妙な空中戦
「おい、なぜうたないのか。こら、ピート一等兵!」
機長の、おこったようなこえである。
「はい。今、うちます。しかし機長どの。自分は戦車の銃手はつとめましたが、飛行機の上の射撃はまだ教育をうけておりません。参考書でもあったら、ちょっと……、ここへ放ってください」
「ばかをいえ。今になって、参考書をよんで間にあうか……。あっ、前に、日本機がいるじゃないか。向うがうたないさきに、おいピート一等兵、うて!」
「困ったなあ。うてといわれても、どうしてねらったらいいか、困ってしまうではありませんか」
「照準具がついているじゃないか。それを見て、ねらえ」
「この照準具には輪がついていますね、どうするのですか」
「飛行機のスピードによって、ちがった輪の上に飛行機の胴をねらうのだ。飛行機はその中心の円に向うようにしろ。一番外の輪が、時速六百キロ、次は五百、次は四百という風に、中心へ来るほど、時速が少くなっているんだ。わかったろう」
「わかりませんなあ」
「早く、うて。間にあわないじゃないか。うて、うて何でもいいからうて。こっちがうたないと、敵は、こっちに弾丸がないのだと思って、安心して、第一番にねらわれるからなあ。うて、うてッ」
「困ったなあ。――パイ軍曹どの、ここへ来て、自分に代ってうってください」
「いやだ。おれは、おれの持ち場がある。ピート一等兵。はやく、うて!」
「いやになっちまうな。地底戦車兵に、飛行機のうえで射撃をしろなどと命令するのは、らんぼうな話だ。うてといわれれば、うつが、どんなことが起っても、自分はしらんぞ」
ピート一等兵は、泣き面をして、機銃の引金に指をかけた。
「ええと、あの日の丸をうつか。ええと、こうねらってと。それから、こういう風に引金をひいてと……」
たたたン、たたたたン。
機銃は呻りだした。快い手ごたえが、ピート一等兵の指に……。
「おやっ、おやっ、味方の三番機に命中してしまったぞ。あれッ、本当か。あらあら、味方の三番機は火に包まれてしまったぞ。しまった」
ピート一等兵は、うーむと呻った。
うったのはいいが、照準のあやまりで、前をとんでいく味方の三番機のガソリン・タンクをうちぬいてしまったのである。
「おい、ピート一等兵、おれは見ていたぞ」
と、下からパイ軍曹が、おびやかすようにいった。
「うわーッ、軍曹どの。見ておられましたか。困ったなあ。さっきのは、照準ちがいです。こんどは大丈夫です。見ていてください」
ピート一等兵は、失敗をとりもどそうと、またもや照準を定めて、引金をひいた。
たたたたン、たたたたン。
ピート一等兵の顔が、土色になった。
こんどは味方の一番機の翼を、うちくだいてしまったのである。マック大尉の顔だと思うが、操縦席のそばの窓から、こっちをおそろしい眼でにらみつけた。と、思う間もなく一番機は、機首を下にして、ぐらっとゆらいで、錐もみになって、墜ち始めた。ああ、もう駄目だ。
「ピート一等兵。おれは今のも見ていたぞ」
パイ軍曹が、下からこえをかけた。
「軍曹どの。ここをかわってください。自分がうつと、味方にばかりあたって、損害莫大です。たのみます。一つ、かわってください」
ピート一等兵は、そういうと機銃座をからにして、のこのこ下へ下ってきた。
「困った奴じゃな。射撃命中率は、なかなかいいのじゃが、味方をうっちゃ、しようがないじゃないか、お前は照準をあべこべにやっているから、弾丸が左へいくところが、右へいってしまうのじゃないか」
「なんといっても、自分はだめであります。地底戦車兵を、飛行機にのせるというのが、そもそも始めからあやまっているのであります。軍曹どの。上へあがってください」
「いやだよ。おれはここにいる」
「そういわないで、あがってください」
「いやだ。あとから、おれがやったようにいわれるのはいやだからな」
「困ったなあ」
あわや爆撃
「ピート一等兵。お前にも同情する。いいから、機銃座はあけておけ。そしてここにいてもいいぞ」
「それはいけません。機銃座にだれもついていないなんて、眼にたちますよ」
「なあに、お前が戦死したことにしておけばいい」
「なるほど。しかし戦死はいやですね」
「重傷でもいいなあ。そしておれも重傷だ。どっちも、うごけないというのならいいだろう」
「なるほど、それは名案だ」
「それになあ」とパイ軍曹はもったいらしい顔付で「さっきから見ていると弾丸をうっているのは、こっちばかりなんだ。日本機は、どういうものか、一発もうってこないで、ひらりひらりと逃げまわってばかりいるのだ。だから、向うがうってくるまで、こっちでもうたなくていいんだ。どうだ、おれはなかなかおちついて、物事をよく見ているだろう。えへん」
パイ軍曹は、ちょっぴり鼻をうごかしてみせた。
ピート一等兵はそれをいいことにして、パイ軍曹のそばにすわりこんでしまった。
そのうちに、僚機の機銃のうち方が、きこえなくなった。
「ああパイ軍曹どの。射撃をしなくなったです。どうしたのでしょうかなあ」
「さあ、どうしたかなあ。察するところ日本機は全部、うちおとされたのかもしれないぞ」
パイ軍曹は、景気のいいことをいった。
「そうですかなあ。急に、こっちがつよくなったんですね」
「お前みたいな下手くそな射手ののっているのは、この飛行機だけだ。他のやつは、元来航空兵なんだから相当に射撃には自信があるはずだ。ついに、ぽんぽんとやっつけたんだろう」
「下手くそだといっても、自分は元来地底戦車兵なんですからね。それは仕方がありませんよ」
「それは大したいいわけにならないよ」
「え、なぜです」
「あれを見ろ」
「えっ」
「下を見ろというんだ。あそこの氷上に見えてきたのは、日本軍の基地にちがいない。今おれが爆弾をおとしてみせるから、よく見ていろ。おれはお前とちがって、うまく命中させてみせるぞ。同じ地底戦車兵でもパイ軍曹はかくのとおり、空中勤務にまわされても、腕はたしかだというところを今見せてやる」
「えへ、本当ですか」
「本当だとも。この爆撃照準器の使い方は、ちょっとむずかしいんだが、おれはかねて、こんなこともあろうかと、あらかじめ研究しておいたのだ。こういう具合にやるんだ。ええと、もすこし右へまわして……いや、いきすぎた左へまわして、この目盛を、こっちの零に合わしてと……これでいい、そこで、二つの数字が合ったところで、爆弾を支えている腕金をはずせばいいんだ。一チ、二イ、三ン!」
「あっ」
ピート一等兵は思わずこえをだした。パイ軍曹が、ついに爆弾を切って放したとおもったのである。――ところが、どうしたわけか爆撃の直前にいって、パイ軍曹は、
「うーむ」
と呻って、把手から手を放してしまった。
「パイ軍曹どの。どうせられましたか」
「いかんわい。やめたよ」
「なぜ、やめられましたか」
「下に見えているのは、日本軍の基地だと思っていたが、よく見ると、何のことじゃ。さっきまで、おれたちのいたアメリカ基地だったのじゃ。とんだ間違いを、やらかすところじゃった。もうすこしでリント少将閣下を爆撃するとこだった。いや、あぶなかった」
「へえ、あぶないことでしたな」
「基地へかえってきたことを、おれたちにおしえてくれないから、いかんのだ」
「しかし軍曹どの。機長から命令もないのに爆撃をするから、こういう間違いがおこるのですぞ」
「なにを。お前は、だまれ。上官にむかってなにをいうか」
「へーい」
パイ軍曹は、自分の失敗に、てれくさくなって、ピートにあたりちらした。ピートこそ、いい面の皮だった。そのころ、機は高度をだんだん低めて、着陸の用意にかかっていた。
基地上空を一周すると、さらに高度は低くなった。氷原が、下からむくむくともりあがってくるように思った。エンジンの音が、急におちて、機はさっと氷原に下りて、小さく跳ねた。
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