您现在的位置: 贯通日本 >> 作家 >> 芥川 竜之介 >> 正文

魔術(まじゅつ)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-8-18 10:21:52  点击:  切换到繁體中文



 私がミスラ君に魔術を教わってから、一月ばかりたった後(のち)のことです。これもやはりざあざあ雨の降る晩でしたが、私は銀座のある倶楽部(くらぶ)の一室で、五六人の友人と、暖炉(だんろ)の前へ陣取りながら、気軽な雑談に耽っていました。
 何しろここは東京の中心ですから、窓の外に降る雨脚(あまあし)も、しっきりなく往来する自働車や馬車の屋根を濡らすせいか、あの、大森(おおもり)の竹藪にしぶくような、ものさびしい音は聞えません。
 勿論窓の内の陽気なことも、明い電燈の光と言い、大きなモロッコ皮の椅子(いす)と言い、あるいはまた滑かに光っている寄木細工(よせぎざいく)の床(ゆか)と言い、見るから精霊(せいれい)でも出て来そうな、ミスラ君の部屋などとは、まるで比べものにはならないのです。
 私たちは葉巻の煙の中に、しばらくは猟(りょう)の話だの競馬の話だのをしていましたが、その内に一人の友人が、吸いさしの葉巻を暖炉(だんろ)の中に抛りこんで、私の方へ振り向きながら、
「君は近頃魔術を使うという評判(ひょうばん)だが、どうだい。今夜は一つ僕たちの前で使って見せてくれないか。」
「好いとも。」
 私は椅子の背に頭を靠(もた)せたまま、さも魔術の名人らしく、横柄(おうへい)にこう答えました。
「じゃ、何でも君に一任するから、世間の手品師(てじなし)などには出来そうもない、不思議な術を使って見せてくれ給え。」
 友人たちは皆賛成だと見えて、てんでに椅子をすり寄せながら、促すように私の方を眺めました。そこで私は徐(おもむろ)に立ち上って、
「よく見ていてくれ給えよ。僕の使う魔術には、種も仕掛(しかけ)もないのだから。」
 私はこう言いながら、両手のカフスをまくり上げて、暖炉の中に燃え盛(さか)っている石炭を、無造作(むぞうさ)に掌の上へすくい上げました。私を囲んでいた友人たちは、これだけでも、もう荒胆(あらぎも)を挫(ひし)がれたのでしょう。皆顔を見合せながらうっかり側へ寄って火傷(やけど)でもしては大変だと、気味悪るそうにしりごみさえし始めるのです。
 そこで私の方はいよいよ落着き払って、その掌の上の石炭の火を、しばらく一同の眼の前へつきつけてから、今度はそれを勢いよく寄木細工の床(ゆか)へ撒(ま)き散らしました。その途端です、窓の外に降る雨の音を圧して、もう一つ変った雨の音が俄(にわか)に床の上から起ったのは。と言うのはまっ赤な石炭の火が、私の掌(てのひら)を離れると同時に、無数の美しい金貨になって、雨のように床の上へこぼれ飛んだからなのです。
 友人たちは皆夢でも見ているように、茫然と喝采(かっさい)するのさえも忘れていました。
「まずちょいとこんなものさ。」
 私は得意の微笑を浮べながら、静にまた元の椅子に腰を下しました。
「こりゃ皆ほんとうの金貨かい。」
 呆気(あっけ)にとられていた友人の一人が、ようやくこう私に尋(たず)ねたのは、それから五分ばかりたった後のことです。
「ほんとうの金貨さ。嘘だと思ったら、手にとって見給え。」
「まさか火傷(やけど)をするようなことはあるまいね。」
 友人の一人は恐る恐る、床の上の金貨を手にとって見ましたが、
「成程こりゃほんとうの金貨だ。おい、給仕、箒(ほうき)と塵取りとを持って来て、これを皆掃き集めてくれ。」
 給仕はすぐに言いつけられた通り、床の上の金貨を掃き集めて、堆(うずたか)く側のテエブルへ盛り上げました。友人たちは皆そのテエブルのまわりを囲みながら、
「ざっと二十万円くらいはありそうだね。」
「いや、もっとありそうだ。華奢(きゃしゃ)なテエブルだった日には、つぶれてしまうくらいあるじゃないか。」
「何しろ大した魔術を習ったものだ。石炭の火がすぐに金貨になるのだから。」
「これじゃ一週間とたたない内に、岩崎や三井にも負けないような金満家になってしまうだろう。」などと、口々に私の魔術を褒(ほ)めそやしました。が、私はやはり椅子(いす)によりかかったまま、悠然と葉巻の煙を吐いて、
「いや、僕の魔術というやつは、一旦欲心を起したら、二度と使うことが出来ないのだ。だからこの金貨にしても、君たちが見てしまった上は、すぐにまた元の暖炉の中へ抛(ほう)りこんでしまおうと思っている。」
 友人たちは私の言葉を聞くと、言い合せたように、反対し始めました。これだけの大金を元の石炭にしてしまうのは、もったいない話だと言うのです。が、私はミスラ君に約束した手前もありますから、どうしても暖炉に抛りこむと、剛情(ごうじょう)に友人たちと争いました。すると、その友人たちの中でも、一番狡猾(こうかつ)だという評判のあるのが、鼻の先で、せせら笑いながら、
「君はこの金貨を元の石炭にしようと言う。僕たちはまたしたくないと言う。それじゃいつまでたった所で、議論が干(ひ)ないのは当り前だろう。そこで僕が思うには、この金貨を元手にして、君が僕たちと骨牌(かるた)をするのだ。そうしてもし君が勝ったなら、石炭にするとも何にするとも、自由に君が始末するが好(い)い。が、もし僕たちが勝ったなら、金貨のまま僕たちへ渡し給え。そうすれば御互の申し分も立って、至極満足だろうじゃないか。」
 それでも私はまだ首を振って、容易にその申し出しに賛成しようとはしませんでした。所がその友人は、いよいよ嘲(あざけ)るような笑(えみ)を浮べながら、私とテエブルの上の金貨とを狡(ず)るそうにじろじろ見比べて、
「君が僕たちと骨牌(かるた)をしないのは、つまりその金貨を僕たちに取られたくないと思うからだろう。それなら魔術を使うために、欲心を捨てたとか何とかいう、折角(せっかく)の君の決心も怪しくなってくる訳じゃないか。」
「いや、何も僕は、この金貨が惜しいから石炭にするのじゃない。」
「それなら骨牌(かるた)をやり給えな。」
 何度もこういう押問答を繰返した後で、とうとう私はその友人の言葉通り、テエブルの上の金貨を元手(もとで)に、どうしても骨牌(かるた)を闘わせなければならない羽目(はめ)に立ち至りました。勿論友人たちは皆大喜びで、すぐにトランプを一組取り寄せると、部屋の片隅にある骨牌机(かるたづくえ)を囲みながら、まだためらい勝ちな私を早く早くと急(せ)き立てるのです。
 ですから私も仕方がなく、しばらくの間は友人たちを相手に、嫌々(いやいや)骨牌(かるた)をしていました。が、どういうものか、その夜に限って、ふだんは格別骨牌(かるた)上手でもない私が、嘘のようにどんどん勝つのです。するとまた妙なもので、始は気のりもしなかったのが、だんだん面白くなり始めて、ものの十分とたたない内に、いつか私は一切を忘れて、熱心に骨牌(かるた)を引き始めました。
 友人たちは、元より私から、あの金貨を残らず捲(ま)き上げるつもりで、わざわざ骨牌(かるた)を始めたのですから、こうなると皆あせりにあせって、ほとんど血相(けっそう)さえ変るかと思うほど、夢中になって勝負を争い出しました。が、いくら友人たちが躍起となっても、私は一度も負けないばかりか、とうとうしまいには、あの金貨とほぼ同じほどの金高(きんだか)だけ、私の方が勝ってしまったじゃありませんか。するとさっきの人の悪い友人が、まるで、気違いのような勢いで、私の前に、札(ふだ)をつきつけながら、
「さあ、引き給え。僕は僕の財産をすっかり賭ける。地面も、家作(かさく)も、馬も、自働車も、一つ残らず賭けてしまう。その代り君はあの金貨のほかに、今まで君が勝った金をことごとく賭けるのだ。さあ、引き給え。」
 私はこの刹那(せつな)に欲が出ました。テエブルの上に積んである、山のような金貨ばかりか、折角私が勝った金さえ、今度運悪く負けたが最後、皆相手の友人に取られてしまわなければなりません。のみならずこの勝負に勝ちさえすれば、私は向うの全財産を一度に手へ入れることが出来るのです。こんな時に使わなければどこに魔術などを教わった、苦心の甲斐(かい)があるのでしょう。そう思うと私は矢(や)も楯(たて)もたまらなくなって、そっと魔術を使いながら、決闘でもするような勢いで、
「よろしい。まず君から引き給え。」
「九(く)。」
「王様(キング)。」
 私は勝ち誇った声を挙げながら、まっ蒼になった相手の眼の前へ、引き当てた札(ふだ)を出して見せました。すると不思議にもその骨牌(かるた)の王様(キング)が、まるで魂がはいったように、冠(かんむり)をかぶった頭を擡(もた)げて、ひょいと札(ふだ)の外へ体を出すと、行儀よく剣を持ったまま、にやりと気味の悪い微笑を浮べて、
「御婆サン。御婆サン。御客様ハ御帰リニナルソウダカラ、寝床ノ仕度ハシナクテモ好イヨ。」
 と、聞き覚えのある声で言うのです。と思うと、どういう訳か、窓の外に降る雨脚(あまあし)までが、急にまたあの大森の竹藪にしぶくような、寂しいざんざ降(ぶ)りの音を立て始めました。
 ふと気がついてあたりを見廻すと、私はまだうす暗い石油ランプの光を浴びながら、まるであの骨牌(かるた)の王様(キング)のような微笑を浮べているミスラ君と、向い合って坐っていたのです。
 私が指の間に挟(はさ)んだ葉巻の灰さえ、やはり落ちずにたまっている所を見ても、私が一月ばかりたったと思ったのは、ほんの二三分の間に見た、夢だったのに違いありません。けれどもその二三分の短い間に、私がハッサン・カンの魔術の秘法を習う資格のない人間だということは、私自身にもミスラ君にも、明かになってしまったのです。私は恥しそうに頭を下げたまま、しばらくは口もきけませんでした。
「私の魔術を使おうと思ったら、まず欲を捨てなければなりません。あなたはそれだけの修業が出来ていないのです。」
 ミスラ君は気の毒そうな眼つきをしながら、縁へ赤く花模様を織り出したテエブル掛の上に肘(ひじ)をついて、静にこう私をたしなめました。

(大正八年十一月十日)




 



底本:「芥川龍之介全集3」ちくま文庫、筑摩書房
   1986(昭和61)年12月1日第1刷発行
   1996(平成8)年4月1日第8刷発行
底本の親本:「筑摩全集類聚版芥川龍之介全集」筑摩書房
   1971(昭和46)年3月~1971(昭和46)年11月
入力:j.utiyama
校正:かとうかおり
1998年12月8日公開
2004年3月9日修正
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。




●表記について
  • このファイルは W3C 勧告 XHTML1.1 にそった形式で作成されています。
  • 「くの字点」をのぞくJIS X 0213にある文字は、画像化して埋め込みました。

上一页  [1] [2]  尾页


 

作家录入:贯通日本语    责任编辑:贯通日本语 

  • 上一篇作家:

  • 下一篇作家:
  •  
     
     
    网友评论:(只显示最新10条。评论内容只代表网友观点,与本站立场无关!)
     

    没有任何图片作家

    广告

    广告