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菊模様皿山奇談(きくもようさらやまきだん)

作者:未知 文章来源:青空文库 点击数 更新时间:2006/9/12 9:27:57 文章录入:贯通日本语 责任编辑:贯通日本语


        三十三

 其の晩に脱出(ぬけだ)して、彼(か)の早四郎という宿屋の忰が、馬子(まご)の久藏(きゅうぞう)という者の処へ訪ねて参り、
早「おい、トン/\/\久藏眠(ねぶ)ったかな、トン/\/\眠ったかえ。トン/\/\」
 余りひどく表を敲(たゝ)くから、側の馬小屋に繋(つな)いでありました馬が驚いて、ヒイーン、バタ/\/\と羽目を蹴(け)る。
早「あれまア、馬めえ暴れやアがる、久藏眠(ねぶ)ったかえ……あれまア締りのねえ戸だ、叩いてるより開けて入(へい)る方が宜(え)い、酔(よっ)ぱれえになって仰向(あおむけ)にぶっくり反(けえ)って寝(そべ)っていやアがる、おゝ/\顔に虻(あぶ)が附着(くッつ)いて居るのに痛くねえか、起(おき)ろ/\」
久「あはー……眠(ねぶ)ったいに、まどうもアハー(あくび)むにゃ/\/\、や、こりゃア甲州屋の早四郎か、大層(ていそう)遅く来たなア」
早「うん、少し相談打(ぶ)ちに来たアだから目え覚(さま)せや」
久「今日は沓掛(くつがけ)まで行って峠え越して、帰りに友達に逢って、坂本(さかもと)の宿(しゅく)はずれで一盃(いっぺい)やって、よっぱれえになって帰(けえ)って来たが、馬(むま)の下湯(そゝゆ)を浴(つか)わねえで転輾(ぶっくりけ)えって寝ちまった、眠(ねむ)たくってなんねえ、何だって今時分出掛けて来た」
早「ま、眼え覚(さま)せや、覚せてえに」
久「アハー」
早「大(でけ)え欠伸(あくび)いするなア」
久「何だ」
早「他のことでもねえが、此間(こねえだ)汝(われ)がに話をしたが、己(おら)ア家(うち)の客人が病気になって、娘子(あまっこ)が一人附いているだ、好(い)い女子(おなご)よ」
久「話い聞いたっけ、好(え)い女子(おなご)で、汝(われ)がねらってるって、それが何うしただ」
早「その連(つれ)の病人が死んだだ」
久「フーム気の毒だのう」
早「就(つい)ては彼(あ)の娘(あま)を己(おら)の嫁に貰えてえと思って、段々手なずけた処が、当人もまんざらでも無(ね)えようで、謎をかけるだ、此の病人が死んでしまえば、行処(ゆきどころ)もねえ心細い身の上でございますと云うから、親父に話をした処が、親父は慾張ってるから其様(そん)な者を貰って何うすると、頓(とん)と相手になんねえから、汝(われ)が己(おら)ア親父に会って話を打(ぶ)って、彼(あ)の娘(あま)を貰うようにしちゃアくんめえか」
久「然(そ)うさなア、どうもこれはお前(めい)ん処(とこ)の父(とっ)さまという人は中々道楽をぶって、他人(ひと)のいう事ア肯(き)かねえ人だよ、此の前(めえ)荷い馬へ打積(ぶっつ)んで、お前(めえ)ん処(とこ)の居先(みせさき)[#「居先」は「店先」の誤記か]で話をしていると、父さまが入(はえ)り口(ぐち)へ駄荷(だに)い置いて気の利かねえ馬方(むまかた)だって、突転(つッころ)ばして打転(ぶっころ)ばされたが、中々強い人で、話いしたところが父さまの気に入らねえば駄目だよ、アハー」
早「欠伸い止せよ……これは少しだがの、汝(われ)え何ぞ買って来るだが、夜更(よふ)けで何にもねえから、此銭(これ)で一盃(いっぺい)飲んでくんろ」
久「気の毒だのう、こんなに差し吊(つる)べたのを一本くれたか、気の毒だな、こんなに心配(しんぺい)されちゃア済まねえ、此間(こねえだ)あの馬十(ばじゅう)に聞いたゞが、どうも全体(ぜんてえ)父さまが宜くねえ、息子が今これ壮(さか)んで、丁度嫁を娶(と)って宜(え)い時分だに、男振も好(よ)し何処(どこ)からでも嫁は来るだが、何故嫁を娶ってくれねえかと、父さまを悪く云って、お前(めえ)の方を皆(みん)な誉(ほ)めている、男が好(い)いから女の方から来るだろう」
早「来るだろうって……どうも……親父が相談ぶたねえから駄目だ」
久「相談ぶたねえからって、お前(めえ)は男が好(い)いから娘(むすめ)を引張込(ひっぱりこ)んで、優しげに話をして、色事になっちまえ、色事になって何処(どこ)かへ突走(つッぱし)れ……己(おら)の家(うち)へ逃げて来(こ)う、其の上で己が行って、父さまに会ってよ、お前も気に入るめえが、若(わけ)え同志で斯ういう訳になって、女子(おなご)を連れて己の家へ来て見れば、家も治(おさま)らねえ訳で、是も前(さき)の世に定まった縁だと思って、余(あんま)り喧(やか)ましく云わねえで、己が媒妁(なこうど)をするから、彼(あれ)を※(「女+息」、第4水準2-5-70)子(よめっこ)にして遣(や)ってくんろえ、家に置くのが否(いや)だなら、別に世帯(しょたい)を持たしても宜(え)いじゃアねえかという話になれば、仕方がねえと親父も諦めべえ、色事になれや」
早「成れたって……成る手がゝりがねえ」
久「女に何とか云って見ろ」
早「間(ま)が悪くって云えねえ、客人だから、それに真面目な人だ、己(おら)が座敷へ入(へい)ると起上って、誠に長く厄介になって、お前には分けて世話になって、はア気の毒だなんて、中々お侍(さむらえ)さんの娘だけに怖(おっかね)えように、凛々(りゝ)しい人だよ」
久「口で云い難(にく)ければ文(ふみ)を書いてやれ、文をよ、袂(たもと)の中へ放り込むとか、枕の間へ挟(はさ)むとかして置けい、娘子(あまっこ)が読んで見て、宿屋の息子さんが然(そ)ういう心なれば嬉しいじゃアないか、どうせ行処(ゆきどこ)がないから、彼(あ)の人と夫婦になりてえと、先方(さき)で望んでいたら何うする」
早「何だか知んねえが、それはむずかしそうだ」
久「そんな事を云わずにやって見ろ」
早「ところが私(わし)は文(ふみ)い書(け)いた事がねえから、汝(われ)書いてくんろ、汝は鎮守様の地口行灯(じぐちあんどう)を拵(こしれ)えたが巧(うめ)えよ、それ何とかいう地口が有ったっけ、そう/\、案山子(かゝし)のところに何か居(い)るのよ」
久「然(そ)うよ、己(おら)がやったっけ、何か己(おれ)え……然うさ通常(たゞ)の文をやっても、これ面白くねえから、何か尽(づく)し文(もん)でやりてえもんだなア」
早「尽し文てえのは」
久「尽しもんてえのは、ま花の時なれば花尽しよ、それからま山尽しだとか、獣類尽(けだものづく)しだとかいう尽しもんで贈(や)りてえなア」
早「それア宜(え)いな、何ういう塩梅(あんべい)に」
久「今時だから何(どう)だえ虫尽しか何(なん)かでやれば宜(え)いな」
早「一つ拵(こしれ)えてくんろよ」
久「紙があるけえ」
早「紙は持っている」
久「其処(そこ)に帳面を付ける矢立の巨(でけ)えのがあるから、茶でも打(ぶ)っ垂(たら)して書けよ、まだ茶ア汲んで上げねえが、其処に茶碗があるから勝手に汲んで飲めよ、虫尽しだな、その女子(おなご)が此の文(ふみ)を見て、あゝ斯ういう文句を拵(こしら)える人かえ、それじゃアと惚れるように書かねえばなんねえな」
早「だから何ういう塩梅(あんべい)だ」
久「ま其処へ一つ覚(おぼえ)と書け」
早「覚……おかしいな」
久「おかしい事があるものか、覚えさせるのだから、一つ虫尽しにて書記(かきしる)し※(まいらせそろ)[#「まいらせそろ」の草書体、344-6]よ」
早「一(ひとつ)虫尽しにて書記(かきしる)し※[#「まいらせそろ」の草書体、344-6]」
久「えゝ女子(おんな)の綺麗(きれえ)な所を見せなくちゃアなんねえ……綺麗な虫は……ア玉虫が宜(え)い、女の美しいのを女郎屋(じょろや)などでは好(い)い玉だてえから、玉虫のようなお前様を一(ひ)と目見るより、いなご、ばったではないが、飛(とび)っかえるほどに思い候(そうろう)と書け」
早「成程いなご、ばったではないが、飛っかえるように思い候(そろ)」
久「親父の厳(やかま)しいところを入れてえな、親父はガチャ/″\虫にてやかましく、と」
早「成程……やかましく」
久「お前の傍(そば)に芋虫のごろ/″\してはいられねえが、えゝ……簑虫(みのむし)を着(き)草鞋虫(わらじむし)を穿(は)き、と」
早「何の事だえ」
久「汝(われ)が野らへ行く時にア、簑を着たり草鞋を穿いたりするだから」
早「成程……草鞋虫を穿きい」
久「かまぎっちょを腰に差し、野らへ出てもお前様の事は片時忘れるしま蛇もなく」
早「成程……しま蛇もなく」
久「えゝ、お前様の姿が赤蜻蛉(あかとんぼ)の眼の先へちら/\いたし候(そろ)」
早「何ういう訳だ」
久「蜻蛉(とんぼう)の出る時分に野良(のら)へ出て見ろ、赤蜻蛉(あかとんぼ)が彼方(あっち)へ往(い)ったり此方(こっち)へ往ったり、目まぐらしくって歩けねえからよ」
早「成程……ちら/\いたし候(そろ)」
久「えゝと、待てよ……お前と夫婦(みょうと)になるなれば、私(わし)は表で馬追(むまお)い虫、お前は内で機織虫(はたおりむし)よ」
早「成程……私(わし)は馬(うま)を曳(ひ)いて、女子(おなご)が機を織るだな」

久「えゝ…股へ蛭(ひる)の吸付いたと同様お前の側を離れ申さず候(そろ)、と情合(じょうあい)だから書けよ」
早「成程……お前の側を離れ申さず候(そろ)か、成程情合だね」
久「えゝ、虻(あぶ)蚊馬蠅(むまばえ)屁放虫(へっぴりむし)」
早「虻蚊馬蠅屁放虫」
久「取着かれたら因果、晩げえ私(わし)を松虫なら」
早「……晩げえ私(わし)を松虫なら」
久「藪蚊(やぶか)のように寝床まで飛んでめえり」
早「藪蚊のように寝床まで飛んでめえり」
久「直様(すぐさま)思いのうおっ晴(ぱら)し候(そろ)、巴蛇(あおだいしょう)の長文句蠅々(はい/\)※[#かしく」の草書体、345-9]」
早「成程是(こ)りゃア宜(え)いなア」
久「是(これ)じゃア屹度(きっと)女子(おなご)がお前(めえ)に惚れるだ、これを知れねえように袂(たもと)の中へでも投(ほう)り込むだよ」
 と云われ、早四郎は馬鹿な奴ですから、右の手紙を書いて貰って宅(うち)へ帰り、そっとお竹の袂へ投込(なげこ)んで置きましたが、開けて見たって色文(いろぶみ)と思う気遣(きづか)いはない。翌朝(よくあさ)になりますと宿屋の主人(あるじ)が、
五「お早うございます」
竹「はい、昨夜は段々有難う」
五「えゝ段々お疲れさま……続いてお淋しい事でございましょう」
竹「有難う」
五「えゝ、お嬢さん、誠に一国(いっこく)な事を申すようですが、私(わたくし)は一体斯ういう正直な性質(うまれつき)で、私どもはこれ本陣だとか脇本陣だとか名の有る宿屋ではございませんで、ほんの木賃宿の毛の生えた半旅籠同様で、あなた方が泊ったところが、さしてお荷物も無し、お連の男衆は御亭主かお兄様(あにいさま)か存じませんが、お死去(かくれ)になってあなた一人残り、一人旅は極(ごく)厳(やか)ましゅうございまして、え、横川(よこかわ)の関所の所(とこ)も貴方はお手形が有りましょう、越えて入らっしゃいましたから、私どもでも安心はして居りますが、何しろ御病気の中だから、毎朝宿賃を頂戴いたす筈ですが、それも御遠慮申して、医者の薬礼お買物の立替え、何や彼(か)やの御勘定(ごかんじょう)が余程溜(たま)って居ります、それも長旅の事で、無いと仰しゃれば仕方が無いから、へえと云うだけの事で、宿屋も一晩泊れば安いもので、長く泊れば此んな高いものはありません、就(つい)ては一国なことを申すようですが、泊って入らっしゃるよりお立ちになった方がお徳だろうし、私も其の方が仕合せで、どうか一先(ひとま)ず立って戴きたいもので」
竹「はい、私(わたくし)はさっぱり何事も家来どもに任して置きました内に病気附きましたので、つい宿賃も差上げることを失念致した理由(わけ)でもございませんが、病人にかまけて大きに遅うなりました、嘸(さぞ)かし御心配で、胡乱(うろん)の者と思召(おぼしめ)すかは知りませんが、宿賃ぐらいな金子は有るかも知れません、直(じき)に出立いたしますから、早々御勘定(ごかんじょう)をして下さい、何(ど)の位あれば宜(よ)いか取って下さいまし」
 とお屋敷育ちで可なりの高を取りました人のお嬢さんで、宿屋の亭主風情(ふぜい)に見くびられたと思っての腹立ちか、懐中からずる/″\と納戸縮緬(なんどちりめん)の少し汚れた胴巻を取出し、汚れた紙に包んだ塊(かたまり)を見ると、おおよそ七八十両も有りはしないかと思うくらいな大きさだから、五平は驚きました。泊った時の身装(みなり)も余り好(よ)くなし、さして、着換(きがえ)の着物もないようでありました、是れは忠平が、年のいかない娘を連れて歩くのだから、目立たんように態(わざ)と汚れた衣類に致しまして、旅※(たびやつ)[#「宀/婁」、347-6]れの姿で、町人体(てい)にして泊り込みましたので、五平は案外ですから驚きました。
竹「どうか此の位あれば大概払いは出来ようかと思いますが、書付を持って来て下さい」
 と云われたので、流石(さすが)の五平も少し気の毒になりましたが、
五「はい/\、えゝ、お嬢さま、誠に私(わたくし)はどうも申訳のない事をいたしました、あなた御立腹でございましょうが、あなたを私が見くびった訳でもなんでもない、実はその貴方にお費(かゝ)りのかゝらんように種々(いろ/\)と心配致しまして、馬子や舁夫(かごかき)を雇いましても宿屋の方で値切って、なるたけ廉(やす)くいたさせるのが宿屋の亭主の当然(あたりまえ)でへえ見下げたと思召(おぼしめ)しては恐入ります、只今御勘定を致します、へい/\どうぞ御免なすって」
 と帳場へまいりまして、
五「あゝ大層金子(かね)を持っている、彼(あれ)は何者か知らん」
 と暫(しばら)くお竹の身の上を考えて居りましたが、別に考えも附きません。医者の薬礼から旅籠料、何や彼(か)やを残らず書付にいたして持って来ましたが、一ヶ月居ったところで僅かな事でございます。お竹は例の胴巻から金を出して勘定をいたし、そこ/\手廻りを取片附け、明日(あす)は早く立とうと舁夫(かごや)や何かを頼んで置きました。其の晩にそっと例の早四郎が忍んで来まして、
早「お客さん……お客さん……眠(ねぶ)ったかね、お客さん眠ったかね」
竹「はい、何方(どなた)」
早「へえ私(わし)でがすよ」
竹「おや/\御子息さん、さ此方(こちら)へ……まだ眠(ねむ)りはいたしませんが、蚊帳(かや)の中へ入りましたよ」
早「えゝ嘸(さぞ)まア力に思う人がおっ死(ち)んで、あんたは淋(さみ)しかろうと思ってね、私(わし)も誠に案じられて心配(しんぺえ)してえますよ」
竹「段々お前さんのお世話になって、何(なん)ぞお礼がしたいと思ってもお礼をする事も出来ません」
早「先刻(さっき)親父が処(とけ)え貴方(あんた)が金え包んで種々(いろ/\)厄介になってるからって、別に私(わし)が方へも金をくれたが、そんなに心配(しんぺい)しねえでも宜(え)え、何も金が貰いてえって世話アしたんでねえから」
竹「それはお前の御親切は存じて居ります誠に有難う」
早「あのー昨夜(よんべ)ねえ、私(わし)が貴方(あんた)の袂(たもと)の中へ打投(ぶっぽ)り込んだものを貴方披(ひら)いて見たかねえ」
竹「何を…お前さんが…」
早「あんたの袂の中(なけ)へ書(け)えたものを私(わし)が投(ほう)り込んだ事があるだ」
竹「何様(どん)な書いたもの」
早「何様(どんな)たって、丹誠して心のたけを書いただが、あんたの袂に書いたものが有ったんべい」
竹「私は少しも知らないので、何か無駄書(むだがき)の流行唄(はやりうた)かと思いましたから、丸めて打棄(うっちゃ)ってしまいました」
早「あれ駄目だね、流行唄じゃアねえ、尽(づく)しもんだよ、艶書(いろぶみ)だよ、丸めて打棄っては仕様がねえ、人が種々(いろ/\)丹誠したのによ」
 と大きに失望をいたして欝(ふさ)いでいます。

        三十四

 お竹は漸々(よう/\)に其の様子を察して、可笑(おか)しゅうは思いましたが、また気の毒でもありますからにっこり笑って、
竹「それは誠にお気の毒な事をしましたね」
早「お気の毒ったって、まア困ったな、どうも私(わし)はな……実アな、まア貴方(あんた)も斯うやって独身(ひとり)で跡へ残って淋(さび)しかろうと思い私も独身(ひとりみ)でいるもんだから、友達が汝(われ)え早く女房を貰ったら宜(よ)かろうなんてって嬲(なぶ)られるだ、それに就(つ)いては彼(あ)の優気(やさしげ)なお嬢さんは、身寄頼りもねえ人だから、病人が死なば己(おら)がの女房に貰いてえと友達に喋(しゃべ)っただ、馬十(ばじゅう)てえ奴と久藏てえ奴が、ぱっ/\と此れを方々(ほう/″\)へ触れたんだから、忽(たちま)ち宿中(しゅくじゅう)へ広まっただね」
竹「そんな事お前さん云立(いいた)てをしておくれじゃア誠に困ります」
早「困るたって私(わし)もしたくねえが、冗談を云ったのが広まったのだから、今じゃア是非ともお前(めえ)さんを私の女房にしねえば、世間へ対(てえ)して顔向が出来ねえから、友達に話をしたら、親父が厳(やか)ましくって仕様がねえけんども、貴方(あんた)と己(おれ)と怪(おか)しな仲になっちまえば、友達が何うでも話をして、親父に得心のうさせる、どうせ親父は年い老(と)ってるから先へおっ死(ち)んでしまう、然(そ)うすれば此の家(うち)は皆(みんな)己のもんだ、貴方が私の女房に成ってくれゝば、誠に嬉しいだが、今夜同志に此の座敷で眠(ねぶ)っても宜(よ)かんべえ」
竹「怪(け)しからん事をお云いだね、お前はま私を何だとお思いだ、優しいことを云っていれば好(い)い気になって、お前私が此処(こゝ)へ泊っていれば、家(うち)の客じゃアないか、其の客に対して宿屋の忰が然(そ)んな無礼なことを云って済みますか、浪人して今は見る影もない尾羽打枯(おはうちから)した身の上でも、お前たちのようなはしたない下郎(げろう)を亭主に持つような身の上ではありません、無礼なことをお云いでない、彼方(あっち)へ行きなさい」
早「魂消(たまげ)たね……下郎え……此の狸女(たぬきあま)め……そんだら宜(え)え、そうお前の方で云やア是まで親父の眼顔(めかお)を忍んで銭を使って、お前(めえ)の死んだ仏の事を丹誠した、また尽(つく)しものを書いて貰うにも四百(しひゃく)と五百の銭を持ってって書いて貰ったわけだ、それを下郎だ、身分が違うと云えば、私(わし)も是までになって、あんたに其んなことを云われゝば友達へ顔向が出来ねえから、意気張(いきはり)ずくになりゃア敵(かたき)同志だ、可愛さ余って憎さが百倍、お前の帰(けえ)りを待伏(まちぶせ)して、跡を追(おっ)かけて鉄砲で打殺(ぶッころ)す気になった時には、とても仕様がねえ、然(そ)うなったら是までの命だと諦めてくんろ」
竹「あらまア、そんな事を云って困るじゃアないか、敵同志だの鉄砲で打(う)つのと云って」
早「私(わし)は下郎さ、お前(まえ)はお侍(さむれえ)の娘(むすめ)だろう、併(しか)し然(そ)う口穢(くちぎたな)く云われゝば、私だって快くねえから、遺恨に思ってお前(めえ)を鉄砲で打殺(ぶちころ)す心になったら何うするだえ」
竹「困るね、だけども私はお前に身を任せる事は何うしても出来ない身分だもの」
早「出来ないたって、病人が死んでしまえば便りのない者で困るというから、家(うち)へ置くべいと思って、人に話をしたのが始まりだよ、どうも話が出来ねえば出来ねえで宜(え)いから覚悟をしろ、親父が厳(やか)ましくって家(うち)にいたって駄目だから、やるだけの事をやっちまう、棒鼻(ぼうばな)あたりへ待伏せて鉄砲で打(ぶ)ってしまうから然(そ)う思いなせえ」
竹「まアお待ちなさい」
 と止めましたのは、此様(こん)な馬鹿な奴に遇(あ)っては仕様がない、鉄砲で打(う)ちかねない奴なれど、斯(かゝ)る下郎に身を任せる事は勿論出来ず、併(しか)し世に馬鹿程怖い者はありませんから、是は欺(だま)すに若(し)くはない、今の中(うち)は心を宥(なだ)めて、ほとぼりの脱(ぬ)けた時分に立とうと心を決しました。
竹「あの斯うしておくれな私のようなものをそれ程思ってくれて、誠に嬉しいけれども、考えても御覧、たとえ家来でも、あゝやって死去(なくな)ってまだ七日も経(た)たん内に、仏へ対して其んな事の出来るものでもないじゃアないか」
早「うん、それは然(そ)うだね、七日の間は陰服(いんぷく)と云って田舎などではえら厳(やか)ましくって、蜻蛉一つ鳥一つ捕ることが出来ねえ訳だから、然ういう事がある」
竹「だからさ七日でも済めば、親御も得心のうえでお話になるまいものでもないから、今夜だけの処は帰っておくれ」
早「然(そ)うお前(まえ)が得心なれば帰る、田舎の女子(おなご)のように直(す)ぐ挨拶をする訳には往(い)くめえが、お前のように否(いや)だというから腹ア立っただい、そんなら七日が済んで、七日の晩げえに来るから、其の積りで得心して下さいよ」
 とにこ/\して、自分一人承知して帰ってしまいました。斯様(かよう)な始末ですからお竹は翌朝(よくあさ)立つことが出来ません、既に頼んで置いた舁夫(かごかき)も何も断って、荷物も他所(わき)へ隠してしまいました。主人の五平は、
五「お早うございます、お嬢さま、えゝ只今洪願寺の和尚様が前をお通りになりましたから、今日お立ちになると申しましたら、和尚様の言いなさるには、それは情(なさけ)ない事だ、遠い国へ来て、御兄弟だか御親類だか知らないが、死人を葬り放(ぱな)しにしてお立ちなさるのは情ない、せめて七日の逮夜(たいや)でも済ましてお立ちになったら宜(よ)かろうに、余りと云えば情ない、それでは仏も浮(うか)まれまいとおっしゃるから、私(わし)も気になってまいりました、長くいらっしゃったお客様だ、何は無くとも精進物で御膳でもこしらえ、へゝゝゝ、宅(うち)へ働きにまいります媼達(ばゞあたち)へお飯(まんま)ア喰わして、和尚様を呼んで、お経でも上げてお寺参(めえ)りでもして、それから貴方(あなた)七日を済まして立って下されば、私(わたくし)も誠に快(こゝろよ)うございます、また貴方様も仏様のおためにもなりましょうから、どうか七日を済ましてお立ちを」
竹「成程私(わたくし)も其の辺は少しも心附きませんでした、大きに左様で、それじゃア御厄介序(ついで)に七日まで置いて下さいますか」
 というので七日の間泊ることになりました。他に用は無いから、毎日洪願寺へまいり、夜は回向(えこう)をしては寝ます。宵(よい)の中(うち)に早四郎が来て種々(いろ/\)なことをいう。忌(いや)だが仕方がないから欺(だま)かしては帰してしまう。七日まで/\と云い延べている中(うち)に早く六日経ちました。丁度六日目に美濃の南泉寺(なんせんじ)の末寺(まつじ)で、谷中の随応山(ずいおうざん)南泉寺の徒弟で、名を宗達(そうたつ)と申し、十六才の時に京都の東福寺(とうふくじ)へまいり、修業をして段々行脚(あんぎゃ)をして、美濃路辺(あたり)へ廻って帰って来たので、まだ年は三十四五にて色白にして大柄で、眉毛のふっさりと濃い、鼻筋の通りました品の好(よ)い、鼠無地に麻の衣を着、鼠の頭陀(ずだ)を掛け、白の甲掛脚半(こうがけきゃはん)、網代(あじろ)の深い三度笠を手に提げ、小さな鋼鉄(くろがね)の如意を持ちまして隣座敷へ泊った和尚様が、お湯に入り、夕飯(ゆうはん)を喰(た)べて夜(よ)に入(い)りますと、禅宗坊主だからちゃんと勤めだけの看経(かんきん)を致し、それから平生(へいぜい)信心をいたす神さまを拝んでいる。何と思ったかお竹は襖(ふすま)を開けて、
竹「御免なさいまし」
僧「はい、何方(どなた)じゃ」
竹「私(わたくし)はお相宿(あいやど)になりまして、直(じ)き隣に居りますが、あなた様は最前お著(つき)の御様子で」
僧「はい、お隣座敷へ泊ってな、坊主は経を誦(よ)むのが役で、お喧(やか)ましいことですが、夜更(よふけ)まで誦みはいたしません、貴方も先刻(さっき)から御回向をしていらっしったな」
竹「私(わたくし)は長らく泊って居りますが、供の者が死去(なくな)りまして、此の宿外(しゅくはず)れのお寺へ葬りました、今日(こんにち)は丁度七日の逮夜に当ります、幸いお泊り合せの御出家様をお見掛け申して御回向を願いたく存じます」
僧「はい/\、いや/\それはお気の毒な話ですな、うん/\成程此の宿屋に泊って居る中(うち)、煩(わずろ)うてお供さんが…おう/\それはお心細いことで、此の村方へ御送葬(ごそう/\)になりましたかえ、それは御看経(ごかんきん)をいたしましょう、お頼みはなくとも知ればいたす訳で、何処(どこ)へ参りますか」
竹「はい、こゝに机がありまして、戒名もございます」
僧「あゝ成程左様ならば」
 と是から衣を着換え、袈裟(けさ)を掛けて隣座敷へまいり、机の前へ直りますと、新しい位牌があります、白木の小さいので戒名が書いてあります。
僧「あゝ、是ですか、えゝ、むう八月廿四日(か)にお死去(かくれ)になったな、うむ、お気の毒な事で南無阿弥陀仏々々々々々々、宜しい、えゝ、お線香は私(わし)が別に好(よ)いのを持って居りますから、これを薫(た)きましょう」
 と頭陀(ずた)の中から結構な香を取出し、火入(ひいれ)の中へ入れまして、是から香を薫き始め、禅宗の和尚様の事だから、懇(ねんごろ)に御回向がありまして、
僧「えゝ、お戒名は如何(いか)さま好(よ)いお戒名で、うゝ光岸浄達信士(こうがんじょうたつしんし)」
竹「えゝ、是は只心ばかりで、お懇(ねんごろ)の御回向を戴きまして、ほんのお布施で」
僧「いや多分に貴方、旅の事だから布施物(ふせもつ)を出さんでも宜しい、それやア一文ずつ貰って歩く旅僧(たびそう)ですから、一文でも二文でも御回向をいたすのは当然(あたりまえ)で、併(しか)し布施のない経は功徳にならんと云うから、これは戴きます、左様ならば私(わし)は旅疲れゆえ直(す)ぐに寝ます、ま御免なさい」
 と立ちかけるを留(と)めて、
竹「あなた少々お願いがございます」
僧「はい、なんじゃな」
 と又坐(すわ)る。お竹はもじ/\して居りましたが、応(やが)て、
竹「おつな事を申上げるようでございますが、当家の忰が私(わたくし)を女と侮(あなど)りまして、毎晩私の寝床へまいって、怪(け)しからん事を申しかけまして、若(も)し云うことを肯(き)かなければ殺してしまうの、鉄砲で打つのと申します、馬鹿な奴と存じますから、私も好(よ)い加減に致して、七日でも済んだら心に従うと云い延べて置きましたが、今晩が丁度七日の逮夜で、明朝(みょうあさ)早く此の宿(やど)を立とうと存じますから、屹度(きっと)今晩まいって兎や角申し、又理不尽な事を致すまいものでもあるまいと存じますで、誠に困りますが、幸い隣へお相宿になりましたから、事に寄ると私が貴方の方へ逃込んでまいりますかも知れません、其の時には何卒(どうぞ)お助け遊ばして下さるように」
僧「いや、それは怪(け)しからん、それは飛んだ事じゃ私(わし)にお知らせなさい、押えて宿の主人(あるじ)を呼んで談じます、然(そ)ういう事はない、自分の家(うち)の客人に対して、女旅と侮(あなど)り、恋慕(れんぼ)を仕掛けるとは以(もっ)ての外(ほか)の事じゃ、実に馬鹿程怖い者はない、宜しい/\、来たらお知らせなさい」
竹「何卒(どうか)願います」
 と少し憤(いきどお)った気味で受合いましたから、大きにお竹も力に思って、床を展(と)って臥(ふせ)りました、和尚さまは枕に就(つ)くと其の儘旅疲れと見え、ぐう/\と高鼾(たかいびき)で正体なく寝てしまいました。お竹は鼾の音が耳に附いて、どうも眠(ね)られません、夜半(よなか)に密(そっ)と起きて便所(ようば)へまいり、三尺の開(ひら)きを開けて手を洗いながら庭を見ると、生垣(いけがき)になっている外は片方(かた/\)は畠で片方は一杯の草原(くさはら)で、村の人が通るほんの百姓道でございます。秋のことだから尾花(おばな)萩(はぎ)女郎花(おみなえし)のような草花が咲き、露が一杯に下りて居ります。秋の景色は誠に淋しいもので、裏手は碓氷の根方(ねがた)でございますから小山(こやま)続きになって居ります。所々(ところ/\)ちら/\と農家の灯火(あかり)が見えます、追々戸を締めて眠(ね)た処もある様子。お竹が心の中(うち)で。向うに幽(かす)かに見えるあの森は洪願寺様であるが、彼処(あすこ)へ葬り放しで此処(こゝ)を立つのは不本意とは存じながら、長く泊っていれば、宿屋の忰が来て無理無体に恋慕を云い掛けられるのも忌(いや)な事であると、庭の処から洪願寺の森を見ますと、生垣の外にぬうと立っている人があります。男か女か分りませんが、頻(しき)りと手を出してお出(いで)/\をしてお竹を招く様子、腰を屈(かゞ)めて辞儀をいたし、また立上って手招ぎをいたします。
竹「はてな、私を手招ぎをして呼ぶ人はない訳だが……男の様子だな、事によったら敵(かたき)の手係りが知れて、人に知れんように弟(おとゝ)が忍んで私に会いに来たことか、それとも屋敷から内々(ない/\)音信(たより)でもあった事か」
 と思わず褄(つま)を取りまして、其処(そこ)に有合せた庭草履を穿(は)いて彼(か)の生垣の処へ出て見ると、十間ばかり先の草原(くさばら)に立って居りまして、頻りと招く様子ゆえお竹は、はてな……と怪しみながら又跡を慕ってまいりますと、又男が後(あと)へ退(さが)って手招きをするので、思わず知らずお竹は畠続きに洪願寺の墓場まで参りますと、新墓(しんばか)には光岸浄達信士という卒塔婆(そとば)が立って樒(しきみ)が上(あが)って、茶碗に手向(たむけ)の水がありますから、あゝ私ゃア何うして此処(こゝ)まで来たことか、私の事を案じて忠平が迷って私を救い出すことか、ひょっとしたら私が気を落している所へ附込んで、狐(きつね)狸(たぬき)が化(ばか)すのではないか、もし化されて此様(こん)な処へ来やアしないかと、茫然として墓場へ立止って居りました。

        三十五

 此方(こなた)は例の早四郎が待ちに待った今宵(こよい)と、人の寝静(ねしずま)るを窺(うかご)うてお竹の座敷へやって参り、
早「眠(ねぶ)ったかね/\、お客さん眠ったかえ……居ねえか……約束だから来ただ、※(「巾+廚」、第4水準2-12-1)(かや)の中へ入(ひえ)っても宜(え)いかえ入(ひえ)るよ、入っても宜いかえ」
 と理不尽に※(「巾+廚」、第4水準2-12-1)(かや)を捲(まく)って中へ入り。
早「眠(ねぶ)ったか……あれやア居ねえわ、何処(どけ)え行っただな、私(わし)が来る事を知っているから逃げたか、それとも小便垂れえ行ったかな、ア小便垂れえ行ったんだ、逃げたって女一人で淋しい道中は出来ねえからな、私(わし)ア此の床の中へ入(ひえ)って頭から掻巻(けえまき)を被(かぶ)って、ウフヽヽ屈(つく)なんでると、女子(おなご)は知んねえからこけえ来る、中へお入(ひえ)んなさいましと云ったところで、男が先へ入(ひえ)っていりゃア間(ま)を悪がって入(ひえ)れめえから、小(ちっ)さくなってると、誰もいねえと思ってすっと入(ひえ)って来ると、己(おら)アこゝにいたよって手を押(つか)めえて引入れると、お前(めえ)来ねえかと思ったよ、なに己ア本当に是まで苦労をしたゞもの、だから中(なけ)え入(ひえ)るが宜(え)い、入(ひえ)っても宜(え)いかえと引張込(ふっぱりこ)めば、其の心があっても未(ま)だ年い行かないから間を悪がるだ、屹度(きっと)然(そ)うだ、こりゃア息い屏(こら)して眠(ねぶ)った真似えしてくれべえ」
 と止せば宜(い)いのに早四郎はお竹の寝床の中で息を屏(こら)して居りました。暫(しばら)く経(た)つと密(そっ)と抜足(ぬきあし)をして廊下をみしり/\と来る者があります。古い家(うち)だから何(どん)なに密と歩いても足音が聞えます、早四郎は床の内で来たなと思っていますと、密と障子を開け、スウー。早四郎は障子を開けたなと思っていますと、ぷつり/\と、吊ってありました※(「巾+廚」、第4水準2-12-1)(かや)の吊手(つりて)を切落し、寝ている上へフワリと乗ったようだから、
早「何だこれははてな」
 と考えて居りますと、片方(かたっぽ)では片手で探(さぐ)り、此処(こゝ)ら辺(あたり)が喉笛(のどぶえ)と思う処を探り当てゝ、懐から取出したぎらつく刄物を、逆手(さかて)に取って、ウヽーンと上から力に任せて頸窩骨(ぼんのくぼ)へ突込(つッこ)んだ。
早「あゝ」
 と悲鳴を上げるのを、ウヽーンと※(「宛+りっとう」、第4水準2-3-26)(えぐ)りました。苦しいから足をばた/\やる拍子に襖(ふすま)が外れたので、和尚が眼を覚して、
僧「はゝ、夜這(よばい)が来たな」
 と思いましたから起きて来て見ると、灯火(あかり)が消えている。
僧「困ったな」
 と慌(あわ)てゝ手探りに枕元にある小さな鋼鉄(くろがね)の如意(にょい)を取って透(すか)して見ると、判然(はっきり)は分りませんが、頬被(ほうかぶ)りをした奴が上へ乗(の)しかゝっている様子。
僧「泥坊」
 と声をかける大喝一声(だいかついっせい)、ピイーンと曲者の肝(きも)へ響きます。
曲者「あっ」
 と云って逃げにかゝる所へ如意で打ってかゝったから堪(たま)らんと存じまして、刄物で切ってかゝるのを、胆(たん)の据(すわ)った坊さんだから少しも驚かず、刄物の光が眼の先へ見えたから引外(ひっぱず)し、如意で刄物を打落し、猿臂(えんぴ)を延(のば)して逆に押(おさ)え付け、片膝を曲者の脊中へ乗掛(のっか)け、
僧「やい太い奴だ、これ苟(かりそ)めにも旅籠(はたご)を取れば客だぞ、其の客へ対して恋慕を仕掛けるのみならず、刄物などを以て脅して情慾を遂(と)げんとは不埓至極の奴だ、これ宿屋の亭主は居らんか、灯火(あかり)を早く……」
 という処へ帰って来ましたのはお竹で。
竹「おや何で」
僧「む、お怪我はないか」
竹「はい、私(わたくし)は怪我はございませんが、何でございます」
僧「恋慕を仕掛けた宿屋の忰が、刄物を持って来て貴方に迫り、わっという声に驚いて眼をさまして来ました、早く灯火(あかり)を……廊下へ出れば手水場(ちょうずば)に灯火がある」
 という中(うち)に雇婆(やといばあ)さんが火を点(とぼ)して来ましたから、見ると大の男が乗掛(のッかゝ)って床(とこ)が血みどりになって居ります。
僧「此奴(こいつ)被(かぶ)り物(もの)を脱(と)れ」
 と被っている手拭を取ると、早四郎ではありませんで、此処(こゝ)の主人(あるじ)、胡麻塩交(ごましおまじ)りのぶっつり切ったような髷(まげ)の髪先(はけさき)の散(ちら)ばった天窓(あたま)で、お竹の無事な姿を見て、えゝと驚いてしかみ面(つら)をして居ります。
僧「お前は此の宿屋の亭主か」
五「はい」
竹「何うしてお前は刄物を持って私の部屋へ来て此様(こん)な事をおしだか」
五「はい/\」
 とお竹に向って、
五「あ…貴方はお達者でいらっしゃいますか、そうして此の床の中には誰がいますの」
 と布団を引剥(ひっぱ)いで見ますと、今年二十五になります現在己(おのれ)の実子早四郎が俯伏(うつぷし)になり、血(のり)に染って息が絶えているのを見ますと、五平は驚いたの何(なん)のではございません、真蒼(まっさお)になって、
五「あゝ是は忰でございます、私(わし)の忰が何うして此の床の中に居りましたろう」
僧「何うして居たもないものだ、お前が殺して置きながら、お前はまア此者(これ)が何(ど)の様(よう)な悪い事をしたか知らんが、本当の子か、仮令(たとえ)義理の子でも無闇に殺して済む理由(わけ)ではない、何ういう理由じゃ」
五「はい/\、お嬢さま、あなたは今晩こゝにお休みはございませんのですか」
竹「私はこゝに寝ていたのだが、不図(ふと)起きて洪願寺様へ墓参りに行って、今帰って来ましたので」
五「何うして忰が此処(こゝ)へ参って居りましたろう」
僧「いや、お前の忰は此の娘(ねえ)さんの所(とこ)へ毎晩来て怪(け)しからんことを云掛け、云う事を肯(きか)んければ、鉄砲で打つの、刄物で斬るのと云うので、娘さんも誠に困って私(わし)へお頼みじゃ、娘さんが墓参りに行った後(あと)へお前の子息(むすこ)が来て、床の中に入って居(い)るとも知らずお前が殺したのじゃ」
五「へえ、あゝー、お嬢さま真平(まっぴら)御免なすって下さいまし、実は悪い事は出来ないもんでございます、忽(たちま)ちの中(うち)に悪事が我子(わがこ)に報いました、斯う覿面(てきめん)に罰(ばち)の当るというのは実に恐ろしい事でございます、私(わたくし)は他に子供はございません、此様(こん)の[#「此様(こん)の」は「此様(こん)な」の誤記か]田舎育ちの野郎でも、唯(たっ)た一粒者(ひとつぶもの)でございます、人間は馬鹿でございますが、私の死水(しにみず)を取る奴ゆえ、母が亡(なくな)りましてから私の丹誠で是までにした唯た一人の忰を殺すというのは、皆(みんな)私の心の迷い、強慾非道の罰でございます」
僧「土台呆れた話じゃが、何ういう訳でお前は我子を殺した」
五「はい、申上げにくい事でございますが、此の甲州屋も二十年前までは可なりな宿屋でございました処が、私(わたくし)は年を老(と)りましても、酒や博奕(ばくち)が好きでございまして、身代を遂に痛め、此者(これ)の母も苦労して亡りました、斯うやって表を張(はっ)ては居りますが、実は苦しい身代でございます、ところが此のお嬢様が先達(せんだっ)て宿賃をお払いなさる時に、懐から出した胴巻には、金が七八十両あろうと見た時は、面皰(にきび)の出る程欲しくなりました、あゝ此の金があったら又一山(ひとやま)興(おこ)して取附く事もあろうかと存じまして、無理に七日までお泊め申しましたが、愈々(いよ/\)明日(みょうにち)お立ちと聞きましたゆえ、思い切って今晩密(そっ)と此のお嬢様を殺して金を奪(と)ろうと企(たく)みました、死骸は田圃伝えに背負出(しょいだ)して、墓場へ人知れず埋めてしまえば、誰にも知れる気遣(きづか)いないと存じまして、忍んで参りました、道ならぬ事をいたした悪事は、忽(たちま)ち報い、一人の忰を殺しますとは此の上もない業曝(ごうさら)しで、実に悪い事は出来ないと知りました、私(わたくし)も最(も)う五十九でございます、お嬢さま何とも申し訳がございませんから、私は死んでしまい、貴方に申訳をいたします」
 と云切るが早いか、出刄庖丁を取って我が咽(のど)に突立てんとするから、
僧「あゝ暫く待ちなさい、まア待ちなさい、お前がこれ死んだからって言訳が立つじゃアなし、命を棄てたって何の足しにもなりゃアせん、嬢さんの御迷惑にこそなれ、宜(よ)いか先非(せんぴ)を悔い、あゝ悪い事をした、唯(たっ)た一人の子を殺したお前の心の苦しみというものは一通りならん事じゃ、是も皆(みな)罰(ばち)だ、一念の迷いから我子を殺し、其の心の苦しみを受け、一旦の懺悔(ざんげ)によって其の罪は消えている、見なさいお嬢様の一命は助かり、お前の子はお嬢様の身代りになったんじゃ、誠に気の毒なは此の息子さん、嬢さん何事も此の息子さんに免じてお前さんも堪弁(かんべん)なさい、何日(いつ)までも仇(あだ)に思っていると却(かえ)ってお前さんの死んだ御家来さんの為にもならん、宜(い)いか、又御亭主は客に対して無礼をしたとか、道楽をして棄置(すておか)れん、親に苦労をかけて堪(たま)らんから殺しましたと云って尋常に八州へ名告(なの)って出なさい、なれども一人の子を私(わたくし)に殺すのは悪い事じゃから髪の毛を切って役所へ持って行(ゆ)けば、是には何か能々(よく/\)の訳があって殺したという廉(かど)で、お前さんに甚(ひど)く難儀もかゝるまいと思う、然(そ)うして出家を遂(と)げ、息子さんの為に四国西国を遍歴して、其の罪滅(つみほろぼ)しをせんければ、兎(と)ても尋常(なみ)の人に成れんぞ」
五「はい/\」
僧「是から陰徳を施し、善事を行うが肝心、今までの悪業を消すは陰徳を積むより他に道はないぞ」
五「有難うございます」
僧「あゝ何うも気の毒な事じゃなア、お嬢さん」

        三十六

 お竹は不思議な事と心の内で忠平の霊に回向をしながら、
竹「ま、私(わたくし)は助かりましたが、誠に思い掛けない事で」
僧「いや/\世間は無常のもので、実に夢幻泡沫で実(じつ)なきものと云って、実は真(まこと)に無いものじゃ、世の人は此の理(り)を識(し)らんによって諸々(もろ/\)の貪慾執心(どんよくしゅうしん)が深くなって名聞利養(みょうもんりよう)に心を焦(いら)って貪(むさぼ)らんとする、是らは只今生(こんじょう)の事のみを慮(おもんぱか)り、旦暮(あけくれ)に妻子眷属(さいしけんぞく)衣食財宝にのみ心を尽して自ら病を求める、人には病は無いものじゃ、思う念慮(ねんりょ)が重なるによって胸に詰って来ると毛孔(けあな)が開(ひら)いて風邪を引くような事になる、人間元来(もと)病なく、薬石(やくせき)尽(こと/″\)く無用、自ら病を求めて病が起(おこ)るのじゃ、其の病を自分手に拵(こしら)え、遂に煩悩という苦悩(なやみ)も出る、之(これ)を知らずに居って、今死ぬという間際の時に、あゝ悪いことをした、あゝせつない何う仕よう、此の苦痛を助かりたいと、始めて其の時に驚いて助からんと思っても、それは兎(と)ても何の甲斐もない事じゃ、此の理(り)を知らずして破戒無慚(むざん)邪見(じゃけん)放逸(ほういつ)の者を人中(じんちゅう)の鬼畜といって、鬼の畜生という事じゃ、それ故に大梅和尚(たいばいおしょう)が馬祖大師(ばそだいし)に問うて如何(いか)なるか是(こ)れ仏、馬祖答えて即心即仏という、大梅が其の言下(ごんか)に大悟(だいご)したという、其の時に悟ったじゃ、此の世は実に仮のものじゃ、只四縁(しえん)の和合しておるのだ、幾らお前が食物(たべもの)が欲しい著物(きもの)が欲しい、金が欲しい、斯ういう田地が欲しいと云った処が、ぴたりと息が絶えれば、何一つ持って行(ゆ)くことは出来やアしまい、四縁とは地水火風(ちすいかふう)、此の四つで自然に出来ておる身体じゃ、仮に四大(地水火風)が和合して出来て居(お)るものなれば、自分の身体も有りはせん、実は無いものじゃ、自然に是は斯うする物じゃという処へ心が附かんによって、我(わが)心があると思われ、我(わが)身体を愛し、自分に従うて来る人のみを可愛がって、宜(よ)う訪ねて来てくれたと悦び、自分に背(そむ)く者は憎い奴じゃ、彼奴(あいつ)はいかんと云うようになる、人を憎む悪い心が別にあるかというに、別にあるものでもない、即仏じゃ、親父が娘を殺して金子を奪(と)ろうとした時の心は実に此の上もない極重悪人なれども、忽(たちま)ち輪回応報(りんえおうほう)して可愛い我子を殺し、あゝ悪い事をしたと悔悟(かいご)して出家になるも、即ち即心即仏じゃ、えゝ他人を自分の身体と二つあるものと思わずに、欲しい惜しいの念を棄てゝしまえば、争いもなければ憤(おこ)る事もない、自他の別を生ずるによって隔意(かくい)が出来る、隔意のある所から、物の争いが出来るものじゃ、先方(むこう)に金があるから取ってやろうとすると、先方(むこう)では私(わし)の物じゃから遣(や)らん用を勤めたら金を遣るぞ、勤めをして貰うのは当然(あたりまえ)だから、先方(さき)へくれろ、それを此方(こっちゃ)で只取ろうとする、先方(さき)では渡さんとする、是が大きゅうなると戦争(いくさ)じゃ、実に仏も心配なされて西方極楽世界阿弥陀仏を念じ、称名(しょうみょう)して感想を凝(こら)せば、臨終の時に必ず浄土へ往生すと説給(ときたま)えり、南無阿弥陀仏/\」
 圓朝が此様(こん)なことを云ってもお賽銭(さいせん)には及びません、悪くすると投げる方があります。段々と有難い事を彼(か)の宗達という和尚さんが説示(ときしめ)したからお竹も五平を恨む念は毛頭ありません。
竹「お前此の金が欲しければ皆(みん)な上げよう」
五「いえ/\金は要(い)りません、私(わたくし)は剃髪(ていはつ)して罪滅しの為に廻国(かいこく)します」
 というので剃刀(かみそり)を取寄せて宗達が五平をくり/\坊主にいたしました。早四郎の死骸は届ける所へ届けて野辺の送りをいたし、後(あと)は他人へ譲り、五平は罪滅しのため四国西国へ遍歴に出ることになり、お竹は是より深い事は話しませんが、
「私(わたくし)は粂野美作守の家来渡邊という者の娘で、弟は祖五郎と申して、只今は美作国(みまさかのくに)へまいって居ります、弟にも逢いたいと存じますし、江戸屋敷の様子も聞きたし、弟もお国表へまいって家老に面会いたし、事の仔細が分りますれば江戸屋敷へまいる筈(はず)で、何(ど)の道便りをするとは申して居りましたが、案じられてなりませんから、家来の忠平という者を連れてまいる途(みち)で長く煩いました上、遂に死別(しにわか)れになりまして、心細い身の上で、旅慣れぬ女のこと、どうか御出家様私を助けると思召(おぼしめ)し、江戸までお送り遊ばして下さいますれば、何(ど)の様(よう)にもお礼をいたしましょう、お忙しいお身の上でもございましょうが、お連れ遊ばして下さいまし」
 と頼まれて見ると宗達も今更見棄てる事も出来ず、
宗「それは気の毒なことで、それならば私(わし)と一緒に江戸まで行(ゆ)きなさるが宜(よ)い私(わし)は江戸には別に便(たよ)る処もないが、谷中の南泉寺へ寄って已前(いぜん)共に行脚(あんぎゃ)をした玄道(げんどう)という和尚がおるから、それでも尋ねたいと思う、ま兎も角もお前さんを江戸屋敷まで送って上げます」
 と云うので漸(ようよ)うの事にて江戸表へまいりましたが、上屋敷へも下屋敷へもまいる事が出来んのは、予(かね)てお屋敷近い処へ立寄る事はならんと仰せ渡されて、お暇(いとま)になった身の上ゆえ、本郷春木町の指物屋岩吉方へまいり、様子を聞くと、岩吉は故人になり、職人が家督(あと)を相続して仕事を受取って居りますことゆえ、迚(とて)も此処(こゝ)の厄介になる事は出来ません。仕方がないので、どうか様子を下屋敷の者に聞きたいと谷中へ参りますと、好(い)い塩梅に佐藤平馬(さとうへいま)という者に会って、様子を聞くと、平馬の申すには、
平「弟御(おとゝご)は此方(こっち)へおいでがないから、此の辺にうろ/\しておいでになるはお宜しくない、全体お屋敷近い処へ入らっしゃるのは、そりゃアお心得違いな事で、ま貴方は信州においでゞ、時節を待ってござったら御帰参の叶(かな)う事もありましょう、御舎弟も春部殿も未だ江戸へはお出(いで)がない、仮令(たとえ)御家老に何(ど)んなお頼みがありましても無駄な話でございます」
 と撥付(はねつ)けられ、
竹「左様なら弟は此方(こちら)へまいっては居りませんか」
平「左様、御舎弟は確(たしか)にお国においでだという話は聞きましたが、多分お国へ行って、お国家老へ何かお頼みでもある事でございましょう、併(しか)し大殿様(おおとのさま)は御病気の事であるが、事に寄ったら御家老の福原様(ふくはらさま)が御出府(ごしゅっぷ)になる時も、お暇になった者を連れてお出(いで)になる筈がないから、是は好(よ)い音信(たより)を待ってお国にお出(いで)でございましょう、殿様は御不快で、中々御重症だという事でございまして、私共(わたくしども)は下役ゆえ深い事は分りませんが、此のお屋敷近い処へ立廻るはお宜しくない事で」
 という。此の佐藤平馬という奴は、内々(ない/\)神原五郎治四郎治の二人から鼻薬をかわれて下に使われる奴、提灯持(ちょうちんもち)の方の悪い仲間でございますから、斯(か)く訳の分らんように云いましたのは、お竹にお屋敷の様子が聞かしたくないから、真実(まこと)しやかに云ってお屋敷近辺へ置かんように追払(おっぱら)いましたので、お竹はどうも致方(いたしかた)がない、旧来馴染の出入町人の処へまいりましても、長く泊っても居(お)られません、又一緒にまいった宗達も、長くは居(い)られません理由(わけ)があって、或時お竹に向い、
宗「私(わし)は何うしても美濃の南泉寺へ帰らんければならず、それに又私は些(ち)と懇意なものが有って、田舎寺に住職をしている其の者を尋ねたいと思うが、貴方は是から何処(どこ)へ参らるゝ積りじゃ」
竹「何処へも別にまいる処もありませんが、お国へまいれば弟が居ります、成程御家老も弟を連れて、お出(いで)は出来ますまい、御帰参の叶う吉左右(きっそう)を聞くそれまではお国表にいる事でございましょうから、私(わたくし)もどうかお国へ参りとうございます」
宗「併(しか)しどうも女一人では行(ゆ)かれんことで、何ともお気の毒な事だ、じゃアまア美作の国といえば是(こ)れ百七八十里隔(へだ)った処、私(わし)が送る訳にはいかんが、今更見棄てることも出来ないが、美濃の南泉寺までは是非行(ゆ)かんければならん、東海道筋も御婦人の事ゆえ面倒じゃ、手形がなければならんが、何うか工風(くふう)をして私がお送り申したいが、困った事で、兎に角南泉寺まで一緒に行(ゆ)きなさい、彼方(あっち)の者は真実があって、随分俗の者にも仏心(ぶっしん)があってな、寺へ来て用や何(なん)かするからそいらに頼んだら美作の方へ用事があってまいる者があるまいとも云えぬ、其の折に貴方を頼んでお国へ行(ゆ)かれるようだと私も安心をします、私は坊主の身の上で、婦人と一緒に歩くのは誠に困る、衆人(ひと)にも見られて、忌(いや)な事でも云われると困る、けれども是も仕方がないから、ま行(ゆ)きなさるが宜(よ)い、私は本庄宿(ほんじょうじゅく)の海禅寺(かいぜんじ)へ寄って一寸(ちょっと)玄道という者に会って、それから又美濃まで是非行(ゆ)きますから御一緒にまいろう、それには木曾路の方が銭が要らん」
 と御出家は奢(おご)らんから、寒くなってから木曾路を引返し本庄宿へまいりまして、婦人ではあるけれどもこれ/\の理由(わけ)だ、と役僧にお竹の身の上話をして、其の寺に一泊いたし、段々日数(ひかず)を経てまいりましたが、元より貯え金は所持している事で、漸(ようや)く碓氷を越して軽井沢(かるいざわ)と申す宿(しゅく)へまいり、中島屋(なかじまや)という宿屋へ宿(やど)を取りましたは、十一月の五日でござります。

        三十七

 木曾街道でも追分(おいわけ)沓掛(くつがけ)軽井沢などは最も寒い所で、誰(たれ)やらの狂歌に、着て見れば綿がうすい(碓氷)か軽井沢ゆきたけ(雪竹)あって裾(すそ)の寒さよ、丁度碓氷の山の麓(ふもと)で、片方(かた/\)は浅間山の裾になって、ピイーという雪風で、暑中にまいりましても砂を飛(とば)し、随分半纒(はんてん)でも着たいような日のある処で、恐ろしい寒い処へ泊りました。もう十一月になると彼(あ)の辺は雪でございます、初雪でも沢山降りますから、出立をすることが出来ません、詮方(せんかた)がないから逗留(とうりゅう)という事になると、お竹は種々(いろ/\)心配いたしている。それを宗達という和尚さまが真実にしてくれても何とのう気詰り、便りに思う忠平には別れ、弟(おとゝ)祖五郎の行方は知れず、お国にいる事やら、但(たゞ)しは途中で煩(わずら)ってゞもいやアしまいか、などと心細い身の上で何卒(どうぞ)して音信(たより)をしたいと思っても何処(どこ)にいるか分らず、御家老様の方へ手紙を出して宜(よ)いか分りませんが、心配のあまり手紙を出して見ました。只今の郵便のようではないから容易には届かず、返事も碌に分らんような不都合の世の中でございます。お竹は過越(すぎこ)し方を種々思うにつけ心細くなりました、これが胸に詰って癪(しゃく)となり、折々差込みますのを宗達が介抱いたします、相宿(あいやど)の者も雪のために出立する事が出来ませんから、多勢(おおぜい)囲炉裡(いろり)の周囲(まわり)へ塊(かたま)って茫然(ぼんやり)して居ります。中には江戸子(えどっこ)で土地を食詰(くいつ)めまして、旅稼ぎに出て来たというような職人なども居ります。
○「おい鐵(てつ)う」
鐵「えゝ」
○「からまア毎日(めいにち)/\降込められて立つことが出来ねえ、江戸子が山の雪を見ると驚いちまうが、飯を喰う時にずうと並んで膳が出ても、誰も碌に口をきかねえな」
鐵「そうよ、黙っていちゃア仕様がないから挨拶(えゝさつ)をして見よう」
○「えゝ」
鐵「挨拶(えゝさつ)をして見ようか」
○「しても宜(い)いが、きまりが悪いな」
鐵「えゝ御免ねえ……へえ……どうも何でごぜえやすな、お寒いことで」
△「はア」
鐵「お前(めえ)さん方は何ですかえ、相宿のお方でげすな」
△「はア」
鐵「何を云やアがる……がア/\って」
○「手前(てめえ)が何か云うからはアというのだ、宜(い)いじゃアねえか」
鐵「変だな、えゝゝ毎日(めえにち)膳が並ぶとお互(たげえ)に顔を見合せて、御飯(おまんま)を喰ってしまうと部屋へ入(へい)ってごろ/\寝るくれえの事で仕様がごぜえやせんな、夜になると退屈(てえくつ)で仕様が有りませんが、なんですかえお前(まえ)さん方は何処(どこ)かえお出でなすったんでげすかえ」
△「私(わし)はその大和路の者であるが、少し仔細あって、えゝ長らく江戸表にいたが、故郷(こきょう)忘(ぼう)じ難(がた)く又帰りたくなって帰って来ました」
鐵「へえー然(そ)うで……其方(そちら)のお方はお三人連で何方(どちら)へ」
□「私(わし)は常陸(ひたち)の竜(りゅう)ヶ崎(さき)で」
鐵「へえ」
□「常陸の竜ヶ崎です」
鐵「へえー何ういう訳で此様(こん)な寒い処へ常陸からおいでなさったんで」
□「種々(いろ/\)信心がありまして、全体毎年(まいねん)講中(こうじゅう)がありまして、五六人ぐらいで木曾の御獄様(おんたけさま)へ参詣(さんけい)をいたしますが、村の者の申し合せで、先達(せんだつ)さんもお出(いで)になったもんだから、同道してまいりやした、実は御獄さんへ参るにも、雪を踏んで難儀をして行(ゆ)くのが信心だね」
鐵「へえー大変でげすな、御獄さんてえのは滅法けえ高(たけ)え山だってね」
□「高いたって、それは富士より高いと云いますよ、あなた方も信心をなすって二度もお登りになれば、少しは曲った心も直りますが」
鐵「えへゝゝゝ私(わっち)どもは曲った心が直っても、側から曲ってしまうから、旨く真直(まっすぐ)にならねえので……えゝ其方(そちら)においでなさる方は何方(どちら)で」
 此の客は言葉が余程鼻にかゝり、
×「私(わし)は奥州仙台(しんでい)」
鐵「へえ…仙台(しんでい)てえのは」
×「奥州で」
鐵「左様でがすか、えゝ衣を着てお頭(つむり)が丸いから坊さんでげしょう」
×「いしやでがす」
鐵「へ何ですと」
×「医者(いしや)でがす」
鐵「石工(いしや)だえ」
×「いゝや医道(いどう)でがす」
鐵「へえー井戸掘にア見えませんね」
×「井戸掘ではない、医者(いしゃ)でがす」
鐵「へえーお医者で、私(わっち)どもはいけぞんぜえだもんだから、お医者と相宿になってると皆も気丈夫でごぜえます、些(ちっ)とばかり薄荷(はっか)があるなら甜(な)めたいもんで」
×「左様な薬は所持しない、なれども相宿の方に御病気でお困りの方があって、薬をくれろと仰しゃれば、癒(なお)る癒らないは、それはまた薬が性(しょう)に合うと合わん事があるけれども、盛るだけは盛って上げるて」
鐵「へえー、斯う皆さんが大勢寄って只茫然(ぼんやり)していても面白くねえから、何か面白(おもしれ)え百物語でもして遊ぼうじゃアありやせんか、大勢寄っているのですから」
医「それも宜うがすが、ま能(よ)く大勢寄ると阿弥陀の光りという事を致します、鬮引(くじびき)をして其の鬮に当った者が何か買って来るので、夜中でも厭(いと)いなく菓子を買(けえ)に行(い)くとか、酒を買(けえ)に行(ゆ)くとかして、客の鬮を引いた者は坐ってゝ少しも動かずに人の買って来る物を食(しょく)して楽しむという遊びがあるのです」
鐵「へえーそれは面白(おもしれ)えが、珍らしい話か何かありませんかな」
医「左様でげす、別に面白い話もありませんですな」
鐵「気のねえ人だな何か他に」
○「手前(てめえ)出て先へ喋(しゃべ)るがいゝ」
鐵「喋るたって己(おれ)ア喋る訳には行(ゆ)かねえ、何かありませんかな、お医者さまは奥州仙台だてえが、面白(おもしろ)え怖(おっか)ねえ化物(ばけもの)が出たてえような事はありませんかな」
医「左様で別に化物が出たという話もないが、奥州は不思議のあるところでな」
鐵「へえー左様でござえやすかな」
医「貴方は何ですかえ、松島見物にお出(いで)になった事がありますかえ」
鐵「いや何処(どこ)へも行ったことはねえ」
医「松島は日本三景の内でな、随分江戸のお方が見物に来られるが此のくらい景色の好(よ)い所はないと云ってな、船で八百八島を巡り、歌を詠(えい)じ詩を作りに来る風流人が幾許(いくら)もあるな」
鐵「へえー松島に何か心中でもありましたかえ」
医「情死などのあるところじゃアないが、差当(さしあた)って別にどうも面白い話もないが、医者は此様(こん)な穢(きたな)い身装(みなり)をして居てはいけません、医者は居(い)なりと云うて、玄関が立派で、身装が好(よく)って立派に見えるよう、風俗が正しく見えるようでなければ病者(びょうしゃ)が信じません、随って薬も自(おのず)から利かんような事になるですが、医者は頓知頓才と云って先(ま)ず其の薬より病人の気を料(はか)る処が第一と心得ますな」
鐵「へえー何ういう……気を料る処がありますな」
医「先年乞食が難産にかゝって苦しんでいるのを、所の者が何うかして助けて遣りたいと立派な医者を頼んで診(み)て貰うと、是はどうも助からん、片足出ていなければ宜(よ)いが、片手片足出て首が出ないから身体が横になって支(つか)えてゝ仕様がない、細かに切って出せば命がないと途方に暮れ、立合った者も皆(み)な可愛そうだと云っている処へ通りかゝったのが愚老でな」
鐵「へえ……それからお前さんが産(うま)したのかえ」
医「それから療治にかゝろうとしたが、道具を宅(たく)へ置いて来たので困ったが、此処(こゝ)が頓智頓才で、出ている片手を段々と斯う撫でましたな」
鐵「へえ」
医「撫でている中(うち)に掌(て)を開けました」
鐵「成程」
医「それから愚老が懐中から四文銭を出して、赤児(あかご)の手へ握らせますと、すうと手を引込(ひっこ)まして頭の方から安々(やす/\)と産れて出て、お辞儀をしました」
鐵「へえ咒(まじない)でげすか」
医「いや乞食の児(こ)だから悦んで」
鐵「ふゝゝ人を馬鹿にしちゃアいけねえ、本当だと思ってたのに洒落者(しゃれもん)だね、田舎者だって迂濶(うっかり)した事は云えねい……えゝ其方(そちら)の隅においでなさるお方、あなたは何ですかえ、矢張お医者さまでごぜえやすか」
僧「いや、私(わし)は斯ういう姿で諸方を歩く出家でござる」
鐵「えゝ御出家さんで、御出家なら幽霊なぞを御覧なすった事がありましょう」
僧「幽霊は二十四五度(たび)見ました」
鐵「へえ、此奴(こいつ)あ面白(おもしれ)え話だ、二十四五度……ど何(ど)んなのが出ました」
僧「種々(いろ/\)なのが出ましたな、嫉妬(やきもち)の怨霊は不実な男に殺された女が、口惜(くちおし)いと思った念が凝(こ)って出るのじゃが、世の中には幽霊は無いという者もある、じゃが是はある」
鐵「へえ、ど何んな塩梅(あんばい)に出るもんですな」
僧「形は絵に描(か)いたようなものだ、朦朧(ぼんやり)として判然(はっきり)其の形は見えず、只ぼうと障子や襖(からかみ)へ映ったり、上の方だけ見えて下の方は烟(けむ)のようで、どうも不気味なものじゃて」
鐵「へえー貴方の見たうちで一番怖いと思ったのはどういう幽霊で」
僧「えゝ、左様さ先年美濃国(みののくに)から信州の福島在の知己(しるべ)の所へ参った時の事で、此の知己は可(か)なりの身代で、山も持っている者で、其処(そこ)に暫(しばら)く厄介になっていた、其の村に蓮光寺(れんこうじ)という寺がある、其の寺の和尚が道楽をしていかん彼(あれ)は放逐せねばならんと村中が騒いで、急に其の和尚を追出すことになったから、お前さん住職になってくれないかと頼まれましたが、私(わし)は住職になる訳にはゆかん、行脚(あんぎゃ)の身の上で、併(しか)し葬式でもあった時には困ろうから、後住(ごじゅう)の定(きま)るまで暫くいて上げようと云うんで、其の寺に居りました」
鐵「へえー」
僧「すると私(わし)の知己(しるべ)の山持の妾が難産をして死んだな」
鐵「へえー」
僧「それがそれ、ま主人(あるじ)が女房に隠して、家(うち)にいた若い女に手を附け、それがま懐妊したによって何時(いつ)か家内の耳に入ると、悋気深(りんきぶか)い本妻が騒ぐから、知れぬうちに堕胎(おろ)してしまおうと薬を飲ますと、ま宜(い)い塩梅に堕(お)りましたが、其の薬の余毒(よどく)のため妾は七転八倒の苦しみをして、うーんうんと夜中に唸(うな)るじゃげな」
鐵「へえー此奴(こいつ)ア怖(こわ)えなア」
僧「怨みだな、斯う云う事になったのも、私(わたし)は奉公人の身の上相対(あいたい)ずくだから是非もないが、内儀(おかみ)さんが悋気深いために私(わし)に斯ういう薬を飲ましたのじゃ、内儀さんさえ悋気せずば此の苦しみは受けまい、あゝ口惜(くや)しい、私(わたし)は死に切れん、初めて出来た子は堕胎(おろ)され、私も死に、親子諸共に死ぬような事になるも、内儀さんのお蔭じゃ、口惜(くやし)い残念と十一日の間云い続けて到頭死にました、その死ぬ時な、うーんと云って主人の手を握ってな」
鐵「へえ」
僧「目を半眼にして歯をむき出し、旦那さま私(わたくし)は死に切れませんよ」
○「やア鐵う、もっと此方(こっち)へ寄れ……気味が悪い、どうもへえー成程……そこを閉めねえ、風がぴゅー/\入るから……へえー」
僧「気の毒な事じゃが、仕方がない、そこで私(わし)がいた蓮光寺へ葬りました、他に誰も寺参りをするものがないから、主人が七日までは墓参りに来たが、七日後は打棄(うっちゃ)りぱなしで、花一本供(あ)げず、寺へ附届(つけとゞけ)もせんという随分不人情な人でな」
○「へえー酷(ひど)い奴だね、其奴(そいつ)ア怨まア、直(すぐ)に幽的(ゆうてき)が出ましたかえ」
僧「私(わし)も可愛そうじゃアと思うた、斯ういう仏は血盆地獄(けっぽんじごく)に堕(おち)るじゃ、早く云えば血の池地獄へ落るんじゃ」
○「へえー」
僧「斯ういう亡者(もうじゃ)には血盆経(けっぽんきょう)を上げてやらんと……」
○「へえー……けつ……なんて……けつを……棒で」
僧「いや血盆経というお経がある、七日目になア其の夜(よ)の亥刻(こゝのつ)[#「亥刻(こゝのつ)」はママ、「子刻(こゝのつ)」か「亥刻(よつ)」であるかの判別付かず]前じゃったか、下駄を履(は)いて墓場へ行(ゆ)き、線香を上げ、其処(そこ)で鈴(りん)を鳴(なら)し、長らく血盆経を読んでしもうて、私(わし)がすうと立って帰ろうとすると」
○「うん、うん」
僧「前が一面乱塔場(らんとうば)で、裏はずうと山じゃな」
○「うん/\」
僧「其の山の藪の所が石坂の様になって居(い)るじゃ、其の坂を下(お)りに掛ると、後(うしろ)でぼーずと呼ぶじゃて」
○「ふーん、これは怖(こわ)えな、鐵もっと此方(こっち)へ寄れ、成程お前さんを呼んだ」
僧「何も私(わし)に怨みのある訳はない、縁無き衆生(しゅじょう)は度(ど)し難(がた)しというが、私(わし)は此の寺へ腰掛ながら住職の代りに回向(えこう)をしてやる者じゃ、それを怨んで坊主とは失敬な奴じゃと振向いて見た、此方(こちら)の勢(いきおい)が強いので最(も)う声がせんな」
○「へえー度胸が宜うごぜえやすな、強いもんだね、始終死人の側にばかりいるから怖くねえんだ、うーん」
僧「それから又行(ゆ)きにかゝると、また皺枯(しわがれ)た声で地(じ)の底の方でぼーずと云うじゃて」
○「早桶(はやおけ)を埋(うめ)ちまった奴が桶の中でお前さんを呼んだのかね」
僧「誰だと振向いた」
○「へえ……先方(せんぽう)で驚いて出ましたか、穴の中から」
僧「振向いて見たが何(な)んにも居ないから、墓原(はかはら)へ立帰って見たが、墓には何も変りがない、はて何じゃろうと段々探すと、山の根方の藪ん中に大きな薯蕷(やまいも)が一本あったのじゃ、之(これ)が世に所謂(いわゆる)坊主/\山の芋(いも)じゃて」
○「何の事(こっ)た、人を馬鹿にして、併(しか)し面白(おもしれ)え、何か他に、あゝ其方(そっち)にいらっしゃるお侍さん、えへゝゝ、旦那何か面白(おもしろ)えお話はありませんか」
侍「いや最前から各々方(おの/\がた)のお話を聞いていると、可笑(おか)しくてたまらんの、拙者も長旅で表向(おもてむき)紫縮緬(むらさきちりめん)の服紗包(ふくさづゝみ)を斜(はす)に脊負(しょ)い、裁着(たッつけ)を穿(は)いて頭を結髪(むすびがみ)にして歩く身の上ではない、形は斯(かく)の如く襤褸袴(ぼろばかま)を穿いている剣道修行の身の上、早く云うと武者修行で」
○「これはどうも、左様ですか、武者修行で、へえー然(そ)う聞けばお前さんの顔に似てえる」
侍「何が」
○「いえ、そら久しい以前(あと)絵に出た芳年(よしとし)の画(か)いたんで、鰐鮫(わにざめ)を竹槍で突殺(つッころ)している、鼻が柘榴鼻(ざくろッぱな)で口が鰐口で、眼が金壺眼(かなつぼまなこ)で、えへゝゝ御免ねえ」
侍「怪(け)しからん事をいう、人の顔を讒訴(ざんそ)をして無礼至極」
○「なに、お前さんは左様(そん)なでもねえけれども、些(ちっ)と似てえるという話だ」
侍「貴公らは江戸のものか、職人か」
○「へえ」
侍「成程」
○「旦那、皆(みんな)は嘘っぺいばかしでいけませんが、何(なん)ぞ面白(おもしろ)え話はありませんかね」
侍「貴公(あんた)先にやったら宜かろう」
○「私(わっち)どもは好(い)い話が無(ね)えんで、火事のあった時に屋根屋の徳(とく)の野郎め、路地を飛越し損(そく)なやアがって、どんと下へ落ると持出した荷の上へ尻餅を搗(つ)き、睾丸(きんたま)を打ち、目をまわし、嚢(ふくろ)が綻(ほころ)びて中から丸(たま)が飛出して」
侍「然(そ)ういう尾籠(びろう)の話はいけんなア」
○「それから乱暴勝(らんぼうかつ)てえ野郎が焚火(たきび)に※(「火+共」、第3水準1-87-42)(あた)って、金太(きんた)という奴を殴る機(はず)みにぽっぽと燃えてる燼木杭(やけぼっくい)を殴ったから堪(たま)らねえ、其の火が飛んで金太の腹掛の間へ入(へい)って、苦しがって転がりやアがったが、余程(よっぽど)面白うござえました」
侍「其様(そん)な事は面白くない」
○「そんなら旦那何ぞ面白え話を」
侍「先刻(せんこく)から空話(そらばなし)ばかり出たので、拙者の話を信じて聞くまいから、どうもやりにくい」



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