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柳営秘録かつえ蔵(りゅうえいひろくかつえぐら)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-9-3 7:46:21  点击:  切换到繁體中文



 いかにもこの時お杉のつぼねは、柳営大奥かつえ蔵の中で、まさに生命を終ろうとしていた。
 かつえ蔵は柳営の極秘であった。
 そこは恐ろしい地獄であった。地獄も地獄餓鬼地獄であった。
 不義を犯した大奥の女子おなごを、餓え死にさせる土蔵であった。幾十人幾百人、美しい局や侍女達が、そこで非業に死んだかしれない。
 その恐ろしい地獄の蔵へ、どうしてお杉は入れられたのだろう?
 自分から進んで入ったのであった。
 お杉は家斉いえなりへこう云った。
「まだ大奥へ参らない前から、わたしには恋人がございました。今も妾は焦れて居ります。その方も焦れて居りましょう。……妾は死骸でございます。恋の死骸でございます。……不義の女と云われましても、妾には一言いちごんもございません。……どうぞかつえ蔵へお入れ下さい」
 これは実に家斉にとって、恐ろしい程の苦痛であった。愛する女に恋人がある。そうして今も思い詰めている。自分からかつえ蔵へ入りたいと云う。……一体どうしたものだろう?
「しかし大奥へ入ってから、密夫をこしらえたというのではない。決して不義とは云われない。思い切ってくれ、その男を。……かつえ蔵へは入れることは出来ない」
 将軍の威厳も振り棄てて、こう家斉は頼むように云った。
「思い詰めておるのでございます。昔も、今も、将来これからも。……」
 これがお杉の返辞であった。
 もうこうなっては仕方がなかった。かつえ蔵へ入れなければならなかった。
 江戸城の奥庭林の中に、一宇の蔵が立っていた。黒塗りの壁に鉄の扉、餓鬼地獄のかつえ蔵であった。
 ある夜ギイーとその戸が開いた。誰か蔵へ入れられたらしい。他ならぬお杉の局であった。と、ドーンと戸が閉じた。蔵の中は暗かった。
 燈火ともしび一つともされていない。それこそ文字通りの闇であった。一枚の円座と一脚の脇息、あるものと云えばそれだけであった。
 お杉は円座へ端座した。
 恋人力石三之丞りきいしさんのじょう、その人のことばかり思い詰めた。
「三之丞様」と心の中で云った。
「どうぞご安心下さいまし。お杉は貴郎あなたを忘れはしません。妾は喜こんで貴郎のために、かつえ死にするつもりでございます。思う心を貫いて、自分で死ぬという事は、何という嬉しいことでしょう。……」
 蔵の外では夜が明けた。しかし蔵の中は夜であった。蔵の外では日が暮れた。蔵の中には変化がない。こうして時が経って行った。
 お杉の心は朦朧となった。
 ほとんどうえが極まった。
 その時突然お杉が云った。
「妾にはわかる、貴男あなたのお姿が! おお直ぐそこにおでなさる。……ああ直ぐにも手が届きそうだ。……左様ならよ、三之丞様! 妾は死んで参ります。……妾は信じて疑いません。こんなに焦れている私達、一緒になれないでどうしましょう。美しい黄泉あのよで、魂と魂と……」
 お杉は脇息にもたれたまま、さも美しく闇の中で死んだ。
 それは力石三之丞が、鬼小僧と邂逅した同じ夜の、同じ時刻のことであった。


10
 一方吾妻橋あずまばし橋畔の、三之丞と鬼小僧とはどうしたろう?
 三之丞は地の上へ坐っていた。
 鬼小僧は上から覗き込んでいた。
 と、突然三之丞が云った。
「小僧、俺は腹を切る。情けがあったら介錯しろ」
 抜身をキリキリと袖で捲いた。
「おっと待ってくれお侍さん。一体どうしたというんですえ? 腹を切るにも及ぶめえ」
 鬼小僧は周章あわてて押し止めた。
「辻斬りしたのが悪かったと、懺悔なさるおつもりなら、頭を丸めて法衣ころもを着、高野山へお上りなさいませ」
「懺悔と?」
 侍は頬で笑った。
「懺悔するような俺ではない。俺は一心を貫くのだ! お杉様が今死んだ。その美しい死姿しにすがたまで、俺にはハッキリ見えている。俺は後を追いかけるのだ」
 グイと肌をくつろげた。左の脇腹へプッツリと、刀の先を突込んだ。キリキリキリと引き廻した。
「介錯」と血刀を前へ置いた。
 気勢に誘われた鬼小僧、刀を握って飛び上った。
「苦しませるも気の毒だ。それじゃア介錯してやろう。ヤッ」と云った声の下に、侍の首は地に落ちた。
「さあこれからどうしたものだ。せめて首だけでも葬ってやりてえ。……それにしても一体この侍、どういう身分の者だろう。何だか悪人たア思われねえ。……お杉様と云ったなア誰の事だろう? まさか浅草の赤前垂、お杉ッ子じゃアあるめえが。……まあそんなこたアどうでもいい。さてこれからどうしたものだ」
 鬼小僧はちょっと途方に暮れた。
 夜をかけて急ぐ旅人でもあろう吾妻橋の方から人が来た。
「うかうかしちゃアいられねえ。下手人と見られねえものでもねえ。よし」と云うと鬼小僧は、侍の片袖を引き千切り、首を包むと胸に抱き、ドンドン町の方へ走っていた。

 数日経ったある日のこと、東海道の松並木を、スタスタ歩いて行く旅人があった。他でもない鬼小僧で、首の包みを持っていた。
「葬り損なって持って来たが、生首の土産とは有難くねえ。そうそうこの辺りで葬ってやろう。うん、ここは興津だな。海が見えていい景色だ。松の根方へ埋めてやろう。……おっと不可いけねえ人が来た。……ではもう少し先へ行こう」
 で、鬼小僧は歩いて行った。

 爾来十数年が経過した。
 その頃肥前長崎に、平賀浅草せんそうという蘭学者があった。傴僂で片眼で醜かったが、しかし非常な博学で、多くの弟子を取り立てていた。
 彼の書斎の床間に、髑髏どくろが一つ置いてあったが、どんな因縁がある髑髏なのかは、かつて一度も語ったことがない。
 だが彼は時々云った。
「赤前垂のお杉さん、古い昔のお友達、あの人は今でも健康たっしゃかしらん?」





底本:「国枝史郎伝奇全集 巻五」未知谷
   1993(平成5)年7月20日初版
初出:「国民新聞」
   1926(大正15)年1月5日~15日
入力:阿和泉拓
校正:湯地光弘
2005年6月3日作成
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