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少年探偵長(しょうねんたんていちょう)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-8-24 17:05:45  点击:  切换到繁體中文


   おお、猫女ねこおんな

「誰だ、君は!」博士は度肝どぎもをぬかれて、かすれた声で、やっとこの短いことばを相手にぶっつけた。
「あたしかね。あたしは『猫女』さ。どうぞよろしく」
「えッ、猫女……」机博士のおどろきは、五倍になった。
「猫女が、なぜこんなところに――」
「大きな声をおだしでないよ。上では、あのとおり大ぜいさんが集っているんだよ」なるほど、上では大ぜいの足音がいりみだれている。きっと首領がみんなを呼び集め、姿を消した自分の行方を探しているのにちがいない。
「きゅうくつだろうが、手をうしろへまわしてもらいましょう」猫女はおそろしく力強かった。机博士の手をかんたんにうしろへねじり、がちゃりと手錠てじょうをはめてしまった。
「君は、私をどうしようというんだ」
 猫女は、首領から黄金メダルの半ぺらを奪ったことがある。すると、猫女は首領の敵だ。自分も今は首領の敵になっている。それならば、猫女は自分と手をにぎって、味方同志になってもいいのだと思う。「猫女よ、なぜ私をいじめるんだ」といいたい、机博士だった。
「お前さんからもらいたいものがあるのさ。すなおに渡してくれないことは分っているから、こっちでお前さんの身体検査しんたいけんさを行うわよ」
「なにッ。なにがほしいんだ」
 机博士が不安なひびきのある声でたずねたのに対し、猫女はこたえなかった。そしてくらがりの中で、博士の身体をしらべていた。室内には、電灯でんとうはついていないし、猫女は懐中電灯かいちゅうでんとうさえ使わない。全くのくらがりの中で猫女は、どしどし自分の仕事をすすめていく。猫女は、猫のように、くらがりの中でも目がきくらしい。それに気がついて、机博士の不安はつのった。
「ああ、これなのね、お前さんが鬼の首をとったように思って喜んでいたのは……」
 とうとう猫女は、目的物を探しあてたらしく、博士の下着のポケットから、小さいひとまきのフィルムを取出した。
「それはちがう。それは何でもない」机博士は、最後の努力をした。だが、猫女はそのフィルムを返そうとはしなかった。そしてなおもつづいて身体検査をやりとげたあとで、
「さっき見つけたフィルムは、こっちへもらったよ。お前さんは器用なことをやってのける人だよ。チャンフーを殺したのも、お前さんじゃないのかい」と、博士をからかった。
「とんでもない。私がチャン老人を最後に見たときは、彼はこれから百年も長生きをするような顔をしていた。あの慾ばりじじいを殺したのは、私ではない」
「ふん。なんとでもいうがいい。でも、あたしはチャンフーの身内でもなんでもないから、お前さんに復讐ふくしゅうしようとは思わない。が、お前さんがやったかどうか、神さまが知っておいでだよ。だからさ、これから神さまのおさばきを受けるように用意をしてあげるよ」
 猫女は、へんなことをいった。机博士が、その言葉の謎をとこうとしていると、いきなり目かくしをされてしまった。もちろん猫女の仕業しわざだった。ぎゅうぎゅうと二重に目の上をしばってしまった。机博士は恐怖におそわれ、それについて抗議をした。と、口の中へハンカチだか何だかを突っこまれた。あッとおどろいていると、口の上をぐるぐると布でまかれてしまった。もう声がだせない。猫女の手ぎわのよいことはおどろくばかりだった。
 それから猫女は、机博士の身体に、ロープをぐるぐるまきつけた。それがすむと女は博士の腰のところを叩いて、
「さあ、お歩きな。お前さんのこしらえておいた抜け穴から外へでるのだよ」
 なんでも知っている猫女だった。なんというすごい奴だろうと、ものがいえない机博士は、くやしさとおそろしさに、からだをふるわせるばかりであった。
 歩いて、穴の外へでた。ひやりと涼しい風が首すじに吹きつけたので、それと察した。いやまだある。眼かくしの布の下に、ほんのすこしばかりのすきがあって、外の明るさが感じられた。これはさっき目かくしをされるときに、机博士は、顔をうんとしかめたのだ。その上に目かくしをされ、あとでしかめつらを元に直すと、すこし目かくしがゆるくなる。これは前から博士が知っていた術である。今うっすらと、足許あしもとの方の明るさが見える。明るさだけではなく、物の形が見えないものかと、博士は目かくしの下で、しきりに目をくしゃくしゃやってみた。
 しばらく彼のところを離れて、向こうでなにかやっていた猫女が、このとき博士のそばへもどってきた。
「さあ、こっちへおいで」博士は又歩かされた。ごつごつした岩の上を歩かされた。がけはしまでいくらもへだたっていない。足を踏みはずしてはたいへんだ。
「そこでストップ。さて、これから二三秒の間、息をとめているがいいよ」
 猫女が、妙なことをいった。机博士は聞きかえしたかったが、ものがいえない。それで一生けんめいに目かくしの隙間すきまから、何でもいいから見えるものを見たいと努力した。
 岩かどが見えた。
(あッ、おれは今、崖の端に立っている!)
 机博士は戦慄せんりつした。たいへんだ。足を踏みはずせば、崖下に落ちていって、骨をくだいて人生にさよならを告げなくてはならない。あぶない。「助けてくれ」と博士はさけんだが、もちろん声がでるはずもない。
「今になって、じたばたするんじゃないよ。早いところやってしまうからね」
 猫女が机博士の方へ近づいた。何をするのかしら。その時に彼は、目かくしの隙から、猫女の服の一部を見た。足も見た。スカートは、濃い緑色の服地でできていて、短いスカートだった。その下に長くのびた形のいい脚があった。二本ともそろっていた。うすい肌色の長靴下をはいている。そして靴は短靴たんぐつ。スポーツ好みの皮とズックでできているあかぬけのした若い婦人向きの靴だった。それだけを一目で見た机博士は、猫女の腰から上が見えないことを残念に思った。
 しかし緑の服、長くたくましい二本の脚、肌色の長靴下に、若い婦人向きスポーツ好みの短靴――というところから想像されることもない猫女の人がらだった。彼女のことばつきよりも、ずっと上品な服装ではないか。一体何者であろうか。どんな顔つきの女であろう――と、そこまでを一瞬間に考えたとき、彼の身体はとつぜん「えいッ」と突きとばされた。
(うッ)と、苦悶くもんのさけびも声も口のうち。
 彼の足は、すでに崖の端を離れた。宙にうかんだ彼の身体!

 ああ、机博士の生命は風前の灯同様である。死ぬか、この変り者の悪党博士? それとも悪運強く生の断崖だんがいにぶら下るか?

   ごったがえす山塞さんさい

 二少年は、どうしたろうか。
 机博士の暗室あんしつにもぐりこんでいた春木清と牛丸平太郎は、思いがけなくも博士対首領のすさまじい争闘そうとうを見た。机博士が首領にあびせかけたエックス線が、首領の正体をがいこつの小男として、緑色の蛍光幕へうつしだした。その怪奇も見た。そのあとで、はげしい器物の投げ合いで、室内はまっくらとなり、その部屋にとどまっていることは大危険となった。
「この部屋からでようよ」
「うん。今ならでられるやろ」
 春木と牛丸とは、小犬のようになって、すばやく部屋からとびだした。
「あッ。ちょっと待った。しいッ」
 牛丸は、春木よりも一足早く外へでたが、とたんにおどろいて、身を引いた。そしてうしろにつづく春木をおしもどした。彼は、廊下ろうかの向こうに人影を認めたからであった。
 その人影は、牛丸がとびだすのと、ほとんど同時に、廊下のかどまがったので、牛丸はその人物のうしろ姿をほんの一瞬間見ただけであった。その人物は背が高く、長いオーバーを着ていたように思った。正確なことは分らない。はっきり見たのはその人物の片方の足だけだった。水色のズボンをはいた長いすねであった。そしてスポーツごのみの派手な短靴をはいていた。
 スポーツごのみの短靴がはやると見える。そうではないであろうか。
(誰であろう、今向こうへいった人物は?)
 と、牛丸は首をひねった。しかし彼は、その人物を追いかけていくつもりはなかった。向こうへいってくれて結構けっこうであると思った。このすきに、早いところ逃げてしまうのだ。
「さあ、走るんや。今のうちなら、地下牢ちかろうの方へ引きかえせる」牛丸は春木をうながして、廊下を縫うようにして走った。彼は山塞の地理を研究して知っていた。運もよくて、彼は春木と共に、元の地下牢の方へ走りこむことができた。
 そこには、戸倉老人が待っていた。
 老人は、牢番ろうばんの小竹と身体をくっつけ合っていたが、少年たちがはいってきたので、離れた。小竹さんは猿ぐつわをかまされ、手足はぐるぐるまきにされ、椅子にしばりつけられてあった。小竹さんの目だけは自由に動いていた。いつものねむそうなにぶい光の目ではなく、いきいきとした目つきで、みんなの顔を見ていた。うらめしそうでもなく、いかりにもえている様子もなかった。
「それじゃ、わしたちはでかける。あとは頼みます。これから毎日、あんたの無事を祈る。短気たんきをおこさぬようにな」
 と、戸倉老人は、小竹の肩をかるく叩いて、眼に涙をうかべた。すると小竹は、二三回あごをしゃくってみせた。
「早くゆきなさい」と、いそがせているようだ。これでみると、戸倉老人と小竹との間にはひそかなる了解りょうかいがあることが明らかだった。小竹がしばられたのも、二人合意ごういの上のことであるにちがいない。
 そこで戸倉老人につれられ、春木と牛丸の二人は、山塞を逃げだした。どういくと抜け道にでられるか、そのことは戸倉老人がよく知っていた。要所要所の扉をあける鍵もちゃんと持っていた。あける前に、警鈴用けいれいようの電気装置をうまく処分しょぶんすることも、やはり老人が知っていた。
 それより牛丸少年がおどろいたのは、老人が元気いっぱいだったことである。牢の中でも、首領の前へ呼びだされたときでも、老人は一歩も歩けない重病人じゅうびょうにんのように見えた。それは、わざと重病人の風をよそおっていたのにちがいない。
 しかし老人が、いくらたくみに抜け道から抜け道をたどって逃げたにしろ、わるがしこい四馬剣尺しばけんじゃくの張ってある網の目をすべてくぐりぬけることはできないはずだった。だがすばらしい幸運が、老人と二少年とを助け、一度もへまをやらないで山塞の脱出に成功した。その幸運というのは、ちょうどこのとき山塞の中は、机博士事件でごったがえしていて、要所要所の見張りはおろそかになっていたのだ。
 なにしろ、おそろしいでき事だった。
 町まで使いにいって、ちょうど山塞の近くへもどってきた一味いちみの一人が、ふと目をあげたとき、妙なものを見つけた。身体をぐるぐる巻きにされた一人の人間が、がけから横にでている電柱のような長い棒の先から吊り下げられ、ぶらんぶらんとれているのであった。
「うわッ、あぶねえ」
 その使いの者は、仙場せんば甲二郎こうじろうという男であったが、彼はびっくりしてきもをひやし、その場へどすんと尻餅をついたくらいだ。見ていると、ますます人間は揺れ、今にもロープが棒の端からとけ、吊り下げられている奴は崖下へまっさかさまに落ちていきそうだ。甲二郎は、気が落ちつくのを待って立ち上ると、こんどはけ足でもって、山塞へとびこんだ。そしてこの変事へんじを知らせたのである。もちろん、棒の先に吊り下げられて、ぶらんぶらんしていた人間は、机博士にちがいなかった。猫女の姿は、どこにも見えない。
 甲二郎の知らせで、さっきから机博士の行方ゆくえを探していた団員たちは、それというので、山塞からとびだして、崖の上を見上げた。
「うわははは、たいへんだ。見ちゃおれん」
「たしかに机博士だ。早く下へ網を張れ」
「おい、首領に報告したか」
「知らせたとも。今ここへ、首領もでてくる、といってた」
 こんなさわぎが起っていたから、二少年と戸倉老人の脱出は、あんがい楽に行われたのだ。そしてみんなが網を張れだの、崖の上へいってそっと綱をひいてみろだの、竹ばしごを組んで二人ばかり登って助けろだのとさわいでいる間に三人の脱走者は反対方向の山へまぎれこんでしまったのである。

   生命いのちがけの脱出

 二少年と戸倉老人とは、たがいに助けあって、山また山をわけて逃げた。
 本道ほんどうへでると、六天山塞ろくてんさんさいの悪者どもに見つかるおそれがあるので、道もないところを踏み分け、わざわざ遠まわりをして逃げた。山のことは、さいわいにもこの土地生れの牛丸少年がたいへんくわしいので、方向をあやまるようなことがなかった。山塞を抜けでたのが、朝の八時ごろであった。それから太陽が一番高くなる正午に近くまでの約四時間を、三人は強行きょうこうして逃げた。
 腹がってならなかったが、戸倉老人はさすがに用意がよく、腰につけてきた包みの中から、チョコレートとビスケットを出して、二少年に分けあたえた。おいしかった。谷間の水にのどをうるおしながら、三人は、あらたな元気をふるい起し、それから又もや苦しい行進をつづけた。
 牛丸少年の考えでは、思い切って西の方へ迂回うかいし、タヌキ山から山姫山やまひめやまの方へでて、それを越えて千本松峠せんぼんまつとうげへでるのがいいと思った。しかしそこまでゆくには、今日いっぱいではだめだ。どうしても明日までかかる。今夜は山姫山のどこかで野宿するほかない。
 千本松峠へでれば、あと四時間ばかり下って、芝原水源地しばはらすいげんちの一番奥の岸につく。そこへゆけば、水道局の小屋もあるし、うまくいくと巡回じゅんかいの人がきているかもしれない。あとは心配ない。とにかく問題は、千本松峠へでるまでのところにある。方角はたぶんまちがえないですむと思うが一同の体力がつづくかどうか、きっとヘリコプターをとばして追跡してくるであろう、四馬剣尺の一味の目を、うまくのがれることができるかどうか、その二つにかかっているのだ。
 牛丸少年は、今日のうちに山姫山までたどりつかねばならぬという計画を他の二人に話し、その日の午後は、とくに前後に気をくばりながら、できるだけ強行進きょうこうしんをつづけてもらった。午後二時ごろと思われるときに、果して空の一角にぶーンと爆音が聞え、やがてヘリコプターが姿をあらわした。
「そらきたぞ。動いちゃいかん。ぜったいに動くな」
 戸倉老人が、叱りつけるようにいった。
 このとき三人は、背の低い熊笹くまざさのおい茂った山の斜面しゃめんを下りているところだった。いじわるく、身をかくすに足る大木もない。そこで熊笹の中にうつ伏したまま、岩のように動かないことにつとめた。空から見下ろすと、背中がまる見えのはずであった。だから今にもだだだーンと、機関銃のはげしい掃射そうしゃをくうことかと生きた心地もなかった。
 いいあんばいに、ヘリコプターは、こっちへ飛んでくる途中で、とつぜん針路しんろを北へ曲げたので助かった。よもやこんな西の方まで逃げてきているとは思わなかったのであろう。きわどいところであった。
 ヘリコプターが追いかけてきたのは、その一回だけであった。タヌキ山を駆け下り、しばらく沢について歩き、それからいよいよ山姫山へのぼりだした。
 こののぼりの二時間が、一番苦しかった。けわしい斜面しゃめんで、木の根につかまって、すこしずつのぼっていくのであった。枯れ葉に足をとられて、せっかくのぼった斜面を、ずるずるとすべり落ちて、大損おおぞんすることもあった。またぐちゃりと気味のわるい、山びるをつかんで青くなったことはいくたびか分らない。腹は減り、のどはかわき、目は廻った。もうこのへんでへたばって声をあげようと思ったこともたびたびであった。しかし自分が弱音よわねをはいては、他の二人をがっかりさせると思い、歯をくいしばってがんばった。みんながそうしたものだから、山姫山のけんもついに征服して、やがて地形は、わりあいにゆるやかな斜面となった。そして山姫山の頂上にある、測地用そくちようの三角点のやぐらが、夕陽ゆうひを背負って、にょっきりと立っているのが見えてきた。三人は、つかれを忘れて足を早めた。
 山姫山の頂上に小屋があった。三角点のすぐわきのところである。これは陸地測量隊りくちそくりょうたいがかけていった小屋で、もちろん無人のときの方が多い。その小屋ごやに三人ははいって、その夜はここで一泊することにした。
 夕食の時刻がきているが、その用意はなかった。ただ戸倉老人は、チョコレートの残りと、それから三枚のするめを持っていた。それをかじって、えをしのいだ。
 日が暮れだした。もうでてもよかろうと、三人は小屋の外にでて、下界をながめた。はるかに芝原水源地が、ひょうたん形をして湖面こめんがにぶく光っている。明日の行程こうていでたどりつく目的地の湖尻こじりの小屋が、豆つぶほどに見える。
(ここまでくれば、もう大丈夫だ)
 と、三人が三人とも、そう思った。入日いりひ残光ざんこうが急にうすれて、夕闇ゆうやみ煙色けむりいろのつばさをひろげて、あたりの山々を包んでいった。と、東の空に、まん丸い月が浮きあがった。満月まんげつだ。三人は危険きけんの身の上をしばし忘れて、ほのぼのと明るい月に向きあっていた。
 その夜、戸倉老人は、春木少年から黄金おうごんメダルに関するこれまでの話を聞き、少年が思いがけない苦労をしたことに深い同情のことばをかけた。そのあとで老人は二少年から問われるままに、海賊王デルマがこしらえた黄金メダルの二片について、彼の知っているだけの秘話ひわ月明つきあかりの下で物語った。
「わしも、デルマの黄金メダルの秘密について、全部を知っているわけではない。もし全部を知っているものなら、こんなところにぐずぐずしていないで、さっそく宝を掘りあてることに夢中になっているはずじゃ。正直なところ、わしはデルマの黄金メダルの秘密については、おぼろげながらその輪廓りんかくを多少聞きかじっているにすぎない。かんじんの秘密は、どうしても例の黄金メダルの二片を集めた上でないとくことができないのじゃ。だからわしの話も、あんがいつまらんことなのじゃ」
 と、老人は二少年の熱心な顔を見くらべた。
「この前、春木君に渡したきぬハンカチは火に焼けて、三分の一しか残らなかったそうじゃが、わしはその文句をそらでおぼえている。ちょっとこの紙に書いてみよう」
 そういって老人は、ポケットから、チョコレートを包んであった紙をだし、そのしわをのばした。それから鉛筆の短いのを取出し、その先をなめるようにして次のような文章を書いた。
 かっこで囲んだところは、春木君の手にのこった焼けのこりの部分に残っていた文字である。

――この黄金メダルは二つの破片
より成るものにして、スペインの海
賊王デルマが死の床において、彼の
部下のうち最も有力なるオクタンと
(ヘザ)ールとに各々一片ずつを与え
(たる)ものなりと伝う。この破片を
(二つ合)わせたるときはデルマの秘
(蔵する宝)庫の位置およびその宝庫
(の開き方を知)ることを得るよしな
(り。オクタンとヘ)ザールは仲悪かり
(しため協力せず)、互いに相手の有
(する黄金メダルの)一片を奪わんも
(のと暗殺者を送)りしため、両人共
たおれ黄金メダルは暗)殺者の手に移
(り、それより行方不明)になりたり
(ここにある一片はオ)クタンの所蔵しょぞう
(せし一片にして余は地中)海某島ぼうとう
(おいてこれを手に入れたる)ものなり


「まあ、こういうことなのじゃ。実はもう一枚このあとに絹ハンカチがあるのじゃ。これはわしが春木に渡すひまがなかったもので、六天山塞のきびしい取調べのとき、うまく見つけられないですんだものだ。それはわしの靴の中にしまってある。これがそうだ」
 そういって戸倉老人は、右の靴をぬぎ、かかとのところをしきりにいじっていたが、そのうちに踵のところに小さな四角い穴があいた。その中からひっぱりだしたのが、絹ハンカチのもう一枚だった。それに次のような文句が書いてあった。

――ちなみに海賊王デルマは、かつて日
本にも上陸したることありと伝う。
彼は大胆にして細心さいしん経綸けいりんむと
共に機械に趣味を有し、よく六千人
の部下を統御とうぎょせり。また彼の部下ヘ
ザールは、デルマが去りし後も一年
有半日本にとどまり、淡路島あわじしまとその対岸たいがん
地方を根城ねじろとして住みしが、日本人
には害を及ぼすことなかりしため彼
を恐ろしき海賊と知る者なかりしよし
なり。彼はかた慎重しんちょうにして最も
デルマに愛せられたり。オクタンは
剛勇ごうゆうにして鬼神きじんもさけるほどの人物
なりき。


「どうだね。今読んだ文章の意味が分ったかね」
 戸倉老人は、そういって二人の少年の顔を見くらべた。
「分ったような、分らないような、どっちだか分らない」
 と、春木がいった。すると牛丸が笑った。それにつられて老人も笑った。春木も、なんだかおかしくなって、いっしょに笑った。
「それじゃ、もう一度話に直してしゃべろう。結局けっきょくここに書いてあるとおりのことなんだが……」
 と、老人は、ことばに直して、同じことを復習して聞かせた。もちろん、ハンカチに書いてあるよりはくわしかった。しかし要領ようりょうは同じことであった。
「……あの黄金メダルの半ぺらを、わしが手に入れたときは、わしはある汽船に船医せんいとして乗組んでいて、たまたま地中海を通ったのだ。そのときわしの乗っていた汽船が舵器だきに故障を起したので、その某島へ寄って修理をやった。そのために前後五日間そこに仮泊かはくしていた。その間に、わしははからずも黄金メダルを手に入れたのじゃ。……どうしてそれを手に入れたか。そのことは、宝探しには直接関係のないことじゃから、おしゃべりしないでおくよ」
 老人は、そういってことばを結んだ。なにかいいにくいことがあるにちがいないと、春木はそう思った。
 とにかく、おどろくべきことだ。
 今までは、一片いっぺん屑金くずがねにすぎないではないかと軽く見ていたが、こうしていわれ因縁いんねんを聞くと、海賊王デルマの死霊しれいこもっているように気味のわるい品物に思えた。
「惜しいことをしました。あれを盗まれてしまって、まことに残念です」春木は、ほんとに残念でならなかった。
「まあ、よいわい。わしが自由の身になったからには、なんとかして取戻す方法がないでもないのじゃ。うまくいったら、君たちにも知らせてあげる。しかしこのことは、他の人には絶対秘密にしておくがよいぞ」
「はい」
 と春木はこたえた。しかし、彼はこのことを他の人々にもしゃべってしまったことを思い出して、苦しかった。もっともしゃべったのは、金谷かなや先生と四人の少年探偵の級友と、それからここにいる牛丸君だけにではあったが……。
「おじさんは、そのメダル探すあてがおまんのやな」
 牛丸少年がたずねた。
「うむ。まあ、そういう見当じゃ」
「どこだんね。骨董店こっとうてんやおまへんか。海岸通かいがんどおりの方の骨董店とちがいますか」牛丸は春木から聞いたチャンフー号の店の話を思い出して、あてずっぽうながら、いってみた。
「ほう」と戸倉老人は目を丸くした。「そんならその店の名をいってみなさい」
万国骨董商ばんこくこっとうしょうのチャンフー号ですやろ」
 すると戸倉老人は卒倒そっとうせんばかりにおどろいた。チャンフー号の事件については、春木は牛丸には話したが、戸倉老人にはまだ話をしてなかったのだ。
「どうしてそれを知っているのか」
「あそこの店には、なんの品でもおますさかいにな。しかしもうあそこは頼みになりまへん。主人が殺されましたさかい」
「なんという?」
「チャンフーという老主人が、この間ピストルで殺されましてん。まだ犯人はつかまらんちゅう話だす。春木君から、ぼく聞いたんです」
「ばかばかしい。そんなことがあるものか。はははは」
 と、とつぜん戸倉老人が笑いだした。
「なんで、おかしがってんだね」と牛丸が、けげんな顔で聞きかえすと、戸倉老人は、こういった。
「チャンフーが殺されるなんて、絶対にそんなことは有り得ないのじゃ。お前さんたちはだまされている」
 どうしたのであろうか。春木少年は、びっくりして老人の顔をながめやった。戸倉老人は、へんなことをいいだしたものである。それとも、老人の笑うには、なにかしっかりした根拠こんきょがあるのであろうか。
 戸倉老人が元気になって、事件はまたもやいっそう怪奇な方向へすべりだした。しかし中天には、明々皎々めいめいこうこうたる大満月がくまなく光をなげていた。

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