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夜行巡査(やこうじゅんさ)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-8-23 10:47:24  点击:  切换到繁體中文

底本: 高野聖
出版社: 角川文庫、角川書店
初版発行日: 1971(昭和46)年4月20日改版初版
入力に使用: 1999(平成11)年2月10日改版40版

 

    一

「こうじいさん、おめえどこだ」と職人体の壮佼わかものは、そのかたわらなる車夫の老人に向かいて問いけたり。車夫の老人は年紀としすでに五十を越えて、六十にも間はあらじと思わる。餓えてや弱々しき声のしかも寒さにおののきつつ、
「どうぞまっぴら御免なすって、向後こうごきっと気を着けまする。へいへい」
 と、どぎまぎしてあわておれり。
「爺さん慌てなさんな。こうおりゃ巡査じゃねえぜ。え、おい、かわいそうによっぽど面食らったと見える、全体おめえ、気が小さすぎらあ。なんの縛ろうとはやしめえし、あんなにびくびくしねえでものことさ。おらあ片一方で聞いててせえ少癇癪すこかんしゃくさわってこたえられなかったよ。え、爺さん、聞きゃおめえの扮装みなりが悪いとってとがめたようだっけが、それにしちゃあ咎めようが激しいや、ほかにおめえなんぞ仕損しぞこないでもしなすったのか、ええ、爺さん」
 問われて老車夫は吐息をつき、
「へい、まことにびっくりいたしました。巡査おまわりさんに咎められましたのは、親父おやじ今がはじめてで、はい、もうどうなりますることやらと、人心地ごこちもござりませなんだ。いやもうから意気地いくじがござりません代わりにゃ、けっして後ろ暗いことはいたしません。ただいまとても別にぶちょうほうのあったわけではござりませんが、股引ももひきが破れまして、ひざから下が露出むきだしでござりますので、見苦しいと、こんなにおっしゃります、へい、御規則も心得ないではござりませんが、つい届きませんもんで、へい、だしぬけにこら! ってわめかれましたのに驚きまして、いまだに胸がどきどきいたしまする」
 壮佼はしきりにうなずけり。
「むむ、そうだろう。気の小さい維新前むかしの者は得て巡的をこわがるやつよ。なんだ、高がこれ股引きがねえからとって、ぎょうさんに咎め立てをするにゃあ当たらねえ。主のかかぐるまじゃあるめえし、ふむ、よけいなおせっかいよ、なあ爺さん、向こうから謂わねえたって、この寒いのに股引きはこっちで穿きてえや、そこがめいめいの内証で穿けねえから、穿けねえのだ。何も穿かねえというんじゃねえ。しかもお提灯ちょうちんより見っこのねえ闇夜やみだろうじゃねえか、風俗も糸瓜へちまもあるもんか。うぬが商売で寒い思いをするからたって、何も人民にあたるにゃあ及ばねえ。ん! 寒鴉かんがらすめ。あんなやつもめったにゃねえよ、往来の少ないところなら、昼だってひよぐるぐらいは大目に見てくれらあ、業腹な。おらあ別に人の褌襠ふんどし相撲すもうを取るにもあたらねえが、これが若いものでもあることか、かわいそうによぼよぼの爺さんだ。こう、腹あ立てめえよ、ほんにさ、このざまで腕車くるまくなあ、よくよくのことだと思いねえ。チョッ、べら棒め、サーベルがなけりゃ袋叩ふくろだたきにしてやろうものを、威張るのもいいかげんにしておけえ。へん、お堀端あこちとらのお成り筋だぞ、まかり間違やあ胴上げしてかものあしらいにしてやらあ」
 口をきわめてすでに立ち去りたる巡査をののしり、満腔まんこうの熱気を吐きつつ、思わず腕をさすりしが、四谷組合としるしたるすす提灯ちょうちん蝋燭ろうそくを今継ぎ足して、力なげに梶棒かじぼうを取り上ぐる老車夫の風采ふうさいを見て、壮佼わかものは打ちしおるるまでに哀れを催し、「そうして爺さん稼人かせぎてはおめえばかりか、孫子はねえのかい」
 優しくわれて、老車夫は涙ぐみぬ。
「へい、ありがとう存じます、いやも幸いと孝行なせがれが一人おりまして、ようかせいでくれまして、おまえさん、こんな晩にゃ行火あんかを抱いて寝ていられるもったいない身分でござりましたが、せがれはな、おまえさん、この秋兵隊に取られましたので、あとには嫁と孫が二人みんな快う世話をしてくれますが、なにぶん活計くらしが立ちかねますので、かえるの子は蛙になる、親仁おやじももとはこの家業をいたしておりましたから、年紀としは取ってもちっとは呼吸がわかりますので、せがれの腕車くるまをこうやってきますが、何が、達者で、きれいで、安いという、三拍子もそろったのが競争をいたしますのに、私のような腕車には、それこそお茶人か、よっぽど後生のよいお客でなければ、とても乗ってはくれませんで、稼ぐに追い着く貧乏なしとはいいまするが、どうしていくら稼いでもその日を越すことができにくうござりますから、自然なりなんぞも構うことはできませんので、つい、巡査おまわりさんに、はい、お手数をけるようにもなりまする」
 いと長々しき繰り言をまだるしとも思わで聞きたる壮佼は一方ひとかたならず心を動かし、
「爺さん、いやたあ謂われねえ、むむ、もっともだ。聞きゃ一人息子むすこが兵隊になってるというじゃねえか、おおかた戦争にも出るんだろう、そんなことなら黙っていないで、どしどし言いめてひまつぶさした埋め合わせに、酒代さかてでもふんだくってやればいいに」
「ええ、めっそうな、しかし申しわけのためばかりに、そのことも申しましたなれど、いっこうおき入れがござりませんので」
 壮佼はますます憤りひとしおあわれみて、
「なんという木念人ぼくねんじんだろう、因業な寒鴉め、といったところで仕方もないかい。ときに爺さん、手間は取らさねえからそこいらまでいっしょにあゆびねえ。股火鉢またひばち五合ごんつくとやらかそう。ナニ遠慮しなさんな、ちと相談もあるんだからよ。はて、いいわな。おめえ稼業にも似合わねえ。ばかめ、こんな爺さんをつかめえて、剣突けんつくもすさまじいや、なんだと思っていやがんでえ、こう指一本でもしてみろ、今じゃおいらが後見だ」
 憤慨と、軽侮と、怨恨えんこんとを満たしたる、視線の赴くところ、こうじ町一番町英国公使館の土塀どべいのあたりを、柳の木立ちに隠見して、角燈あり、南をさして行く。その光は暗夜あんやに怪獣のまなこのごとし。

       二

 公使館のあたりを行くその怪獣は八田義延はったよしのぶという巡査なり。かれは明治二十七年十二月十日の午後零時をもって某町なにがしまちの交番を発し、一時間交替の巡回の途にけるなりき。
 その歩行あゆむや、この巡査には一定の法則ありて存するがごとく、おそからず、早からず、着々歩を進めてみちを行くに、身体からだはきっとして立ちて左右に寸毫すんごうも傾かず、決然自若たる態度には一種犯すべからざる威厳を備えつ。
 制帽のひさしの下にものすごく潜める眼光は、機敏と、鋭利と厳酷とを混じたる、異様の光に輝けり。
 渠は左右のものを見、上下のものをながむるとき、さらにその顔を動かし、首をることをせざれども、ひとみは自在に回転して、随意にその用を弁ずるなり。
 されば路すがらの事々物々、たとえばお堀端ほりばた芝生しばふの一面に白くほの見ゆるに、幾条のくちなわえるがごとき人の踏みしだきたるあとを印せること、英国公使館の二階なるガラス窓の一面に赤黒き燈火の影のせること、その門前なる二ちゅうのガス燈の昨夜よりも少しく暗きこと、往来のまん中に脱ぎ捨てたる草鞋わらじの片足の、霜にきて堅くなりたること、路傍みちばたにすくすくと立ちならべる枯れ柳の、一陣の北風にと音していっせいに南になびくこと、はるかあなたにぬっくと立てる電燈局の煙筒より一縷いちるの煙の立ちのぼること等、およそ這般このはんのささいなる事がらといえども一つとしてくだんの巡査の視線以外にのがるることを得ざりしなり。
 しかも渠は交番をでて、路に一個の老車夫を叱責しっせきし、しかしてのちこのところに来たれるまで、ただに一回も背後うしろを振り返りしことあらず。
 渠は前途に向かいて着眼の鋭く、細かに、きびしきほど、背後うしろには全く放心せるもののごとし。いかんとなれば背後はすでにいったんわがまなこに検察して、異状なしと認めてこれを放免したるものなればなり。
 兇徒きょうとあり、白刃をふるいて背後うしろより渠を刺さんか、巡査はその呼吸いきの根の留まらんまでは、背後うしろに人あるということに、思いいたることはなかるべし。他なし、渠はおのがまなこの観察の一度達したるところには、たとい藕糸ぐうしの孔中といえども一点の懸念をだにのこしおかざるを信ずるによれり。
 ゆえに渠は泰然と威厳を存して、他意なく、懸念なく、悠々ゆうゆうとしてただ前途のみを志すをるなりけり。
 そのくつは霜のいと夜深きに、空谷を鳴らして遠く跫音きょうおんを送りつつ、行く行く一番町の曲がり角のややこなたまで進みけるとき、右側のとある冠木かぶき門の下にうずくまれる物体ありて、わが跫音あしおとうごめけるを、例の眼にてきっと見たり。
 八田巡査はきっと見るに、こはいと窶々やつやつしき婦人おんななりき。
 一個ひとり幼児おさなごを抱きたるが、夜深よふけの人目なきに心を許しけん、帯を解きてその幼児を膚に引きめ、着たる襤褸らんるの綿入れをふすまとなして、少しにても多量の暖を与えんとせる、母の心はいかなるべき。よしやその母子おやこに一銭の恵みをれずとも、たれかあわれと思わざらん。
 しかるに巡査は二つ三つ婦人の枕頭まくらもとに足踏みして、
「おいこら、起きんか、起きんか」
 と沈みたる、しかも力をめたる声にて謂えり。
 婦人はあわただしくね起きて、急に居住まいをつくろいながら、
「はい」と答うる歯の音も合わず、そのまま土にこうべを埋めぬ。
 巡査は重々しき語気をもて、
「はいではない、こんなところに寝ていちゃあいかん、はやく行け、なんという醜態だ」
 と鋭き音調。婦人は恥じて呼吸いきの下にて、
「はい、恐れ入りましてございます」
 かく打ち謝罪わぶるときしも、幼児は夢を破りて、睡眠のうちに忘れたる、えと寒さとを思い出し、あと泣き出だす声も疲労のために裏涸うらがれたり。母は見るより人目も恥じず、あわてて乳房ちぶさを含ませながら、
「夜分のことでございますから、なにとぞ旦那だんな様お慈悲でございます。大眼おおめに御覧あそばして」
 巡査は冷然として、
「規則に夜昼はない。寝ちゃあいかん、軒下で」
 おりからひとしきりすさぶ風は冷をきわめて、手足もあらわなる婦人おんなはだを裂きて寸断せんとせり。渠はぶるぶると身を震わせ、まりのごとくにすくみつつ、
「たまりません、もし旦那、どうぞ、後生でございます。しばらくここにお置きあそばしてくださいまし。この寒さにお堀端の吹きさらしへ出ましては、こ、この子がかわいそうでございます。いろいろ災難にいまして、にわかの物貰ものもらいで勝手はわかりませず……」といいかけて婦人はむせびぬ。
 これをこの軒の主人あるじに請わば、その諾否いまだ計りがたし。しかるに巡査はき入れざりき。
「いかん、おれがいったんいかんといったらなんといってもいかんのだ。たといきさまが、観音様の化身でも、寝ちゃならない、こら、行けというに」

       三

伯父おじさんおあぶのうございますよ」
 半蔵門の方より来たりて、いまや堀端ほりばたに曲がらんとするとき、一個の年紀としわかき美人はその同伴つれなる老人の蹣跚まんさんたる酔歩に向かいて注意せり。かれは編み物の手袋をめたる左の手にぶら提灯ぢょうちんを携えたり。片手は老人を導きつつ。
 伯父さんと謂われたる老人は、ぐらつく足をみ占めながら、
「なに、だいじょうぶだ。あれんばかしの酒にたべ酔ってたまるものかい。ときにもう何時なんどきだろう」
 夜はけたり。天色沈々として風騒がず。見渡すお堀端の往来は、三宅みやけ坂にて一度尽き、さらに一帯の樹立こだちと相連なる煉瓦屋れんがおくにて東京のその局部を限れる、この小天地せきとして、星のみひややかにえ渡れり。美人は人ほしげに振り返りぬ。百歩を隔てて黒影あり、くつを鳴らしておもむろに来たる。

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