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崩れる鬼影(くずれるおにかげ)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-8-24 15:59:02  点击:  切换到繁體中文



   怪物かいぶつ怪力かいりき


「では出動用意」警部は手をあげました。「第一隊は表玄関より、第二隊は裏の入口より進む。それから第三隊は門内もんないの庭木の中にひそんで待機をしながら表門を警戒している。本官とこの少年は第一隊に加わって表玄関より進む。――よいか。では進めッ!」
 警官はサッと三つの隊にわかれ、黙々もくもくとして敏捷に、たちまち行動を起しました。
 私はすっかり元気になって、第一隊の先頭に立ち、表玄関を目懸めがけて駈け出しました。
「オイ少年、静かに忍びこむのだよ」
 たちまち注意を喰いました。そうです、これは戦争じゃなかったのでした。あまり活溌かっぱつにやると、妖怪たちは逃げてしまうかも知れません。
 玄関は静かでした。訓練された七名の警官は、まるで霧のように静かにすべりこみました。階下の廊下はあわ灯火とうかの光に夢のように照らし出されています。気のせいか、黄色い絨氈じゅうたんが長々と廊下に伸びているのが、いまにもスルスルとい出しそうに見えます。
 そのとき私の腕をソッとおさえた者があります。ハッとおどろいて振りかえると、何のこと白木警部です。
「怪物のいる部屋は何処かネ」
 と警部は私の耳に唇をれんばかりにささやきました。
「……」
 私は無言のまま、すぐ向うの左手のドアしました。老婦人を囲んで、あやしげなる服装をつけた頭のない生物が、蜥蜴とかげのようにうごめいているところを又見るのかと思うと、いやアな気持におそわれてまいりました。
 警部は首を上下にって大きい決心を示しました。「かかれッ!」サッと警部の手がドアの方を指しました。
 黒田巡査が最先まっさきに飛び出して、扉の把手ハンドルに手をかけると、グッと押しました。
「オヤ、あかないぞ」
 ウーンと力を入れて体当りをくらわせてみましたが、どうしたものかビクとも開かないのです。
「警部どの、これァ駄目です」
ドアこわして入れッ。三人位でぶつかってみろ」
 三人のたくましい警官が、たちまちその場に勢ぞろいをすると、一、二イ、三と声を合わせ、
「エエイッ」
 と扉にぶつかりました。グワーンと音がするかと思いのほかッと叫ぶ間もなく、扉はパタリと開き、三人の警官はいきおいあまってコロコロと球でもころがすように、室内に転げ込みました。どうやら鍵はかかっていなかったものらしいのです。
 一同は思いがけぬことに、ちょっとひるんで見えましたが、
「それ、捕縛ほばくしろッ」
 と警部が激励げきれいしたので、ワッとわめいて室内におどりこみました。そこには予期よきしていたとおり、頭のない洋服を着た怪物がゾロゾロといまわっていました。
「ウム」
 とその一つに手をかけるとたんに、ピシリとひどい力で叩かれました。警官はッと顔をおさえたまま尻餅しりもちをつきましたが、叩かれたところは見る見るうちに紫色にれ上ってきます。
 あっちでもこっちでも、警官がちゅうねとばされています。壁へ叩きつけられて気絶きぜつをするもの、ガックリと伸びるものなどあって、形勢は不利です。
 ピリピリピリピリ。
 もうこれまでと、警部は非常集合の警笛をとって、激しく吹き鳴らしました。
 素破すわ大事だいじとばかりに裏門の一隊と、表門に待機していた予備隊よびたいとが息せききってけつけました。
 警部はその二隊を、問題の室には向けず、階段の影に集結しました。この上乱闘らんとうをしてみたって、あの怪物には到底とうてい歯が立たないことをさとったからでしょう。
機関銃隊きかんじゅうたい、配置につけッ」
 たちまち階段の影に三挺の機関銃をえつけました。しかし引金を引くわけにはゆきません。向うの室では、味方の警官も苦闘くとうをつづけていれば、老婦人もどこかのすみにいるかと考えられるからです。唯一つの機会は、室から外へ出てくる怪物があれば、この機関銃から弾丸だんがんの雨をらわせることが出来ます。
「うーむ、今に見ていろ」
 警部は自暴自棄じぼうじきで、苦闘している部下のところへ飛びこんでゆきたいのを、じっとこらえていました。それは犬死いぬじににきまっていますが見す見す部下が弱ってゆくのを眺めていることは、どんなにか苦しいことでしょう。戦いの運はもうきょうのうちの大凶だいきょうです。


   鬼影おにかげを見る


ッ、出て来たッ」
 果然かぜん、モーニング・コートを着て、下には婦人のスカートをいたやつが、室の入口からフラフラと廊下の方に現れました。りにはしたいのですが、こう強くてはもうあきらめるよりほかはありません。死骸しがいでも引きって帰れると、成功の方かも知れません。
かたァ始めッ」
 ダダダダダダダダーン。
 ドドドドドドドドーン。
 銃口からは火を吹いて銃丸が雨霰あめあられと怪物の胴中どうなかめがけて撃ち出されました。
「この野郎、まだかッ」
 バラバラと飛んでゆく弾丸は、黒いモーニングの上にたちまち白い弾丸跡たまあともなくつづってゆくのでした。とうとう洋服の布地ぬのじの一部がボロボロになって、銃火じゅうかに吹きとばされました。
 怪物の腹のところに、ポカリと大きい穴があきました。それだのに怪物は、悠々ゆうゆうと廊下を歩いているのです。
「あの怪物には、身体も無いぞ」
 誰かが気が変になったような悲鳴をあげました。なるほどモーニングの大きい穴の向うには、背中の方のモーニングの裏地うらじが見えるばかりで中はガランどうに見えました。こんな不思議な生物があるのでしょうか。
「あれは洋服だけが動いているのじゃないだろうか」
 一人の警官が、いくら雨霰あめあられと飛んでゆく機関銃の弾丸たまらわせてもビクとも手応てごたえがないのにあきれてしまって、こんなことを叫びました。しかしその証明は、どころにつきました。というのは、破れモーニングの怪物が、こんどはノソノソと、機関銃隊の方へ動き出したのです。
 ビュン、ビュン、ビュン、ビュン。
 異様な音響を耳にしたかと思うと、そのモーニングはサッと走り出しました。ッと一同が首をすくめるひまもあらばこそ、機関銃がパッと空中にねあがり、天井てんじょうに穴をあけると、どこかに見えなくなりました。
「これはいかん」
 と思う暇もなく、一同のむこずねは、いやッというほどひどい力ではらわれてしまいました。
「うわーッ」
 警部と私とが助かったばかりで、あとは皆将棋だおしです。もう起きあがれません。警官隊は全滅ぜんめつです。
 モーニングの怪物はと見てあれば、フワフワとはなされた玄関に出てゆきました。玄関には入口の扉の影だけが、月光に照らされて三角形の黒いくまをつくっています。
 怪物はその扉の向うへ出てゆきました。出て行ったと思う間もなく、玄関の厚い硝子戸ガラスどにモーニングの影がうつりました。
「おお、あれを見よ、あれを見よ」
 警部さんは生きた心地もないようなふるごえで叫びました。
 おお、それは何という物凄ものすごい影でしょうか。硝子戸に月がとした影は、モーニングだけの影ではなかったのでした。ややあわい影ではありましたが、モーニングの上に、確かに首らしいものが出ています。その頭がまた四斗樽しとだるのように大きいのです。
 モーニングの袖からも手らしいものが出ていますが、それが不釣合ふつりあいにも野球のミットのような大きさです。
 いやもっとおどろくことがあります。
 その大きい頭部が、見る見るうちにつのが出たり、二つに分かれたり、そうかと思うとスーッとちぢんで小さくなったり、その気味きみの悪さといったらありません。なんと形容して云ったらよいか。
 ああ、そうだ。
くずれる鬼影おにかげ!」
 影が崩れる、鬼の影――というのは、これなのです。私は背中に冷水を浴びたように、ゾーッとしてきました。血が爪先つまさきから膝頭ひざがしらの辺までスーッと引いたのが判りました。一体これは何者でしょうか。
 鬼か、人か?
 妖怪屋敷ようかいやしきを照らす満月まんげつの光は、いよいよ青白あおじろくなって参りました。
 異変の夜は、まだいくばくも過ぎていないのです。
 続いて起ろうとする怪事件は、そも何か。

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