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名人地獄(めいじんじごく)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-9-3 7:41:17  点击:  切换到繁體中文


    森田屋一味の赤格子

 しかるにこの頃暗い暗い、銚子の海の一所に数隻の親船が現われた。森田屋一味の海賊船で、赤格子ぜめに来たのであった。すなわち彼らの根拠地から、用意万端ととのえて、総勢すぐって二百人、有司の鋭い警戒網をくぐり、ここまでやって来たのであった。……親船は岸へ近づいて来た。やがていかりを下ろしたとみえ、ゆたかに海上へ漂った。と小船はしけが無数に下ろされ、それが一斉に岸へ向かって、さながら矢のように漕ぎ寄せられた。と、ヒラヒラと人が下りた。すると小船はしけは帰って行った。と、またその船が岸へ漕がれ、ヒラヒラと人が岸へ飛んだ。これが数回繰り返され、一百人あまりの人数が、海から岸へ陸揚げされた。森田屋の部下の海賊どもであった。
 賊どもは一団に固まった。真っ先に立った人影は、秋山要介正勝で、かいで造った獲物をひっさげ、一巡一同を見廻したが、重々しい口調でいい出した。
「森田屋は船へ残すことにした。海路を断たれると危険だからな。……さて市之丞前へ出ませい」声に連れて一つの人影が、ツト前へ現われた。「赤格子九郎右衛門はそちにとり、不倶戴天ふぐたいてんの父の仇だ。で五十人の部下を率い、東の門から乱入し、赤格子一人を目掛けるよう。さて次に郡上殿!」呼ばれて一つの人影は、立ったままで一礼した。「貴殿には尊いお方から、密書を預かっておられる由、十人の部下をお貸し致す。それに守られてご活動なされ。行動は一切ご自由でござる。次に小頭小町の金太!」「へい」というと一つの人影が、群を離れて進み出た。「お前は二十人の部下を連れて、西の門から乱入しろ。そうして出邸へ火を掛けろ。さて、最後にこの俺だが、残りの二十人を引率し、表門から向かうことにする。一世一代の赤格子めだ、命限り働くがいい」
 全軍粛々しゅくしゅくと動き出した。
 玻璃窓の郡上平八としては、ここが名誉と不名誉との、別れぎわともいうべきであった。赤格子が殺されてしまったら、せっかくの密書が役に立たぬ。これはどうでも戦いの前に、是非赤格子に渡さなければならない。で、つと群から駈け抜けると、付けられた十人の部下も連れず、大手の門へ走っていった。自由行動を許されていたので、誰も咎める者はない。来て見れば刎ね橋が下ろされてあった。それを渡って表門にかかり、試みに押すとギーと開いた。さて構内へはいって見ると、まことに異様な建築法であった。一渡り素早く見廻したが、中央に立っている建物へ、目を付けざるを得なかった。で、彼は足音を忍ばせ、空地を横切って本邸へ走った。手に連れて扉が開き、長い廊下が眼の前を、左右にズッと延びていた。彼はちょっとの間思案したが、つと廊下へ踏み入った。そうしてすぐに左へ廻った。
 この時和泉屋次郎吉は、反対側の廊下の上に、考え込んで立っていたが、誰やら人の来たらしい、軽い足音が聞こえて来たので、ハッとして耳を引っ立てた。
「いずれ屋敷の者だろう。逢ってもみたし逢いたくなし。少し様子を探ってやれ」
 で彼は西へ廻った。
 この本邸の建て方は、中央に九郎右衛門の部屋があり、その部屋の四面を囲繞いにょうして、廊下がグルリと作られてあり、その廊下の隅々に、四つの部屋が出来ている。
 で、次郎吉の立っていた所は、その北側の廊下であって、それを今西の方へ歩き出した。また平八の立っていた所は、南側の廊下であったが、それを今東へ歩き出した。
 九郎右衛門の居間たるや、四方厚い石壁で、※(二の字点、1-2-22)おのおのの四隅に戸口はあったが、石壁の色と紛らわしく、発見することは不可能であった。
 玻璃窓の平八は足を止めた。それは自分の反対側で、誰かこっそり歩いているとみえ、幽かな足音がしたからであった。しかしもちろん足音の主が、鼓賊だなどとは夢にも思わず、邸内の者だろうと想像した。

    追いつ追われつ鼓賊と玻璃窓

「九郎右衛門には逢わなければならない。その他の者には逢いたくない。深夜に他家へ忍び込み、ウソウソ歩いているところを、とっ捉まえられたらそれっきりだ。泥棒といわれても仕方がない。しかし誰かに聞かないことには、九郎右衛門のありかは解らない。歩いているのは誰だろう? 九郎右衛門なら有難いが? いやいや恐らく召使いだろう。とまれ様子をうかがってみよう」そこで彼は歩いて行った。行く手に一つの部屋があった。九郎右衛門の病身の妻、お妙の住んでいた部屋なのであるが、今は誰もいなかった。で、平八はその部屋へ素早くからだをすべり込ませ、の隙間から廊下の方を息を凝らしてうかがった。こなた鼓賊の次郎吉は、西へ西へと歩を運んだが、かつて丑松の住んでいた、そうして今はガラ空きの、一つの部屋の前まで来た時反対側を歩いていた、忍ぶがような足音が、にわかにピッタリ止まったので、これもピッタリ足を止めた。そうして彼は考えた。
「銀之丞様も銀之丞様だが、俺の真の目的は、この家の巨財を奪うことだ。鼓に答えた億万の巨財! いったいどこにあるのだろう? ポンポンと鼓を調べさえしたら、音色を通して、感じられるのだが、まさかここでは打たれない。眼を覚まさせるようなものだからな。……おや足音がんでしまったぞ。いずれはこの家の召使いだろうが、ちょっと様子を見たいものだ。……待ったり待ったりあぶねえあぶねえ、泥棒とでも呼ばれたものなら、百日の説法何とやらだ。……おおここに部屋がある。ここに少し忍んでいてやろう」
 丑松の部屋へはいり込み、廊下の様子をうかがった。しんしんと四辺あたりは静かであった。物寂しく人気がない。
 お妙の部屋へ忍び込み、様子をうかがっていた平八は、向こう側の足音が絶えたので、小首を傾けざるを得なかった。
「さてはこっちの木精こだまかな? 奇妙きわまる館の造り、俺の歩く足音が、向こうの壁へ響くのかもしれない。名代の赤格子九郎右衛門だ、建築学でも大家だそうな。これは木精こだまに相違ない。どれソロソロ歩いてみようか」
 首につるした密書箱を、懐中ふところの中でしっかりと握り、平八は部屋から廊下へ出た。そうしていっそう足音を忍ばせ、東側の長廊下を北へ辿った。
 和泉屋次郎吉は名誉の盗賊、相手がいかに足音を忍ばせ、空を踏むように歩いたところで、聞きのがすようなことはない。
「ははあ、そろそろ歩き出したな。待てよ、こいつは家人ではないぞ。召使いでもなさそうだ。この歩き方は忍術しのびの骨法だ。……これはおかしい。不思議だな。まさかおいらと同じように、金を目掛けて忍び込んだ、白浪しらなみの仲間でもあるまいが。……いや全くこれは不思議だ。浮かぶような足取りで歩いている。よし、一つ驚かせてやろう。……エヘン!」と一つ咳をした。それから部屋から廊下へ出、西側の廊下を南の方へ、お艶の部屋までツツ――と走った。これも忍術しのびの一秘法、電光のような横歩きであった。
 胆を潰したのは平八であった。これも空っぽの六蔵の部屋の、まず正面でピタリと止まり、思わず「ムー」と呻き声を上げた。
木精こだまではない、木精ではない! やはり人間が歩いているのだ。ううむ、咳までしたんだからな。ではやっぱり召使いかな? いや待てよ、あの歩き方は?」彼はそこで考え込んだ。「これは普通の歩き方ではない。エヘンと咳をしておいて、ツツ――と辷って行ったあの呼吸。何んともいえない身の軽さ。……だがしかし俺はこんなところで、まごまごしてはいられない。至急赤格子に逢わなければならない。グズグズしていると秋山が、兵を率いて攻めて来る。もし赤格子が殺されたら、俺の使命は無駄になる。碩翁様せきおうさまにも合わす顔がない。……さんざ鼓賊に翻弄ほんろうされ、尚その上に今度の使命まで、無駄にされては活きてはいられぬ。……だが、どうも気になるなあ誰がいったい歩いているのだろう? 俺が歩けば向こうも歩き、俺が止まれば向こうも止まる。俺をからかってでもいるようだ。館の造りもまことに変だ。真ん中に四角な石壁があって、その周囲に廊下があり、廊下の隅々に部屋がある。だが、どれも空っぽだ。いったい四角な石壁は、なんの必要があって出来ているのだろう? 部屋にしては戸口がない。っても叩いてもビクともしない。……おや、畜生歩き出したかな?」平八はじっと耳を澄まし、向こう側の様子を聞き澄ました。

    丑松短銃で玻璃窓を狙う

 しかし足音はきこえなかった。
「では俺の方から歩いてやれ」丹田たんでんの気を胸へ抜き、ほとんど垂直に爪先を立て、これも一種の忍術しのび骨法、風を切って一息に、北側の廊下を丑松の部屋まで、電光のように走って行った。やっぱりその部屋も空であった。そうして憎い相手の者も、それに劣らぬ早足をもって、一瞬に位置を変えたとみえ、西側の廊下一帯には、人の姿は見えなかった。
 勃然ぼつぜんと平八の胸の中へ、怒りの燃えたのは無理ではなかろう。「よし、こうなれば意地ずくだ。どんなことをしても捉えてみせる!」
 彼は四角の石壁に添い、四筋の廊下を猟犬のように、追い廻してやろうと決心した。
 で、彼はそれをやり出した。風が烈しくぶつかって来た。独楽こまのようにぶん廻った。しかも少しも音を立てない。十回あまりも繰り返した。しかし憎むべき嘲弄者ちょうろうしゃを、発見することは出来なかった。やはり相手も彼と同じく、彼と同じ速力で、四筋の廊下を廻ったらしい。そうしていつも反対側に、その位置を占めているらしかった。平八は五十を過ごしていた。いかに鍛えた体とはいえ、疲労せざるを得なかった。彼は今にも仆れそうになった。ハッハッハッハッと呼吸いきはずんだ。で彼は北側の廊下で、しばらく休むことにした。と、その時形容に絶した、恐ろしい事件が勃発した。しかしそれは彼以外の者には、痛痒を感じない出来事なのであった。ただし平八の身の上にとってはまさしく悪鬼のまどわしであった。ポンポンポン! ……ポンポンポン! と、例の鼓が反対側から、ハッキリ聞こえて来たのであった。最初彼は茫然として、棒のように突っ立った。それから左へよろめいた。それから両手で顔を蔽うと、廊下の上へつっ伏した。彼の全身は顫え出した。彼の理性は転倒し、考えることが出来なくなった。彼は悪夢だと思いたかった。しかし決して悪夢ではない。
「これはいったいどうしたことだ! ……俺は鼓賊に憑かれている。行く所行く所で鼓が鳴る! ここは銚子だ江戸ではない! ……」彼には起きる元気もなかった。
 と、この時、もう一つ、驚くべきことが行われた。石壁へ縞が出来たのであった。それは一筋の光の縞で、だんだん巾が広くなった。そうしてそこから一道の光が、廊下の方へ射し出でた。そうしてそれがうずくまっている、平八の背中を明るくした。と、その石壁の明るみへ、短い棒切れが浮き出した。つづいて人の手が現われた。それから半身が現われた。種子ヶ島を握った一人の子供が――子供のような片輪者が――すなわち赤格子の腹心の、醜い兇悪な丑松が、秘密の扉をひそかにあけて、様子をうかがっているのであった。
 顔を蔽い、背中を向け、うずくまっている平八には、光の縞も丑松も、見て取ることが出来なかった。……種子ヶ島の筒口が、ジリジリと下へ下がって来た。そうして一点にとどまった。その筒口の一間先に、平八の背中が静止していた。今、丑松の母指おやゆびが、引き金をゆるゆると締め出した。
 この時和泉屋次郎吉は、南側の廊下に立っていた。彼は愉快でたまらなかった。彼は相手の人間が、平八であるとは知らなかった。彼と同じ稼ぎ人が、彼と同じ目的のもとに、忍び込んでいるものと推量した。そうしてそやつは忍術しのびにかけては、名ある奴であろうと想像した。そいつをうまうま翻弄ほんろうしたことが、彼にはひどく愉快なのであった。

    美しいかな人情の発露

 しかしにわかに静かになったのが、彼には怪訝けげんに思われた。「疲労つかれたかな、可愛そうに」で彼は耳を澄ました。次第に好奇心に駆られて来た。行って見たくてならなかった。そこで彼はソロソロと、南側の廊下を西にとり、お艶の部屋まで行って見た。そうしてそこから見渡される、西側の廊下をかして見た。しかし誰もいなかった。で、今度は西側の廊下を、北の方へ歩いて行った。そうして丑松の部屋まで行った。そうしてそこから見渡される、北側の廊下を隙かして見た。と、驚くべき光景が、彼の眼前に展開されていた。一人の老人がうずくまっていた。一人の小男が種子ヶ島で、その老人を狙っていた。石壁から火光ひかりが射していた。……その老人が思いもよらず、玻璃窓の平八だと見て取った時、彼はドキリと胸を打った。そうして彼はクラクラとした。「それじゃ今まで玻璃窓めと、追いつ追われつしていたのか!」彼はブルッと身顫いした。
「江戸から追っかけて来たんだな! 恐ろしい奴だ。素早い奴だ!」彼は身の縮む思いがした。
「だが小男は何者だろう! そうして何のために種子ヶ島で玻璃窓を狙っているのだろう? 玻璃窓はなんにも知らないらしい。顔を抑えてうずくまっている。泣いてるのじゃあるまいかな? なんでもいい、いい気味だ! 殺されてしまえ! 消えてなくなれ!」
 彼は嬉しさにニタニタ笑った。と、そのとたんに彼の心へ、別の感情が湧き出した。「ああ、だがしかし玻璃窓めは、俺にとっちゃ好敵手だった。あいつの他にこの俺を、鼓賊だと睨んだものはねえ。あの玻璃窓に縛られるなら、俺も往生して眼をつぶる。その玻璃窓めが殺されようとしている。……うん、こいつあうっちゃっちゃ置けねえ! こいつあどうしても助けなけりゃあならねえ。あっ、引き金を締めやがった! いけねえいけねえ間に合わねえ! 畜生!」
 と怒鳴ると持っていた鼓を、種子ヶ島目掛けて投げ付けた。瞬間にド――ンと発砲された。
 それから起こった格闘は、真に劇的のものであった。
 少納言の鼓は種子ヶ島にあたり、鼓と種子ヶ島とは宙に飛んだ。で、鉄砲の狙いは外れた。玻璃窓の平八は飛び上がった。そうして丑松へ組み付いた。それを外した丑松は、逃げ場を失って北側の廊下を、西の方へ走って行った。そこへ飛び出したのが次郎吉であった。撲る、蹴る、掴み合う! やがて一人が「ウ――ン」と呻き、バッタリ仆れる音がした。二人の人間は立ち上がり、はじめて顔を見合わせた。
「玻璃窓の旦那、お久しぶりで」
「おっ、貴様は和泉屋次郎吉!」
「あぶないところでございましたなあ」
「それじゃ貴様が何かを投げて……」
「走って行っちゃ間に合わねえ。そこで鼓を投げやした」「ううん、そうして俺を助けた!」「へん、敵を愛せよだ!」「眼力たがわず和泉屋次郎吉、わりゃあやっぱり鼓賊だったな!」「だが鼓はこわれっちゃった」「った!」というと平八は、次郎吉の手首をひっ掴んだ。
「見事捕る気か! さあ捕れ捕れ! だが命の恩人だぞ!」
「ううん」というと平八は、とらえた次郎吉の手を放した。
 森然しんと更けた夜の館、二人は凝然と突っ立っていた。

 一方こなた平手造酒は、次郎吉と別れるとその足で、出邸の一つへ走って行った。出邸には全く人気がなく、矢狭間やざま造りの窓から覗くと、内部は整然と片付けられていた。で、内へはいってみた。ここへ七人立てこもったなら、五十人ぐらいは防げようもしれぬと、そう思われるほど厳重をきわめたとりでのような構造であったが、しかしどこにも隠れ戸もなければ、地下へ通う穴もなかった。で、造酒はそこを出て、次の出邸へ行ってみた。そこも全く同じであった。構造は厳重ではあったけれど、人気というものがさらになかった。

    お艶と造酒一室に会す

 こうして順次四つの出邸を、平手造酒は訪ね廻った。その結果彼の得たところは、疲労とそうして空虚とであった。親友の観世銀之丞については、全く知ることが出来なかった。
「ふうむ、それでは本邸に、観世は隠されているのだな」こう考えると猶予ゆうよならず、彼は本邸へ走って行った。戸にさわるとすぐに開き、廊下が眼前に展開された。すなわち北側の廊下であった。正面に巨大な石壁があった。それについて西の方へ歩いた。と、廊下がそこで曲がった。西側の廊下がぐに、彼の足もとから延びていた。その廊下の一所に、三人の人影が集まっていた。一人は床の上に仆れているし、二人は向かい合って突っ立っていた。造酒はハッと胸を躍らした。しかしそれよりももう一つのことが、彼の心を引き付けた。それは石壁の一角が、扉のように口をあけ、そこから火光が洩れていることで、どうやら部屋でもあるらしい。
 つと造酒は踏み込んでみた。そこははたして部屋であった。かつていつぞや観世銀之丞が、偶然のことから呼び込まれた、赤格子九郎右衛門の部屋であった。しかしその頃とはちがっていた。金銀財宝珍器異類、おびただしかったそれらのものが、今は一つも見られない。ガランとした灰色のだだっぴろい部屋が、味ももなく広がっていた。そうして天井から飾り燈火が、明るい光を投げていた。その光に照されて、一人の女が浮き出ていた。女は床の上に仆れていた。そうして荒縄で縛られていた。口には猿轡さるぐつわが嵌められていた。それは妖艶たる若い女で、他ならぬ九郎右衛門の娘であった。
 造酒は意外に驚きながらも、女の側へ走り寄り、縄を解き猿轡さるぐつわを外した。するとお艶は飛び上がったが、扉の側へ飛んで行き、ガッチリ内側から鍵を掛けた。
ざまア見やがれ丑松め!」あたかも凱歌がいかでも上げるように、男のような鋭い声で、こう彼女は叫んだが、そこで初めて造酒を眺め、気高い態度で一礼した。
「おむすめご、お怪我はなかったかな?」
 造酒はその美に打たれながら、こういう場合の紋切り型、女の安否を気遣った。
「あぶないところでございました。でも幸い何事も。……あれは丑松と申しまして、父の家来なのでございます。ずっと前から横恋慕をし、今日のような大事の瀬戸際せとぎわに、こんな所へおびき出し、はずかしめようとしたのでございます。……失礼ながらあなた様は?」お艶は気が付いてこう訊いた。造酒はそれには返辞をせず、
「お見受けすればあなたには、どうやらこの家のお身内らしいが、しかとさようでござるかな?」
「ハイ、さようでございます。別荘の主人九郎右衛門の娘、艶と申す者でございます」「有難い!」と叫ぶと平手造酒はツカツカ二、三歩近寄ったが、「しからばお訊きしたい一義がござる。江戸の能役者観世銀之丞、当家に幽囚されおる筈、どこにいるかお明かしください!」勢い込んで詰め寄せた。
 と、お艶の眼の中へ、活々いきいきした光が宿ったが、
「仰せ通り銀之丞様は、当家においででございます」「おお、そうなくてはならぬ筈だ。で、今はどこにいるな? おおよそのところは解っている。地下にいるだろう、数十尺の地下に!」「ハイ」といったがニッコリと笑い、「ああそれではあなた様は、鞘に封じたあの方の文を、お拾いなされたのでございますね。それでここへあの方を、助けにおいでなされたので。……そうですあれは十日ほど前に、空洞内の土牢から、海へ投げたものでございます」「空洞内の土牢だと※(感嘆符疑問符、1-8-78) これ、なんのためにそんな所へ、あの観世を入れたのだ! お前では解らぬ主人を出せ! なんとかいったな九郎右衛門か、その九郎右衛門をここへ出せ!」造酒は威猛高いたけだかに怒号した。しかしお艶は恐れようともせず、水のように冷然と立っていた。

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