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歯車(はぐるま)

作者:贯通日本…  来源:本站原创   更新:2006-8-17 14:27:44  点击:  切换到繁體中文



     三 夜

 僕は丸善の二階の書棚にストリントベルグの「伝説」を見つけ、二三頁づつ目を通した。それは僕の経験と大差のないことを書いたものだつた。のみならず黄いろい表紙をしてゐた。僕は「伝説」を書棚へ戻し、今度は殆ど手当り次第に厚い本を一冊引きずり出した。しかしこの本も挿し画の一枚に僕等人間と変りのない、目鼻のある歯車ばかり並べてゐた。(それは或独逸ドイツ人の集めた精神病者の画集だつた。)僕はいつか憂欝の中に反抗的精神の起るのを感じ、やぶれかぶれになつた賭博狂のやうにいろいろの本を開いて行つた。が、なぜかどの本も必ず文章か挿し画かの中に多少の針を隠してゐた。どの本も?――僕は何度も読み返した「マダム・ボヴアリイ」を手にとつた時さへ、畢竟ひつきやう僕自身も中産階級のムツシウ・ボヴアリイに外ならないのを感じた。……
 日の暮に近い丸善の二階には僕の外に客もないらしかつた。僕は電燈の光の中に書棚の間をさまよつて行つた。それから「宗教」と云ふ札を掲げた書棚の前に足を休め、緑いろの表紙をした一冊の本へ目を通した。この本は目次の第何章かに「恐しい四つの敵、――疑惑、恐怖、驕慢けうまん、官能的欲望」と云ふ言葉を並べてゐた。僕はかう云ふ言葉を見るが早いか、一層反抗的精神の起るのを感じた。それ等の敵と呼ばれるものは少くとも僕には感受性や理智の異名に外ならなかつた。が、伝統的精神もやはり近代的精神のやうにやはり僕を不幸にするのはいよいよ僕にはたまらなかつた。僕はこの本を手にしたまま、ふといつかペン・ネエムに用ひた「寿陵余子じゆりようよし」と云ふ言葉を思ひ出した。それは邯鄲かんたんの歩みを学ばないうちに寿陵の歩みを忘れてしまひ、蛇行匍匐だかうほふくして帰郷したと云ふ「韓非子かんぴし」中の青年だつた。今日の僕は誰の目にも「寿陵余子」であるのに違ひなかつた。しかしまだ地獄へ堕ちなかつた僕もこのペン・ネエムを用ひてゐたことは、――僕は大きい書棚を後ろに努めて妄想を払ふやうにし、丁度僕の向うにあつたポスタアの展覧室へはひつて行つた。が、そこにも一枚のポスタアの中には聖ヂヨオヂらしい騎士が一人翼のある竜を刺し殺してゐた。しかもその騎士はかぶとの下に僕の敵の一人に近いしかめつらを半ばあらはしてゐた。僕は又「韓非子」の中の屠竜とりゆうの話を思ひ出し、展覧室へ通りぬけずに幅の広い階段を下つて行つた。
 僕はもう夜になつた日本橋通りを歩きながら、屠竜と云ふ言葉を考へつづけた。それは又僕の持つてゐるすずりの銘にも違ひなかつた。この硯を僕に贈つたのは或若い事業家だつた。彼はいろいろの事業に失敗した揚句、とうとう去年の暮に破産してしまつた。僕は高い空を見上げ、無数の星の光の中にどのくらゐこの地球の小さいかと云ふことを、――従つてどのくらゐ僕自身の小さいかと云ふことを考へようとした。しかし昼間は晴れてゐた空もいつかもうすつかり曇つてゐた。僕は突然何ものかの僕に敵意を持つてゐるのを感じ、電車線路の向うにある或カツフエへ避難することにした。
 それは「避難」に違ひなかつた。僕はこのカツフエの薔薇ばら色の壁に何か平和に近いものを感じ、一番奥のテエブルの前にやつと楽々と腰をおろした。そこには幸ひ僕の外に二三人の客のあるだけだつた。僕は一杯のココアをすすり、ふだんのやうに巻煙草をふかし出した。巻煙草の煙は薔薇色の壁へかすかに青い煙を立ちのぼらせて行つた。この優しい色の調和もやはり僕には愉快だつた。けれども僕は暫らくの後、僕の左の壁にかけたナポレオンの肖像画を見つけ、そろそろ又不安を感じ出した。ナポレオンはまだ学生だつた時、彼の地理のノオト・ブツクの最後に「セエント・ヘレナ、小さい島」と記してゐた。それは或は僕等の言ふやうに偶然だつたかも知れなかつた。しかしナポレオン自身にさへ恐怖を呼び起したのは確かだつた。……
 僕はナポレオンを見つめたまま、僕自身の作品を考へ出した。するとまづ記憶に浮かんだのは「侏儒しゆじゆの言葉」の中のアフオリズムだつた。(殊に「人生は地獄よりも地獄的である」と云ふ言葉だつた。)それから「地獄変」の主人公、――良秀と云ふ画師の運命だつた。それから……僕は巻煙草をふかしながら、かう云ふ記憶から逃れる為にこのカツフエの中を眺めまはした。僕のここへ避難したのは五分もたたない前のことだつた。しかしこのカツフエは短時間の間にすつかり容子ようすを改めてゐた。就中なかんづく僕を不快にしたのはマホガニイまがひの椅子やテエブルの少しもあたりの薔薇色の壁と調和を保つてゐないことだつた。僕はもう一度人目に見えない苦しみの中に落ちこむのを恐れ、銀貨を一枚投げ出すが早いか、※(「勹<夕」、第3水準1-14-76)そうそうこのカツフエを出ようとした。
「もし、もし、二十銭頂きますが、……」
 僕の投げ出したのは銅貨だつた。
 僕は屈辱を感じながら、ひとり往来を歩いてゐるうちにふと遠い松林の中にある僕の家を思ひ出した。それは或郊外にある僕の養父母の家ではない。唯僕を中心にした家族の為に借りた家だつた。僕は彼是かれこれ十年前にもかう云ふ家に暮らしてゐた。しかし或事情の為に軽率にも父母と同居し出した。同時に又奴隷に、暴君に、力のない利己主義者に変り出した。……
 前のホテルに帰つたのはもう彼是十時だつた。ずつと長い途を歩いて来た僕は僕の部屋へ帰る力を失ひ、太い丸太の火を燃やした炉の前の椅子に腰をおろした。それから僕の計画してゐた長篇のことを考へ出した。それは推古から明治に至る各時代の民を主人公にし、大体三十余りの短篇を時代順に連ねた長篇だつた。僕は火の粉の舞ひ上るのを見ながら、ふと宮城の前にある或銅像を思ひ出した。この銅像は甲冑かつちうを着、忠義の心そのもののやうに高だかと馬の上にまたがつてゐた。しかし彼の敵だつたのは、――
※(「言+墟のつくり」、第4水準2-88-74)!」
 僕は又遠い過去から目近まぢかい現代へすべり落ちた。そこへ幸ひにも来合せたのは或先輩の彫刻家だつた。彼は不相変天鵞絨びろうどの服を着、短い山羊髯やぎひげらせてゐた。僕は椅子から立ち上り、彼のさし出した手を握つた。(それは僕の習慣ではない、パリやベルリンに半生を送つた彼の習慣に従つたのだつた。)が、彼の手は不思議にも爬虫類はちうるゐの皮膚のやうに湿つてゐた。
「君はここに泊つてゐるのですか?」
「ええ、……」
「仕事をしに?」
「ええ、仕事もしてゐるのです。」
 彼はぢつと僕の顔を見つめた。僕は彼の目の中に探偵に近い表情を感じた。
「どうです、僕の部屋へ話しに来ては?」
 僕は挑戦的に話しかけた。(この勇気に乏しい癖に忽ち挑戦的態度をとるのは僕の悪癖の一つだつた。)すると彼は微笑しながら、「どこ、君の部屋は?」と尋ね返した。
 僕等は親友のやうに肩を並べ、静かに話してゐる外国人たちの中を僕の部屋へ帰つて行つた。彼は僕の部屋へ来ると、鏡を後ろにして腰をおろした。それからいろいろのことを話し出した。いろいろのことを?――しかし大抵は女の話だつた。僕は罪を犯した為に地獄にちた一人に違ひなかつた。が、それだけに悪徳の話はいよいよ僕を憂欝にした。僕は一時的清教徒になり、それ等の女を嘲り出した。
「S子さんの唇を見給へ。あれは何人もの接吻の為に、……」
 僕はふと口をつぐみ、鏡の中に彼の後ろ姿を見つめた。彼は丁度耳の下に黄いろい膏薬を貼りつけてゐた。
「何人もの接吻の為に?」
「そんな人のやうに思ひますがね。」
 彼は微笑してうなづいてゐた。僕は彼の内心では僕の秘密を知る為に絶えず僕を注意してゐるのを感じた。けれどもやはり僕等の話は女のことを離れなかつた。僕は彼を憎むよりも僕自身の気の弱いのを恥ぢ、いよいよ憂欝にならずにはゐられなかつた。
 やつと彼の帰つた後、僕はベツドの上にころがつたまま、「暗夜行路」を読みはじめた。主人公の精神的闘争は一々僕には痛切だつた。僕はこの主人公に比べると、どのくらゐ僕の阿呆だつたかを感じ、いつか涙を流してゐた。同時に又涙は僕の気もちにいつか平和を与へてゐた。が、それも長いことではなかつた。僕の右の目はもう一度半透明の歯車を感じ出した。歯車はやはりまはりながら、次第に数をやして行つた。僕は頭痛のはじまることを恐れ、枕もとに本を置いたまま、○・八グラムのヴエロナアルをみ、兎に角ぐつすりと眠ることにした。
 けれども僕は夢の中に或プウルを眺めてゐた。そこには又男女の子供たちが何人も泳いだりもぐつたりしてゐた。僕はこのプウルを後ろに向うの松林へ歩いて行つた。すると誰か後ろから「おとうさん」と僕に声をかけた。僕はちよつとふり返り、プウルの前に立つた妻を見つけた。同時に又烈しい後悔を感じた。
「おとうさん、タオルは?」
「タオルは入らない。子供たちに気をつけるのだよ。」
 僕は又歩みをつづけ出した。が、僕の歩いてゐるのはいつかプラツトフオオムに変つてゐた。それは田舎の停車場だつたと見え、長い生け垣のあるプラツトフオオムだつた。そこには又Hと云ふ大学生や年をとつた女もたたずんでゐた。彼等は僕の顔を見ると、僕の前に歩み寄り、口々に僕へ話しかけた。
「大火事でしたわね。」
「僕もやつと逃げて来たの。」
 僕はこの年をとつた女に何か見覚えのあるやうに感じた。のみならず彼女と話してゐることに或愉快な興奮を感じた。そこへ汽車は煙をあげながら、静かにプラツトフオオムへ横づけになつた。僕はひとりこの汽車に乗り、両側に白い布を垂らした寝台の間を歩いて行つた。すると或寝台の上にミイラに近い裸体の女が一人こちらを向いて横になつてゐた。それは又僕の復讐の神、――或狂人の娘に違ひなかつた。……
 僕は目をますが早いか、思はずベツドを飛び下りてゐた。僕の部屋は不相変電燈の光に明るかつた。が、どこかに翼の音や鼠のきしる音も聞えてゐた。僕は戸をあけて廊下へ出、前の炉の前へ急いで行つた。それから椅子に腰をおろしたまま、覚束おぼつかない炎を眺め出した。そこへ白い服を着た給仕が一人を加へに歩み寄つた。
「何時?」
「三時半ぐらゐでございます。」
 しかし向うのロツビイの隅には亜米利加アメリカ人らしい女が一人何か本を読みつづけてゐた。彼女の着てゐるのは遠目に見ても緑いろのドレツスに違ひなかつた。僕は何か救はれたのを感じ、ぢつと夜のあけるのを待つことにした。長年の病苦に悩み抜いた揚句あげく、静かに死を待つてゐる老人のやうに。……

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