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邪宗門(じゃしゅうもん)

作者:未知 文章来源:青空文库 点击数 更新时间:2006/8/16 9:03:37 文章录入:贯通日本语 责任编辑:贯通日本语



        十九

「されば恋の功徳(くどく)こそ、千万無量とも申してよかろう。」
 やがて若殿様は、恥しそうに御眼を御伏せになった御姫様から、私の方へ、陶然となすった御顔を御向けになって、
「何と、爺(じい)もそう思うであろうな。もっともその方には恋とは申さぬ。が、好物(こうぶつ)の酒ではどうじゃ。」
「いえ、却々(なかなか)持ちまして、手前は後生(ごしょう)が恐ろしゅうございます。」
 私が白髪(しらが)を掻きながら、慌ててこう御答え申しますと、若殿様はまた晴々と御笑いになって、
「いや、その答えが何よりじゃ。爺は後生が恐ろしいと申すが、彼岸(ひがん)に往生しょうと思う心は、それを暗夜(あんや)の燈火(ともしび)とも頼んで、この世の無常を忘れようと思う心には変りはない。じゃによってその方も、釈教(しゃっきょう)と恋との相違こそあれ、所詮は予と同心に極(きわ)まったぞ。」
「これはまた滅相な。成程御姫様の御美しさは、伎芸天女(ぎげいてんにょ)も及ばぬほどではございますが、恋は恋、釈教は釈教、まして好物の御酒(ごしゅ)などと、一つ際(ぎわ)には申せませぬ。」
「そう思うのはその方の心が狭いからの事じゃ。弥陀(みだ)も女人(にょにん)も、予の前には、皆われらの悲しさを忘れさせる傀儡(くぐつ)の類いにほかならぬ。――」
 こう若殿様が御云い張りになると、急に御姫様は偸(ぬす)むように、ちらりとその方を御覧になりながら、
「それでも女子(おなご)が傀儡では、嫌じゃと申しは致しませぬか。」と、小さな御声で仰有いました。
「傀儡(くぐつ)で悪くば、仏菩薩(ぶつぼさつ)とも申そうか。」
 若殿様は勢いよく、こう返事をなさいましたが、ふと何か御思い出しなすったように、じっと大殿油(おおとのあぶら)の火影(ほかげ)を御覧になると、
「昔、あの菅原雅平(すがわらまさひら)と親(したし)ゅう交っていた頃にも、度々このような議論を闘わせた。御身も知って居(お)られようが、雅平(まさひら)は予と違って、一図に信を起し易い、云わば朴直な生れがらじゃ。されば予が世尊金口(せそんこんく)の御経(おんきょう)も、実は恋歌(こいか)と同様じゃと嘲笑(あざわら)う度に腹を立てて、煩悩外道(ぼんのうげどう)とは予が事じゃと、再々悪(あ)しざまに罵り居った。その声さえまだ耳にあるが、当の雅平は行方(ゆくえ)も知れぬ。」と、いつになく沈んだ御声でもの思わしげに御呟(おつぶや)きなさいました。するとその御容子(ごようす)にひき入れられたのか、しばらくの間は御姫様を始め、私までも口を噤(つぐ)んで、しんとした御部屋の中には藤の花の※(「均-土」、第3水準1-14-75)(におい)ばかりが、一段と高くなったように思われましたが、それを御座(おざ)が白けたとでも、思ったのでございましょう。女房たちの一人が恐る恐る、
「では、この頃洛中に流行(はや)ります摩利の教とやら申すのも、やはり無常を忘れさせる新しい方便なのでございましょう。」と、御話の楔(くさび)を入れますと、もう一人の女房も、
「そう申せばあの教を説いて歩きます沙門には、いろいろ怪しい評判があるようでございませんか。」と、さも気味悪そうに申しながら、大殿油(おおとのあぶら)の燈心をわざとらしく掻立(かきた)てました。

        二十

「何、摩利(まり)の教。それはまた珍しい教があるものじゃ。」
 何か御考えに耽っていらしった若殿様は、思い出したように、御盃を御挙げになると、その女房の方を御覧になって、
「摩利と申すからは、摩利支天(まりしてん)を祭る教のようじゃな。」
「いえ、摩利支天ならよろしゅうございますが、その教の本尊は、見慣れぬ女菩薩(にょぼさつ)の姿じゃと申す事でございます。」
「では、波斯匿王(はしのくおう)の妃(きさい)の宮であった、茉利(まり)夫人の事でも申すと見える。」
 そこで私は先日神泉苑の外(そと)で見かけました、摩利信乃法師(まりしのほうし)の振舞を逐一御話し申し上げてから、
「その女菩薩の姿では、茉利夫人とやらのようでもございませぬ。いや、それよりはこれまでのどの仏菩薩の御像(おすがた)にも似ていないのでございます。別してあの赤裸(あかはだか)の幼子(おさなご)を抱(いだ)いて居(お)るけうとさは、とんと人間の肉を食(は)む女夜叉(にょやしゃ)のようだとも申しましょうか。とにかく本朝には類(たぐい)のない、邪宗の仏(ほとけ)に相違ございますまい。」と、私の量見を言上致しますと、御姫様は美しい御眉(おんまゆ)をそっと御ひそめになりながら、
「そうしてその摩利信乃法師とやら申す男は、真実天狗の化身(けしん)のように見えたそうな。」と、念を押すように御尋ねなさいました。
「さようでございます。風俗はとんと火の燃える山の中からでも、翼に羽搏(はう)って出て来たようでございますが、よもやこの洛中に、白昼さような変化(へんげ)の物が出没致す事はございますまい。」
 すると若殿様はまた元のように、冴々(さえざえ)した御笑声(おわらいごえ)で、
「いや、何とも申されぬ。現に延喜(えんぎ)の御門(みかど)の御代(みよ)には、五条あたりの柿の梢に、七日(なのか)の間天狗が御仏(みほとけ)の形となって、白毫光(びゃくごうこう)を放ったとある。また仏眼寺(ぶつげんじ)の仁照阿闍梨(にんしょうあざり)を日毎に凌(りょう)じに参ったのも、姿は女と見えたが実は天狗じゃ。」
「まあ、気味の悪い事を仰有(おっしゃ)います。」
 御姫様は元より、二人の女房も、一度にこう云って、襲(かさね)の袖を合せましたが、若殿様は、愈御酒(いよいよごしゅ)機嫌の御顔を御和(おやわら)げになって、
「三千世界は元より広大無辺じゃ。僅ばかりの人間の智慧(ちえ)で、ないと申される事は一つもない。たとえばその沙門に化けた天狗が、この屋形の姫君に心を懸けて、ある夜ひそかに破風(はふ)の空から、爪だらけの手をさしのべようも、全くない事じゃとは誰も云えぬ。が、――」と仰有(おっしゃ)りながら、ほとんど色も御変りにならないばかり、恐ろしげに御寄りそいになった御姫様の袿(うちぎ)の背を、やさしく御さすりになりながら、
「が、まだその摩利信乃法師とやらは、幸(さいわ)い、姫君の姿さえ垣間見(かいまみ)た事もないであろう。まず、それまでは魔道の恋が、成就する気づかいはよもあるまい。さればもうそのように、怖がられずとも大丈夫じゃ。」と、まるで子供をあやすように、笑って御慰めなさいました。

        二十一

 それから一月ばかりと申すものは、何事もなくすぎましたが、やがて夏も真盛りのある日の事、加茂川(かもがわ)の水が一段と眩(まばゆ)く日の光を照り返して、炎天の川筋には引き舟の往来(ゆきき)さえとぎれる頃でございます。ふだんから釣の好きな私の甥は、五条の橋の下へ参りまして、河原蓬(かわらよもぎ)の中に腰を下しながら、ここばかりは涼風(すずかぜ)の通うのを幸と、水嵩(みかさ)の減った川に糸を下して、頻(しきり)に鮠(はえ)を釣って居りました。すると丁度頭の上の欄干で、どうも聞いた事のあるような話し声が致しますから、何気なく上を眺めますと、そこにはあの平太夫(へいだゆう)が高扇(たかおうぎ)を使いながら、欄干に身をよせかけて、例の摩利信乃法師(まりしのほうし)と一しょに、余念なく何事か話して居(お)るではございませんか。
 それを見ますと私の甥は、以前油小路(あぶらのこうじ)の辻で見かけた、摩利信乃法師の不思議な振舞がふと心に浮びました。そう云えばあの時も、どうやら二人の間には、曰(いわ)くがあったようでもある。――こう私の甥は思いましたから、眼は糸の方へやっていても、耳は橋の上の二人の話を、じっと聞き澄まして居りますと、向うは人通りもほとんど途絶えた、日盛りの寂しさに心を許したのでございましょう。私の甥の居(お)る事なぞには、更に気のつく容子(ようす)もなく、思いもよらない、大それた事を話し合って居(お)るのでございます。
「あなた様がこの摩利の教を御拡(おひろ)めになっていらっしゃろうなどとは、この広い洛中で誰一人存じて居(お)るものはございますまい。私(わたくし)でさえあなた様が御自分でそう仰有(おっしゃ)るまでは、どこかで御見かけ申したとは思いながら、とんと覚えがございませんでした。それもまた考えて見れば、もっともな次第でございます。いつぞやの春の月夜に桜人(さくらびと)の曲を御謡いになった、あの御年若なあなた様と、ただ今こうして炎天に裸で御歩きになっていらっしゃる、慮外ながら天狗のような、見るのも凄じいあなた様と、同じ方でいらっしゃろうとは、あの打伏(うちふし)の巫子(みこ)に聞いて見ても、わからないのに相違ございません。」
 こう平太夫(へいだゆう)が口軽く、扇の音と一しょに申しますと、摩利信乃法師はまるでまた、どこの殿様かと疑われる、鷹揚(おうよう)な言(ことば)つきで、
「わしもその方に会ったのは何よりも満足じゃ。いつぞや油小路(あぶらのこうじ)の道祖(さえ)の神の祠(ほこら)の前でも、ちらと見かけた事があったが、その方は側目(わきめ)もふらず、文をつけた橘の枝を力なくかつぎながら、もの思わしげにたどたどと屋形の方へ歩いて参った。」
「さようでございますか。それはまた年甲斐もなく、失礼な事を致したものでございます。」
 平太夫はあの朝の事を思い出したのでございましょう。苦々しげにこう申しましたが、やがて勢いの好(よ)い扇の音が、再びはたはたと致しますと、
「しかしこうして今日(こんにち)御眼にかかれたのは、全く清水寺(きよみずでら)の観世音菩薩の御利益(ごりやく)ででもございましょう。平太夫一生の内に、これほど嬉しい事はございません。」
「いや、予が前で神仏(しんぶつ)の名は申すまい。不肖(ふしょう)ながら、予は天上皇帝の神勅を蒙って、わが日の本に摩利(まり)の教を布(し)こうと致す沙門の身じゃ。」

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