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歯車(はぐるま)

作者:贯通日本…  来源:本站原创   更新:2006-8-17 14:27:44  点击:  切换到繁體中文



     五 赤光

 日の光は僕を苦しめ出した。僕は実際※(「鼬」の「由」に代えて「晏」、第3水準1-94-84)もぐらもちのやうに窓の前へカアテンをおろし、昼間も電燈をともしたまま、せつせと前の小説をつづけて行つた。それから仕事に疲れると、テエヌの英吉利イギリス文学史をひろげ、詩人たちの生涯に目を通した。彼等はいづれも不幸だつた。エリザベス朝の巨人たちさへ、――一代の学者だつたベン・ジヨンソンさへ彼の足の親指の上に羅馬ロオマとカルセエヂとの軍勢の戦ひを始めるのを眺めたほど神経的疲労に陥つてゐた。僕はかう云ふ彼等の不幸に残酷な悪意に充ち満ちた歓びを感じずにはゐられなかつた。
 或東かぜの強い夜、(それは僕には善いしるしだつた。)僕は地下室を抜けて往来へ出、或老人を尋ねることにした。彼は或聖書会社の屋根裏にたつた一人小使ひをしながら、祈祷や読書に精進しやうじんしてゐた。僕等は火鉢に手をかざしながら、壁にかけた十字架の下にいろいろのことを話し合つた。なぜ僕の母は発狂したか? なぜ僕の父の事業は失敗したか? なぜ又僕は罰せられたか?――それ等の秘密を知つてゐる彼は妙におごそかな微笑を浮かべ、いつまでも僕の相手をした。のみならず時々短い言葉に人生のカリカテユアを描いたりした。僕はこの屋根裏の隠者を尊敬しないわけには行かなかつた。しかし彼と話してゐるうちに彼も亦親和力の為に動かされてゐることを発見した。――
「その植木屋の娘と云ふのは器量も善いし、気立ても善いし、――それはわたしに優しくしてくれるのです。」
「いくつ?」
「ことしで十八です。」
 それは彼には父らしい愛であるかも知れなかつた。しかし僕は彼の目の中に情熱を感じずにはゐられなかつた。のみならず彼の勧めた林檎りんごはいつか黄ばんだ皮の上へ一角獣の姿を現してゐた。(僕は木目もくめ珈琲コオヒイ茶碗の亀裂ひびに度たび神話的動物を発見してゐた。)一角獣は麒麟きりんに違ひなかつた。僕は或敵意のある批評家の僕を「九百十年代の麒麟児」と呼んだのを思ひ出し、この十字架のかかつた屋根裏も安全地帯ではないことを感じた。
如何いかがですか、この頃は?」
不相変あひかはらず神経ばかり苛々いらいらしてね。」
「それは薬では駄目ですよ。信者になる気はありませんか?」
し僕でもなれるものなら……」
「何もむづかしいことはないのです。唯神を信じ、神の子の基督キリストを信じ、基督の行つた奇蹟を信じさへすれば……」
「悪魔を信じることは出来ますがね。……」
「ではなぜ神を信じないのです? 若し影を信じるならば、光も信じずにはゐられないでせう?」
「しかし光のないやみもあるでせう。」
「光のない暗とは?」
 僕は黙るより外はなかつた。彼も亦僕のやうに暗の中を歩いてゐた。が、暗のある以上は光もあると信じてゐた。僕等の論理の異るのは唯かう云ふ一点だけだつた。しかしそれは少くとも僕には越えられない溝に違ひなかつた。……
「けれども光は必ずあるのです。その証拠には奇蹟があるのですから。……奇蹟などと云ふものは今でも度たび起つてゐるのですよ。」
「それは悪魔の行ふ奇蹟は。……」
「どうして又悪魔などと云ふのです?」
 僕はこの一二年の間、僕自身の経験したことを彼に話したい誘惑を感じた。が彼から妻子に伝はり、僕も亦母のやうに精神病院にはひることを恐れないわけにも行かなかつた。
「あすこにあるのは?」
 このたくましい老人は古い書棚をふり返り、何か牧羊神らしい表情を示した。
「ドストエフスキイ全集です。『罪と罰』はお読みですか?」
 僕は勿論十年前にも四五冊のドストエフスキイに親しんでゐた。が、偶然(?)彼の言つた『罪と罰』と云ふ言葉に感動し、この本を貸して貰つた上、前のホテルへ帰ることにした。電燈の光に輝いた、人通りの多い往来はやはり僕には不快だつた。ことに知り人にふことは到底堪へられないのに違ひなかつた。僕は努めて暗い往来を選び、盗人のやうに歩いて行つた。
 しかし僕はしばらくの後、いつか胃の痛みを感じ出した。この痛みを止めるものは一杯のウイスキイのあるだけだつた。僕は或バアを見つけ、その戸を押してはひらうとした。けれども狭いバアの中には煙草の煙の立ちこめた中に芸術家らしい青年たちが何人も群がつて酒を飲んでゐた。のみならず彼等のまん中には耳隠しにつた女が一人熱心にマンドリンを弾きつづけてゐた。僕は忽ち当惑を感じ、戸の中へはひらずに引き返した。するといつか僕の影の左右に揺れてゐるのを発見した。しかも僕を照らしてゐるのは無気味にも赤い光だつた。僕は往来に立ちどまつた。けれども僕の影は前のやうに絶えず左右に動いてゐた。僕はづ怯づふり返り、やつとこのバアの軒につた色硝子のランタアンを発見した。ランタアンは烈しい風の為におもむろに空中に動いてゐた。……
 僕の次にはひつたのは或地下室のレストオランだつた。僕はそこのバアの前に立ち、ウイスキイを一杯註文した。
「ウイスキイを? Black and White ばかりでございますが、……」
 僕は曹達ソオダ水の中にウイスキイを入れ、黙つて一口づつ飲みはじめた。僕の隣には新聞記者らしい三十前後の男が二人何か小声に話してゐた。のみならず仏蘭西語を使つてゐた。僕は彼等に背中を向けたまま、全身に彼等の視線を感じた。それは実際電波のやうに僕の体にこたへるものだつた。彼等は確かに僕の名を知り、僕のうはさをしてゐるらしかつた。
「Bien……tr※(グレーブアクセント付きE小文字)s mauvais……pourquoi ?……」
「Pourquoi ?……le diable est mort !……」
「Oui, oui……d'enfer……」
 僕は銀貨を一枚投げ出し、(それは僕の持つてゐる最後の一枚の銀貨だつた。)この地下室の外へのがれることにした。夜風の吹き渡る往来は多少胃の痛みの薄らいだ僕の神経を丈夫にした。僕はラスコルニコフを思ひ出し、何ごとも懺悔ざんげしたい欲望を感じた。が、それは僕自身の外にも、――いや、僕の家族の外にも悲劇を生じるのに違ひなかつた。のみならずこの欲望さへ真実かどうかは疑はしかつた。若し僕の神経さへ常人のやうに丈夫になれば、――けれども僕はその為にはどこかへ行かなければならなかつた。マドリツドへ、リオへ、サマルカンドへ、……
 そのうちに或店の軒に吊つた、白い小型の看板は突然僕を不安にした。それは自動車のタイアアに翼のある商標を描いたものだつた。僕はこの商標に人工の翼をよりにした古代の希臘ギリシヤ人を思ひ出した。彼は空中に舞ひ上つた揚句、太陽の光に翼を焼かれ、とうとう海中に溺死してゐた。マドリツドへ、リオへ、サマルカンドへ、――僕はかう云ふ僕の夢を嘲笑あざわらはないわけには行かなかつた。同時に又復讐の神に追はれたオレステスを考へない訣にも行かなかつた。
 僕は運河に沿ひながら、暗い往来を歩いて行つた。そのうちに或郊外にある養父母の家を思ひ出した。養父母は勿論僕の帰るのを待ち暮らしてゐるのに違ひなかつた。恐らくは僕の子供たちも、――しかし僕はそこへ帰ると、おのづから僕を束縛してしまふ或力を恐れずにはゐられなかつた。運河は波立つた水の上に達磨船だるまぶねを一艘横づけにしてゐた。その又達磨船は船の底から薄い光を洩らしてゐた。そこにも何人かの男女の家族は生活してゐるのに違ひなかつた。やはり愛し合ふ為に憎み合ひながら。……が、僕はもう一度戦闘的精神を呼び起し、ウイスキイの酔ひを感じたまま、前のホテルへ帰ることにした。
 僕は又机に向ひ、「メリメエの書簡集」を読みつづけた。それは又いつの間にか僕に生活力を与へてゐた。しかし僕は晩年のメリメエの新教徒になつてゐたことを知ると、にはかに仮面のかげにあるメリメエの顔を感じ出した。彼も亦やはり僕等のやうにやみの中を歩いてゐる一人だつた。暗の中を?――「暗夜行路」はかう云ふ僕には恐しい本に変りはじめた。僕は憂欝を忘れる為に「アナトオル・フランスの対話集」を読みはじめた。が、この近代の牧羊神もやはり十字架をになつてゐた。……
 一時間ばかりたつた後、給仕は僕に一束の郵便物を渡しに顔を出した。それ等の一つはライプツイツヒの本屋から僕に「近代の日本の女」と云ふ小論文を書けと云ふものだつた。なぜ彼等は特に僕にかう云ふ小論文を書かせるのであらう? のみならずこの英語の手紙は「我々は丁度日本画のやうに黒と白の外に色彩のない女の肖像画でも満足である」と云ふ肉筆のP・Sを加へてゐた。僕はかう云ふ一行に Black and White と云ふウイスキイの名を思ひ出し、ずたずたにこの手紙を破つてしまつた。それから今度は手当り次第に一つの手紙の封を切り、黄いろい書簡箋しよかんせんに目を通した。この手紙を書いたのは僕の知らない青年だつた。しかし二三行も読まないうちに「あなたの『地獄変』は……」と云ふ言葉は僕を苛立いらだたせずにはかなかつた。三番目に封を切つた手紙は僕のをひから来たものだつた。僕はやつと一息つき、家事上の問題などを読んで行つた。けれどもそれさへ最後へ来ると、いきなり僕を打ちのめした。
「歌集『赤光しやくくわう』の再版を送りますから……」
 赤光! 僕は何ものかの冷笑を感じ、僕の部屋の外へ避難することにした。廊下には誰も人かげはなかつた。僕は片手に壁を抑へ、やつとロツビイへ歩いて行つた。それから椅子に腰をおろし、兎に角巻煙草に火を移すことにした。巻煙草はなぜかエエア・シツプだつた。(僕はこのホテルへ落ち着いてから、いつもスタアばかり吸ふことにしてゐた。)人工の翼はもう一度僕の目の前へ浮かび出した。僕は向うにゐる給仕を呼び、スタアを二箱貰うことにした。しかし給仕を信用すれば、スタアだけは生憎あいにく品切れだつた。
「エエア・シツプならばございますが、……」
 僕は頭を振つたまま、広いロツビイを眺めまはした。僕の向うには外国人が四五人テエブルを囲んで話してゐた。しかも彼等の中の一人、――赤いワン・ピイスを着た女は小声に彼等と話しながら、時々僕を見てゐるらしかつた。
「Mrs. Townshead……」
 何か僕の目に見えないものはかう僕にささやいて行つた。ミセス・タウンズヘツドなどと云ふ名は勿論僕の知らないものだつた。たとひ向うにゐる女の名にしても、――僕は又椅子から立ち上り、発狂することを恐れながら、僕の部屋へ帰ることにした。
 僕は僕の部屋へ帰ると、すぐに或精神病院へ電話をかけるつもりだつた。が、そこへはひることは僕には死ぬことに変らなかつた。僕はさんざんためらつた後、この恐怖を紛らす為に「罪と罰」を読みはじめた。しかし偶然開いたペエジは「カラマゾフ兄弟」の一節だつた。僕は本を間違へたのかと思ひ、本の表紙へ目を落した。「罪と罰」――本は「罪と罰」に違ひなかつた。僕はこの製本屋のぢ違へに、――その又綴ぢ違へた頁を開いたことに運命の指の動いてゐるのを感じ、やむを得ずそこを読んで行つた。けれども一頁も読まないうちに全身が震へるのを感じ出した。そこは悪魔に苦しめられるイヴアンを描いた一節だつた。イヴアンを、ストリントベルグを、モオパスサンを、或はこの部屋にゐる僕自身を。……
 かう云ふ僕を救ふものは唯眠りのあるだけだつた。しかし催眠剤はいつの間にか一包みも残らずになくなつてゐた。僕は到底眠らずに苦しみつづけるのに堪へなかつた。が、絶望的な勇気を生じ、珈琲コオヒイを持つて来て貰つた上、死にもの狂ひにペンを動かすことにした。二枚、五枚、七枚、十枚、――原稿は見る見る出来上つて行つた。僕はこの小説の世界を超自然の動物に満たしてゐた。のみならずその動物の一匹に僕自身の肖像画を描いてゐた。けれども疲労はおもむろに僕の頭を曇らせはじめた。僕はとうとう机の前を離れ、ベツドの上へ仰向けになつた。それから四五十分間は眠つたらしかつた。しかし又誰か僕の耳にかう云ふ言葉を囁いたのを感じ、忽ち目をまして立ち上つた。
「Le diable est mort」
 凝灰岩の窓の外はいつか冷えびえと明けかかつてゐた。僕は丁度戸の前に佇み、誰もゐない部屋の中を眺めまはした。すると向うの窓硝子はまだらに外気に曇つた上に小さい風景を現してゐた。それは黄ばんだ松林の向うに海のある風景に違ひなかつた。僕はづ怯づ窓の前へ近づき、この風景を造つてゐるものは実は庭の枯芝や池だつたことを発見した。けれども僕の錯覚はいつか僕の家に対する郷愁に近いものを呼び起してゐた。
 僕は九時にでもなり次第、或雑誌社へ電話をかけ、兎に角金の都合をした上、僕の家へ帰る決心をした。机の上に置いた鞄の中へ本や原稿を押しこみながら。

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