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菊模様皿山奇談(きくもようさらやまきだん)

作者:未知 文章来源:青空文库 点击数 更新时间:2006/9/12 9:27:57 文章录入:贯通日本语 责任编辑:贯通日本语


        八

 權六は長助の顔を視(み)つめまして、
權「貴方(あんた)何をなさりやアす」
長「いや面目ないが、実は此の皿を毀したのはお父様(とっさま)、此の長助でございます」
作「なに……」
長「唯今此の權六に当付けられ、実に其の時は赤面致しましたけれども、誰(たれ)も他に知る気遣いは有るまいと思いましたが、実はお千代に恋慕を云いかけたを恥(はじ)しめられた恋の意趣(いし)、お千代の顔に疵を付け、他(た)へ縁付(えんづき)の出来ぬようにと存じまして、家の宝を自分で毀し、其の罪を千代に塗付けようとした浅ましい心の迷い、それを權六が存じて居りながら、罪を自分の身に引受けて衆人(しゅうじん)を助けようという心底、実に感心致しました、それに引換え私(わたくし)の悪心面目もない事でございますから……」
作「暫く待て/\」
權「若旦那様、まゝお待ちなせえまし、貴方(あんた)が然(そ)う仰しゃって下されば、權六は今首を打斬(ぶっき)られても名僧智識の引導より有難く受けます、何卒(どうぞ)お願(ねげ)えでごぜえますから私(わし)が首を……」
作「どう致して、手前は世の中の宝だ、まゝ此処(これ)へ昇(あが)ってくれ」
 と是れから無理やりに權六の手を把(と)って、泥だらけの足のまゝ畳の上へ上げ、段々お千代母子(おやこ)にも詫びまして、百両(此の時(ころ)だから大したもので)取り出して台に載せ、
作「何卒(どうぞ)此の事を世間へ言わんよう、内聞にしてくれ」
 と云うと、母子(おやこ)とも堅いから金を受けません、それでは困ると云うと。
權「そんなら私(わし)が志(こゝろざ)しが有りますから、此のお金をお貰い申し、昨年から引続きまして、当御領地の勝山、津山、東山村の辺は一体に不作でごぜえまして、百姓も大分(だいぶ)困っている様子でございますから、何うか施しを出したいものでがす、それに此の皿のために指を切られたり、中には死んだ者も有りましょうから、どうか本山寺様で施餓鬼(せがき)を致し、乞食(こつじき)に施行(せぎょう)を出したいと思います」
作「あゝ、それは感心な事で、入費の処は私(わし)も出そう」
 と云うので、本山寺という寺へまいりまして、和尚さまに掛合いますと、方丈も大きに感心して、そんならばと、是れから大施餓鬼(おおせがき)を挙げました。多分に施行も出しました事でございまして、彼(か)の砕けた皿を後世のためにと云うので、皿山の麓方(ねがた)のこんもりとした小高き処へ埋(うず)めて、標(しる)しを建て、これを小皿山(こざらやま)と[#「小皿山と」は底本では「小皿山を」]名づけました。此の皿山は人皇(にんのう)九十六代後醍醐天皇(ごだいごてんのう)、北條九代の執権(しっけん)相摸守高時(さがみのかみたかとき)の為めに、元弘(げんこう)二年三月隠岐国(おきのくに)へ謫(てき)せられ給いし時、美作の国久米の皿山にて御製(ぎょせい)がありました「聞き置きし久米の皿山越えゆかん道とはさらにおもひやはせむ」と太平記に出てありますと、講談師の放牛舎桃林(ほうぎゅうしゃとうりん)に聞きましたが、さて此の事が追々世間に知れて来ますと、他人(ひと)が尊(とうと)く思い、尾に尾を付けて云い囃(はや)します。時に明和(めいわ)の元年、勝山の御城主にお成りなさいました粂野美作守さまのお城普請(しろぶしん)がございまして、人足を雇い、お作事(さくじ)奉行が出張(でば)り、本山寺へ入らっしゃいまして方々御見分が有ります。其の頃はお武家を大切にしたもので、名主年寄始め役人を鄭重(ていちょう)に待遇(もてな)し、御馳走などが沢山出ました。話の序(ついで)に彼(か)の皿塚の事をお聞きになりまして、山川廣(やまかわひろし)という方が感心なされて、
山「妙な奴もあるものだ、其の權六という者は何処(どこ)に居(お)る」
 とお尋ねになりますと、名主が、
名「へえ、それは当時遠山と申す浪人の娘のお千代と云う者と夫婦になりまして、遠山の家名を相続して居ります、至って醜男(ぶおとこ)で、熊のような、毛だらけな男でございますが、女房はそれは/\美くしい女で、權六は命の親なり、且(かつ)其の気性に惚れて夫婦になりたいと美人から望まれ、即(すなわ)ち東山作左衞門が媒妁人(なこうど)で夫婦になり親子睦ましく暮して居ります、東山のつい地面内へ少しばかりの家を貰って住んで、農業を致し、親子の者が東山のお蔭で今日では豊かに暮して居ります」
 と聞いて廣は猶々(なお/\)床(ゆか)しく思い、会いたいと申すのを名主が、
名「いえ中々一国(いっこく)もので、少しも人に媚(こび)る念がありませんから、今日(こんにち)直(すぐ)と申す訳には参りません」
 というので、是非なく山川も一度(ひとたび)お帰りになりまして、美作守さまの御前に於(おい)て、自分が実地を践(ふ)んで、何処(どこ)に何ういう事があり、此処(こゝ)に斯ういう事があったとお物語を致し、彼(か)の權六の事に及びますと、美作守さま殊の外(ほか)御感心遊ばされて、左様な者なら一大事のお役に立とうから召抱えて宜かろうとの御意がござりましたので、山川は早速作左衞門へ係(かゝ)ってまいりました。其の頃は御領主さまのお抱えと云っては有難がったもので、作左衞門は直(すぐ)に權六を呼びに遣(つか)わし、
作「是れは權六、来たかえ、さア此方(こっち)へ入(はい)んな」
權「はい、ちょっくら上(あが)るんだが、誠に御無沙汰アしました、私(わし)も何かと忙しくってね」
作「此の間中お母(っか)さんが塩梅が悪いと云ったが、最(も)う快(よ)いかね」
權「はい、此の時候の悪いので弱え者は駄目だね、あなた何時(いつ)もお達者で結構でがす」
作「扨(さ)て權六、まア此の上もない悦び事がある」
權「はい、私(わし)もお蔭で喰うにゃア困らず、彼様(あんな)心懸の宜(い)い女を嚊(かゝあ)にして、おまけに旦那様のお媒妁(なこうど)で本当は彼(あ)のお千代も忌(いや)だったろうが、仕方なしに私の嚊に成っているだアね」
作「なに否(いや)どころではない、貴様の心底を看抜(みぬ)いての上だから、人は容貌(みめ)より唯(たゞ)心じゃ、何しろ命を助けてくれた恩人だから、否応なしで」
權「併(しか)し夫婦に成って見れば、仕方なしにでも私(わし)を大事にしますよ」
作「今此処(こゝ)で惚(のろ)けんでも宜(よ)い兎に角夫婦仲が好(よ)ければ、それ程結構な事はない、時に權六段々善い事が重なるなア」
權「然(そ)うでございます」
作「知っているかい」
權「はい、あのくらい運の宜(い)い男はねえてね、民右衞門(たみえもん)さまでございましょう、無尽(むじん)が当って直(すぐ)に村の年寄役を言付かったって」
作「いや左様(そう)じゃアない、お前だ」
權「え」
作「お前が倖倖(しあわせ)[#「倖倖」は「僥倖」の誤記か]だと云うは粂野美作守様からお抱えになりますよ、お召しだとよ」
權「へえ有難うごぜえます」
作「なにを」
權「まだ腹も空(す)きませんが」
作「なに」
權「お飯(めし)を喰わせるというので」
作「アハ……お飯ではない、お召抱えだよ」
權「えゝ然(そ)うでござえますか、藁の中へ包んで脊負(しょ)って歩くのかえ」
作「なにを云うんだ、勝山の御城主二万三千石の粂野美作守さまが小皿山の一件を御重役方から聞いて、貴様を是非召抱えると云うのだが、人足頭が入(い)るというので、貴様なら地理も能(よ)く弁(わきま)えて居って適当で有ろうというのだ、初めは棒を持って見廻って歩くのだが、江戸屋敷の侍じゃアいかないというので、お召抱えになると、今から直(すぐ)に貴様は侍に成るんだよ」
權「はゝゝそりゃア真平(まっぴら)御免だよ」
作「真平御免という訳にはいかん、是非」
權「是非だって侍には成れませんよ、第一侍は字い知んねえば出来ますめえ、また剣術も知らなくっちゃア出来ず、それに私(わし)ゃア馬が誠に嫌(きれ)えだ、稀(たま)には随分小荷駄(こにだ)に乗(のっ)かって、草臥(くたびれ)休めに一里や二里乗る事もあるが、それでせえ嫌えだ、矢張(やっぱり)自分で歩く方が宜(い)いだ、其の上いろはのいの字も書くことを知らねえ者が侍(さむれえ)に成っても無駄だ」
作「それは皆先方(むこう)さまへ申し上げてある、山川廣様というお方に貴様の身の上を話して、学問もいたしません、剣術も心得ませんが、膂力(ちから)は有ります、人が綽名(あだな)して立臼(たてうす)の權六と申し、両手で臼を持って片附けますから、あれで力は知れますと云ってあるが、其の山川廣と云うのはえらい方だ」
權「へえ、白酒屋(しろざけや)かえ」
作「山川廣(口の中(うち)にて)山川白酒と聞違えているな」
權「へえー其の方が得心で、粂野さまの御家来になるだね」
作「うん、下役(したやく)のお方だが、今度の事に就いては其の上役(うわやく)お作事奉行が来て居ますよ、有難い事だのう」
權「有難い事は有難いけんども、私(わし)ゃア無一国(むいっこく)な人間で、忌(いや)にお侍(さむれえ)へ上手を遣(つか)ったり、窮屈におっ坐(つわ)る事が出来ねえから、矢張(やっぱり)胡坐(あぐら)をかいて草臥(くたび)れゝば寝転び、腹が空(へ)ったら胡坐を掻いて、塩引の鮭(しゃけ)で茶漬を掻込(かっこ)むのが旨(うめ)えからね」
作「其様(そんな)ことを云っては困る、是非承知して貰いたい」
權「兎に角母にも相談しましょう、お千代は否(いや)と云いますめえが、お母(ふくろ)も有りますし、年い老(と)っているから、貴方(あんた)から安心の往(い)くように話さんじゃア承知をしません、だから其の前に私(わし)がお役人さまにも会って、是れだけの者だがそれで勤まる訳なら勤めますとお前さまも立会って証人に成って、三人鼎足(みつがなわ)で緩(ゆっ)くら話しをした上にしましょう」
作「鼎足という事はありませんよ、宜しい、それではお母(ふくろ)には私(わし)が話そうから、直(すぐ)に呼んだら宜かろう」
 とこれから母を呼んで段々話をしましたが、もと遠山龜右衛門という立派な侍の御新造に娘ゆえ大いに悦び、
母「お屋敷へお抱えに成るとは此の上ない結構な事で」
 と早速承知を致しましたので、是れからお抱えに成りましたが、私(わたくし)は頓と心得ませんが、棒を持って見廻って歩き、大した高ではございません、十石三人扶持、御作事方賄(まかな)い役と申し、少禄では有りますが、段々それから昇進致す事になるので、僅(わずか)でも先(ま)ず高持(たかもち)に成りました事で、毎日棒を持って歩きますが、一体勉強家でございまして、少しも役目に怠りはございません、誠に宜く働き、人足へも手当をして、骨の折れる仕事は自分が手伝いを致して居りました。此の事が御重役秋月喜一郎(あきづききいちろう)というお方の耳に入りどうか權六を江戸屋敷へ差出して、江戸詰の者に見せて、惰(なま)け者の見手本(みでほん)にしたいと窃(ひそ)かに心配をいたして居ります。

        九

 粂野美作守さまの御舎弟に紋之丞前次(もんのじょうちかつぐ)さまと云うが有りまして、当時(そのころ)美作守さまは御病身ゆえ御控えに成って入らっしゃるが、前(ぜん)殿さまの御秘蔵の若様でありましたから、御次男でも中々羽振りは宜うございますが、誠に武張ったお方ゆえ武芸に達しておられますので、馬を能(よ)く乗るとか、槍を能く使うとか云う者があると、近付けてお側を放しません。所で件(くだん)の權六の事がお耳に入りますと、其の者を予が傍(そば)へ置きたいとの御意ゆえ、お附の衆から老臣へ申し立て、上(かみ)へも言上(ごんじょう)になると、苦しゅうないとの御沙汰(ごさた)で、至急に江戸詰を仰付けられたから、母もお千代も悦びましたが、悦ばんのは遠山權六でございます。窮屈で厭(いや)だと思いましたが、致し方がありませんから、江戸谷中(やなか)三崎(さんさき)の下屋敷(しもやしき)へ引移ります。只今は開けまして綺麗に成りましたが、其の頃梅を大層植込み、梅の御殿と申して新らしく御普請が出来て、誠にお立派な事でございます。前次様は權六が江戸着という事をお聞きになると、至急に会いたいから早々呼出せという御沙汰でございます。是れから物頭(ものがしら)がまいりまして、段々下話(したばなし)をいたし、權六は着慣れもいたさん麻上下(あさがみしも)を着て、紋附とは云え木綿もので、差図(さしず)に任せお次まで罷(まか)り出(い)で控えて居ります。外村惣江(とのむらそうえ)と申すお附頭(つきがしら)お納戸役(なんどやく)川添富彌(かわぞいとみや)、山田金吾(やまだきんご)という者、其の外(ほか)御小姓が二人居ります。侍分(さむらいぶん)の子で十三四歳ぐらいのが附いて居り、殿様はきっと固く鬢(びん)を引詰(ひッつ)めて、芝居でいたす忠臣蔵の若狭之助(わかさのすけ)のように眼が吊(つる)し上っているのは、疳癪持(かんしゃくもち)というのではありません。髪を引詰めて結うからであります、誠に活溌な良い御気象の御舎弟さまで、
小姓「えゝ、お召によりまして權六お次まで控えさせました」
前「あゝ富彌、早速其の者を見たいな、ずっと連れてまいって予に見せてくれ、余程勇義なもので、重宝(じゅうほう)の皿を一時(いちじ)に打砕いた気象は実に英雄じゃ、感服いたした早々此処(これ)へ」
富「えゝ、田舎育ちの武骨者ゆえ、何とお言葉をおかけ遊ばしても御挨拶を申し上ぐる術(すべ)も心得ません無作法者で、実に手前どもが会いましても、はっと思います事ばかりで、何分にも御前体(ごぜんてい)へ罷出(まかりい)でましたら却(かえ)って御無礼の義を……」
前「いや苦しゅうない、無礼が有っても宜しい、早く会いたいから呼んでくれ、無礼講じゃ、呼べ/\」
富「はっ/\權六/\」
權「はい」
富「お召しだ」
權「はい、おめしと云うのは御飯(おまんま)を喰うのではない、呼ばれる事だと此の頃覚えました」
富「其様(そん)な事を云ってはいかん、極(ごく)御疳癖が強く入(いら)っしゃる、其の代り御意に入(い)れば仕合せだよ」
權「詰り気に入られるようにと思ってやる仕事は出来ましねえ」
富「其様なことを云ってはいかん、何でも物事を慇懃(いんぎん)に云わんければなりませんよ」
權「えゝ彼処(あすこ)で隠元小角豆(いんげんさゝぎ)を喰うとえ」
富「丁寧に云わんければならんと云うのだ」
權「そりゃア出来ねえ、此の儘にやらして下せえ」
富「此の儘、困りましたなア、上下(かみしも)の肩が曲ってるから此方(こっち)へ寄せたら宜かろう」
權「之れを寄せると又此方へ寄るだ、懐へこれを納(い)れると格好が宜(い)いと、お千代が云いましたが、何にも入(へい)っては居ません」
富「此の頃は別して手へ毛が生えたようだな」
權「なに先(せん)から斯ういう手で、毛が一杯(いっぺい)だね、足から胸から、私(わし)の胸の毛を見たら殿様ア魂消(たまげ)るだろう」
富「其様な大きな声をするな、是から縁側づたいにまいるのだ、間違えてはいかんよ、彼処(あれ)へ出ると直(すぐ)にお目見え仰せ付けられるが、不躾(ぶしつけ)に殿様のお顔を見ちゃアなりませんよ」
權「えゝ」
富「いやさ、お顔を見てはなりませんよ、頭(かしら)を擡(あげ)ろと仰しゃった時に始めて首を上げて、殿様のお顔をしげ/″\見るのだが、粗※(「勹<夕」、第3水準1-14-76)(ぞんざい)にしてはなりませんよ」
權「そんならば私(わし)を呼ばねえば宜(い)いんだ」
富「さ、私(わし)の尻に尾付(くッつ)いてまいるのだよ曲ったら構わずに……然(そ)う其方(そっち)をきょと/\見て居ちゃアいかん、あ痛い、何だって私の尻へ咬付(くいつ)いたんだ」
權「だってお前(めえ)さん尻へ咬付(くッつ)けって」
富「困りますなア」
 と小声にて小言を云いながら御前へ出ました。富彌は慇懃に両手を突き、一礼して、
富「へい、お召に依って權六罷出(まかりで)ました、お目見え仰付けられ、權六身に取りまして此の上なく大悦(たいえつ)仕(つかまつ)り、有難く御礼(おんれい)申上げ奉ります」
殿「うん權六、もっと進め/\」
 と云いながら見ると、肩巾の広い、筋骨の逞(たくま)しい、色が真黒(まっくろ)で、毛むくじゃらでございます。実に鍾馗(しょうき)さまか北海道のアイノ人(じん)が出たような様子で有ります。前次公は見たばかりで大層御意に入りました。
殿「どうも骨格が違うの、是は妙だ、權六其の方は国で衆人の為めに宝物(たからもの)を打砕いた事を予も聞いておるが、感服だのう、頭(かしら)を擡(あ)げよ、面(おもて)を上げよ、これ權六、權六、如何(いかゞ)致した、何も申さん、返答をせんの」
富「はっ、これ御挨拶を/\」
權「えゝ」
富「御挨拶だよ、お言葉を下(くだ)し置かれたから御挨拶を」
權「御挨拶だって……」
 と只きょと/\して物が云えません。
殿「もっと前へ進め、遠くては話が分らん、ずっと前へ来て、大声で遠慮なく云え、頭(かしら)を上げよ」
權「上げろたって顔を見ちゃアなんねえと云うから誠に困りますなア、何うか此の儘で前の方へ押出して貰(もれ)いてえ」
小姓「此の儘押出せと、尋常(なみ)の人間より大きいから一人の手際(てぎわ)にはいかん、貴方(あなた)そら尻を押し給え」
權「さアもっと力を入れて押出すのだ」
殿「これ/\何を致す其様(そん)なことをせんでも宜しいよ、つか/\歩いてまいれ、成程立派じゃなア」
權「えゝ、まだ頭(かしら)を上げる事はなんねえか」
殿「富彌、余り厳(やか)ましく云わんが宜(い)い、窮屈にさせると却(かえ)って話が出来ん、成程立派じゃなア、昔の勇士のようであるな」
權「へえー、なんですと」
殿「古(いにしえ)の英雄加藤清正とも黒田長政とも云うべき人物じゃ、どうも顔が違うのう」
權「へえーどうも誠に違います」
富「誠に違いますなんて、自分の事を其様な事を云うもんじゃア有りませんよ」
殿「これ/\小声で然(そ)うぐず/\云わんが宜(よ)い」
權「衆人(みんな)が然う云います、へえ嚊(かゝあ)は誠に器量が美(い)いって」
富「これ/\家内の事はお尋ねがないから云わんでも宜(よ)い」
權「だって話の序(ついで)だから云いました」
富「話の序という事がありますか」
殿「其の方生国(しょうこく)は何処(どこ)じゃ、美作ではないという事を聞いたが、左様(さよう)か」
權「何でごぜえます」
殿「生国」
權「はてな……何ですか、あの勝山在にいる医者の木村章國(きむらしょうこく)でがすか」
殿「左様ではない、生れは何処だと申すのじゃ」
權「生れは忍の行田でごぜえますが、少(ちい)せえ時分に両親が死んだゞね、それから仕様がなくって親戚(みより)頼りも無(ね)えもんでがすが、懇意な者が引張(ひっぱ)ってくれべえと、引張られて美作国(みまさかのくに)へ参(めえ)りまして、十八年の長(なげ)え間大(えか)くお世話さまでごぜえました」
富「これ/\お世話さまなんぞと云う事は有りませんよ」
權「だってお世話になったからよ」
殿「これ富彌控えて居れ、一々咎めるといかん、うん成程、武州の者で、長らく国許(くにもと)へ参って居ったか、其の方は余程力は勝れて居(お)るそうじゃの」
權「私(わし)が力は何(ど)の位あるか自分でも分りませんよ、何なら相撲でも取りましょうか」
富「これ/\上(かみ)と相撲を取るなんて」
權「だって、力が分らんと云うからさ」
殿「誠にうい奴だ、予が近くにいてくれ、予が側近くへ置け」
富「いえ、それは余り何(なん)で、此の通りの我雑(がさつ)ものを」
殿「苦しゅうない、誠に正直潔白で宜(よ)い、予が傍(そば)に居れ」
權「それは御免を願いてえもんで、私(わし)には出来ませんよ、へえ、此様(こん)な窮屈な思いをするのは御免だと初手から断ったら、白酒屋さんの、えゝ……」
殿「山川廣か」
權「あの人よ」
富「あの人よと云う事が有るかえ、上(かみ)のお言葉に背く事は出来ませんよ」
權「背くたって居(い)られませんよ」
富「居(お)られんという事は有りません、御無礼至極じゃアないか」
權「御無礼至極だって居(い)られませんよ」
殿「マ富彌控えて居れ、然う一々小言を申すな、面白い奴じゃ」
權「私(わし)ア素(もと)米搗(こめつき)で何(なん)も知んねえ人間で、剣術も知んねえし、学問もした事アねえから何うにも斯うにもお侍(さむれえ)には成れねえ人間さ、力はえらく有りますが、何でも召抱えてえと御領主さまが云うのを、無理に断れば親や女房に難儀が掛るというから、そりゃア困るが、これ/\で宜くばと己(おら)がいうと、それで宜(い)いから来いと云われ、それから参(めえ)っただねお前(めえ)さま…」
 富彌ははら/\いたしまして、
富「お前(めえ)さまということは有りませんよ、御前様(ごぜんさま)と云いなさい」
權「なに御前と云うのだえ、飯だの御膳だのって何方(どっち)でも宜(い)いじゃアないか」
殿「これ富彌止めるな、宜しいよ、お前(まえ)も御前も同じことじゃのう」
權「然うかね、其様な事は存じませんよ、それから私(わし)が此処(こゝ)の家来(けれえ)になっただね、して見るとお前様(めえさま)、私のためには大事(でえじ)なお人で、私は家来(けらい)でござえますから、永らく居る内にはお互(たげ)えに心安立(こゝろやすだ)てが出て来るだ」
富「これ/\心安立てという事がありますか」
權「するとお大名(でえみょう)は誠に疳癪持だ」
富「これ/\」
殿「富彌又口を出すか、宜しい、控えよ、実に大名は疳癪持だ、疳癪がある、それから」
權「殿様に我儘が起(おこ)れば、私(わし)にも疳癪が有りますから、主人に間違った事を云われると、ついそれから仲が悪くなります、時々逢うようにすれば、人は何となく懐かしいもので、あゝ会いたかった、宜く来たと互(たげ)えに大騒ぎをやるが、毎日(めえにち)傍にいると、私が殿様の疳癪をうん/\と気に障らねえように聞いていると、私が胡麻摺になり、※(「言+滔のつくり」、第4水準2-88-72)諛(へつれえ)になっていけねえ、此処にいる人に偶(たま)には些(ちっ)とぐれえ腹の立つ事があっても、主人だから仕方がねえと諦め、御前さまとか御飯(おまんま)とかいう事になって、実の所をいうと然ういう人は横着者だね」
殿「成程左様じゃ、至極左様じゃ、正道(せいどう)潔白な事じゃ、これ權六、以来予に悪いことが有ったら其の方諫言(かんげん)を致せ、是が君臣の道じゃ、宜しい、許すから居てくれ」
權「尊公(あんた)がそれせえ御承知なら居ります」
殿「早速の承知で過分に思う、併し其の方は剣道も心得ず、文字(もんじ)も知らんで、予の側に居(お)るのは、何を以て君臣の道を立て奉公を致す心得じゃ」
權「他に心得はねえが、夜夜中(よるよなか)乱暴な奴が入(へえ)るとなりませんから、私(わし)ゃア寝ずに御殿の周囲(まわり)を内証(ないしょう)で見廻っていますよ、もし狐でも出れば打殺(ぶっころ)そうと思ってます」
殿「うん、じゃが戦国の世になって戦争の起った時に、若(も)し味方の者が追々敗走して敵兵が旗下(はたもと)まで切込んでまいり、敵兵が予に槍でも向けた時は何う致す」
權「然うさね、其処(そこ)が大切だ」
殿「さ何う致して予を助ける」
權「そりゃア尊公(あんた)どうも此処に一つ」
 と權六は胸をたゝき、
「忠義という刄物が有るから、剣術は知らねえでも義という鎧を着ているから、敵が槍で尊公に突掛(つきか)けて参(めえ)れば、私(わし)ア掌(て)で受けるだ、一本脇腹へ突込まして、敵を捻(ひね)り倒して打殺(ぶちころ)してやるだ、其の内に尊公を助けて逃がすだけの仕事よ」
殿「うん成程、立派な事だ、併(しか)し然う甘(うま)く口でいう通りに行(ゆ)くかな」
權「屹度(きっと)行(や)ります、其処は主(しゅう)家来の情合だからね」
殿「うん面白い奴じゃ、然(しか)らば敵が若し斯様に致したら何うする」
 とすっと立ち上って、欄間に掛けて有りました九尺柄(え)の大身(おおみ)の槍を取って、スッ/\と二三度しごいて、
「斯様に突き掛けたら何う致す」
 と真に突いて蒐(かゝ)った時に權六が、
權「然うすれば斯う致します」
 と少しも動かずに、ジリ/\と殿様の前へ進むという正直律義の人でございます。



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