您现在的位置: 贯通日本 >> 作家 >> 芥川 竜之介 >> 正文

保吉の手帳から(やすきちのてちょうから)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-8-18 15:47:22  点击:  切换到繁體中文



     はじ

 保吉やすきちは教室へ出る前に、必ず教科書の下調したしらべをした。それは月給をもらっているから、出たらめなことは出来ないと云う義務心によったばかりではない。教科書には学校の性質上海上用語が沢山出て来る。それをちゃんとしらべて置かないと、とんでもない誤訳をやりかねない。たとえば Cat's paw と云うから、ねこの足かと思っていれば、そよ風だったりするたぐいである。
 ある時彼は二年級の生徒に、やはり航海のことを書いた、何とか云う小品しょうひんを教えていた。それは恐るべき悪文だった。マストに風がうなったり、ハッチへなみが打ちこんだりしても、その浪なり風なりは少しも文字の上へ浮ばなかった。彼は生徒に訳読やくどくをさせながら、彼自身先に退屈し出した。こう云う時ほど生徒を相手に、思想問題とか時事問題とかをべんじたい興味にられることはない。元来教師と云うものは学科以外の何ものかを教えたがるものである。道徳、趣味しゅみ、人生観、――何と名づけても差支さしつかえない。とにかく教科書や黒板よりも教師自身の心臓しんぞうに近い何ものかを教えたがるものである。しかし生憎あいにく生徒と云うものは学科以外の何ものをも教わりたがらないものである。いや、教わりたがらないのではない。絶対に教わることを嫌悪けんおするものである。保吉はそう信じていたから、この場合も退屈し切ったまま、訳読を進めるより仕かたなかった。
 しかし生徒の訳読に一応耳を傾けた上、綿密めんみつあやまりを直したりするのは退屈しない時でさえ、かなり保吉には面倒めんどうだった。彼は一時間の授業時間を三十分ばかりすごしたのち、とうとう訳読を中止させた。その代りに今度は彼自身一節ずつ読んでは訳し出した。教科書の中の航海は不相変あいかわらず退屈を極めていた。同時にまた彼の教えぶりも負けずに退屈を極めていた。彼は無風帯を横ぎる帆船はんせんのように、動詞のテンスを見落したり関係代名詞を間違えたり、行きなやみ行き悩み進んで行った。
 そのうちにふと気がついて見ると、彼の下検したしらべをして来たところはもうたった四五行しごぎょうしかなかった。そこを一つ通り越せば、海上用語の暗礁あんしょうに満ちた、油断のならない荒海あらうみだった。彼は横目よこめで時計を見た。時間は休みの喇叭らっぱまでにたっぷり二十分は残っていた。彼は出来るだけ叮嚀ていねいに、下検べの出来ている四五行を訳した。が、訳してしまって見ると、時計の針はそのあいだにまだ三分しか動いていなかった。
 保吉は絶体絶命ぜったいぜつめいになった。この場合唯一ゆいいつ血路けつろになるものは生徒の質問に応ずることだった。それでもまだ時間が余れば、早じまいをせんしてしまうことだった。彼は教科書を置きながら、「質問は――」と口を切ろうとした。と、突然まっ赤になった。なぜそんなにまっ赤になったか?――それは彼自身にも説明出来ない。とにかく生徒を護摩ごまかすくらいは何とも思わぬはずの彼がその時だけはまっ赤になったのである。生徒は勿論もちろん何も知らずにまじまじ彼の顔を眺めていた。彼はもう一度時計を見た。それから、――教科書を取り上げるが早いか、無茶苦茶に先を読み始めた。
 教科書の中の航海はそのも退屈なものだったかも知れない。しかし彼の教えぶりは、――保吉はいまだに確信している。タイフウンとたたかう帆船よりも、もっと壮烈を極めたものだった。

     勇ましい守衛

 秋の末か冬の初か、そのへんの記憶ははっきりしない。とにかく学校へかようのにオオヴァ・コオトをひっかける時分だった。午飯ひるめしのテエブルについた時、ある若い武官教官が隣に坐っている保吉やすきちにこう云う最近の椿事ちんじを話した。――つい二三日前の深更しんこう鉄盗人てつぬすびとが二三人学校の裏手へ舟を着けた。それを発見した夜警中の守衛しゅえいは単身彼等を逮捕たいほしようとした。ところがはげしい格闘かくとうの末、あべこべに海へほうりこまれた。守衛はねずみになりながら、やっと岸へい上った。が、勿論盗人の舟はそのあいだにもうおきの闇へ姿を隠していたのである。
大浦おおうらと云う守衛ですがね。莫迦莫迦ばかばかしい目にったですよ。」
 武官はパンを頬張ほおばったなり、苦しそうに笑っていた。
 大浦は保吉も知っていた。守衛は何人か交替こうたい門側もんがわめ所にひかえている。そうして武官と文官とを問わず、教官の出入ではいりを見る度に、挙手きょしゅの礼をすることになっている。保吉は敬礼されるのも敬礼に答えるのも好まなかったから、敬礼するひまを与えぬように、詰め所を通る時は特に足を早めることにした。が、この大浦と云う守衛だけは容易よういに目つぶしを食わされない。第一詰め所に坐ったまま、門の内外うちそと五六間の距離へ絶えず目をそそいでいる。だから保吉の影が見えると、まだその前へ来ない内に、ちゃんともう敬礼の姿勢をしている。こうなれば宿命と思うほかはない。保吉はとうとう観念かんねんした。いや、観念したばかりではない。この頃は大浦を見つけるが早いか、響尾蛇がらがらへびねらわれたうさぎのように、こちらからぼうさえとっていたのである。
 それが今聞けば盗人ぬすびとのために、海へ投げこまれたと云うのである。保吉はちょいと同情しながら、やはり笑わずにはいられなかった。
 すると五六日たってから、保吉は停車場ていしゃばの待合室に偶然大浦を発見した。大浦は彼の顔を見ると、そう云う場所にもかかわらず、ぴたりと姿勢を正した上、不相変あいかわらず厳格に挙手の礼をした。保吉ははっきり彼のうしろに詰め所の入口が見えるような気がした。
「君はこの間――」
 しばらく沈黙が続いたのち、保吉はこう話しかけた。
「ええ、泥坊どろぼうつかまえ損じまして、――」
「ひどい目にったですね。」
「幸い怪我けがはせずにすみましたが、――」
 大浦は苦笑くしょうを浮べたまま、みずかあざけるように話し続けた。
「何、無理むりにもつかまえようと思えば、一人ひとりぐらいは掴まえられたのです。しかし掴まえて見たところが、それっきりの話ですし、――」
「それっきりと云うのは?」
「賞与も何ももらえないのです。そう云う場合、どうなると云う明文は守衛規則にありませんから、――」
「職にじゅんじても?」
「職に殉じてでもです。」
 保吉はちょいと大浦を見た。大浦自身の言葉によれば、彼は必ずしも勇士のように、一死をしてかかったのではない。賞与を打算に加えた上、とらうべき盗人をいっしたのである。しかし――保吉は巻煙草をとり出しながら、出来るだけ快活にうなずいて見せた。
「なるほどそれじゃ莫迦莫迦ばかばかしい。危険をおかすだけ損のわけですね。」
 大浦は「はあ」とか何とか云った。その癖変に浮かなそうだった。
「だが賞与さえ出るとなれば、――」
 保吉はやや憂鬱ゆううつに云った。
「だが、賞与さえ出るとなれば、誰でも危険を冒すかどうか?――そいつもまた少し疑問ですね。」
 大浦は今度は黙っていた。が、保吉が煙草をくわえると、急に彼自身のマッチをり、その火を保吉の前へ出した。保吉は赤あかとなびいたほのおを煙草の先に移しながら、思わず口もとに動いた微笑びしょうさとられないようにみ殺した。
難有ありがとう。」
「いや、どうしまして。」
 大浦はさりげない言葉と共に、マッチの箱をポケットへ返した。しかし保吉は今日こんにちもなおこの勇ましい守衛の秘密を看破かんぱしたことと信じている。あの一点のマッチの火は保吉のためにばかりられたのではない。実に大浦の武士道を冥々めいめいうち照覧しょうらんし給う神々のために擦られたのである。

(大正十二年四月)




 



底本:「芥川龍之介全集5」ちくま文庫、筑摩書房
   1987(昭和62)年2月24日第1刷発行
   1995(平成7)年4月10日第6刷発行
底本の親本:「筑摩全集類聚版芥川龍之介全集」筑摩書房
   1971(昭和46)年3月~1971(昭和46)年11月
入力:j.utiyama
校正:かとうかおり
1999年1月10日公開
2004年3月9日修正
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。




●表記について
  • このファイルは W3C 勧告 XHTML1.1 にそった形式で作成されています。
  • 「くの字点」をのぞくJIS X 0213にある文字は、画像化して埋め込みました。

上一页  [1] [2] [3]  尾页


 

作家录入:贯通日本语    责任编辑:贯通日本语 

  • 上一篇作家:

  • 下一篇作家:
  •  
     
     
    网友评论:(只显示最新10条。评论内容只代表网友观点,与本站立场无关!)
     

    没有任何图片作家

    广告

    广告