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母(はは)

作者:贯通日本…  来源:本站原创   更新:2006-8-17 14:31:55  点击:  切换到繁體中文

底本: 芥川龍之介全集4
出版社: ちくま文庫、筑摩書房
初版発行日: 1987(昭和62)年1月27日
入力に使用: 1996(平成8)年7月15日第8刷


底本の親本: 筑摩全集類聚版芥川龍之介全集
出版社: 筑摩書房
初版発行日: 1971(昭和46)年3月~1971(昭和46)年11月

 

    一

 部屋へやの隅に据えた姿見すがたみには、西洋風に壁を塗った、しかも日本風の畳がある、――上海シャンハイ特有の旅館の二階が、一部分はっきりうつっている。まずつきあたりに空色の壁、それから真新しい何畳なんじょうかのたたみ、最後にこちらへうしろを見せた、西洋髪せいようがみの女が一人、――それが皆冷やかな光の中に、切ないほどはっきり映っている。女はそこにさっきから、縫物ぬいものか何かしているらしい。
 もっとも後は向いたと云う条、地味じみ銘仙めいせんの羽織の肩には、くずれかかった前髪まえがみのはずれに、蒼白い横顔が少し見える。勿論肉の薄い耳に、ほんのり光がいたのも見える。やや長めなげの毛が、かすかに耳の根をぼかしたのも見える。
 この姿見のある部屋には、隣室の赤児のき声のほかに、何一つ沈黙を破るものはない。いまだに降り止まない雨の音さえ、ここでは一層その沈黙に、単調な気もちを添えるだけである。
「あなた。」
 そう云う何分なんぷんかが過ぎ去ったのち、女は仕事を続けながら、突然、しかし覚束おぼつかなさそうに、こう誰かへ声をかけた。
 誰か、――部屋の中には女のほかにも、丹前たんぜん羽織はおった男が一人、ずっと離れた畳の上に、英字新聞をひろげたまま、長々ながなが腹這はらばいになっている。が、その声が聞えないのか、男は手近の灰皿へ、巻煙草まきたばこの灰を落したきり、新聞から眼さえ挙げようとしない。
「あなた。」
 女はもう一度声をかけた。その癖女自身の眼もじっと針の上に止まっている。「何だい。」
 男は幾分うるさそうに、丸々まるまると肥った、口髭くちひげの短い、活動家らしい頭をもたげた。
「この部屋ね、――この部屋は変えちゃいけなくって?」
「部屋を変える? だってここへはやっと昨夜ゆうべ、引っ越して来たばかりじゃないか?」
 男の顔はけげんそうだった。
「引っ越して来たばかりでも。――前の部屋ならばいているでしょう?」
 男はかれこれ二週間ばかり、彼等が窮屈な思いをして来た、日当りの悪い三階の部屋が一瞬間眼の前に見えるような気がした。――塗りのげた窓側まどがわの壁には、色の変った畳の上に更紗さらさの窓掛けが垂れ下っている。その窓にはいつ水をやったか、花の乏しい天竺葵ジェラニアムが、薄いほこりをかぶっている。おまけに窓の外を見ると、始終ごみごみした横町よこちょうに、麦藁帽むぎわらぼうをかぶった支那シナの車夫が、所在なさそうにうろついている。………
「だがお前はあの部屋にいるのは、いやだ嫌だと云っていたじゃないか?」
「ええ。それでもここへ来て見たら、急にまたこの部屋がいやになったんですもの。」
 女は針の手をやめると、ものそうに顔を挙げて見せた。まゆの迫った、眼の切れの長い、感じの鋭そうな顔だちである。が、眼のまわりのかさを見ても、何か苦労をこらえている事は、多少想像が出来ないでもない。そう云えば病的な気がするくらい、米噛こめかみにも静脈じょうみゃくが浮き出している。
「ね、いでしょう。……いけなくて?」
「しかし前の部屋よりは、広くもあるし居心いごころいし、不足を云う理由はないんだから、――それとも何かいやな事があるのかい?」
「何って事はないんですけれど。……」
 女はちょいとためらったものの、それ以上立ち入っては答えなかった。が、もう一度念を押すように、同じ言葉を繰り返した。
「いけなくって、どうしても?」
 今度は男が新聞の上へ煙草たばこの煙を吹きかけたぎり、いとも悪いとも答えなかった。
 部屋の中はまたひっそりになった。ただ外では不相変あいかわらず、休みのない雨の音がしている。
春雨はるさめやか、――」
 男はしばらくたったのち、ごろりと仰向あおむきに寝転ねころぶと、独り言のようにこう云った。
蕪湖ウウフウ住みをするようになったら、発句ほっくでも一つ始めるかな。」
 女は何とも返事をせずに、縫物の手を動かしている。
蕪湖ウウフウもそんなに悪い所じゃないぜ。第一社宅は大きいし、庭も相当に広いしするから、草花なぞ作るには持って来いだ。何でも元は雍家花園ようかかえんとか云ってね、――」 
 男は突然口をつぐんだ。いつかしんとした部屋の中には、かすかに人の泣くけはいがしている。
「おい。」
 泣き声は急に聞えなくなった。と思うとすぐにまた、途切とぎれ途切れに続き出した。
「おい。敏子としこ。」
 半ば体を起した男は、畳に片肘かたひじもたせたまま、当惑とうわくらしい眼つきを見せた。
「お前はおれと約束したじゃないか? もう愚痴ぐちはこぼすまい。もう涙は見せない事にしよう。もう、――」
 男はちょいとまぶたを挙げた。
「それとも何かあの事以外に、悲しい事でもあるのかい? たとえば日本へ帰りたいとか、支那でも田舎いなかへは行きたくないとか、――」
「いいえ。――いいえ。そんな事じゃなくってよ。」
 敏子は涙を落し落し、意外なほどはげしい打消し方をした。
「私はあなたのいらっしゃる所なら、どこへでも行く気でいるんです。ですけれども、――」
 敏子は伏眼ふしめになったなり、あふれて来る涙をおさえようとするのか、じっと薄い下唇したくちびるを噛んだ。見れば蒼白いほおの底にも、眼に見えないほのおのような、切迫した何物かが燃え立っている。ふるえる肩、濡れた睫毛まつげ、――男はそれらを見守りながら、現在の気もちとは没交渉に、一瞬間妻の美しさを感じた。
「ですけれども、――この部屋はいやなんですもの。」
「だからさ、だからさっきもそう云ったじゃないか? 何故なぜこの部屋がそんなに嫌だか、それさえはっきり云ってくれれば、――」
 男はここまで云いかけると、敏子の眼がじっと彼の顔へ、そそがれているのに気がついた。その眼には涙のただよった底に、ほとんど敵意にもまがい兼ねない、悲しそうな光がひらめいている。何故この部屋が嫌になったか? ――それは独り男自身の疑問だったばかりではない。同時にまた敏子が無言むごんの内に、男へ突きつけた反問である。男は敏子と眼を合せながら、二の句を次ぐのに躊躇ちゅうちょした。
 しかし言葉が途切とぎれたのは、ほんの数秒のあいだである。男の顔には見る見る内に、了解の色がみなぎって来た。
「あれか?」
 男は感動をおおうように、妙にのない声を出した。
「あれは己も気になっていたんだ。」
 敏子は男にこう云われると、ぽろぽろ膝の上へ涙を落した。
 窓の外にはいつのまにか、日の暮が雨を煙らせている。その雨の音をねのけるように、空色の壁の向うでは、今もまた赤児あかごが泣き続けている。………

        二

 二階の出窓でまどにはあざやかに朝日の光が当っている。その向うには三階建の赤煉瓦あかれんがにかすかなこけの生えた、逆光線の家が聳えている。薄暗いこちらの廊下ろうかにいると、出窓はこの家を背景にした、大きい一枚ののように見える。巌乗がんじょうかし窓枠まどわくが、ちょうど額縁がくぶちめたように見える。その画のまん中には一人の女が、こちらへ横顔を向けながら、小さな靴足袋くつたびを編んでいる。
 女は敏子としこよりも若いらしい。雨に洗われた朝日の光は、その肉附きの豊かな肩へ、――派手はでな大島の羽織の肩へ、はっきり大幅に流れている。それがやや俯向うつむきになった、血色のい頬に反射している。心もち厚い唇の上の、かすかなにも反射している。
 午前十時と十一時との間、――旅館では今が一日中でも、一番静かな時刻である。商売に来たのも、見物に来たのも、とまり客は大抵たいてい外出してしまう。下宿しているつとにんたちも勿論午後までは帰って来ない。その跡にはただ長い廊下に、時々上草履うわぞうりを響かせる、女中の足音だけが残っている。
 この時もそれが遠くから、だんだんこちらへ近づいて来ると、出窓に面した廊下には、四十格好がっこうの女中が一人、紅茶の道具を運びながら、影画かげえのように通りかかった。女中は何とも云われなかったら、女のいる事も気がつかずに、そのまま通りすぎてしまったかも知れない。が、女は女中の姿を見ると、心安そうに声をかけた。
「おきよさん。」
 女中はちょいと会釈えしゃくしてから、出窓の方へ歩み寄った。
「まあ、御精ごせいが出ますこと。――坊ちゃんはどうなさいました?」
「うちの若様? 若様は今お休み中。」
 女は編針あみばりを休めたまま、子供のように微笑した。
「時にね、お清さん。」
「何でございます? 真面目まじめそうに。」
 女中も出窓の日の光に、前掛まえかけだけくっきり照らさせながら、浅黒い眼もとに微笑を見せた。
「御隣の野村のむらさん、――野村さんでしょう、あの奥さんは?」
「ええ、野村敏子さん。」
「敏子さん? じゃわたしと同じ名だわね。あの方はもう御立ちになったの?」
「いいえ、まだ五六日は御滞在ごたいざいでございましょう。それから何でも蕪湖ウウフウとかへ、――」
「だってさっき前を通ったら、御隣にはどなたもいらっしゃらなかったわよ。」「ええ、昨晩さくばん急にまた、三階へ御部屋が変りましたから、――」
「そう。」
 女は何か考えるように、丸々まるまるした顔を傾けて見せた。
「あの方でしょう? ここへ御出でになると、その日に御子さんをなくなしたのは?」
「ええ。御気の毒でございますわね。すぐに病院へも御入れになったんですけれど。」
「じゃ病院で御なくなりなすったの? 道理で何にも知らなかった。」
 女は前髪まえがみを割ったひたいに、かすかな憂鬱の色を浮べた。が、すぐにまた元の通り、快活な微笑を取り戻すと、悪戯いたずらそうな眼つきになった。
「もうそれで御用ずみ。どうかあちらへいらしって下さい。」
「まあ、随分でございますね。」
 女中は思わず笑い出した。
「そんな邪慳じゃけんな事をおっしゃると、つたから電話がかかって来ても、内証ないしょで旦那様へ取次ぎますよ。」
いわよ。早くいらっしゃいってば。紅茶がさめてしまうじゃないの?」
 女中が出窓にいなくなると、女はまた編物を取り上げながら、小声に歌をうたい出した。
 午前十時と十一時との間、――旅館では今が一日中でも、一番静かな時刻である。部屋ごとの花瓶に素枯すがれた花は、このあいだに女中が取り捨ててしまう。二階三階の真鍮しんちゅうの手すりも、この間に下男ボオイが磨くらしい。そう云う沈黙がひろがった中に、ただ往来のざわめきだけが、硝子ガラス戸をけ放した諸方の窓から、日の光と一しょにはいって来る。
 その内にふと女のひざから、毛糸のたまが転げ落ちた。球はとんとはずむが早いか、一筋の赤を引きずりながら、ころころ廊下ろうかへ出ようとする、――と思うと誰か一人、ちょうどそこへ来かかったのが、静かにそれを拾い上げた。
「どうも有難ありがとうございました。」
 女は籐椅子とういすを離れながら、恥しそうに会釈えしゃくをした。見れば球を拾ったのは、今し方女中と噂をした、せぎすな隣室の夫人である。
「いいえ。」
 毛糸の球は細い指から、あぶらよりも白いくくり指へ移った。
「ここは暖かでございますね。」
 敏子は出窓へ歩み出ると、まぶしそうにやや眼を細めた。
「ええ、こうやって居りましても、居睡いねむりが出るくらいでございますわ。」
 二人の母はたたずんだまま、幸福そうに微笑し合った。
「まあ、御可愛いたあたですこと。」
 敏子の声はさりげなかった。が、女はその言葉に、思わずそっと眼をらせた。
「二年ぶりに編針を持って見ましたの。――あんまり暇なもんですから。」
「私なぞはいくら暇でも、なまけてばかり居りますわ。」
 女は籐椅子とういすへ編物を捨てると、仕方がなさそうに微笑した。敏子の言葉は無心の内に、もう一度女を打ったのである。
「お宅の坊ちゃんは、――坊ちゃんでございましたわね? いつ御生れになりましたの?」

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