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邪宗門(じゃしゅうもん)

作者:未知 文章来源:青空文库 点击数 更新时间:2006/8/16 9:03:37 文章录入:贯通日本语 责任编辑:贯通日本语



        二十六

 が、こう云う場合に立ち至ったからは、元よりこちらも手を束(つか)ねて、見て居(お)る訳には参りません。そこで水干(すいかん)の袖を後で結ぶと、甥の後(うしろ)から私も、小屋の外へ窺(うかが)いよって、蓆の隙から中の容子を、じっと覗きこみました。
 するとまず、眼に映ったのは、あの旗竿に掲げて歩く女菩薩(にょぼさつ)の画像(えすがた)でございます。それが今は、向うの蓆壁にかけられて、形ははっきりと見えませんが、入口の菰(こも)を洩れる芥火(あくたび)の光をうけて、美しい金の光輪ばかりが、まるで月蝕(げっしょく)か何かのように、ほんのり燦(きら)めいて居りました。またその前に横になって居りますのは、昼の疲れに前後を忘れた摩利信乃法師(まりしのほうし)でございましょう。それからその寝姿を半蔽(なかばおお)っている、着物らしいものが見えましたが、これは芥火に反(そむ)いているので、噂に聞く天狗の翼だか、それとも天竺(てんじく)にあると云う火鼠(ひねずみ)の裘(けごろも)だかわかりません。――
 この容子を見た私どもは、云わず語らず両方から沙門(しゃもん)の小屋を取囲んで、そっと太刀の鞘(さや)を払いました。が、私は初めからどうも妙な気おくれが致していたからでございましょう。その拍子に手もとが狂って、思わず鋭い鍔音(つばおと)を響かせてしまったのではございませんか。すると私が心の中で、はっと思う暇(いとま)さえなく、今まで息もしなかった菰だれの向うの摩利信乃法師が、たちまち身を起したらしいけはいを見せて、
「誰じゃ。」と、一声咎(とが)めました。もうこうなっては、甥を始め、私までも騎虎(きこ)の勢いで、どうしてもあの沙門を、殺すよりほかはございません。そこでその声がするや否や、前と後と一斉に、ものも云わずに白刃(しらは)をかざして、いきなり小屋の中へつきこみました。その白刃の触れ合う音、竹の柱の折れる音、蓆壁の裂け飛ぶ音、――そう云う物音が凄じく、一度に致したと思いますと、矢庭に甥が、二足三足後(うしろ)の方へ飛びすさって、「おのれ、逃がしてたまろうか。」と、太刀をまっこうにふりかざしながら、苦しそうな声でおめきました。その声に驚いて私も素早く跳(は)ねのきながら、まだ燃えている芥火の光にきっと向うを透かして見ますと、まあ、どうでございましょう。粉微塵になった小屋の前には、あの無気味な摩利信乃法師が、薄色の袿(うちぎ)を肩にかけて、まるで猿(ましら)のように身をかがめながら、例の十文字の護符(ごふ)を額にあてて、じっと私どもの振舞を窺っているのでございます。これを見た私は、元よりすぐにも一刀浴びせようとあせりましたが、どう云うものか、あの沙門(しゃもん)の身をかがめたまわりには、自然と闇が濃くなるようで、容易に飛びかかる隙(すき)がございません。あるいはその闇の中に、何やら目に見えぬものが渦巻くようで、太刀の狙(ねら)いが定まらなかったとも申しましょうか。これは甥も同じ思いだったものと見えて、時々喘(あえ)ぐように叫びますが、白刃はいつまでもその頭(かしら)の上に目まぐるしくくるくると輪ばかり描(か)いて居りました。

        二十七

 その中に摩利信乃法師(まりしのほうし)は、徐(おもむろ)に身を起しますと、十文字の護符を左右にふり立てながら、嵐の叫ぶような凄い声で、
「やい。おのれらは勿体(もったい)なくも、天上皇帝の御威徳を蔑(ないがしろ)に致す心得か。この摩利信乃法師が一身は、おのれらの曇った眼には、ただ、墨染の法衣(ころも)のほかに蔽うものもないようじゃが、真(まこと)は諸天童子の数を尽して、百万の天軍が守って居(お)るぞよ。ならば手柄(てがら)にその白刃(しらは)をふりかざして、法師の後(うしろ)に従うた聖衆(しょうじゅ)の車馬剣戟と力を競うて見るがよいわ。」と、末は嘲笑(あざわら)うように罵りました。
 元よりこう嚇(おど)されても、それに悸毛(おぞけ)を震う様な私どもではございません。甥と私とはこれを聞くと、まるで綱を放れた牛のように、両方からあの沙門を目蒐(めが)けて斬ってかかりました。いや、将(まさ)に斬ってかかろうとしたとでも申しましょうか。と申しますのは、私どもが太刀をふりかぶった刹那に、摩利信乃法師が十文字の護符を、一しきりまた頭(かしら)の上で、振りまわしたと思いますと、その護符の金色(こんじき)が、稲妻のように宙へ飛んで、たちまち私どもの眼の前へは、恐ろしい幻が現れたのでございます。ああ、あの恐しい幻は、どうして私などの口の先で、御話し申す事が出来ましょう。もし出来たと致しましても、それは恐らく麒麟(きりん)の代りに、馬を指(さ)して見せると大した違いはございますまい。が、出来ないながら申上げますと、最初あの護符が空へあがった拍子に、私は河原の闇が、突然摩利信乃法師の後だけ、裂け飛んだように思いました。するとその闇の破れた所には、数限りもない焔(ほのお)の馬や焔の車が、竜蛇のような怪しい姿と一しょに、雨より急な火花を散らしながら、今にも私共の頭上をさして落ちかかるかと思うばかり、天に溢れてありありと浮び上ったのでございます。と思うとまた、その中に旗のようなものや、剣(つるぎ)のようなものも、何千何百となく燦(きらめ)いて、そこからまるで大風(おおかぜ)の海のような、凄じいもの音が、河原の石さえ走らせそうに、どっと沸(わ)き返って参りました。それを後に背負いながら、やはり薄色の袿(うちぎ)を肩にかけて、十文字の護符をかざしたまま、厳(おごそか)に立っているあの沙門(しゃもん)の異様な姿は、全くどこかの大天狗が、地獄の底から魔軍を率いて、この河原のただ中へ天下(あまくだ)ったようだとでも申しましょうか。――
 私どもは余りの不思議に、思わず太刀を落すや否や、頭(かしら)を抱えて右左へ、一たまりもなくひれ伏してしまいました。するとその頭(かしら)の空に、摩利信乃法師の罵る声が、またいかめしく響き渡って、
「命が惜しくば、その方どもも天上皇帝に御詫(おわび)申せ。さもない時は立ちどころに、護法百万の聖衆(しょうじゅ)たちは、その方どもの臭骸(しゅうがい)を段々壊(だんだんえ)に致そうぞよ。」と、雷(いかずち)のように呼(よば)わります。その恐ろしさ、物凄さと申しましたら、今になって考えましても、身ぶるいが出ずには居(お)られません。そこで私もとうとう我慢が出来なくなって、合掌した手をさし上げながら、眼をつぶって恐る恐る、「南無(なむ)天上皇帝」と称(とな)えました。

        二十八

 それから先の事は、申し上げるのさえ、御恥しいくらいでございますから、なる可く手短に御話し致しましょう。私共が天上皇帝を祈りましたせいか、あの恐ろしい幻は間もなく消えてしまいましたが、その代り太刀音を聞いて起て来た非人(ひにん)たちが、四方から私どもをとり囲みました。それがまた、大抵(たいてい)は摩利(まり)の教の信者たちでございますから、私どもが太刀を捨ててしまったのを幸に、いざと云えば手ごめにでもし兼ねない勢いで、口々に凄じく罵り騒ぎながら、まるで穽(わな)にかかった狐(きつね)でも見るように、男も女も折り重なって、憎さげに顔を覗きこもうとするのでございます。その何人とも知れない白癩(びゃくらい)どもの面(おもて)が、新に燃え上った芥火(あくたび)の光を浴びて、星月夜(ほしづくよ)も見えないほど、前後左右から頸(うなじ)をのばした気味悪さは、到底この世のものとは思われません。
 が、その中でもさすがに摩利信乃法師(まりしのほうし)は、徐(おもむろ)に哮(たけ)り立つ非人たちを宥(なだ)めますと、例の怪しげな微笑を浮べながら、私どもの前へ進み出まして、天上皇帝の御威徳の難有(ありがた)い本末(もとすえ)を懇々と説いて聴かせました。が、その間も私の気になって仕方がなかったのは、あの沙門の肩にかかっている、美しい薄色の袿(うちぎ)の事でございます。元より薄色の袿と申しましても、世間に類(たぐい)の多いものではございますが、もしやあれは中御門(なかみかど)の姫君の御召し物ではございますまいか。万一そうだと致しましたら、姫君はもういつの間にか、あの沙門(しゃもん)と御対面になったのでございましょうし、あるいはその上に摩利(まり)の教も、御帰依なすってしまわないとは限りません。こう思いますと私は、おちおち相手の申します事も、耳にはいらないくらいでございましたが、うっかりそんな素振(そぶり)を見せましては、またどんな恐ろしい目に遇わされないものでもございますまい。しかも摩利信乃法師の容子(ようす)では、私どももただ、神仏を蔑(なみ)されるのが口惜(くちお)しいので、闇討をしかけたものだと思ったのでございましょう。幸い、堀川の若殿様に御仕え申している事なぞは、気のつかないように見えましたから、あの薄色の袿(うちぎ)にも、なるべく眼をやらないようにして、河原の砂の上に坐ったまま、わざと神妙にあの沙門の申す事を聴いて居(お)るらしく装いました。
 するとそれが先方には、いかにも殊勝(しゅしょう)げに見えたのでございましょう。一通り談義めいた事を説いて聴かせますと、摩利信乃法師は顔色を和(やわら)げながら、あの十文字の護符を私どもの上にさしかざして、
「その方どもの罪業(ざいごう)は無知蒙昧(もうまい)の然らしめた所じゃによって、天上皇帝も格別の御宥免(ごゆうめん)を賜わせらるるに相違あるまい。さればわしもこの上なお、叱り懲(こら)そうとは思うて居ぬ。やがてはまた、今夜の闇討が縁となって、その方どもが摩利の御教(みおしえ)に帰依し奉る時も参るであろう。じゃによってその時が参るまでは、一先(ひとまず)この場を退散致したが好(よ)い。」と、もの優しく申してくれました。もっともその時でさえ、非人たちは、今にも掴みかかりそうな、凄じい気色を見せて居りましたが、これもあの沙門の鶴の一声で、素直に私どもの帰る路を開いてくれたのでございます。
 そこで私と甥とは、太刀を鞘におさめる間(ま)も惜しいように、※(「勹<夕」、第3水準1-14-76)々(そうそう)四条河原から逃げ出しました。その時の私の心もちと申しましたら、嬉しいとも、悲しいとも、乃至(ないし)はまた残念だとも、何ともお話しの致しようがございません。でございますから河原が遠くなって、ただ、あの芥火の赤く揺(ゆら)めくまわりに、白癩どもが蟻(あり)のように集って、何やら怪しげな歌を唄って居りますのが、かすかに耳へはいりました時も、私どもは互の顔さえ見ずに、黙って吐息(といき)ばかりつきながら、歩いて行ったものでございます。

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