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巴里祭(パリさい)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-8-26 8:04:12  点击:  切换到繁體中文

 

 新吉は釣り竿を引き上げ水中で魚にとられた餌を取りかえて、

――兎も角、おれが巴里で始めて出会った初恋娘のカテリイヌの本当の事情は大分おれの想像と違っていた。あの女はそれほどうい/\しい女でもなければ神聖な女でもなかった。いわば平凡な令嬢だった。それでおれは十何年間も彼女に実は自分の夢を喰わされていたわけさ。自分の不明とはいいながら相当腹が立つわけさ。そこでおれはあの娘を見つけたのを幸い、是非自分の想像していたカテリイヌのように彼女を仕立て上げて見ようというわけさ。」

 リサはちょっとずるそうな顔をして訊いた。

――仕立て上げたところで、あらためてカテリイヌの代りに愛して行こうとなさるの。」
――違う。おれの想像していたカテリイヌのようにあの娘を仕立て上げる。其の事だけで復讐は充分じゃないか。僕の想像を裏切った死んだカテリイヌにも、僕自身の不明に対しても。それから先は誰でも気に入った男と一緒になるがいゝ。」
――けど、あの娘、随分田舎れがしてゝ仕立て憎いわね。」
――田舎擦れてゝも巴里擦れていない。中味は生のままだね。まだ……だから巴里の砥石といしにかけるんだ。い/\しい上品な娘に充分なりそうだよ。」

 熟し切った太陽の下でセーヌ河のうすあかい土色の水が流れて居た。流れは箱型の水泳船の蔭へ来て涼しい蘆の中で小さい渦を沢山こしらえる。渦と渦と抱き合ってぴちょんぴちょんと音を立てる。「中の島」の基点になるポン・ド・グルネルの橋の突き出しに立っている自由の女神の銅像が炎天に※(「赭のつくり/火」、第3水準1-87-52)えて姿態ポーズの角々から青空に陽炎を立てゝいるように見える。橋を日傘が五ツ六ツ駈けて行く。対岸の石垣の道の菩提樹の間に行列の色がゆらめく。予定が今日に伸びた女店員ミジネットの徒歩競争が通って行くのだ。一人一人叩いて行く太鼓の音がまばらに聞える。「中の島」をまたいでいるポン・ド・パッシイの二階橋の階上を貨物列車が爽やかな息を吐きながらしず/\パッシイ街の方へ越えて行く。昨日の祭日の粗野な賑わいを追っ払ったあとから本然の姿を現わして優雅に返った巴里の空のところどころに白雲が浮いて居る。新吉の竿の先にもおもちゃのような小さい魚が一つ釣り上げられて、それでも魚並みに跳ねている。

――あなたも渋くなったわね。すっかり巴里を卒業したのよ。」

 リサは感に堪えたように言った。

――どうしてだ。何を。」
――いままでのあなたの経験しなさったのはやっぱり追放人エキスパトリエの巴里ね。誰でもすこし永く居る外国人が、感化される巴里よ。でも本当の巴里は其の先にあるのよ。噛んでも噛み切れないという根強い巴里よ。あなたはそれを噛み当て初めたのね。死んだフェルナンドは其の事を巴里の山河性と言ってましたよ。」

 リサは編物をちょいと新吉の背中に当てがって寸法を見て、

――ちょうどいゝ。これフェルナンドのを、あなたのジャケツに編み縮めてあげるのよ。」

 新吉はリサの手に持つ編物を見た。リサの情人で、死ぬのを嫌がり抜いて死んで行った天才建築家フェルナンドはまた新吉の親友だった。

――あいつが生きてたら、今時分エッフェル塔をピューリズムで改築するって騒いでいるだろう。」

 こんなことを独言のように言いながら新吉は、自分は今はリサの息子にでもなってしまったような気がした。丁度遠く河上の方から展けて来た青空が街の屋根に近づいて卵黄色に濁りかけている境に小形の旅客飛行機がゆったり小さな姿を現わした。

――ときに日本の奥さんの事はどうなさるの。――」
――ベッシェール夫人の忠告を入れてこっちへ呼ぶことにしたよ。夫人はもう実物を見ないと気になって仕方が無いと言うのだ。」
――しつこい気狂い婆さんね。だからあたしあの婆さんにはあんたがカテリイヌを探す話なんかしなかったのさ。あの婆さん、あの娘が巴里祭の時あんたと一緒に遊んだのは、たゞ其の場だけの事だと安心して居るのよ。婆さんは今のところあんたが国元の奥さんを真実に思い出してるのばかり気になって仕方ないのよ。ジャネットをあんたが、うんと気に入って今後も世話するなんてことがわかればそれこそあの婆さん、大変よ。」

 リサは自分の言うことだけ言ってしまうともとの実直な姿勢に直ってせっせとジャケツを直しにかゝった。
 黙って河に向いて居た新吉の眼から、いつか涙が湧いて頬を流れて居た。新吉は其の涙がセーヌ河の底まで落ちて浸み入るように思えた。新吉は其の涙があの病的天才服飾家の老美女ベッシェール夫人の為めに流れた涙であるのを暫らく後に意識した。だが涙が新吉の頬から乾いてセーヌの河風が一しきり涼しく吹き渡る頃、新吉の心はしんと確かな底明るさに静まった。新吉はおもむろに内心で考え始めたのであった――巴里はあらゆる刺戟を用いて一旦人の心を現実世界から遊離させる。極端なニヒリストにもする。しかし其の過程の後に巴里が人々を導く処は、人生の底の底まで徹底した現実世界、または真味な生活境ではなかろうか。フェルナンドが「巴里の山河性」と言ったのは其処なんだな、俺もどうやら人生の本当の味を、これから巴里に落ち付いて、味って行けるようになるらしいぞ――ママ





底本:「巴里祭・河明り」講談社文芸文庫、講談社
   1992(平成5)年10月10日第1刷発行
底本の親本:「岡本かの子全集 第四巻」冬樹社
   1974(昭和49)年3月発行
※以下の修正箇所は、底本の親本を参照しました。
○うい/\しい[#「うい/\しい」は底本では「うろ/\しい」]
入力:門田裕志
校正:土屋隆
2005年5月12日作成
青空文庫作成ファイル:
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●表記について
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  • [#…]は、入力者による注を表す記号です。
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  • 「くの字点」をのぞくJIS X 0213にある文字は、画像化して埋め込みました。
  • 傍点や圏点、傍線の付いた文字は、強調表示にしました。

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