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甲州鎮撫隊(こうしゅうちんぶたい)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-9-2 7:32:29  点击:  切换到繁體中文


   女夜叉の本性

(この男ならやりかねない)
 こう思ったお力は、嘉十郎の袂を掴んだ。
剣技わざにかけちゃア、新選組一だといわれている沖田さんだけれど、あの病気で衰弱している体で、嘉十郎に斬りかけられてはかなう筈はない。……総司さんを討たれてなるものか!……いっそ妾が此奴こいつを!)
 と、はらを決め、
「嘉十郎さん、まア待っておくれ、お前が然うまで云うなら妾も決心して、今夜沖田さんの息の音とめるよ。……お前さんにしてからが然うじゃアないか、あの晩、二人でここへ来てさ、通りかかった脱走武士たちへ喧嘩を売りつけ、一人を叩っ斬ったのを見て、妾は植甚の庭へ駆込み、喧嘩の側杖から避けたと云って、沖田さんに隠匿かくまわれ、そいつを縁に沖田さんへ接近ちかづいたのも、お前と最初からの相談ずく、そこ迄二人で仕組んで来たものを、今になってお前さんに沖田さんを殺され、功を奪われたんじゃア、妾にしては立瀬が無く、お前さんにしたって、後口が悪かろう。……ねえ、沖田さんを仕止めるの、妾に譲っておくれよ。そうして懸賞の金は山分けにしようじゃアないか」
 憎くないおんなからのこの仕向けであった。四十五歳の、分別のある嘉十郎ではあったが、
「そりゃアお前がその気なら……」
「委せておくれかえ。それじゃア妾は今夜沖田さんを、こんな塩梅あんばいに……」
 と、右の手を懐中ふところへ入れ、いつも持っている匕首あいくちを抜き
「グッと一突きに!」
 と嘉十郎の脾腹ひばらへ突込み……
「わッ」
「殺すのさ!」
 と、嘉十郎を蹴仆けたおし、地面をノタウツのを足で抑え、とどめを刺し、
「厭だよ、血だらけになったよ。これじゃア総司さんの側へ行けやアしない」
 と呟いたが、庭へ駆込むと、池の端へ行き、手足を洗出した。途端に滝の中から腕が現われ、グッとお力の腕を掴み、
「矢張りお前も然うだったのか。お力坊、眼が高いなア」
 と、水を分けて、留吉が、姿を現わした。
「只者じゃアねえと思ったが、矢っ張り滝壺の中の小判を狙っていたのかい。俺も然うさ。植甚へ住込んだのも、植甚は大金持、そればかりでなく、徳川様のお歴々にご贔屓ひいきを受け、松本良順なんていう御殿医にまで、お引立てを受けていて、然ういう人達の金を預って隠しているといううわさ、ようしきた、そいつを盗み出してやろうとの目算からだったが、植甚のおやじ、うまい所へ隠したものよ、滝のかかっている岩組の背後うしろほこらにこしらえ、そこへ隠して置くんだからなア。これじゃア脱走武士が徴発に来ようと、薩長の奴等が江戸へ征込せめこんで来て、焼打ちにかけようと安全だ。……と思っている植甚の鼻をあかせ、俺アこれ迄にちょいちょい此処へ潜込んで、今日までに千両近い小判を揚げたからにゃア、俺の方が上手だろう――と思っているとお前が現われた。えれえ! 眼がたけえ! 小判の隠場ア此処と眼をつけたんだからなア。…よし来た、そうなりゃアお互い相棒あいづれで行こう。……が相棒になるからにゃア……」
 お力は、(然うだったのかい。滝の背後に金が隠してあるのかい、妾が、体の血粘ちのり洗おうと来たのを、そんなように独合点しやがったのかい。……然うと聞いちゃ、まんざら慾の無い妾じゃアなし……ようし、そのつもりで。……)
 例の匕首でグッと!
「ウ、ウ、ウ――」
 動かなくなった留吉の体を、池の中へ転がし込んだが、
(人二人殺したからにゃア、いくら何んでも此処にはいられない。行きがけの駄賃に、……云うことをかない総司さんを……そうして、矢っ張り懸賞の金にありつこうよ)と、
 離座敷の方へ小走って行き、雨戸をっと開け、座敷へ這入った。総司は、やや健康を恢復かいふくし、つやも出た美貌を行燈に照らし、子供のように無邪気に眠っていた。
 お力は、行燈の灯を吹消した。

   片がついた

 鎮撫隊より一日早く、甲府城まで這入った、板垣退助の率いた東山道軍は、勝沼まで来ていた近藤勇たちの、甲州鎮撫隊を、大砲や小銃で攻撃し、笹子ささご峠を越えて逃げる隊土たちを追撃した。三月六日のことである。
 沖田総司を尋ねて、ここまで来たお千代は、峠の道側みちばたの、草むらの中に立って、呆然ぼうぜんとしていた。あちこちから、鉄砲の音や、ときの声が聞え、谷や山の斜面や、林の中から、煙硝の煙が立昇ったり、眼前の木立の幹や葉へ、小銃の弾があたったりしていた。そうして、鎮撫隊士が、逃下る姿が見えた。隊士たちは、口々に云っていた。
かなわん、飛道具には敵わん!――精鋭の飛道具には」と。――
 一人の隊士が肩に負傷し、よろめきよろめき逃げて来た。お千代は走寄り、取縋とりすがるようにして訊いた。
「沖田総司様は、……討死にしましたか?……それとも……」
「ナニ、沖田総司?」
 と、その隊士は、不審そうにお千代を見たが、
「いや、沖田総司なら……」
 しかしその時、流弾が、隊士の胸を貫いた。隊士はたおれた。お千代は仰天し、走寄って介抱したが、もう絶命こときれていた。
(妾ア何処までも総司様の生死を確める)
 と、お千代は、疲労と不安とで、今にも気絶しそうな心持の中で思った。
(そうして、総司様の前で、総司様から下された、縁切りのお手紙をズタズタに裂いて、妾は云ってあげる「いいえ、妾は、総司様の女房でございます」って)
 そのお千代が、下総流山の、近藤勇たちの屯所の門前へ姿を現わしたのは、四月三日のことであった。近藤勇や土方歳三などが、脱走兵鎮撫の命を受け、幕府から、この地へ派遣されたと聞き、恋人の総司もその中にいるものと思い、訪ねて来たのであった。しばらく門前に躊躇ちゅうちょしていると、門内から、二人の供を従え騎馬で、近藤勇が現われた。
「近藤様!」
 と叫んで、お千代は、馬の前へ走出し、
「沖田様は※(感嘆符疑問符、1-8-78)
「お千代か!」
 と勇は、さもさも驚いたように云った。
「沖田か、沖田は江戸に居る。千駄ヶ谷の植木屋植甚という者の離座敷で養生いたしておる。……詳しいことも聞きたし、話しもしたいが、わしは是から、越ヶ谷こしがやの、官軍の屯所へ呼ばれて出頭するので、ゆっくり話しておれぬ。……わしの帰るまで、屯所内ここで休んでおるがよい。知己しりあいの土方が居る」
 と云いすてると、馬を進めた。

 四月十一日、江戸城が開き、官軍が続々ご府内へ入込んで来た頃、沖田総司は、臨終の床に在った。枕元には、植甚や、その家族の者が並んで、静まり返っていた。過ぐる晩、お力がやって来て切りかかったのを防いだ時、大咯血をし、それが基で、総司の病気はとみに悪化したのであった。近藤勇が、官軍の手で、越ヶ谷から板橋に送られ、其処そこで斬られたということなども、総司の死を、精神的に早めたのでもあった。不幸なお千代が、やっと植甚の家を探しあてて、訪ねて来たのは、この日であった。植甚の人達は、以前からお千代のことは聞いて知っていた。それと知ると、お千代を直ぐに総司の枕元へれて来た。
「沖田様!」
 とお千代は、もう眼も見えないらしい、総司に取縋り、耳に口を寄せて呼んだ。
「お千代でございます! 京都から訪ねて参った、お前の女房、お千代でございます!」
 その声が心に通ったとみえて、総司の視線がお千代の顔へ止まった。
「お千代!……わしの女房!……然うだ!」
 しかしその顔に俄に憎悪の表情が浮かび、
「おのれ、お力イ――ッ」
 と云った。それが最後の言葉であった。

 翌月の十五日に始まったのが、上野の彰義隊の戦いであった。徳川幕府二百六十年の恩誼おんぎに報いようと、旗本の士が、官軍に抗しての戦いで、順逆の道には背いた行為ではあったが、義理人情から云えば、悲しい理の戦いでもあった。しかし、大勢たいせいは予め知れていて、彰義隊の敗れることには疑い無かった。江戸の人々は、一日も早く、世間が平和になるようにと希望のぞみながら、家根へ上ったり、門口に立ったりして、上野の方を眺めていた。長州の兵は、根津と谷中やなかから、上野の背面を攻めていた。その戦いぶりを見ようとして、権現様側に集まっていた群集の中に、お力もいた。髪を綺麗に結び、新しい衣裳いしょうを着ていた。沖田総司を殺しそこなった晩、これも行きがけの駄賃に、池の沖へ潜込み、盗み出した幾十枚かの小判が、まだ身に付いているらしく、様子が長閑のどかそうであった。島原の太夫たゆうから宮川町の女郎おやま、それから、隠密稼ぎまでしたという、本能そのもののようなこの女は、もう今では、細木永之丞のことも沖田総司のことも念頭に無いらしく、群集の中の若い男へ、万遍なく秋波を送っていた。しかしその時、背後から
「こいつがお力だ」
 という聞覚えのある声がしたので、驚いて振返って見た。植甚が群集の中に立って睨んでいた。
 あッと思った時、一人の娘が、植甚の横手から、自分の方へ走寄って来た。
「沖田さんのかたき!……わたしの怨み!」
「お千代!」
 お力は、匕首を、自分の鳩尾みずおちへ刺通したお千代の手を両手で握ったが、
「ああ……お前さんに殺されるなら……妾にゃア……怨みは云えないねえ」
 と云い、ガックリとなった。
 上野山内から、伽藍がらんの焼落ちる黒煙が見えた。幕府という古い制度の、最後の堡塁とりでであった彰義隊の本営が、壊滅される印の黒煙でもあった。
「片がついた」
 と植甚は、お千代を介抱しながら、黒煙を仰ぎ、感慨深そうに云った。
(何も彼もこれで片がついた)





底本:「新選組興亡録」角川文庫、角川書店
   2003(平成15)年10月25日初版発行
底本の親本:「新選組傑作コレクション・興亡の巻」河出書房新社
   1990(平成2)年5月
初出:「講談倶楽部」大日本雄弁会講談社
   1938(昭和13)年7月号
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。
入力:大久保ゆう
校正:noriko saito
2004年8月11日作成
青空文庫作成ファイル:
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●表記について
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  • [#…]は、入力者による注を表す記号です。
  • 「くの字点」をのぞくJIS X 0213にある文字は、画像化して埋め込みました。
  • 傍点や圏点、傍線の付いた文字は、強調表示にしました。

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