时间:2006/8/16 9:03:37 文章录入:贯通日本语 责任编辑:贯通日本语


        十五

「次第によっては、御意(ぎょい)通り仕(つかまつ)らぬものでもございませぬ。」
 恐ろしいくらいひっそりと静まり返っていた盗人たちの中から、頭(かしら)だったのが半(なかば)恐る恐るこう御答え申し上げますと、若殿様は御満足そうに、はたはたと扇を御鳴らしになりながら、例の気軽な御調子で、
「それは重畳(ちょうじょう)じゃ。何、予が頼みと申しても、格別むずかしい儀ではない。それ、そこに居(お)る老爺(おやじ)は、少納言殿の御内人(みうちびと)で、平太夫(へいだゆう)と申すものであろう。巷(ちまた)の風聞(ふうぶん)にも聞き及んだが、そやつは日頃予に恨みを含んで、あわよくば予が命を奪おうなどと、大それた企てさえ致して居(お)ると申す事じゃ。さればその方どもがこの度の結構も、平太夫めに唆(そそのか)されて、事を挙げたのに相違あるまい。――」
「さようでございます。」
 これは盗人たちが三四人、一度に覆面の下から申し上げました。
「そこで予が頼みと申すのは、その張本(ちょうぼん)の老爺(おやじ)を搦(から)めとって、長く禍の根を断ちたいのじゃが、何とその方どもの力で、平太夫めに縄をかけてはくれまいか。」
 この御仰(おんおお)せには、盗人たちも、余りの事にしばらくの間は、呆れ果てたのでございましょう。車をめぐっていた覆面の頭(かしら)が、互に眼を見合わしながら、一しきりざわざわと動くようなけはいがございましたが、やがてそれがまた静かになりますと、突然盗人たちの唯中から、まるで夜鳥(よどり)の鳴くような、嗄(しわが)れた声が起りました。
「やい、ここなうっそりどもめ。まだ乳臭いこの殿の口車に乗せられ居って、抜いた白刃を持て扱うばかりか、おめおめ御意に従いましょうなどとは、どの面下げて申せた義理じゃ。よしよし、ならば己(おの)れらが手は借りぬわ。高がこの殿の命一つ、平太夫が太刀ばかりで、見事申し受けようも、瞬く暇じゃ。」
 こう申すや否や平太夫は、太刀をまっこうにふりかざしながら、やにわに若殿様へ飛びかかろうと致しました。が、その飛びかかろうと致したのと、頭だった盗人が、素早く白刃を投げ出して、横あいからむずと組みついたのとが、ほとんど同時でございます。するとほかの盗人たちも、てんでに太刀を鞘におさめて、まるで蝗(いなむし)か何かのように、四方から平太夫へ躍りかかりました。何しろ多勢(たぜい)に無勢(ぶぜい)と云い、こちらは年よりの事でございますから、こうなっては勝負を争うまでもございません。たちまちの内にあの老爺(おやじ)は、牛の※(「革+橿のつくり」、第3水準1-93-81)(はづな)でございましょう、有り合せた縄にかけられて、月明りの往来へ引き据えられてしまいました。その時の平太夫の姿と申しましたら、とんと穽(わな)にでもかかった狐のように、牙ばかりむき出して、まだ未練らしく喘(あえ)ぎながら、身悶えしていたそうでございます。
 するとこれを御覧になった若殿様は、欠伸(あくび)まじりに御笑いになって、
「おお、大儀。大儀。それで予の腹も一先(ひとまず)癒えたと申すものじゃ。が、とてもの事に、その方どもは、予が車を警護旁(かたがた)、そこな老耄(おいぼれ)を引き立て、堀川の屋形(やかた)まで参ってくれい。」
 こう仰有(おっしゃ)られて見ますと盗人たちも、今更いやとは申されません。そこで一同うち揃って、雑色(ぞうしき)がわりに牛を追いながら、縄つきを中にとりまいて、月夜にぞろぞろと歩きはじめました。天(あめ)が下(した)は広うございますが、かように盗人どもを御供に御つれ遊ばしたのは、まず若殿様のほかにはございますまい。もっともこの異様な行列も、御屋形まで参りつかない内に、急を聞いて駆けつけた私どもと出会いましたから、その場で面々御褒美を頂いた上、こそこそ退散致してしまいました。

        十六

 さて若殿様は平太夫(へいだゆう)を御屋形へつれて御帰りになりますと、そのまま、御厩(おうまや)の柱にくくりつけて、雑色(ぞうしき)たちに見張りを御云いつけなさいましたが、翌朝は※(「勹<夕」、第3水準1-14-76)々(そうそう)あの老爺(おやじ)を、朝曇りの御庭先へ御召しになって、
「こりゃ平太夫、その方が少納言殿の御恨(おうらみ)を晴そうと致す心がけは、成程愚(おろか)には相違ないが、さればとてまた、神妙とも申されぬ事はない。殊にあの月夜に、覆面の者どもを駆り催して、予を殺害(せつがい)致そうと云う趣向のほどは、中々その方づれとも思われぬ風流さじゃ。が、美福門のほとりは、ちと場所がようなかったぞ。ならば糺(ただす)の森あたりの、老木(おいき)の下闇に致したかった。あすこは夏の月夜には、せせらぎの音が間近く聞えて、卯(う)の花の白く仄(ほのめ)くのも一段と風情(ふぜい)を添える所じゃ。もっともこれはその方づれに、望む予の方が、無理かも知れぬ。ついてはその殊勝なり、風流なのが目出たいによって、今度ばかりはその方の罪も赦(ゆる)してつかわす事にしよう。」
 こう仰有(おっしゃ)って若殿様は、いつものように晴々と御笑いになりながら、
「その代りその方も、折角これまで参ったものじゃ。序(ついで)ながら予の文を、姫君のもとまで差上げてくれい。よいか。しかと申しつけたぞ。」
 私はそのときの平太夫の顔くらい、世にも不思議なものを見た事はございません。あの意地の悪そうな、苦(にが)りきった面色(めんしょく)が、泣くとも笑うともつかない気色(けしき)を浮かべて、眼ばかりぎょろぎょろ忙(せわ)しそうに、働かせて居(お)るのでございます。するとその容子(ようす)が、笑止(しょうし)ながら気の毒に思召されたのでございましょう。若殿様は御笑顔(おえがお)を御やめになると、縄尻を控えていた雑色(ぞうしき)に、
「これ、これ、永居は平太夫の迷惑じゃ。すぐさま縄目を許してつかわすがよい。」と、難有(ありがた)い御諚(ごじょう)がございました。
 それから間もなくの事でございます。一夜の内に腰さえ弓のように曲った平太夫は、若殿様の御文をつけた花橘(はなたちばな)の枝を肩にして、這々(ほうほう)裏の御門から逃げ出して参りました。所がその後からまた一人、そっと御門を出ましたのは、私の甥(おい)の侍で、これは万一平太夫が御文に無礼でも働いてはならないと、若殿様にも申し上げず、見え隠れにあの老爺(おやじ)の跡をつけたのでございます。
 二人の間はおよその所、半町ばかりもございましたろうか。平太夫は気も心も緩みはてたかと思うばかり、跣足(はだし)を力なくひきずりながら、まだ雲切れのしない空に柿若葉の※(「均-土」、第3水準1-14-75)(におい)のする、築土(ついじ)つづきの都大路(みやこおおじ)を、とぼとぼと歩いて参ります。途々通りちがう菜売りの女などが、稀有(けう)な文使(ふづか)いだとでも思いますのか、迂散(うさん)らしくふり返って、見送るものもございましたが、あの老爺(おやじ)はとんとそれにも目をくれる気色(けしき)はございません。
 この調子ならまず何事もなかろうと、一時は私の甥も途中から引き返そうと致しましたが、よもやに引かされて、しばらくは猶も跡を慕って参りますと、丁度油小路(あぶらのこうじ)へ出ようと云う、道祖(さえ)の神の祠(ほこら)の前で、折からあの辻をこちらへ曲って出た、見慣れない一人の沙門(しゃもん)が、出合いがしらに平太夫と危くつき当りそうになりました。女菩薩(にょぼさつ)の幢(はた)、墨染の法衣(ころも)、それから十文字の怪しい護符、一目見て私の甥は、それが例の摩利信乃法師だと申す事に、気がついたそうでございます。

 << 上一页  [11] [12] [13] [14] [15] [16] [17]  下一页 尾页




打印本文 打印本文 关闭窗口 关闭窗口