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家なき子(いえなきこ)02

作者:未知 文章来源:青空文库 点击数 更新时间:2006/9/1 11:48:06 文章录入:贯通日本语 责任编辑:贯通日本语


     前へ

 前へ。世界はわたしの前に開かれた。北でも南でも東でも西でも、自分の行きたいままの方角へわたしは向かって行くことができる。それはもう子どもは子どもでも、わたしは自分白身の主人であった。
 いよいよ流浪(るろう)の旅を始めるまえに、わたしはこの二年のあいだ父親のように優(やさ)しくしてくれた人に会いたいと思った。カトリーヌおばさんは、みんながかれに「さようなら」を言いに行くときに、わたしをいっしょに連(つ)れて行くことを好(この)まなかったが、わたしはせめて一人になったいまでは、行ってかれに会うことができるし、会わなければならないと思った。借金(しゃっきん)のために刑務所(けいむしょ)にはいったことはなくても、その話をこのごろしじゅうのように聞かされていたのでその場所ははっきりわかっていた。わたしはよく知っているラ・マドレーヌ寺道(じみち)をたどって行った。カトリーヌおばさんも、子どもたちも、お父さんに会えたのだから、わたしもきっと会うことが許(ゆる)されるであろう。わたしはお父さんの子どもも同様であったし、お父さんもわたしをかわいがっていた。
 でも思い切って刑務所(けいむしょ)の中へはいって行くのがちょっとちゅうちょされた。だれかがわたしをじっと監視(かんし)しているように思われた。もう、一度そのドアの中へ、おそろしいドアの中へ閉(し)めこまれたが最後(さいご)、二度と出されることがないように思われた。
 刑務所(けいむしょ)から出て来ることは容易(ようい)でないとわたしは考えていた。しかしそこへはいるのも容易でないことを知らなかった。さんざんひどい目に会って、わたしはそれを知った。
 でも力も落とさず、それから引っ返してしまおうとも思わずに待っていたおかげで、わたしはやっと面会を許(ゆる)されることになった。かねて思っていたのとちがい、わたしは格子(こうし)もさくもないそまつな応接室(おうせつしつ)に通された。お父さんは出て来た。でもくさりなどに結(ゆ)わえられてはいなかった。
「ああ、ルミや、わたしはおまえを待っていた」と、わたしが面会所にはいるとかれは言った。
「わたしは、カトリーヌおばさんがおまえをいっしょに連(つ)れて来なかったので、こごとを言ってやったよ」
 わたしはこのことばを聞くと、朝からしょげていたことも忘(わす)れて、すっかりうれしくなった。
「カトリーヌおばさんは、ぼくをいっしょに連(つ)れて来ようとしなかったのです」
 わたしはうったえるように言った。
「いや、そういうわけでもなかったのだろう。なかなか思うとおりにはならないものだよ。ところでおまえがこれから一人でくらしを立ててゆこうとしていることもわたしはようく知っているのだがね。どうもわたしの妹婿(いもうとむこ)のシュリオだって、おまえに仕事を見つけてやることはできないだろうしね。シュリオはニヴェルネ運河(うんが)の水門守(すいもんもり)をしているのだが、知ってのとおり植木職人(しょくにん)の世話を水門守にしてもらうのは無理(むり)だからね。それにしても、子どもたちの話では、おまえはまた旅芸人(たびげいにん)になると言っているそうだが、おまえもう、あの寒さと空腹(くうふく)で死にかけたことを忘(わす)れたのかえ」
「いいえ、忘れません」
「でも、あのときはまだしも、おまえは独(ひと)りぼっちではなかった。めんどうを見る親方があった。それもいまはないし、おまえぐらいの年ごろで一人ぼっちいなかへ出るということは、いいことだとは思われない」
「カピもいっしょです」
 このときカピは自分の名を聞くと、いつものように、(はい、ここにおります、ご用ならお役に立ちましょう)というように一声ほえた。
「うん、カピはよい犬だ。しかしやっぱり犬は犬だからな。おまえはいったいどうしてくらしを立てるつもりなのだ」
「わたしが歌を歌ったり、カピが芝居(しばい)をしたりして」
「しかしカピ一人ぼっちで、芝居はできやしないだろう」
「いえ、わたしはカピに芸(げい)をしこみます。そうだろう、ね、カピ。おまえ、なんでもわたしの望(のぞ)むものを習うだろう」
 カピは前足で胸(むね)をたたいた。
「ルミ、おまえがよく考えたら、やはり職(しょく)を見つけることにするだろうよ。もうおまえも一かどの職人(しょくにん)だ。流浪(るろう)するよりもそのほうがましだし、だいいち、あれはなまけ者のすることだ」
「ええ、もちろんわたしはなまけ者ではありません。わたしはお父さんといっしょにならできるだけ働(はたら)きます。そしていつでもお父さんといっしょにいたいと思っています。でもほかの人のうちで働くのはいやなんです」
 もちろん、たった一人、大道ぐらしを続(つづ)けてゆくことの危険(きけん)なことはよくわかっていた。それはさんざん、つらい経験(けいけん)もしている。そうだ、人びとがわたしのように流浪(るろう)の生活を送って、あの犬たちがおおかみに食べられた夜や、ジャンチイイの石切り場のあの晩(ばん)のような目に会ったり、あれほどひもじいめをしたり、ヴィタリス親方が刑務所(けいむしょ)に入れられて、一スーももうけることができず、村から村へと追い立てられたりしたようなことに出会ったら、だれだってあすはまっ暗やみ、現在(げんざい)さえも不安心(ふあんしん)でたまらないのが当たり前だ。危険(きけん)な、みじめな、浮浪人(ふろうにん)の生活をわたしは自分が送ってきたことも忘(わす)れはしないのだ。だがいまそれをやめたら、わたしはいったいどうしていいかわからないではないか。それにもう一つ、旅に出るについて決心を固(かた)くするものがあった。いまさらよそのうちに奉公(ほうこう)するよりも、わたしにはこの流浪(るろう)の旅がずっと自由で気楽なばかりでなく、エチエネットや、アルキシーやバンジャメン、それからリーズとしたやくそくを果(は)たすためにもこの旅行を思いとどまることはできなかったのだ。どうしてこのことはあの人たちを見捨(みす)てないかぎり、やめられないのだ。もっともエチエネットやアルキシーやバンジャメンからは、手紙が書けるので手続も来ようが、リーズといえば、書くことも知らないのだから、ここであの子のことをわたしが忘(わす)れてしまえば、もうかの女はなにもかも世界の様子がわからなくなってしまうのだ。
「では、お父さんは、お子さんたちの便(たよ)りを、わたしが持って来るのがおいやなのですか」とわたしはたずねてみた。
「なるほどみんなの話では、おまえは子どもたちの所へ一人ひとり訪(たず)ねて行ってくれるということだが、それはありがたいが、といって、わたしたち自分のことばかり考えているわけにはゆかない。それよりかまずおまえのためを考えなければならないのだよ」
「では、わたしだってお父さんのおっしゃるとおりにして、自分の身の上の危険(きけん)をおそれて、今度の計画をやめてしまえば、やはり自分のことばかり考えて、あなたのことも、それからリーズのことも考えなくてもいいということになりますよ」
 お父さんはしばらくわたしの顔をながめていたが、急にわたしの両手を取った。
「まあ、よくおまえ、言っておくれだ。おまえはほんとうに真心(まごころ)がある」
 わたしはかれの首にうでをかけた。そのうち、さようならを言う時間が来た。しばらくのあいだかれはだまってわたしをおさえていた。やがていきなりかれはチョッキのかくしを探(さぐ)って、大きな銀時計を引き出した。
「さあ、おまえ、これをあげる」とかれは言った。「これをわたしの形見に持っていてもらいたい。たいした値打(ねう)ちのものではない。値打ちがあればわたしはとうに売ってしまったろう。時間も確(たし)かではない。いけなくなったらげんこでたたきこわしてもいい。でもこれがわたしの持っているありったけだ」
 わたしはこんなりっぱなおくり物を断(ことわ)ろうと思ったけれど、かれはそれをわたしのにぎった手に無理(むり)におしこんだ。
「ああ、わたしは時間を知る必要(ひつよう)はないのだ。時間はずいぶんゆっくりゆっくりたってゆく。それを勘定(かんじょう)していたら、死んでしまう。さようなら、ルミや。いつでもいい子でいるように、覚(おぼ)えておいで」
 わたしはひじょうに悲しかった。どんなにあの人はわたしに優(やさ)しくしてくれたであろう。わたしは別(わか)れてのち長いあいだ刑務所(けいむしょ)のドアの回りをうろうろした。ぼんやりわたしはそのまま夜まででも立ち止まっていたかもしれなかったが、ふとかくしにある固(かた)い丸(まる)いものが手にさわった。わたしの時計であった。
 ありったけのわたしの悲しみはしばらくのあいだ忘(わす)れられた。わたしの時計だ。自分の時計で時間を知ることができるのだ。わたしは時間を見るために、それを引き出した。昼だ。それは昼であろうと、十時であろうと、十一時であろうと、たいしたことではなかった。でもわたしは昼であるということがたいそううれしかった。それがなぜだか言うのはむずかしい。けれどそういうわけであった。わたしの時計がそう知らせてくれる。なんということだ。わたしにとって時計は相談(そうだん)をしたり、話のできる親友であると思われた。
「時計君、何時だね」
「十二時ですよ、ルミさん」
「おやおや。ではあれをしたり、これをしたりするときだ。いいことをおまえは教えてくれた。おまえが言ってくれなければ、ぼくは忘(わす)れるところだったよ」
 わたしのうれしいのにまぎれて、カピがほとんどわたしと同様に喜(よろこ)んでいてくれることに気がつかなかった。かれはわたしのズボンのすそを引(ひ)っ張(ぱ)って、たびたびほえた。かれがほえ続(つづ)けたときわたしは初(はじ)めて、かれに注意を向けてやらなければならなかった。
「カピ、なんの用だい」とわたしはたずねた。かれはわたしの顔をながめた。けれどわたしはかれの意味が解(と)けなかった。かれはしばらく待っていたが、やがてわたしの前に来て、時計を入れたかくしの上に前足をのせて立った。かれはヴィタリス親方といっしょに働(はたら)いていたじぶんと同じように、「ご臨席(りんせき)の貴賓諸君(きひんしょくん)」に時間を申し上げる用意をしていたのであった。
 わたしは時計をかれに見せた。かれはしばらく思い出そうと努(つと)めるように、しっぽをふりながらそれを、ながめたが、やがて十二度(たび)ほえた。かれは忘(わす)れてはいなかった。わたしたちはこの時計でお金を取ることができる。これはわたしがあてにしていなかったことであった。
 前へ進め、子どもたち。わたしは刑務所(けいむしょ)に最後(さいご)の目をくれた。そのへいの後ろにはリーズの父親が閉(と)じこめられているのだ。
 それからずんずん進んで行った。なによりもわたしに入り用なものは、フランスの地図であった。河岸(かし)通りの本屋へ行けば、それの得(え)られることを知っていたので、わたしは川のほうへ足を向けた。やっとわたしは十五スーで、ずいぶん黄色くなった地図を見つけた。
 わたしはそれでパリを去ることができるのであった。すぐわたしはそれをすることに決めた。わたしは二つの道の一つを選(えら)ばなければならなかった。わたしはフォンテンブローへの道を選んだ。リュウ・ムッフタールの通りへ来かかると、山のような記憶(きおく)が群(むら)がって起こった。ガロフォリ、マチア、リカルド、錠前(じょうまえ)のかかったスープなべ、むち、ヴィタリス老人(ろうじん)、あの気のどくな善良(ぜんりょう)な親方。わたしをこじきの親分へ貸(か)すことをきらったために、死んだ人。
 お寺のさくの前を通ると、子どもが一人かべによっかかっているのを見た。その子はなんだか見覚(みおぼ)えがあるように思った。
 確(たし)かにそれはマチアであった。大きな頭の、大きな目の、優(やさ)しい、いじけた目つきの子どものマチアであった。けれどかれはちっとも大きくはなっていなかった。わたしはよく見るためにそばへ寄(よ)った。ああそうだ、そうだ、マチアであった。
 かれはわたしを覚(おぼ)えていた。かれの青ざめた顔はにっこり笑(わら)った。
「ああ、きみだね」とかれは言った。「きみは先(せん)に白いひげのおじいさんとガロフォリのうちへ来たね。ちょうどぼくが病院へ行こうとするまえだった。ああ、あれからぼくはどんなにこの頭でなやんだろう」
「ガロフォリはまだきみの親方なのかい」
 かれは返事をするまえにそこらを見回して、それから声をひそめて言った。
「ガロフォリは刑務所(けいむしょ)にはいっているよ。オルランドーを打ち殺(ころ)したので連(つ)れて行かれたのだ」
 わたしはこの話を聞いてぎょっとした。でもわたしはガロフォリが刑務所に入れられたと聞いてうれしかった。初(はじ)めてわたしは、あれほどおそろしいものに思いこんでいた刑務所が、これはなるほど役に立つものだと考えた。
「それでほかの子どもたちは」とわたしはたずねた。
「ああ、ぼくは知らないよ。ガロフォリがつかまったときには、ぼくはいなかった。ぼくが病院から出て来ると、ぼくは病気で、もうぶっても役に立たないと思って、あの人はわたしを手放したくなった。そこであの人はわたしを二年のあいだガッソーの曲馬団(きょくばだん)へ売った。前金で金をはらってもらったのだ。きみはガッソーの曲馬を知っているかい。知らない。うん、それはたいした曲馬団ではないけれど、やはり曲馬は曲馬さ。そこでは子どもを、かたわの子どもを使うのだ。それでガロフォリがぼくをガッソーへ売ったのだ。ぼくはこのまえの月曜までそこにいたが、ぼくの頭がはこの中にはいるには大きすぎるというので、追い出された。曲馬団(きょくばだん)を出るとぼくはガロフォリのうちへもどったが、うちはすっかり閉(し)まっていた。近所の人に聞いて様子がすっかりわかった。ガロフォリが刑務所(けいむしょ)へ行ってしまうと、ぼくはどこへ行っていいか、わからない」
「それにぼくは金を持たない」とかれはつけ加(くわ)えて言った。「ぼくはきのうから一きれのパンも食べない」
 わたしも金持ちではなかったけれど、気のどくなマチアにやるだけのものはあった。わたしがツールーズへんをいまのマチアのように飢(う)えてうろうろしていたじぶん、一きれのパンでもくれる人があったら、わたしはどんなにその人の幸福をいのったであろう。
「ぼくが帰って来るまで、ここに待っておいでよ」とわたしは言った。わたしは町の角のパン屋までかけて行って、まもなく一斤(きん)買って帰って、それをかれにあたえた。かれはがつがつして、見るまに食べてしまった。
「さて」とわたしは言った。「きみはどうするつもりだ」
「ぼくはわからない。ぼくはヴァイオリンを売ろうかと思っていたところへきみが声をかけた。ぼくはそれと別(わか)れるのがこんなにいやでなかったら、とうに売っていたろう。ぼくのヴァイオリンはぼくの持っているありったけのもので、悲しいときにも、一人いられる場所が見つかると、自分一人でひいていた。そうすると空の中にいろんな美しいものが、ゆめの中で見るものよりももっと美しいものが見えるんだ」
「なぜきみは往来(おうらい)でヴァイオリンをひかないのだ」
「ひいてみたけれど、なにももらえなかった」
 ヴァイオリンをひいて一文ももらえないことを、どんなによくわたしも知っていたことであろう。
「きみはいまなにをしているのだ」とかれはたずねた。
 わたしはなぜかわからなかった。けれどそのときの勢(いきお)いで、こっけいなほらをふいてしまった。
「ぼくは一座(いちざ)の親方だよ」とわたしは高慢(こうまん)らしく言った。
 それは真実(しんじつ)ではあったが、その真実はずっとうそのほうに近かった。わたしの一座はたったカピ一人だけだった。
「おお、きみはそんなら……」とマチアが言った。
「なんだい」
「きみの一座(いちざ)にぼくを入れてくれないか」
 かれをあざむくにしのびないので、わたしはにっこりしてカピを指さした。
「でも一座はこれだけだよ」とわたしは言った。
「ああ、なんでもかまうものか。ぼくがもう一人の仲間(なかま)になろう。まあどうかぼくを捨(す)てないでくれたまえ。ぼくは腹(はら)が減(へ)って死んでしまう」
 腹が減って死ぬ。このことばがわたしのはらわたの底(そこ)にしみわたった。腹が減って死ぬということがどんなことだか、わたしは知っている。
「ぼくはヴァイオリンをひくこともできるし、でんぐり返しをうつこともできる」と、マチアがせかせか息もつかずに言った。「なわの上でおどりもおどれるし、歌も歌える。なんでもきみの好(す)きなことをするよ。きみの家来にもなる。言うことも聞く。金をくれとは言わない。食べ物だけあればいい。ぼくがまずいことをしたらぶってもいい。それはやくそくしておく。ただたのむことは頭をぶたないでくれたまえ。これもやくそくしておいてもらわなければならない。なぜならぼくの頭はガロフォリがひどくぶってから、すっかりやわらかくなっているのだ」
 わたしはかわいそうなマチアが、そんなことを言うのを聞くと、声を上げて泣(な)きだしたくなった。どうしてわたしはかれを連(つ)れて行くことをこばむことができよう。腹(はら)が減(へ)って死ぬというのか。でも、わたしといっしょでも、やはり腹が減って死ぬかもしれない場合がある――わたしはそうかれに言ったが、かれは聞き入れようともしなかった。
「ううん、ううん」とかれは言った。「二人いれば飢(う)え死(じ)にはしない。一人が一人を助けるからね。持っている者が持っていない者にやれるのだ」
 わたしはもうちゅうちょしなかった。わたしがすこしでも持っていれば、わたしはかれを助けなければならない。
「うん、よし、それでわかった」とわたしは言った。
 そう言うと、かれはわたしの手をつかんで、心から感謝(かんしゃ)のキッスをした。
「ぼくといっしょに来たまえ」とわたしは言った。「家来ではなく、仲間(なかま)になろう」
 ハープを肩(かた)にかけると、わたしは号令(ごうれい)をかけた。
「前へ進め」
 十五分たつと、わたしたちはパリを後に見捨(みす)てた。
 わたしがこの道を通ってパリを出るのは、バルブレンのおっかあに会いたいためであった。どんなにたびたびわたしはかの女に手紙を書いてやって、かの女を思っていること、ありったけの心をささげてかの女を愛(あい)していることを、言ってやりたかったかしれなかったが、亭主(ていしゅ)のバルブレンがこわいので、わたしは思いとどまった。もしバルブレンが手紙をあてにわたしを見つけたら、つかまえてまたほかの男に売りわたすかもしれなかった。かれはおそらくそうする権利(けんり)があった。わたしは好(この)んでバルブレンの手に落ちる危険(きけん)をおかすよりも、バルブレンのおっかあから恩知(おんし)らずの子どもだと思われているほうがましだと思った。
 でも手紙こそ書き得(え)なかったが、こう自由の身になってみれば、わたしは行って会うこともできよう。わたしの一座(いちざ)にマチアもはいっているので、わたしはいよいよそうしようと心を決めた。なんだかそれがわけなくできそうに思われた。わたしは先にかれを一人出してやって、かの女が一人きりでいるか見せにやる。それからわたしが近所に来ていることを話して、会いに行ってもだいじょうぶか、それのわかるまで待っている。それでバルブレンがうちにいれば、マチアからかの女にどこか安心な場所へ来るようにたのんで、そこで会うことができるのである。
 わたしはこのくわだてを考えながら、だまって歩いた。マチアもならんで歩いていた。かれもやはり深く考えこんでいるように思われた。
 ふと思いついて、わたしは自分の財産(ざいさん)をマチアに見せようと思った。カバンのふたを開けて、わしは草の上に財産を広げた。中には三枚(まい)のもめんのシャツ、くつ下が三足、ハンケチが五枚、みんな品のいい物と、少し使ったくつが一足あった。
 マチアは驚嘆(きょうたん)していた。
「それからきみはなにを持っている」とわたしはたずねた。
「ぼくはヴァイオリンがあるだけだ」
「じゃあ分けてあげよう。ぼくたちは仲間(なかま)なんだから、きみにはシャツ二枚(まい)と、くつ下二足にハンケチを三枚あげよう。だがなんでも二人のあいだに仲(なか)よく分けるのがいいのだから、きみは一時間ぼくのカバンを持ちたまえ。そのつぎの一時間はぼくが持つから」
 マチアは品物をもらうまいとした。けれどわたしはさっそく、自分でもひどくゆかいな、命令(めいれい)のくせを出して、かれに「おだまり」と命令した。
 わたしはエチエネットの小ばこと、リーズのばらを入れた小さなはこをも広げた。マチアはそのはこを開けて見たがったが、開けさせなかった。わたしはそのふたをいじることすら許(ゆる)さずに、カバンの中にまたしまいこんでしまった。
「きみはぼくを喜(よろこ)ばせたいと思うなら」とわたしは言った。「けっしてはこにさわってはいけない。……これはたいじなおくり物だから」
「ぼくはけっして開けないとやくそくするよ」とかれはまじめに言った。
 わたしはまたひつじの毛の服を着て、ハープをかついだが、そこに一つむずかしい問題があった。それはわたしのズボンであった。芸人(げいにん)が長いズボンをはくものではないように思われた。公衆(こうしゅう)の前へ現(あらわ)れるには、短いズボンをはいて、その上にくつ下をかぶさるようにはいて、レースをつけて、色のついたリボンを結(むす)ぶものである。長いズボンは植木屋にはけっこうであろうが……いまはわたしは芸人であった。そうだ、わたしは半ズボンをはかなければならない。わたしはさっそくエチエネットの道具ばこからはさみを出した。
 わたしがズボンのしまつをしているうち、ふとわたしは言った。
「きみはどのくらいヴァイオリンをひくか、聞かせてもらいたいな」
「ああ、いいとも」
 かれはひき始めた。そのあいだわたしは思い切ってはさみの先をズボンのひざからすこし上の所へ当てた。わたしは布(きれ)を切り始めた。
 けれどこれはチョッキと上着とおそろいにできた、ねずみ地のいいズボンであった。アッケンのお父さんがそれをこしらえてくれたとき、わたしはずいぶん得意(とくい)であった。けれどいま、それを短くすることをいけないこととは思わない。かえってりっぱになると思っていた。初(はじ)めはわたしもマチアのほうに気がはいらなかった。ズボンを切るのにいそがしかったが、まもなくはさみを動かす手をやめて、耳をそこへうばわれていた。マチアはほとんどヴィタリス親方ぐらいにうまくひいた。
「だれがきみにヴァイオリンを教えたの」とわたしは手をたたきながら聞いた。
「だれも。ぼくは一人で覚(おぼ)えた」
「だれかきみに音楽のことを話して聞かした人があるかい」
「いいえ、ぼくは耳に聞くとおりをひいている」
「ぼくが教えてあげよう、ぼくが」
「きみはなんでも知っているの。では……」
「そうさ、ぼくはなんでも知っているはずだ。座長(ざちょう)だもの」
 わたしはマチアに、自分もやはり音楽家であることを見せようとした。わたしはハープをとり、かれを感動させようと思って、名高い小唄(こうた)を歌った。すると芸人(げいにん)どうしのするようにかれはわたしにおせじを言った。かれはりっぱな才能(さいのう)を持っていた。わたしたちはおたがいに尊敬(そんけい)し合った。わたしは背嚢(はいのう)のふたを閉(し)めると、マチアが代わってそれを肩(かた)にのせた。
 わたしたちはいちばんはじめの村に着いて興行(こうぎょう)をしなければならなかった。これがルミ一座(いちざ)の初(はつ)おめみえのはずであった。
「ぼくにその歌を教えてください」とマチアが言った。「ぼくたちはいっしょに歌おう。もうじきにヴァイオリンで合わせることができるから。するとずいぶんいいよ」
 確(たし)かにそれはいいにちがいなかった。それでくれるものをたっぷりくれなかったら、「ご臨席(りんせき)の貴賓諸君(きひんしょくん)」は、石のような心を持っているというものだ。
 わたしたちが最初(さいしょ)の村を通り過(す)ぎると、大きな百姓家(ひゃくしょうや)の門の前へ出た。中をのぞくとおおぜいの人が晴れ着を着てめかしこんでいた。そのうちの二、三人(にん)は襦珍(しゅちん)(しゅすの織物)のリボンを結んだ花たばを持っていた。
 ご婚礼(こんれい)であった。わたしはきっとこの人たちがちょっとした音楽とおどりを好(す)くかもしれないと思った。そこで背戸(せど)へはいって、まっ先に出会った人に勧(すす)めてみた。その人は赤い顔をした、大きな、人のよさそうな男であった。かれは高い白えりをつけて、プレンス・アルベール服を着ていた。かれはわたしの問いに答えないで、客のほうへ向きながら、口に二本の指を当てて、それはカピをおびえさせたほどの高い口ぶえをふいた。
「どうだね、みなさん、音楽は」とかれはさけんだ。「楽師がやって来ましたよ」
「おお、音楽音楽」といっしょの声が聞こえた。
「カドリールの列をお作り」
 おどり手はさっそく庭のまん中に集まった。マチアとわたしは荷馬車の中に陣取(じんど)った。
「きみはカドリールがひけるか」と心配してわたしはささやいた。
「ああ」
 かれはヴァイオリンで二、三節(せつ)調子を合わせた。運よくわたしはその節(ふし)を知っていた。わたしたちは助かった。マチアとわたしはまだいっしょにやったことはなかったが、まずくはやらなかった。もっともこの人たちはたいして音楽のいい悪いはかまわなかった。
「おまえたちのうち、コルネ(小ラッパ)のふける者があるかい」と赤い顔をした大男がたずねた。
「ぼくがやれます」とマチアは言った。「でも楽器(がっき)を持っていませんから」
「わしが行って探(さが)して来る。ヴァイオリンもいいが、きいきい言うからなあ」
 わたしはその日一日で、マチアがなんでもやれることがわかった。わたしたちは休みなしに晩(ばん)までやった。それにはわたしは平気であったが、かわいそうにマチアはひどく弱っていた。だんだんわたしはかれが青くなって、たおれそうになるのを見た。でもかれはいっしょうけんめいふき続(つづ)けた。幸いにかれが気分が悪いことを見つけたのは、わたし一人ではなかった。花よめさんがやはりそれを見つけた。
「もうたくさんよ」とかの女は言った。「あの小さい子は、つかれきっていますわ。さあ、みんな楽師(がくし)たちにやるご祝儀(しゅうぎ)をね」
 わたしはぼうしをカピに投げてやった。カピはそれを口で受け取った。
「どうかわたくしどもの召使(めしつか)いにお授(さず)けください」とわたしは言った。
 かれらはかっさいした。そしてカピがおじぎをするふうを見て、うれしがっていた。かれらはたんまりくれた。花むこさまはいちばんおしまいに残(のこ)ったが、五フランの銀貨(ぎんか)をぼうしに落としてくれた。ぼうしは金貨でいっぱいになった。なんという幸せだ。
 わたしたちは夕食に招待(しょうたい)された。そして物置(ものお)きの中でねむる場所をあたえてもらった。
 あくる朝この親切な百姓家(ひゃくしょうや)を出るとき、わたしたちには二十八フランの資本(もとで)があった。
「マチア、これはきみのおかげだよ」とわたしは勘定(かんじょう)したあとで言った。「ぼく一人きりでは楽隊(がくたい)は務(つと)まらないからねえ」
 二十八フランをかくしに入れて、わたしたちは福々であった。コルベイユへ着くと、わたしはさし当たりなくてならないと思う品を二つ三つ買うことができた。第一はコルネ、これは古道具屋で三フランした。それからくつ下に結(むす)ぶ赤リボン、最後(さいご)にもう一つの背嚢(はいのう)であった。代わりばんこに重い背嚢をしょうよりも、てんでんが軽い背嚢をしじゅうしょっているほうが楽であった。
「きみのような、人をぶたない親方はよすぎるくらいだ」とマチアがうれしそうに笑(わら)いながら言った。
 わたしたちのふところ具合がよくなったので、わたしは少しも早く、バルブレンのおっかあの所に向かって行こうと決心した。わたしはかの女におくり物を用意することができた。わたしはもう金持ちであった。なによりもかよりも、かの女を幸福にするものがあった。それはあのかわいそうなルセットの代わりになる雌牛(めうし)をおくってやることだ。わたしが雌牛をやったら、どんなにかの女はうれしがるだろう。どんなにわたしは得意(とくい)だろう。シャヴァノンに着くまえに、わたしは雌牛を買う。そしてマチアがたづなをつけて、すぐとバルブレンのおっかあの背戸(せど)へ引いて行く。
 マチアはこう言うだろう。「雌牛(めうし)を持って来ましたよ」
「へえ、雌牛を」とかの女は目を丸(まる)くするだろう。「まあおまえさんは人ちがいをしているんだよ」
 こう言ってかの女はため息をつくだろう。
「いいえ、ちがやしません」とマチアが答えるだろう。「あなたはシャヴァノン村のバルブレンのおばさんでしょう。そらおとぎ話の中にあるとおり、『王子さま』があなたの所へこれをおくり物になさるのですよ」
「王子さまとは」
 そこへわたしが現(あらわ)れて、かの女をだき寄(よ)せる。それからわたしたちはおたがいにだき合ってから、どら焼(や)きとりんごの揚(あ)げ物(もの)をこしらえて、三人で食べる。けれどバルブレンにはやらない。ちょうどあの謝肉祭(しゃにくさい)の日にあの男が帰って来て、わたしたちのフライなべを引っくり返して、自分のねぎのスープに、せっかくのバターを入れてしまったときのように意地悪くしてやる。なんというすばらしいゆめだろう。でもそれをほんとうにするには、まず雌牛(めうし)から買わなければならない。
 いったい雌牛はどのくらいするだろう。わたしはまるっきり見当がつかない。きっとずいぶんするにちがいない。でもまだ……わたしはたいして大きな雌牛は欲(ほ)しくなかった。なぜなら太っていればいるほど、雌牛は値段(ねだん)が高いから。それに大きければ大きいほど雌牛(めうし)は食べ物がよけい要(い)るだろう。わたしはせっかくのおくり物が、バルブレンのおっかあのやっかいになってはならないと思う。さしあたりだいじなことは、雌牛の値段(ねだん)を知ることであった。いや、それよりもわたしの欲(ほ)しいと思う種類(しゅるい)の雌牛の値段を知ることであった。幸いにわたしたちはたびたびおおぜいの百姓(ひゃくしょう)やばくろうに行く先の村むらで出会うので、それを知るのはむずかしくはなかった。わたしはその日宿屋(やどや)で出会った初(はじ)めの男にたずねてみた。
 かれはげらげら笑(わら)いだした、食卓(しょくたく)をどんとたたいた。それからかれは宿屋のおかみさんを呼(よ)んだ。
「この小さな楽師(がくし)さんは、雌牛(めうし)の価(ね)が聞きたいというのだ。たいへん大きなやつでなくて、ごくじょうぶで、乳(ちち)をたくさん出すのだそうだ」
 みんなは笑(わら)った。でもわたしはなんとも思わなかった。
「そうです、いい乳を出して、あんまり食べ物を食べないのです」とわたしは言った。
「そうしてその雌牛(めうし)はたづなに引かれて道を歩くことをいやがらないものでなくってはね」
 かれは一とおり笑(わら)ってしまうと、今度はわたしと話し合う気になって、事がらをまじめにあつかい始めた。かれはちょうど注文の品を持っていた。それはうまい乳(ちち)を――正銘(しょうめい)のクリームを出すいい雌牛(めうし)を持っていた――しかもそれはほとんど物を食べなかった。五十エクー出せばその雌牛はわたしの手にはいるはずであった。初(はじ)めこそこの男に話をさせるのが骨(ほね)が折(お)れたが、一度始めだすと今度はやめさせるのが困難(こんなん)であった。やっとわたしたちはその晩(ばん)おそく、とにかくねに行くことができた。わたしはこの男から聞いたことを残(のこ)らずゆめに見ていた。
 五十エクー――それは百五十フランであった。わたしはとてもそんなばくだいな金を持ってはいなかった。ことによってわたしたちの幸運がこの先続(つづ)けば、一スー一スーとたくわえて百五十フランになることがあるかもしれない。けれどそれにはひまがかかった。そうとすればわたしたちはなによりまずヴァルセへ行ってバンジャメンに会う。その道にできるだけほうぼうで演芸(えんげい)をして歩こう。それから帰り道に金ができるかもしれないから、そのときシャヴァノンへ行って、王子さまの雌牛(めうし)のおとぎ芝居(しばい)を演(えん)じることにしよう。
 わたしはマチアにこのくわだてを話した。かれはこれになんの異議(いぎ)をも唱(とな)えなかった。
「ヴァルセへ行こう」とかれは言った。「ぼくもそういう所へは行って見たいよ」


     煤煙(ばいえん)の町

 この旅行はほとんど三月かかったが、やっとヴァルセの村はずれにかかったときに、わたしたちはむだに日をくらさなかったことを知った。わたしのなめし皮の財布(さいふ)にはもう百二十八フランはいっていた。バルブレンのおっかあの雌牛(めうし)を買うには、あとたった二十二フラン足りないだけであった。
 マチアもわたしと同じくらい喜(よろこ)んでいた。かれはこれだけの金をもうけるために、自分も働(はたら)いたことにたいへん得意(とくい)であった。実際(じっさい)かれのてがらは大きかった。かれなしには、カピとわたしだけで、とても百二十八フランなんという金高の集まりようはずがなかった。これだけあれば、ヴァルセからシャヴァノンまでの間に、あとの足りない二十二フランぐらいはわけなく得られよう。
 わたしたちが、ヴァルセに着いたのは午後の三時であった。きらきらした太陽が晴れた空にかがやいていたが、だんだん町へ近くなればなるほど空気が黒ずんできた。天と地の間に煤煙(ばいえん)の雲がうずを巻(ま)いていた。
 わたしはアルキシーのおじさんがヴァルセの鉱山(こうざん)で働(はたら)いていることは知っていたが、いったい町中(まちなか)にいるのか、外に住んでいるのか知らなかった。ただかれがツルイエールという鉱山で働いていることだけ知っていた。
 町へはいるとすぐわたしはこの鉱山(こうざん)がどのへんにあるかたずねた。そしてそれはリボンヌ川の左のがけの小さな谷で、その谷の名が鉱山の名になっていることを教えられた。この谷は町と同様ふゆかいであった。
 鉱山(こうざん)の事務所(じむしょ)へ行くと、わたしたちはアルキシーのおじさんのガスパールのいる所を教えられた。それは山から川へ続(つづ)く曲がりくねった町の中で、鉱山からすこしはなれた所にあった。
 わたしたちがその家に行き着くと、ドアによっかかって二、三人、近所の人と話をしていた婦人(ふじん)が、坑夫(こうふ)のガスパールは六時でなければ帰らないと言った。
「おまえさん、なんの用なの」とかの女はたずねた。
「わたしはおいごさんのアルキシー君に会いたいのです」
「ああ、おまえさん、ルミさんかえ」とかの女は言った。「アルキシーがよくおまえさんのことを言っていたよ。あの子はおまえさんを待っていたよ」こう言ってなお、「そこにいる人はだれ」と、マチアを指さした。
「ぼくの友だちです」
 この女はアルキシーのおばさんであった。わたしはかの女がわたしたちをうちの中へ呼(よ)び入れて休ませてくれることと思った。わたしたちはずいぶんほこりをかぶってつかれていた。けれどかの女はただ、六時にまた来ればアルキシーに会える、いまはちょうど鉱山(こうざん)へ行っているところだからと言っただけであった。
 わたしはむこうから申し出されもしないことを、こちらから請求(せいきゅう)する勇気(ゆうき)はなかった。
 わたしたちはおばさんに礼を述(の)べて、ともかくなにか食べ物を食べようと思って、パン屋を探(さが)しに町へ行った。「わたしはマチアがさぞ、なんてことだ」と思っているだろうと考えて、こんな待遇(たいぐう)を受けたのがきまり悪かった。こんなことなら、なんだってあんな遠い道をはるばるやって来たのであろう。
 これではマチアが、わたしの友人に対してもおもしろくない感じを持つだろうと思われた。これではリーズのことを話しても、わたしと同じ興味(きょうみ)で聞いてはくれないだろうと思った。でもわたしはかれがひじょうにリーズを好(す)いてくれることを望(のぞ)んでいた。
 おばさんがわたしたちにあたえた冷淡(れいたん)な待遇(たいぐう)は、わたしたちにふたたびあのうちへもどる勇気(ゆうき)を失(うしな)わせたので、六時すこしまえにマチアとカピとわたしは、鉱山(こうざん)の入口に行って、アルキシーを待つことにした。
 わたしたちはどの坑道(こうどう)から工夫(こうふ)たちが出て来るか教えてもらった。それで六時すこし過(す)ぎに、わたしたちは坑道の暗いかげの中に、小さな明かりがぽつりぽつり見え始めて、それがだんだんに大きくなるのを見た。工夫たちは手に手にランプを持ちながら、一日の仕事をすまして、日光の中に出て来るのであった。かれらはひざがしらが痛(いた)むかのように、重い足どりでのろのろと出て来た。わたしはそののちに、地下の坑道(こうどう)のどん底(そこ)まではしごを下りて行ったとき、それがどういうわけだかはじめてわかった。かれらの顔はえんとつそうじのようにまっ黒であった。かれらの服とぼうしは石炭のごみをいっぱいかぶっていた。やがてみんなは点燈所(てんとうしょ)にはいって、ランプをくぎに引っかけた。
 ずいぶん注意して見ていたのであるが、やはり向こうから見つけてかけ寄(よ)って来るまで、わたしたちはアルキシーを見つけなかった。もうすこしでかれを見つけることなしにやり過(す)ごしてしまうところであった。
 実際(じっさい)頭から足までまっ黒くろなこの少年に、あのひじの所で折(お)れたきれいなシャツを着て、カラーの前を大きく開けて白い膚(はだ)を見せながら、いっしょに花畑の道をかけっこしたむかしなじみのアルキシーを見いだすことは困難(こんなん)であった。
「やあ、ルミだよ」とかれはそばに寄(よ)りそって歩いていた四十ばかりの男のほうを向いてさけんだ。その人はアッケンのお父さんと同じような、親切な快活(かいかつ)な顔をしていた。二人が兄弟であることを思えば、それはふしぎではなかった。わたしはすぐそれがガスパールおじさんであることを知った。
「わたしたちは長いあいだおまえさんを待っていたよ」とかれはにっこりしながら言った。
「パリからヴァルセまではずいぶんありましたよ」とわたしは笑(わら)い返しながら言った。
「おまけにおまえさんの足は短いからな」とかれは笑いながら言い返した。
 カピもアルキシーを見ると、うれしがっていっしょうけんめいそのズボンのすそを引(ひ)っ張(ぱ)って、お喜(よろこ)びのごあいさつをした。このあいだわたしはガスパールおじさんに向かって、マチアがわたしの仲間(なかま)であること、そしてかれがだれよりもコルネをうまくふくことを話した。
「おお、カピ君もいるな」とガスパールおじさんが言った。「おまえ、あしたはゆっくり休んで行きなさい。ちょうど日曜日で、わたしたちにもいいごちそうだ。なんでもアルキシーの話ではあの犬は学校の先生と役者をいっしょにしたよりもかしこいというじゃないか」
 わたしはおばさんに対して気持ち悪く感じたと同じくらいこのガスパールおじさんに対しては気持ちよく感じた。
「さあ、子どもどうし話をおしよ」とかれはゆかいそうに言った。「きっとおたがいにたんと話すことが積(つ)もっているにちがいない。わたしはこのコルネをそんなにじょうずにふく若(わか)い紳士(しんし)とおしゃべりをしよう」
 アルキシーはわたしの旅の話を聞きたがった。わたしはかれの仕事の様子を知りたがった。わたしたちはおたがいにたずね合うのがいそがしくって、てんでに相手(あいて)の返事が待ちきれなかった。
 うちに着くと、ガスパールおじさんはわたしたちを晩飯(ばんめし)に招待(しょうたい)してくれることになった。この招待ほどわたしをゆかいにしたものはなかった。なぜならわたしたちはさっきのおばさんの待遇(たいぐう)ぶりで、がっかりしきっていたから、たぶん門口(かどぐち)で別(わか)れることになるだろうと、道みちも思っていたからであった。
「さあ、ルミさんとお友だちのおいでだよ」おじさんはうちへはいりかけながらどなった。
 しばらくしてわたしたちは夕食の食卓(しょくたく)にすわった。食事は長くはかからなかった。なぜなら金棒引(かなぼうひ)きであるこのおばさんは、その晩(ばん)ごくお軽少(けいしょう)のごちそうしかしなかった。ひどい労働(ろうどう)をする坑夫(こうふ)は、でもこごと一つ言わずに、このお軽少な夕食を食べていた。かれはなによりも平和を好(この)む、事(こと)なかれ主義(しゅぎ)の男であった。かれはけっしてこごとを言わなかった。言うことがあれば、おとなしい、静(しず)かな調子で言った。だから夕食はじきにすんでしまった。
 ガスパールおばさんはわたしに、今晩(こんばん)はアルキシーといっしょにいてもいいと言った。そしてマチアにはいっしょに行ってくれるなら、パン焼(や)き場(ば)にねどこをこしらえてあげると言った。
 その晩(ばん)それから続(つづ)いてその夜中の大部分、アルキシーとわたしは話し明かした。アルキシーがわたしに話したいちいちがきみょうにわたしを興奮(こうふん)させた。わたしはもとからいつか一度鉱山(こうざん)の中にはいってみたいと思っていた。
 でもあくる日、わたしの希望(きぼう)をガスパールおじさんに話すと、かれはたぶん連(つ)れて行くことはできまい、なんでも炭坑(たんこう)で働(はたら)いている者のほかは、よその人を入れないことになっているからと言った。
「だがおまえ、坑夫(こうふ)になりたいと思えばわけのないことだ」とかれは言った。「ほかの仕事に比(くら)べて悪いことはないよ。大道で歌を歌うよりよっぽどいいぜ。アルキシーといっしょにいることもできるしな。なんならマチアさんにも仕事をこしらえてやる。だがコルネをふくほうではだめだよ」
 わたしは、ヴァルセに長くいるつもりはなかった。自分の志(こころざ)すことはほかにあった。それでついわたしの好奇心(こうきしん)を満(み)たすことなしに、この町を去ろうとしていたとき、ひょんな事情(じじょう)から、わたしは坑夫(こうふ)のさらされているあらゆる危険(きけん)を知るようになった。


     運搬夫(うんぱんふ)

 ちょうどわたしたちがヴァルセをたとうとしたその日、大きな石炭のかけらが、アルキシーの手に落ちて、危(あぶ)なくその指をくだきかけた。いく日かのあいだかれはその手に絶対(ぜったい)の安静(あんせい)をあたえなければならなかった。ガスパールおじさんはがっかりしていた。なぜならもうかれの車をおしてくれる者はなかったし、かれもしたがってうちにぶらぶらしていなければならなくなったからである。でもそれはかれにはひどく具合の悪いことであった。
「じゃあぼくで代わりは務(つと)まりませんか」とかれが代わりの子どもをどこにも求(もと)めかねて、ぼんやりうちに帰って来たとき、わたしは言った。
「どうも車はおまえには重たすぎようと思うがね」とかれは言った。「でもやってみてくれようと言うなら、わたしは大助かりさ。なにしろほんの五、六日使う子どもを探(さが)すというのはやっかいだよ」
 この話をわきで聞いていたマチアが言った。
「じゃあ、きみが鉱山(こうざん)に行っているうち、ぼくはカピを連(つ)れて出かけて行って、雌牛(めうし)のお金の足りない分をもうけて来よう」
 明るい野天の下で三月くらしたあいだに、マチアはすっかり人が変(か)わっていた。かれはもうお寺のさくにもたれかかっていたあわれな青ざめた子どもではなかった。ましてわたしが初(はじ)めて屋根裏(やねうら)の部屋(へや)で会ったとき、スープなべの見張(みは)りをして、絶(た)えず気のどくな痛(いた)む頭を両手でおさえていた化け物のような子ではなかった。マチアはもうけっして頭痛(ずつう)がしなかった。けっしてみじめではなかったし、やせこけても、悲しそうでもなかった。美しい太陽と、さわやかな空気がかれに健康(けんこう)と元気をあたえた。旅をしながらかれはいつも上きげんに笑(わら)っていたし、なにを見てもそのいいところを見つけて、楽しがっていた。かれなしにはわたしはどんなにさびしくなることであろう。
 わたしたちはずいぶん性質(せいしつ)がちがっていた。たぶんそれでかえって性(しょう)が合うのかもしれなかった。かれは優(やさ)しい、明るい気質(きしつ)を持っていた。すこしもものにめげない、いつもきげんよく困難(こんなん)に打ちかってゆく気風があった。わたしには学校の先生のようなしんぼう気がなかったから、かれは物を読むことや音楽のけいこをするときにはよくけんかをしそうにした。わたしはずいぶんかれに対して無理(むり)を言ったが、一度もかれはおこった顔を見せなかった。
 こういうわけで、わたしが鉱山(こうざん)に下りて行くあいだ、マチアとカピが町はずれへ出かけて、音楽と芝居(しばい)の興行(こうぎょう)をして、それでわたしたちの財産(ざいさん)を増(ふ)やすという、やくそくができあがった。わたしはカピに向かってこの計画を言い聞かせると、かれはよくわかったとみえて、さっそく賛成(さんせい)の意をほえてみせた。
 あくる日、ガスパールおじさんのあとにくっついて、わたしは深いまっ暗な鉱山(こうざん)に下りて行った。かれはわたしにじゅうぶん気をつけるように言い聞かせたが、その警告(けいこく)の必要(ひつよう)はなかった。もっとも昼の光をはなれて地の底(そこ)へはいって行くということには、ずいぶんの恐怖(きょうふ)と心配がないではなかった。ぐんぐん坑道(こうどう)を下りて行ったとき、わたしは思わずふりあおいだ。すると、長い黒いえんとつの先に見える昼の光が、白い玉のように、まっ暗な星のない空にぽっつりかがやいている月のように見えた。やがて大きな黒いやみが目の前に大きな口を開いた。下の坑道(こうどう)にはほかの坑夫(こうふ)がはしご段(だん)を下りながら、ランプをぶらぶらさげて行くのが見えた。わたしたちはガスパールおじさんが働(はたら)いている二層(そう)目の小屋に着いた。車をおす役に使われているのは、ただ一人「先生」と呼(よ)ばれている人のほかは、残(のこ)らず男の子であった。この人はもうかなりのおじいさんで、若(わか)いじぶんには鉱山(こうざん)で大工(だいく)の仕事をしていたが、あるとき過(あやま)って指をくだいてからは、手についた職(しょく)を捨(す)てなければならなかったのであった。
 さて坑(こう)にはいってまもなく、わたしは坑夫(こうふ)というものが、どういう人間で、どんな生活をしているものだかよく知ることになった。


     洪水(こうずい)

 それはこういうことからであった。
 運搬夫(うんぱんふ)になって、四、五日してのち、わたしは車をレールの上でおしていると、おそろしいうなり声を聞いた。その声はほうぼうから起こった。
 わたしの初(はじ)めの感じはただおそろしいというだけであって、ただ助かりたいと思う心よりほかになにもなかったが、いつもものにこわがるといっては笑(わら)われていたのを思い出して、ついきまりが悪くなって立ち止まった。爆発(ばくはつ)だろうか、なんだろうか、ちっともわからなかった。
 ふと何百というねずみが、一連隊(れんたい)の兵士(へいし)の走るように、すぐそばをかけ出して来た。すると地面と坑道(こうどう)のかべにずしんと当たるきみょうな音が聞こえて、水の走る音がした。わたしはガスパールおじさんのほうへかけてもどった。
「水が鉱坑(こうこう)にはいって来たのです」とわたしはさけんだ。
「ばかなことを言うな」
「まあ、お聞きなさい。あの音を」
 そう言ったわたしの様子には、ガスパールおじさんにいやでも仕事をやめて耳を立てさせるものがあった。物音はいよいよ高く、いよいよものすごくなってきた。
「いっしょうけんめいかけろ。鉱坑(こうこう)に水が出た」とかれがさけんだ。
「先生、先生」とわたしはさけんだ。
 わたしたちは坑道(こうどう)をかけ下りた。老人(ろうじん)もいっしょについて来た。水がどんどん上がって来た。
「おまえさん先へおいでよ」とはしご段(だん)まで来ると老人は言った。
 わたしたちはゆずり合っている場合ではなかった。ガスパールおじさんは先に立った。そのあとへわたしも続(つづ)いて、それから「先生」が上がった。はしご段(だん)のてっぺんに行き着くまえに大きな水がどっと上がって来てランプを消した。
「しっかり」とガスパールおじさんがさけんだ。わたしたちははしごの横木にかじりついた。でもだれか下にいる人がほうり出されたらしかった、たきの勢(いきお)いがどっどっとなだれのようにおして来た。
 わたしたちは第一層(そう)にいた。水はもうここまで来ていた。ランプが消えていたので、明かりはなかった。
「いよいよだめかな」と「先生」は静(しず)かに言った。「おいのりを唱(とな)えよう、こぞうさん」
 このしゅんかん、七、八人のランプを持った坑夫(こうふ)がわたしたちの方角へかけて来て、はしご段(だん)に上がろうと骨(ほね)を折(お)っていた。
 水はいまに規則(きそく)正しい波になって、坑(こう)の中を走っていた。気ちがいのような勢(いきお)いでうずをわかせながら、材木(ざいもく)をおし流して、羽(はね)のように軽(かる)くくるくる回した。
「通気竪坑(つうきたてこう)にはいらなければだめだ。にげるならあすこだけだ。ランプを貸(か)してくれ」と「先生」が言った。
 いつもならだれもこの老人(ろうじん)がなにか言っても、からかう種(たね)にはしても、まじめに気を留(と)める者はなかったであろうが、いちばん強い人間もそのときは精神(せいしん)を失(うしな)っていた。それでしじゅうばかにしてした老人の声に、いまはついて行こうとする気持ちになっていた。ランプがかれにわたされた。かれはそれを持って先に立ちながら、いっしょにわたしを引(ひ)っ張(ぱ)って行った。かれはだれよりもよく鉱坑(こうこう)のすみずみを知っていた。水はもうわたしのこしまでついていた。「先生」はわたしたちをいちばん近い竪坑(たてこう)に連(つ)れて行った。二人の坑夫(こうふ)はしかしそれは地獄(じごく)へ落(お)ちるようなものだと言って、はいるのをこばんだ。かれらはろうかをずんずん歩いて行った。わたしたちはそれからもう二度とかれらを見なかった。
 そのとき耳の遠くなるようなひどい物音が聞こえた。大津波(おおつなみ)のうなる音、木のめりめりさける音、圧搾(あっさく)された空気の爆発(ばくはつ)する音、すさまじいうなり声がわたしたちをおびえさせた。
「大洪水(だいこうずい)だ」と一人がさけんだ。
「世界(せかい)の終わりだ」
「おお、神様お助けください」
 人びとが絶望(ぜつぼう)のさけび声を立てるのを聞きながら、「先生」は平気な、しかしみんなを傾聴(けいちょう)させずにおかないような声で言った。
「しっかりしろ。みんな、ここにしばらくいるうちに、仕事をしなければならない。こんなふうにみんなごたごた固(かた)まっていても、しかたがない。ともかくからだを落ち着ける穴(あな)をほらなければならない」
 かれのことばはみんなを落ち着かせた。てんでに手やランプのかぎで土をほり始めた。この仕事は困難(こんなん)であった。なにしろわたしたちがかくれた竪坑(たてこう)はひどい傾斜(けいしゃ)になっていて、むやみとすべった。しかも足をふみはずせば下は一面の水で、もうおしまいであった。
 でもどうやらやっと足だまりができた。わたしたちは足を止めて、おたがいの顔を見ることができた。みんなで七人、「先生」とガスパールおじさんに、三人の坑夫のパージュ、コンプルー、ベルグヌー、それからカロリーという車おしのこぞう、それにわたしであった。
 鉱山の物音は同じはげしさで続(つづ)いた。このおそろしいうなり声を説明(せつめい)することばはなかった。いよいよわれわれの最後(さいご)のときが来たように思われた。恐怖(きょうふ)に気がくるったようになって、わたしたちはおたがいに探(さぐ)るように相手(あいて)の顔を見た。
「鉱山の悪霊(あくりょう)が復(ふく)しゅうをしたのだ」と一人がさけんだ。
「上の川に穴(あな)があいて、水がはいって来たのでしょう」とわたしはこわごわ言ってみた。
「先生」はなにも言わなかった。かれはただ肩(かた)をそびやかした。それはあたかもそういうことはいずれ昼間くわの木のかげで、ねぎでも食べながら論(ろん)じてみようというようであった。
「鉱山(こうざん)の悪霊(あくりょう)なんというのはばかな話だ」とかれは最後(さいご)に言った。「鉱山に洪水(こうずい)が来ている。それは確(たし)かだ。だがその洪水がどうして起こったかここにいてはわからない……」
「ふん、わからなければだまっていろ」とみんながさけんだ。
 わたしたちはかわいた土の上にいて、水がもう寄(よ)せて来ないので、すっかり気が強くなり、だれも老人(ろうじん)に耳をかたむけようとする者がなかった。さっき危険(きけん)の場合に示(しめ)した冷静沈着(れいせいちんちゃく)のおかげで、急にかれに加わった権威(けんい)はもう失(うしな)われていた。
「われわれはおぼれて死ぬことはないだろう」とかれはやがて静(しず)かに言った。「ランプの灯(ひ)を見なさい。ずいぶん心細くなっているではないか」
「魔法使(まほうつか)いみたいなことを言うな。なんのわけだ、言ってみろ」
「おれは魔法使(まほうつか)いをやろうというのではない。だがおぼれて死ぬことはないだろう。おれたちは気室の中にいるのだ。その圧搾空気(あっさくくうき)で水が上がって来ないのだ。出口のないこの竪坑(たてこう)はちょうど潜水鐘(せんすいしょう)(潜水器)が潜水夫(せんすいふ)の役に立つと同じりくつになっているのだ。空気が竪坑にたくわえられていて、それが水のさして来る力をせき止めているのだ。そこでおそろしいのは空気のくさることだ……水はもう一尺(しゃく)(約三〇センチ)も上がっては来ない。鉱山(こうざん)の中は水でいっぱいになっているにちがいない」
「マリウスはどうしたろう」
「鉱坑(こうこう)は水でいっぱいになっている」と言った「先生」のことばで、パージュは三層(そう)目で働(はたら)いていた一人むすこのことを思い出した
「おお、マリウス、マリウス」とかれはまたさけんだ。
 なんの返事もなかった。こだまも聞こえなかった。かれの声はわれわれのいる坑(こう)の外にはとおらなかった。マリウスは助かったろうか。百五十人がみんなおぼれたろうか。あまりといえばおそろしいことだ。百五十人は少なくとも坑の中にはいっていた。そのうちいく人(にん)竪坑(たてこう)に上がったろうか。わたしたちのようににげ場を見つけたろうか。
 うすぼんやりしたランプの光が心細くわたしたちのせまいおりを照(て)らしていた。



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