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独本土上陸作戦(どくほんどじょうりくさくせん)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-8-25 13:00:20  点击:  切换到繁體中文



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 ロンドンの地下ホテルの大広間で、国防晩餐会ばんさんかいもよおされている。
 その大広間は、一見いっけんひろびろとしていた。ただ真中のところに、一つの卓子テーブルと、それを取囲む十三の椅子とが、まるで盆の真中にボタンが落ちているような恰好かっこうで、集っていた。そして卓上には、贅沢ぜいたくな料理が、大きな鉢に、山の如く盛り合わされ、そしてレッテルを見ただけで酔っぱらいそうな古いウィスキーやコニャックが、林のように並んでいた。
 そのとき、広間の北側のドアが、さっと左右に開いて、金ぴかの将軍が十二人と、それからひじのぬけそうな黒繻子くろじゅすの中国服を着た金博士とが、ぞろぞろと立ち現れて、そのもうけの席についた。
「さあ、ぼつぼつ始めましょう」
「各自、お好きなように、セルフ・サーヴィスをして頂きましょう」
 ボーイたちは、完全にこの大広間から追い出されていた。しかもこの料理は、五百パーセントの闇値段やみねだんで集められた豪華な料理であって、これすべて、遠来えんらいの金博士――いや、イギリス政府及び軍部が今は命の綱と頼む新兵器発明王の金博士に対する最高の饗応きょうおうであったのである。
「さて、早速さっそくではあるが、金博士に相談にのっていただくことにする」
 と、座長格の世界戦争軍総指揮官ゴンゴラ大将が口を開いた。
「なるべくなら、この御馳走を全部頂戴してののちに願いたいものじゃが」
 金博士は残念そうにいう。
「いや、事が事とて、ぐずぐずして居れないのです」
 と、総指揮官ゴンゴラ大将は、かまわず話をすすめる。
「これは今夜はじめて諸君にかぎり発表する最高の機密であるが、実は、わがイギリス軍は、最早もはや如何いかんともすべからざる頽勢たいせいを一挙に輓回ばんかいせんがために、ここに極秘ごくひの作戦を研究しようとしている。それは如何いかなる作戦であるか」
 と、ゴンゴラ大将は、そこで大いに気を持たせて、一座を見廻した。
(おや、十三の座席は、縁起えんぎでもない)
 将軍は、ちょっと顔を曇らせたが、胸の前で十字を切って、
「それは外でもない。十三――いや、諸君、おどろいてはいけない。吾輩わがはいは、ここに極秘の独本土上陸作戦どくほんどじょうりくさくせん樹立じゅりつしようと思う者である」
 一座は、にわかにざわめいた。将軍のなかには愕いて、手にしていたさかずきを取落とす者もあり、み下ろしかけていた若鶏わかどりの肉を気管きかんの方へ送りこんで目を白黒する者もあった。ただ平然として色を変えず、飲みくらう手を休めなかったのは金博士ばかりだった。
「独本土上陸作戦、それはえい本土上陸作戦の誤植ごしょく――いや誤言ごごんではないか」
いな、断じて、独本土上陸作戦である」
「ほほっ、ゴンゴラ総指揮官の精神状態を医師に鑑定せしめる必要ありと思うが、如何に」
「いや、もう一つその前に、全国の空軍基地に対し、単座戦闘機たんざせんとうきにゴンゴラ将軍を搭乗とうじょうせしめざるよう厳重げんじゅう命令すべきである」
「その必要はあるまい。なぜといって、ゴンゴラ将軍は、さいわいにして飛行機の操縦が出来ないから、安心してよろしい」
 ゴンゴラ総指揮官は、頬をトマトのようにあかくして、たくたたいた。
何人なんびとが何といおうと、独本土上陸作戦を決行する吾輩の決意には、最早変りはない。ドイツを屈服くっぷくせしめる途はただ一つ、それより外に残されていないのである」
 一座は、尚も喧々囂々けんけんごうごうおさまりがつかなくなった。あちこちで、同志討どうしうちまでが始まる。
「なにも、そんな危い芸当をやらないでも、もっと確実に、しかも安全にドイツをやっつける方法があるんだ」
「そんなことはないでしょう。自分は総指揮官の作戦に同意する」
「それは愚劣ぐれつきわまる。よろしいか。わしの考え出した作戦というのは、至極しごく簡単明瞭かんたんめいりょうである。それは、ドイツに対して『わがイギリスは貴国を援助するぞ』と申入れれば、それでよろしいのじゃ」
「なんだ、それは。敵国ドイツを助ければ、わがイギリスはいよいよ負けるばかりだ」
「それだから貴公きこうは、駄目だというんだ。ちと歴史を勉強しなされ、歴史を。今度の世界戦争以来、わがイギリスが援助をすると申入れた先の国で、滅びなかった国があるかね。ベルギーを見よ、和蘭オランダを見よ、チェッコを見よ、ポーランドを見よ、それからユーゴを見よ。ギリシヤを見よ、蒋介石しょうかいせきを見よ。だから、われわれイギリスが、『ドイツよ、お前を助ける』と申入れただけで、ドイツもまた、滅びざるを得ないであろう。これ、歴史上の事実から帰納きのうした最も正確にして且つ安全な作戦じゃ」
 仲々一座の納りがつかないので、ゴンゴラ総指揮官は、席を立って、金博士のところへやって来た。
「金博士。吾輩の切なるお願いである。新奇なる兵器を作って、わがイギリスの沿岸えんがんから発し、独本土へ上陸せしめられたい」
 このとき、金博士は、ようやく卓上の料理をことごとく胃のに送り終った。博士は、ナップキンで、ねちゃねちゃする両手と口とをぬぐいながら、
「ああ余は遠く来た甲斐かいがあったよ。ほう、美味びみ満腹まんぷくだ。はて、何といわれたかね」
 と、取り済ました顔である。
「おお金博士。今も申すとおり、吾輩の切なるお願いである。新奇なる兵器を作り、わがイギリスの沿岸より発し、独本土へ兵を上陸せしめられたい」
 ゴンゴラ総指揮官は、声涙共せいるいともくだって、この東洋の碩学せきがくに頼みこんだ。すると博士は、
「ああ、それくらいのことなら、至極しごく簡単にやって見せるよ」
「えっ、本当に出来る見込みがありますか」
「ありますとも。そんなことは、人造人間戦車の設計などにくらべれば訳なしじゃ」
「おお、それが真実なれば、吾輩は天にものぼるよろこび――いや、とにかく大きな悦びです」
「しかしのう、ゴンゴラ大将。それについて、余は、とくと貴公と打合わせをしたいのじゃが、この席ではなあ。つまり、こう沢山の人々の耳に入れては、それスパイに買収せられた耳もまじっているかもしれない。二人切りになれないものかな」
「ああ、そのことなら、吾輩としても、願ってもないことです。よろしい。では他の将軍たちを退場させましょう。おい諸君。君たちは一時いちじ別室へ遠慮せよ」
 さすがに総指揮官の一声で、他の将軍たちは、ぶつぶつがやがやいいながら、ゴンゴラ大将と金博士をそこに残して、元来たドアから出ていってしまった。
「さあ、もう一杯、いきましょう」
「すこし廻りすぎたが、もう一杯頂戴するか」
 あとは二人が水入みずいらずで向い合った。
 金博士は、そのとき顔を将軍に近づけていった。
「今誓約したことは、必ずやります。しかし一体、独本土へ上陸といって、どこへ上陸すればいいのかな。ブレーメンかキール軍港ぐんこうのあたりまで行かなければ満足しないのか、それともドイツの占領地帯で、お手近てぢかのドーヴァ海峡かいきょうを越えてきゅうフランス領のカレーあたりへ上陸しただけでも差支さしつかえないのか、一体どっちを望むのかね」
 金博士に大きく出られて、ゴンゴラ総指揮官は、あおい目玉をぐりぐり廻わし、
「どっちでも結構ですが、一つ早いところ上陸して貰いたいですねえ。ドイツ兵のいる陸地へ、こっちからいって上陸したということになれば、そのニュースは、ビッグ・ニュースとして全世界を震駭しんがいし、ふるわざることひさしきイギリス軍も勇気百倍、狂喜乱舞きょうきらんぶいたしますよ」
「狂喜乱舞するかな。それはどうかと思う」
「いや、狂喜乱舞することは請合うけあいです」
「そうかね。そこのところは、余にはよく呑みこめないが、とにかく、上陸作戦をやるについて、あらかじ種々しゅじゅもらうものは貰って置きたい」
「ああ、これは申し遅れて失礼をしました。成功のあかつきは、博士のはかり知られざるその勲功くんこうに対し、いかなる褒賞ほうしょうでも上奏じょうそういたしましょう。いかなる勲章がおのぞみかな。ダイヤモンド十字章じゅうじしょうはいかがですな。また、何もイギリスの勲章に限ったことはない。和蘭オランダの勲章はいかが、それともポーランドの勲章は。エチオピヤの勲章でもいいですぞ。それともフランスの勲章にしますか」
「勲章など貰っても、持って帰るのに面倒めんどうだから、いやじゃ。それよりも、当国とうごく逗留中とうりゅうちゅうは、イギリス製のウィスキーを思う存分ぞんぶんませてくれればそれでよろしい。今のうちに呑んでおかないと、きっとドイツ兵に呑まれてしまうからね」
「縁起でもありませんよ」
「しかしのう、ゴンゴラ将軍。さっき余が、貰うものは貰って置きたいといったのは、そんなものではないのじゃ」
「え、勲章の話ではなかったのですか」
「東洋人というものは、おぬしのように、左様さよう貪慾どんよくではない。余の欲しいのは、白紙命令書はくしめいれいしょだ。それを百枚ばかり貰いたい」
 博士は妙なことをいいだした。白紙命令書というのは、まだ命令の文句が書いてない命令書のことであった。
「白紙命令書百枚もよろしいが、何にお使いですかな」
 と、ゴンゴラ将軍は腑に落ちない顔。
「知れたことじゃ。お主から頼まれた一件を果すためには、万事極秘でやらにゃならん。だから余だけが計画内容を知っているということにするには、白紙命令書を貰ったのが便宜べんぎなのじゃ。尚その命令書には『おっ後日ごじつ何等カノ命令アルマデハ本件ニ関シ総指揮官部へ報告ニ及バズ』と但書ただしがきを書くから、予め諒承りょうしょうありたい」

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