您现在的位置: 贯通日本 >> 作家 >> 岡本 かの子 >> 正文

みちのく(みちのく)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-8-26 8:14:11  点击:  切换到繁體中文


 白痴の心にもお蘭が自分から失われ、自分は全く孤立無援こりつむえんで世の中に立つわびしさがひしひしと感じられた。現われて来る眼に見えぬ敵を想像して周章あわてはてた。
「お蘭さ、嫁に行っちゃいけねえ」
「そんなこと無理よ」
 四郎は悲しい顔をして考えんでいたが、もっともらしい大人おとな真似まねをして膝を打った。
「それええだ、おらお蘭さ嫁に貰うべえ」
 お蘭はあきれた。けれどもこう答えた。
「四郎さが私をお嫁に貰ってくれるの。こりゃえらいわねえ」
「おら貰うべえ」四郎は得意な顔つきをした。
「けれども四郎さ。あんたが私をお嫁に貰うには、もっと立派なかしこい人にならないじゃ――ねえ、わかって」
 お蘭に取って、この言葉は一時凌いちじしのぎの気休めであり、また四郎へのはげましに使ったものに過ぎないけれども、四郎は永く忘れなかった。彼の心は七八つの幼ないものだが年齢ねんれいはもう十六七の青年に達していた。

 夏はさ中にも近づいたが山の傾斜けいしゃにさしかかって建て連らねられたF――町は南の山から風が北海にけるので熱気の割合に涼しかった。果樹園や畑の見えるだらだら下りの裾野平すそのだいらはてに、小唄こうたで名高いY――山の山裾が見え、夏霞なつがすみがうっすりめている中になみがきらりきらり光った。り取ってしてある熟麦の匂いがした。
 それらが縁側えんがわから見える中座敷ざしきでお蘭は帷子かたびらの仕つけ糸をっていた。表の町通りにわあわあいう声がして、それが店の先でまとまると、四郎が入って来た。
 四郎はお蘭の前に来ると、お蘭が何とか言ってくれるまでぷすっとしてだまって立っているのがいつものくせであった。それがこの白痴に取ってせいぜいあまえた態度だった。それが面白いのでお蘭はなるたけ気がつかぬりをしてうつ向いている。
 だが、やがて振仰ふりあおいだときにお蘭はびっくりしてさけんだ。
「何ですねえ、四郎さんは。そんなおかしな服装なりをして」
 四郎は赤い羽織に大黒さまのような頭巾ずきんかぶっていた。
「おら、いやだと言ったんだけれど、みんなが無理に着せるんだよ」
 四郎はお蘭のいかりにおびえながら言った。
「すぐおぎなさい」
 お蘭は手伝って四郎からそのおかしなものを取り去ってやった。
「白痴だと思ってこの子を玩弄物おもちゃにするにも程がある」
 すると四郎は、
「白痴だと思って――この子を――玩弄物にするにも程がある」
 とおずおず口移しに真似まねて言った。不断、お蘭のいうことはすべて賢い言葉だと思って、口移しに真似て見るのが四郎の癖であった。日頃ひごろはそれも愛嬌あいきょうに思えたが、今日はお蘭には悲しかった。お蘭は冷水でしぼった手拭てぬぐいを持って来てやったり、有り合せの蕨餅わらびもちに砂糖をかけて出してやったりした。
 四郎は怯えも取れて、いつものようにお蘭の側に坐ってどこかで貰って来た絵本をひろげてお蘭の説明を訊くのであった。お蘭は仕事をしながら説明をしてやる。
「これなんだね」
「鉄道馬車」
「これなんだね」
「お勤め人、洋服を着てかばん持って」
 四郎はその絵姿をつくづく眺めていたが、やがて言った。
「おら、もうじき洋服を着るだよ」
 お蘭は、これがただの四郎の空想だと思った。
「それはいいわね」
 四郎は得意になった。
「おらうたうたって、おどりおどるだよ」
 お蘭は少々いぶかしく思えて来た。
「どこでよ、どうしてよ」
「そして、悧巧りこうになって、お蘭さ嫁に貰いに来るだよ」
 お蘭はふと、近頃人のうわさでは四郎の人気につけ込んで興行師がこの白痴の少年に目をつけ出したということを思い出した。これは只事ただごとではない。
駄目だめよ、駄目よ、四郎さん。そんなことしちゃ」
 けれども四郎はいつもの通りにはお蘭のいうことをき入れなかった。
「よっぽど悧巧にならなけりゃ、おらに、お蘭さ嫁に来めえ」
 そういうと四郎はふいと立って出て行ってしまった。
 洋服を着て派手はで舞台ぶたいに立つことと嫁を貰う資格とを無理に結びつけて誰かがこの白痴の少年の心に深々と染み込ませたものらしい。

 四郎がお蘭のところへ来なくなって、この白痴の少年が金モールの服をつけ曲馬の間に舞台に現れて、唄をうたい踊りを踊ったのち、真鍮しんちゅうの小判だの肖像入しょうぞういりの黄財布だのを福の縁起えんぎだといって見物に売るという噂を耳にした、お蘭は立っても居てもいられなかった。片親の父に相談してみても物堅ものがたい老舖の老主人は、そんな赤の他人の白痴などにまっても仕方がないと言ってあきらめさせられるだけだった。
 冬が来て春が来た。四郎の人気はだんだん落ちて、この頃では、白粉おしろいや紅をって田舎芝居いなかしばいで散々愚弄ぐろうされる敵役かたきやくに使われているという風評になった。お蘭は身を切られるように思いながらじっとその噂を聞いた。四郎がたとえこの町へ帰って来てもどうなるものではない。馬鹿を悧巧にしてやることが出来るというでもないがしかしとにかく、早く帰って来て欲しいと神仏へ祈請きせいもした。
 またいくつかの春秋が過ぎた。四郎の噂は聞かれなくなった。
 父親は死んで、お蘭は家を背負わなければならなかった。生前に父親も親戚しんせき婿むこをとるようかなりお蘭を責めたものだが、こればかりはお蘭はうべなわなかった。四郎が伝え聞いたらどんなに落胆らくたんするであろう。この心理がお蘭には自分ながらはっきり判らなかった。お蘭の玉のを、いつあの白痴がいて行ったか、白分が婿を貰い、世の常の女の定道に入るとすれば、この世のどこかの隅であの白痴がついくずれてしまうようないたましさを、お蘭の心がしきりに感ずるのをどうしようもなかった。
 北海の浪のゆる日、お蘭は、四郎が今は北海道までさすらって興行の雑役に追い使われているということを聞いた。
 いつか婚期を失ってしまったお蘭は自分自身を諦め切っている気持にともなって、もはや四郎を生ける人としては期待しなくなった。

 私はこの話を昼も杜鵑の鳴く青葉の山へ行っても、晩の歓迎会かんげいかいの席でも、また宿屋へ帰っても古いことを知ってそうな年寄りを見つけると、訊ねて聞き取ったのである。歓迎会で会った老婦人の一人は言った。
「お蘭さんは、まだ生きているはずでございます。××蘭子と言うのです。何ならたずねてご覧遊ばせ。F――町はちょうど講演におまわりになる町でもこざいましよう」

 私が尋ねるまでもなく私がF――町へ入ると、停車場へ出迎えた婦人連の中にお蘭を見出した。白髪はくはつの上品な老婦人で耳もかなり遠いらしくこしも曲っている。だが、もっと悲劇的な憂愁ゆうしゅうたたえた人柄ひとがらを想像していたのに、極めて快活で人には剽軽ひょうきんらしいところを見せ、出迎えの連中の中での花形になっていた。
 私は河鹿かじかの鳴く渓流けいりゅうに沿った町の入口の片側町を、この老婦人も共に二三人と自動車で乗り上げて行った。なるほど左手に裾野平が見え、Y山のがけの根ぶちに北海の浪がきらきら光っている。私は同席の人もあるので、どうかと思ったがお蘭老婦人のあまりに快濶かいかつな様子に安心して訊いてみた。
 私がたずねようとした四郎という白痴の少年の名だけを聞き取った彼女はすぐこう言った。
「一時は四郎も死んだことにして思い諦めましたが、なにしろ自分より六つ七つ若いのですからまだ生きているかも知れません。もし四郎が帰って来たらいたわって迎えてやる積りです。こう心を定めてから、気持はだいぶ楽になりました」
 だから一時こしらえた四郎の位牌いはいも何もかも捨ててしまって、折につけ四郎の消息を探ることにしていると、お蘭老女は語った。
 私は、不思議な人情をくぐった老女の顔にかげのように薄白うすじろいような希望のいろを、しみじみとながめた。そして一人の女性にこうまで深く染み通らせた白痴少年の一本気をもおもってみた。その夜、客となった長者の家の奥座敷で食事後休んでいると、お蘭老女が尋ねて来た。そして話の途絶えた間、北海の浪の音を聞いていると、私はこの老婦人と一緒に永遠に四郎を待つ気持になれた。烏賊いかつり船の灯が見え始めた。

(昭和十二年十月)




 



底本:「ちくま日本文学全集 岡本かの子」筑摩書房
   1992(平成4)年2月20日発行
底本の親本:「岡本かの子全集」冬樹社
入力:さぶ
校正:しず
1999年3月20日公開
2005年11月30日修正
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。



●表記について
  • このファイルは W3C 勧告 XHTML1.1 にそった形式で作成されています。
  • 傍点や圏点、傍線の付いた文字は、強調表示にしました。

上一页  [1] [2]  尾页


 

作家录入:贯通日本语    责任编辑:贯通日本语 

  • 上一篇作家:

  • 下一篇作家:
  •  
     
     
    网友评论:(只显示最新10条。评论内容只代表网友观点,与本站立场无关!)
     

    没有任何图片作家

    广告

    广告