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札幌(さっぽろ)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-8-21 16:05:54  点击:  切换到繁體中文



 その翌日、私の妻が來た。う凾館からは引上げて小樽に來てゐるのであるが、さう何時までも姉の家に厄介になつても居られないので、それやこれやの打合せに來たのだ。私の子供は生れてやつと九ヶ月にしかならなかつたが、來ると直ぐ忘れないでゐて私に手を延べた。
 が、心がけては居たのだが、空家あきや、せめて二間位の空間と思つても、それすらありさうになかつた。困つて了つて宿の内儀に話をすると、
『然うですねえ。それでは恁うなすつちや如何でせう。貴方のお室は八疊ですから、お家の見付かるまで當分此處で我慢をなさる事になすつては? さうなれば目形さんには別の室に移つて頂くことに致しますから。何で御座いませう、貴方方もお三人きり……?』
『まだ年老つた母があります。外にもあるんですが、それは今直ぐ來なくても可いんです。』
『マァ然うですか、阿母さんも御一緒に! ………それにしても立見さんの方よりは窮屈でない譯ですわねえ、當分の事ですから。』
 話はそれに決つて、妻は二三日中に家財を纏めて來ることになつた。女同志は重寶なもので、妻は既う内儀と種々いろ/\生計向くらしむきの話などをしてゐる。
 眞佐子は、妻の來るとから私の子供を抱いて、のべつに頬擦りをし乍ら、家の中を歩いたり、外へ行つたりしてゐた。泣き出しさうにならなければ妻の許に伴れて來ない。
小便おしつこしては可けませんから。』と妻が言つても、
いゝえ、構ひませんから、も少し借して下さい。』と言つて却々なか/\放さない。母親は笑つて居た。
 二人限になつた時、妻は何かの序に恁※(「麻かんむり/「公」の「八」の右を取る」、第4水準2-94-57)事を言つた。
『眞佐子さんは少し藪睨みですね。穩しい方でせう。』
 軈て出社の時刻になつた。玄關を出ると、其處からは見えない生垣の内側に、私の子を抱いた眞佐子が立つてゐた。私を見ると、
『あれ、父樣とうちやんですよ。父樣ですよ。』と言つて子供に教へる。
『重くありませんか、其※(「麻かんむり/「公」の「八」の右を取る」、第4水準2-94-57)に抱いてゐて?』
『否、孃ちやん、サア、お土産を買つて來て下さいツて、マア何とも仰しやらない!』
と言ひながら、耐らないと言つたふうに頬擦りをする。赤兒を可愛がる處女には男の心をくすぐる樣なところがある。私は二三歩眞佐子に近づいたが、氣がつくと玄關にはまだ妻が立つてるので、其儘門外へ出て了つた。
 歸つて來た時は、小樽へ歸る私の妻を停車場まで見送りに行つた眞佐子も、今し方歸つた許りといふところであつた。その晩は、立見君は牧師の家に出かけて行つたので、私は室にゐて手紙などを書いた。茶の間からは女達の話聲が聞える。眞佐子は私の子供の可愛かつた事を頻りに數へ立てゝてゐる、立見君の細君もそれに同じてはゐたが、何となく氣の乘らぬ聲であつた。


 翌日は社に出てから初めての日曜日、休みではないが、明くる朝の新聞は四頁なので四時少し前に締切になつた。後藤君はその日缺勤した。歸つて來て寢ころんでゐると、後藤君が相變らずの要領を得ない顏をして入つて來て、
『少し相談があるから、今夜七時半に僕の下宿へ來給へ。僕はよそを廻つてそれ迄に歸つてるから。』
と言つて出て行つた。直ぐ戻つて來て私を玄關に呼出すから、何かと思ふと、
『君、祕密な話だから、一人で來てくれ給へ。』
『好し、一體何だね? 何か事件が起つたのかね?』
『君、聲が高いよ。大に起つた事があるさ。吾黨の大事だ。』と、黄色い齒を出しかけたが、直ぐムニャ/\と口を動かして、『兎に角來給へ。成るべく僕の處へ來るのを誰にも知らせない方が好いな。』
 そして右の肩を揚げ、薄い下駄を引擦る樣にして出て行つて了つた。「よく祕密にしたがる男だ!」と私は思つた。
 私はその晩の事が忘られない。
 夕飯が濟むと、立見君と目形君は、教會に行くと言つて、私にも同行を勸めた。私は社長の宅へ行く用があると言つて斷つた。そして約束の時間に後藤君の下宿へ行つた。
 座にはS――新聞の二面記者だといふ男がゐた。後藤君は私を其男に紹介した。私は、その男が所謂「祕密の相談」に關係があるのか、無いのか、一寸判斷に困つた。片目の小さい、始終唇を甜め廻す癖のある、鼻の先に新聞記者がブラ下つてる樣な擧動やうすや物言ひをする、可厭いやな男であつた。
 少し經つと、後藤君は私に、
『君は既う先に行つたのかと思つてゐた。よく誘つて呉れたね。』
 これで了解のみこめたから、私もいい加減にバツを合せた。そして、
『まだ七時頃だらうね?』
奈何どうして、奈何して、既う君八時ぢやないか知ら。』
『待ち給へ。』とS――新聞の記者が言つて、帶の間の時計を出して見た。『七時四十分。何處かへ行くのかね?』
『あゝ、七時半までの約束だつたが――』
『然うか。それでは僕の長居が邪魔な譯だね。近頃は方々で邪魔にしやがる。處で行先は何處だ?』
『ハハヽヽ。然う一々ひとの行先に干渉しなくても可いぢやないか。』
かくすな! 何有なあに、解つてるよ、確乎ちやんと解つてるよ。高が君等の行動が解らん樣では、これで君、札幌は狹くつても新聞記者の招牌かんばんは出されないからね。』
『凄じいね。ところで今夜はマアそれにして置くから、お慈悲を以て、これで御免を蒙らして頂かうぢやないか?』
『好し、好し、今歸つてやるよ。僕だつて然う沒分曉漢わからずやではないからね、先刻御承知の通り。處でと――』と、腕組をして凝乎ぢつと考へ込む態をする。
『何を考へるのだ、大先生?』
『マ、マ、一寸待つてくれ。』
『金なら持つてないぜ。』
『畜生奴! ハハヽヽ、せんを越しやがつた。何有、好し、好し、まだ二三軒心當りがある。』
『それは結構だ。』
冷評ひやかすない。これでも△△さんでなくては夜も日も明けないツて人が待つてるんだからね。然うだ、金崎の處へ行つて三兩許り踏手繰ふんだくつてやるか。――奈何どうだい、出懸けるなら一緒に出懸けないか?』
何有なあに、惡い處へは行かないから、安心して先に出て呉れ給へ。』
『莫迦に僕を邪魔にする! が、マアゆるして置け。その代り儲かつたら、割前を寄越さんと承知せんぞ。左樣なら。』
 そして室を出しなに後を向いて、
『君等ア薄野すゝきの(遊廓)に行くんぢやないのか?』と狐疑うたぐり深い目付をした。
 その男を送出して室に歸ると、後藤君は落膽がつかりした樣な顏をして眉間に深い皺を寄せてゐた。
遂々とう/\追出してやつた、ハハヽヽ。』と笑ひ乍ら座つたが、張合の拔けた樣な笑聲であつた。そして、
『あれで君、彼奴はS――社中では敏腕家なんだ。』
可厭いやな奴だねえ。』
『君は案外人嫌ひをする樣だね。あれでも根は好人物おひとよしで、だませるところがある。』
『但し君は人を訛すことの出來ない人だ。』
『然うか…………も知れないな。』と言つて、グタリと頤を襟に埋めた。そして、手で頸筋を撫でながら、
『近頃此處が痛くて困る。少し長い物を書いたり、今の樣な奴と話をしたりすると、屹度痛くなつて來る。』
『神經痛ぢやないか知ら。』
『然うだらうと思ふ。神經衰弱に罹つてから既う三年許りになるからなあ。』
『醫者には?』
『かゝらない、外の病氣と違つて藥なんかマア利かないからね。』
『でも君、構はずに置くよりア可かないか知ら。』
『第一、醫者にかゝるなんて、僕にア其※(「麻かんむり/「公」の「八」の右を取る」、第4水準2-94-57)暇は無い。』
 然う言つて首をもたげたが、
『暇が無いんぢやない、實は金が無いんだ。ハハヽヽ。あるものは借金と不平ばかり。然うだ、頸の痛いのも近頃は借金で首が廻らなくなつたからかも知れない。』
 後藤君は取つてつけた樣に寂しい高笑ひをした。そして冷え切つた茶碗を口元まで持つて行つたが、不圖氣が付いた樣に、それを机の上に置いて、
『ヤア失敬、失敬。君にはまだ茶を出さなかつた。』
『茶なんか奈何でも可いが、それより君、話ツてな何です?』
『マア、マア、男は其※(「麻かんむり/「公」の「八」の右を取る」、第4水準2-94-57)に急ぐもんぢやない。まだ八時前だもの。』
 然う言つて藥鑵の葢をとつて見ると、湯はある。出がらしになつた急須の茶滓を茶碗の一つに空けて、机の下から小さい鐵葉ブリキの茶壺を取出したが、その手付がいかにもものぐさ相で、私の樣な氣の早い者が見ると、もどかしくなる位緩々のろ/\してゐる。
 ギシ/\する茶壺の葢を取つて、中葢の取手に手を掛けると、其儘後藤君は凝乎と考へ込んで了つた。左の眉の根がピクリ、ピクリと神經的に痙攣ひきつけてゐる。
 やゝやあつてから、
『君、』と言つて中葢を取つたが、その儘茶壺を机の端に載せて、
『僕等も出掛けようぢやないか! 少し寒いけれど。』
『何處へ?』
『何處へでも可い。歩きながら話すんだ。此室ここには、(と聲を落して、目で壁隣りの室を指し乍ら、)君、S――新聞の主筆の從弟といふ奴が居るんだ。恁※(「麻かんむり/「公」の「八」の右を取る」、第4水準2-94-57)處で一時間も二時間も密談してると人に怪まれるし、第一此方も氣がつまる、歩き乍らの方が可い。』
『何をしてるね、隣の奴は?』
『其※(「麻かんむり/「公」の「八」の右を取る」、第4水準2-94-57)聲で言ふと聞えるよ。何有なあに、道廳の學務課へ出てゐる小役人だがね。昔から壁に耳ありで、其※(「麻かんむり/「公」の「八」の右を取る」、第4水準2-94-57)處から計畫が破れるかも知れないから喃。』
『一體マア何の話だらう? 大層勿體をつけるぢやないか? 葢許り澤山あつて、中に※(「麻かんむり/「公」の「八」の右を取る」、第4水準2-94-57)どんな美味い饅頭が入つてるんか、一向アテが付かない。』
『ハハヽヽ。マア出懸けようぢやないか?』
 で、二人は戸外そとに出た。後藤君は既う葢を取つた茶壺の事は忘れて了つた樣子であつた。私は、この煮え切らぬ顏をした三十男が、物事を恁うまで祕密にする心根に觸れて、そして、見すぼらしい鳥打帽を冠り、右の肩を揚げてズシリ/\と先に立つて階段を降りる姿を見下し乍ら、異樣な寒さを感じた。出かけない主義が、何も爲出かさぬうちに、活力を消耗して了つた立見君の半生を語る如く、後藤君の常に計畫し常に祕密にしてゐるのが、矢張またその半生の戰ひの勝敗を語つてゐた。
 札幌の秋の夜はしめやかであつた。其邊はう場末で、通り少なき廣い街路まちは森閑として、空には黒雲が斑らに流れ、その間から覗いてゐる十八九日許りの月影に、街路に生えた丈低い芝草に露が光り、蟲が鳴いてゐた。家々の窓の火光だけが人懷しく見えた。
『あゝ、月がある!』然う言つて私は空を見上げたが、後藤君は默つて首を低れて歩いた。痛むのだらう。吹くともない風に肌が緊つた。
 その儘少し歩いて行くと、區立の大きい病院の背後に出た。月が雲間に隱れて四邊あたりかげつた。
『やアれ、やれやれやれ――』といふ異樣の女の叫聲が病院の構内から聞えた。
『何だらう?』と私は言つた。
『狂人さ。それ、其處にあるのが(と構内の建物の一つを指して、)精神病患者の隔離室なんだ。夜更になると僕の下宿までの聲が聞える事がある。』
 その狂人共が暴れてるのだらう、ドン/\と板を敲く音がする。ハチ切れた樣な甲高い笑聲がする。
『疊たゝいて此方こちひと――これ、此方の人、此方の人ッたら、ホホヽヽヽヽ。』
 それは鋭い女の聲であつた。私は足を緩めた。
『狂人の多くなつた丈、我々の文明が進んだのだ。ハハヽヽ。』と後藤君は言出した。『君はまだ那※(「麻かんむり/「公」の「八」の右を取る」、第4水準2-94-57)聲を聞かうとするだけ若い。僕なんかは其※(「麻かんむり/「公」の「八」の右を取る」、第4水準2-94-57)暇はない。聞えても成るべく聞かぬ樣にしてる。他の事よりア此方の事だもの。』
 然うしてズシリ/\と下駄を引擦り乍ら先に立つて歩く。
『實際だ。』と私も言つたが、狂人の聲が妙に心を動かした。普通の人間と狂人との距離が其時ズッと接近して來てる樣な氣がした。『後藤君も苦しいんだ!』其※(「麻かんむり/「公」の「八」の右を取る」、第4水準2-94-57)事を考へ乍ら、私は足元に眼を落して默つて歩いた。
『ところで君、徐々そろ/\話を始めようぢやないか?』と後藤君は言出した。
『初めよう。僕は先刻から待つてる。』と言つたが、その實、私は既う大した話でも無い樣に思つてゐた。
『實はね、マア好い方の話なんだが、然し餘程考へなくちや決行されない點もある――』
 然う言つて後藤君の話した話は次の樣なことであつた。――今度小樽に新らしい新聞が出來る。出資者はY――氏といふ名のある事業家で、創業資は二萬圓、維持費の三萬圓を年に一萬宛注込んで、三年後に獨立經濟にする計畫である。そして、社長には前代議士で道會に幅を利かしてゐるS――氏がなるといふので。
『主筆も定つてる。』と友は言葉をいだ。『先にH――新聞にゐた山岡といふ人で、僕も二三度面識がある、その人が今編輯局編成の任を帶びて札幌に來てゐる。實は僕にも間接に話があつたので、今日行つて打突ぶつつかつて見て來たのだ。』
『成程。段々面白くなつて來たぞ。』
『無論その時君の話もした。』と熱心な調子で言つた。暗い町を肩を並べて歩き乍ら、稀なる往來の人に遠慮をい/\ひそめた聲も時々高くなる。後藤君は暗い中で妙な手振をし乍ら、『僕の事はマア不得要領な挨拶をしたが、君の事は君さへ承知すれば直ぐ決る位に話を進めて來た。無論現在よりは條件も可ささうだ。それに君は家族が小樽に居るんだから都合が可いだらうと思ふんだ。』
『それアアさうだ。が、無論君も行くんだらう?』
『其處だテ。奈何も其處だテ――』
『何が?』
『主筆は十月一日に第一囘編輯會議を開く迄に顏觸れを揃へる責任を受負つたんで、大分焦心あせつてる樣だがね。』
『十月一日! あと九日しかない。』
『然うだ。――實はね、』と言つて、後藤君は急に聲を高くした。『僕も大いに心を動かしてる。大いに動かしてゐる。』
 然うして二度許り右の拳を以て空氣を切つた。
『それなら可いぢやないか?』と私も聲を高めた。『奈何どうせ天下の浪人共だ。何も顧慮する處はない。』
『其處だ。君はまだ若い、僕はも少し深く考へて見たいんだ。』
『奈何考へる?』
『詰りね、單に條件が可いから行くといふだけでなくね。――それは無論第一の問題だが――多少君、我々の理想を少しでも實行するに都合が好い――と言つた樣な點を見付けたいんだ。』(未完)





底本:「石川啄木作品集 第三巻」昭和出版社
   1970(昭和45)年11月20日発行
※底本の「『奈何どうせせ」は、「『奈何どうせ」」にあらためました。
※疑問点の確認にあたっては、「啄木全集 第三巻」筑摩書房、1967(昭和42)年7月30日初版第1刷発行を参照しました。
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。
入力:Nana ohbe
校正:林 幸雄
2003年10月23日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。




●表記について
  • このファイルは W3C 勧告 XHTML1.1 にそった形式で作成されています。
  • 「くの字点」は「/\」で、「濁点付きくの字点」は「/″\」で表しました。
  • 「くの字点」をのぞくJIS X 0213にある文字は、画像化して埋め込みました。

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