您现在的位置: 贯通日本 >> 作家 >> 岡本 綺堂 >> 正文

中国怪奇小説集(ちゅうごくかいきしょうせつしゅう)05酉陽雑爼(唐)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-8-27 17:44:10  点击:  切换到繁體中文


   妬婦津

 伝えて言う、晋の大始たいし年中、劉伯玉りゅうはくぎょくの妻段氏だんしあざな光明こうめいといい、すこぶる嫉妬ぶかい婦人であった。
 伯玉は常に洛神らくしんを愛誦して、妻に語った。
「妻をめとるならば、洛神のような女が欲しいものだ」
「あなたは水神を好んで、わたしをお嫌いなさるが、わたしとても神になれないことはありません」
 妻は河に投身して死んだ。それから七日目の夜に、彼女は夫の夢にあらわれた。
「あなたは神がお好きだから、わたしも神になりました」
 伯玉は眼が醒めてさとった。妻は自分を河へ連れ込もうとするのである。彼は注意して、その一生を終るまで水を渡らなかった。
 以来その河を妬婦津とふしんといい、ここを渡る女はみな衣裳をつくろわず、化粧をがして渡るのである。美服美粧して渡るときは、たちまちに風波が起った。ただしみにくい女は粧飾して渡っても、神がねたまないと見えて無事であった。そこで、この河を渡るとき、風波の難に逢わない者は醜婦であるということになるので、いかなる醜婦もわざと衣服や化粧を壊して渡るのもおかしい。
 斉の人のことわざに、こんなことがある。
「よい嫁を貰おうと思ったら、妬婦津の渡し場に立っていろ。渡る女のよいか醜いかは自然にわかる」

   悪少年

 元和げんなの初年である。都の東市に李和子りわしという悪少年があって、その父を努眼どがんといった。和子は残忍の性質で、常にいぬや猫を掻っさらって食い、市中の害をなす事が多かった。
 彼がたかひじに据えて往来に立っていると、紫の服を着た男二人が声をかけた。
「あなたは李努眼の息子さんで、和子という人ではありませんか」
 和子がそうだと答えて会釈えしゃくすると、二人はまた言った。
「少し子細しさいがありますから、人通りのない所で話しましょう」
 五、六歩さきの物蔭へ連れ込んで、われわれは冥府の使いであるから一緒に来てくれと言ったが、和子はそれを信じなかった。
「おまえ達は人間ではないか。なんでおれをだますのだ」
「いや、われわれはである」
 ひとりがふところを探って一枚の諜状を取り出した。いんの痕もまだあざやかで、李和子の姓名も分明にしるしてあった。彼に殺された犬猫四百六十頭の訴えに因って、その罪を論ずるというのである。
 和子も俄かにおどろきおそれて、臂の鷹をすてて拝礼し、その上にこう言った。
「わたくしも死を覚悟しました。しかしちっとのあいだ猶予して、わたくしに一杯飲ませてください」
 あなた方にも飲ませるからと言って、無理にすすめてそこらの店屋へ案内したが、二人は鼻をおおうてはいらない。さらにという相当の料理屋へ連れ込んだが、二人のすがたは他人に見えず、和子が独りで何か話しているので、気でも違ったのではないかと怪しまれた。彼は九碗の酒を注文して、自分が三碗を飲み、余の六碗を西の座に据えて、なんとか助けてもらう方便はあるまいかと頼んだ。
 二人は顔をみあわせた。
「われわれも一酔の恩を受けたのであるから、なんとか取り計らうことにしましょう。では、ちょっと行って来るから待っていて下さい」
 出て行ったかと思うと、二人は又すぐに帰って来た。
「君が四十万のぜにをわきまえるならば、三年の命をすことにしましょう」
 和子は承諾して、あしたのうまの刻までにその銭を調えることに約束した。二人は酒の代を払った上に、その酒を和子に返した。で、彼は試みに飲んでみると、その味は水のごとくで、歯に沁みるほどに冷たくなっていた。和子は急いで我が家へ帰って、衣類諸道具を売り払って四十万の紙銭しせんを買った。
 約束の時刻に酒を供えて、かの紙銭をくと、きのうの二人があらわれてその銭を持って行くのを見た。それから三日の後に、和子は死んだ。
 鬼界の三年は、人間の三日であった。

   唐櫃の熊

 唐の寧王ねいおうちょ[#「「樗」のつくり+おおざと」、105-2]県のさかいかりに出て、林のなかで獲物えものをさがしていると、草の奥に一つのひつを発見した。ふたの錠が厳重におろしてあるのを、家来に命じてこじ明けさせると、櫃の内から一人の少女が出た。その子細をたずねると、彼女は答えた。
「わたくしは姓をばくと申しまして、父はむかし仕官の身でござりました。昨夜劫盗ごうとうに逢いましたが、そのうちの二人は僧で、わたくしを拐引かどわかしてここへ運んで参ったのでござります」
 うれいを含んで訴える姿は、又なく美しく見えたので、王はよろこんで自分の馬へ一緒に乗せて帰った。そのときあたかも一頭の熊を獲たので、少女の身代りにその熊を櫃に入れて、もとの如くに錠をおろして置いた。
 その頃、帝は美女を求めていたので、王はかの少女を献上し、且つその子細を申し立てると、帝はそれを宮中にれて才人さいじんの列に加えた。それから三日の後に、京兆の役人が奏上した。
 ※[#「「樗」のつくり+おおざと」、105-12]県の食店へ二人の僧が来て、一昼夜万銭で部屋を借り切りにした。何か法事をおこなうのだといっていたが、ただ一つの櫃をき込んだだけであった。その夜ふけに、ばたばたいう音がきこえて、翌あさの日の出る頃まで戸を明けないので、店の主人が怪しんで、戸をあけて窺うと、内から一頭の熊が飛び出して、人を突き倒して走り去った。二人の僧は熊にわれたと見えて、骸骨をあらわして死んでいた。
 帝はその奏聞そうもんを得て大いに笑った。すぐに寧王のもとへその事を知らせてやって、君はかの悪僧らをうまく処置してくれたと褒めた。少女は新しい唄を歌うのが上手で、莫才人囀ばくさいじんてんと言いはやされた。

   徐敬業

 唐の徐敬業じょけいぎょうは十余歳にして弾射を好んだ。小弓をもって弾丸を射るのである。父の英公えいこうは常に言った。
「この児の人相は善くない。後には我が一族を亡ぼすものである」
 敬業は射術ばかりでなく、馬を走らせても消え行くように早く、旧い騎手のりても及ばない程であった。英公はかりを好んだので、あるとき敬業を同道して、森のなかへはいってけものを逐い出させた。彼のすがたが森の奥に隠れた時に、英公は風上かざかみから火をかけた。父は我が子の将来をあやぶんで焼き殺そうとしたのである。
 敬業は火につつまれて、逃るるところのないのを覚るや、乗馬の腹を割いてその中に伏していた。火が過ぎて、定めて焼け死んだと思いのほか、彼は馬の血を浴びて立ち上がったので、父の英公もおどろいた。
 敬業は後に兵を挙げて、則天武后そくてんぶこうを討とうとして敗れた。


 

作家录入:贯通日本语    责任编辑:贯通日本语 

  • 上一篇作家:

  • 下一篇作家:
  •  
     
     
    网友评论:(只显示最新10条。评论内容只代表网友观点,与本站立场无关!)
     

    没有任何图片作家

    广告

    广告