您现在的位置: 贯通日本 >> 作家 >> 芥川 竜之介 >> 正文

魔術(まじゅつ)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-8-18 10:21:52  点击:  切换到繁體中文

底本: 芥川龍之介全集3
出版社: ちくま文庫、筑摩書房
初版発行日: 1986(昭和61)年12月1日
入力に使用: 1996(平成8)年4月1日第8刷
校正に使用: 1997(平成9)年4月15日第9刷


底本の親本: 筑摩全集類聚版芥川龍之介全集
出版社: 筑摩書房
初版発行日: 1971(昭和46)年3月~1971(昭和46)年11月

 

ある時雨しぐれの降る晩のことです。わたしを乗せた人力車じんりきしゃは、何度も大森界隈おおもりかいわいけわしい坂を上ったり下りたりして、やっと竹藪たけやぶに囲まれた、小さな西洋館の前に梶棒かじぼうを下しました。もう鼠色のペンキのげかかった、狭苦しい玄関には、車夫の出した提灯ちょうちんの明りで見ると、印度インド人マティラム・ミスラと日本字で書いた、これだけは新しい、瀬戸物の標札ひょうさつがかかっています。
 マティラム・ミスラ君と云えば、もう皆さんの中にも、御存じの方が少くないかも知れません。ミスラ君は永年印度の独立を計っているカルカッタ生れの愛国者で、同時にまたハッサン・カンという名高い婆羅門ばらもんの秘法を学んだ、年の若い魔術まじゅつの大家なのです。私はちょうど一月ばかり以前から、ある友人の紹介でミスラ君と交際していましたが、政治経済の問題などはいろいろ議論したことがあっても、肝腎かんじんの魔術を使う時には、まだ一度も居合せたことがありません。そこで今夜は前以て、魔術を使って見せてくれるように、手紙で頼んで置いてから、当時ミスラ君の住んでいた、寂しい大森の町はずれまで、人力車を急がせて来たのです。
 私は雨に濡れながら、覚束おぼつかない車夫の提灯の明りを便りにその標札の下にある呼鈴よびりんボタンを押しました。すると間もなく戸がいて、玄関へ顔を出したのは、ミスラ君の世話をしている、背の低い日本人の御婆さんです。
「ミスラ君は御出でですか。」
「いらっしゃいます。先ほどからあなた様を御待ち兼ねでございました。」
 御婆さんは愛想あいそよくこう言いながら、すぐその玄関のつきあたりにある、ミスラ君の部屋へ私を案内しました。
「今晩は、雨の降るのによく御出ででした。」
 色のまっ黒な、眼の大きい、やわらか口髭くちひげのあるミスラ君は、テエブルの上にある石油ランプのしんねじりながら、元気よく私に挨拶あいさつしました。
「いや、あなたの魔術さえ拝見出来れば、雨くらいは何ともありません。」
 私は椅子いすに腰かけてから、うす暗い石油ランプの光に照された、陰気な部屋の中を見廻しました。
 ミスラ君の部屋は質素な西洋間で、まん中にテエブルが一つ、壁側かべぎわに手ごろな書棚が一つ、それから窓の前に机が一つ――ほかにはただ我々の腰をかける、椅子が並んでいるだけです。しかもその椅子や机が、みんな古ぼけた物ばかりで、ふちへ赤く花模様を織り出した、派手はでなテエブル掛でさえ、今にもずたずたに裂けるかと思うほど、糸目があらわになっていました。
 私たちは挨拶をすませてから、しばらくは外の竹藪に降る雨の音を聞くともなく聞いていましたが、やがてまたあの召使いの御婆さんが、紅茶の道具を持ってはいって来ると、ミスラ君は葉巻はまきの箱のふたを開けて、
「どうです。一本。」とすすめてくれました。
難有ありがとう。」
 私は遠慮えんりょなく葉巻を一本取って、燐寸マッチの火をうつしながら、
「確かあなたの御使いになる精霊せいれいは、ジンとかいう名前でしたね。するとこれから私が拝見する魔術と言うのも、そのジンの力を借りてなさるのですか。」
 ミスラ君は自分も葉巻へ火をつけると、にやにや笑いながら、※(「均のつくり」、第3水準1-14-75)においの好い煙を吐いて、
「ジンなどという精霊があると思ったのは、もう何百年も昔のことです。アラビヤ夜話やわの時代のこととでも言いましょうか。私がハッサン・カンから学んだ魔術は、あなたでも使おうと思えば使えますよ。高が進歩した催眠術さいみんじゅつに過ぎないのですから。――御覧なさい。この手をただ、こうしさえすれば好いのです。」
 ミスラ君は手を挙げて、二三度私の眼の前へ三角形のようなものを描きましたが、やがてその手をテエブルの上へやると、縁へ赤く織り出した模様の花をつまみ上げました。私はびっくりして、思わず椅子いすをずりよせながら、よくよくその花を眺めましたが、確かにそれは今の今まで、テエブル掛の中にあった花模様の一つに違いありません。が、ミスラ君がその花を私の鼻の先へ持って来ると、ちょうど麝香じゃこうか何かのように重苦しい※(「均のつくり」、第3水準1-14-75)さえするのです。私はあまりの不思議さに、何度も感嘆かんたんの声をもらしますと、ミスラ君はやはり微笑したまま、また無造作むぞうさにその花をテエブル掛の上へ落しました。勿論落すともとの通り花は織り出した模様になって、つまみ上げること所か、花びら一つ自由には動かせなくなってしまうのです。「どうです。訳はないでしょう。今度は、このランプを御覧なさい。」
 ミスラ君はこう言いながら、ちょいとテエブルの上のランプを置き直しましたが、その拍子ひょうしにどういう訳か、ランプはまるで独楽こまのように、ぐるぐる廻り始めました。それもちゃんと一所ひとところに止ったまま、ホヤを心棒しんぼうのようにして、勢いよく廻り始めたのです。はじめの内は私もきもをつぶして、万一火事にでもなっては大変だと、何度もひやひやしましたが、ミスラ君は静に紅茶を飲みながら、一向騒ぐ容子ようすもありません。そこで私もしまいには、すっかり度胸がすわってしまって、だんだん早くなるランプの運動を、眼も離さず眺めていました。
 また実際ランプのかさが風を起して廻る中に、黄いろいほのおがたった一つ、またたきもせずにともっているのは、何とも言えず美しい、不思議な見物みものだったのです。が、その内にランプの廻るのが、いよいよすみやかになって行って、とうとう廻っているとは見えないほど、澄み渡ったと思いますと、いつのにか、前のようにホヤ一つゆがんだ気色けしきもなく、テエブルの上に据っていました。
「驚きましたか。こんなことはほんの子供だましですよ。それともあなたが御望みなら、もう一つ何か御覧に入れましょう。」
 ミスラ君はうしろを振返って、壁側かべぎわの書棚を眺めましたが、やがてその方へ手をさし伸ばして、招くように指を動かすと、今度は書棚に並んでいた書物が一冊ずつ動き出して、自然にテエブルの上まで飛んで来ました。そのまた飛び方が両方へ表紙を開いて、夏の夕方に飛び交う蝙蝠こうもりのように、ひらひらと宙へ舞上るのです。私は葉巻を口へくわえたまま、呆気あっけにとられて見ていましたが、書物はうす暗いランプの光の中に何冊も自由に飛び廻って、一々行儀よくテエブルの上へピラミッド形に積み上りました。しかも残らずこちらへ移ってしまったと思うと、すぐに最初来たのから動き出して、もとの書棚へ順々に飛びかえって行くじゃありませんか。
 が、中でも一番面白かったのは、うすい仮綴かりとじの書物が一冊、やはり翼のように表紙を開いて、ふわりと空へ上りましたが、しばらくテエブルの上で輪を描いてから、急に頁をざわつかせると、逆落さかおとしに私の膝へさっと下りて来たことです。どうしたのかと思って手にとって見ると、これは私が一週間ばかり前にミスラ君へ貸した覚えがある、仏蘭西フランスの新しい小説でした。
永々ながなが御本を難有ありがとう。」
 ミスラ君はまだ微笑を含んだ声で、こう私に礼を言いました。勿論もちろんその時はもう多くの書物が、みんなテエブルの上から書棚の中へ舞い戻ってしまっていたのです。私は夢からさめたような心もちで、暫時ざんじは挨拶さえ出来ませんでしたが、その内にさっきミスラ君の言った、「私の魔術などというものは、あなたでも使おうと思えば使えるのです。」という言葉を思い出しましたから、
「いや、兼ね兼ね評判ひょうばんはうかがっていましたが、あなたのお使いなさる魔術が、これほど不思議なものだろうとは、実際、思いもよりませんでした。ところで私のような人間にも、使って使えないことのないと言うのは、御冗談ではないのですか。」
「使えますとも。誰にでも造作ぞうさなく使えます。ただ――」と言いかけてミスラ君はじっと私の顔を眺めながら、いつになく真面目まじめな口調になって、
「ただ、欲のある人間には使えません。ハッサン・カンの魔術を習おうと思ったら、まず欲を捨てることです。あなたにはそれが出来ますか。」
「出来るつもりです。」
 私はこう答えましたが、何となく不安な気もしたので、すぐにまたあとから言葉を添えました。
「魔術さえ教えて頂ければ。」
 それでもミスラ君は疑わしそうな眼つきを見せましたが、さすがにこの上念を押すのは無躾ぶしつけだとでも思ったのでしょう。やがて大様おおよううなずきながら、
「では教えて上げましょう。が、いくら造作なく使えると言っても、習うのには暇もかかりますから、今夜は私の所へ御泊おとまりなさい。」
「どうもいろいろ恐れ入ります。」
 私は魔術を教えて貰う嬉しさに、何度もミスラ君へ御礼を言いました。が、ミスラ君はそんなことに頓着とんちゃくする気色けしきもなく、静に椅子から立上ると、
「御婆サン。御婆サン。今夜ハ御客様ガ御泊リニナルカラ、寝床ノ仕度ヲシテ置イテオクレ。」
 私は胸を躍らしながら、葉巻の灰をはたくのも忘れて、まともに石油ランプの光を浴びた、親切そうなミスラ君の顔を思わずじっと見上げました。

       ×          ×          ×

[1] [2] 下一页  尾页


 

作家录入:贯通日本语    责任编辑:贯通日本语 

  • 上一篇作家:

  • 下一篇作家:
  •  
     
     
    网友评论:(只显示最新10条。评论内容只代表网友观点,与本站立场无关!)
     

    没有任何图片作家

    广告

    广告