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落穴と振子(おとしあなとふりこ)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-9-7 6:41:52  点击:  切换到繁體中文


 手足をぶるぶる震わせながら、私は壁の方へ手さぐりで戻った、――私の想像力がいまこの牢獄のいろいろな位置にたくさん描き出した落穴の恐怖をおかすよりも、むしろその壁のところで死のうと心を決めながら。もっとも他の心持ちでいたときなら、私はこれらの深淵の一つへ跳びこんで一思いに自分の惨めな運命の結末をつけてしまう勇気があったろう。だがそのとき私はもっとも完全な臆病者であった。私はまたこれらの落穴について前に読んだこと――とっさに生命を絶つということは彼らの恐ろしい計画のなかには少しもないということ――も忘れることができなかった。
 精神の興奮は幾時間も私を眠らせなかった。がとうとう私はふたたび眠りに落ちた。目を覚ますと、前と同じように一塊のパンと水の入った水差しとが置いてあった。焼くような渇きを覚えたので、私はその水差しの水を一飲みに飲みほした。それには薬がまぜてあったにちがいない、――飲むか飲まないうちにたまらなく睡くなったから。深い眠りが私におそいかかってきた、――死の眠りのような深い眠りが。どれだけ長くそれがつづいたか、もちろん私にはわからない。しかしまた眼を開いたときには、今度は身のまわりのものが見えるようになっていた。どこにその光源があるのか初めはわかりかねた異様な硫黄色の微光によって、この牢獄の広さや様子を見ることができたのだ。
 牢獄の大きさについて私はひどく思い違いをしていた。壁の全周囲は二十五ヤードを超えていなかった。この事実は数分のあいだ、私に役にも立たない非常な苦労をさせた。まったく役にも立たない、――なぜなら、私の取りまかれているこの恐ろしい事情のもとにあって、牢獄の面積などということよりも下らないことがあろうか? だが、私の心はつまらないことに異常な興味を持っていた。そして、測量をするときに自分が犯した誤ちの理由を明らかにしようとする努力に没頭した。とうとう真相が頭にひらめいた。最初に探索しようと試みたときには、倒れるまでに五十二歩を数えていた。そのときはセルの布片へもう一歩か二歩というところへまで来ていたにちがいない。実際、私はほとんど窖を一周していたのだ。それから眠った、――そして眼が覚めると、前に歩いたところを逆に戻ったにちがいない、――こうして周囲を実際のほとんど二倍に想像したのだ。心が混乱していたので、私は壁を左にして歩きだし、戻ったときには壁を右にしていたことに気づかなかったのだ。
 私はまた、この構内の形についてもだまされていた。手さぐりながら歩いたときに角がたくさんあったので、ずいぶん不規則な形だという考えを持っていたのであった。昏睡こんすいや睡眠からさめた者に与えるまったくの暗闇の効果というものはこんなに強いものなのだ! 角というのはただ、不規則な間隔をおいたいくつかの凹み、あるいは壁龕へきがんにすぎなかった。牢獄の全体の形は四角であった。私が前に石細工だと考えたものは、今度は鉄かあるいはなにか他の金属の大きな板らしく思われ、その継目つぎめが凹みになっているのであった。この金属板を張った構内の壁の全面には、修道僧の気味の悪い迷信が生みだした恐ろしくいとわしい意匠の画が、不器用に描きなぐってあった。骸骨がいこつの形をして脅すような容貌をした悪鬼の姿や、そのほか実に恐ろしい画像などが、一面にひろがって壁をよごしていた。私は、これらの怪物の輪郭は十分はっきりしているが、その色彩が湿った空気のためであろうか、せてぼんやりしているらしいことを認めた。それから今度は床にも注意してみた――が、それは石造だった。その真ん中に、さっきその虎口をのがれたあの円い落穴が口を開いていた。がそれはこの牢獄のなかにただ一つしかなかった。
 こういうことをすべて私はぼんやりと、しかも非常な努力をして、見たのだ。――というわけは、体の状態が眠っているあいだにひどく変っていたからである。今度は仰向けになって体をながながと伸ばし、低い木製の枠組わくぐみのようなものの上にていた。その枠に馬の上腹帯に似た長い革紐でしっかりと縛りつけられているのだ。革紐は手足や胴体にぐるぐると巻きつけてあって、頭と左腕とだけが自由になっていたが、その左腕も非常な骨折りをしてやっと、かたわらの床の上に置いてある土器の皿から食物を取ることができるだけの程度にすぎなかった。恐ろしいことには、水差しがなくなっていた。恐ろしいことには――というのは、堪えがたいほどの渇きのために体が焼きつくされるようであったからだ。この渇きを刺激するのが私の迫害者どもの計画であったらしい、――なぜなら皿のなかの食物はひりひりするように辛く味をつけた肉であったから。
 眼を上の方へ向けて、私はこの牢獄の天井を調べた。高さは約三、四十フィートであって、側面の壁と非常によく似た造りであった。その天井の鏡板の一枚にあるたいへん奇妙な画像が、私の注意をすっかりくぎづけにするように強くひきつけた。それは普通によく描かれているようなタイムの画像(4)であって、ただ違うのは大鎌のかわりに、ちょっと見たところでは、古風な掛時計についているような巨大な振子ふりこを描いたのであろうと想像されるものを、持っていることであった。しかしこの機械の様子には、なにかしら私にもっと注意深く眺めさせるものがあった。まっすぐに上を向いてそれを眺めると(というのはそれの位置はちょうど私の真上にあったから)、なんだかそれが動いているような気がした。間もなくその考えは事実だということがわかった。その振動は短く、もちろんゆっくりしていた。私はいくらか恐怖を感じながらも、それよりももっと驚異の念をもって、数分間それを見まもっていた。とうとうそののろい運動を見つめるのに疲れてしまって、監房のなかのほかの物に眼をうつした。
 かすかな物音が私の注意をひいたので、床の方に眼をやると、大きな鼠が何匹かそこを走っているのが見えた。彼らはちょうど私の右の方に見えるところにある例の井戸から出てきたのだ。私が眺めているときでさえ、彼らは、肉片の匂いに誘われて、がつがつした眼つきをして、あわただしそうに群れをなしてやってきた。彼らを脅して肉片によせつけないようにするには、たいへんな努力と注意が必要だった。
 ふたたび視線を上の方へ向けたときまでには、半時間か、それともあるいは一時間も(というのは完全に時間を注意することはできなかったから)たっていたかもしれない。そのとき見たことで、私はすっかり狼狽ろうばいし、驚かされた。振子の振動は一ヤード近くもその振幅を増しているのだ。当然の結果として、その速度もまた大きくなっていた。しかし、私がもっとも不安だったのは、それが眼に見えて下降してくるという考えであった。それから私は、その振子の下端がきらきら光る鋼鉄の三日月形になっていて、先端から先端までは長さが一フィートほどあり、その先端は上の方を向き、下刃は明らかに剃刀かみそりの刃のように鋭いということを見てとった。――それを見てどんなに恐ろしく感じたかは言うまでもない。それは剃刀のようにがっしりしていて重いらしく、刃の方からだんだんに細くなって、上は固くて幅の広い部分になっている。そして真鍮しんちゅうの重い柄につけてあって、空気を切って揺れるときに全体がしゅっしゅっと音をたてた
 私はもう、拷問の巧みな僧侶によって自分のために用意された運命を疑うことができなかった。私があの落穴に気がついたということは、とっくに宗教裁判所の役人どもには知れていた。――あの落穴――その恐怖こそ私のような大胆不敵な国教忌避者のために用意してあったのだ。あの落穴――それこそ地獄の典型であり、噂によれば彼らのあらゆる刑罰のなかの極点と考えられているものだ。この落穴に落ちこむことを、私はまったく偶然の出来事によってのがれたのであった。そして私は驚愕きょうがく、つまり拷問のわなに落ちこんで苦しむことが、この牢獄のいろいろな奇怪な死刑の重要な部分となっていることを知った。深淵へ落ちなかったからには、私をその深淵のなかへ投げ込むということは、かの悪魔の計画にはなかった。そこで(ほかにとるべき方法もないので)それより別の、もっとお手やわらかな破滅が私を待つことになったのだ。お手やわらかな! こんな言葉をこんな場合に使うことを思いつくと、私は苦悶くもんのなかでもちょっと微笑したのだった。
 鋼鉄の刃のもの凄い振動を数えているあいだの、死よりも恐ろしい長い長い幾時間のことを、話したところでなんになろう! 一インチずつ――一ライン(5)ずつ――長い年月と思われるをおいて、やっとわかるような降り方で――下へ、もっと下へと、降りてくる! それがひりひりするような息で私をあおりつけるくらい身近に迫ってくるまでには、幾日か過ぎた、――幾日も幾日も過ぎたにちがいない。鋭い鋼鉄の臭いが私の鼻孔をおそった。私は祈った、――それがもっと速く降りてくるようにと、天がうるさがるほど祈った。気が狂ったようになり、揺れているその偃月刀えんげつとうの方へ向って自分の体を上げようともがいた。それからまた急に静かになって、子供がなにか珍しい玩具を見たときのように、そのきらきら輝く死の振子を見て微笑しながら横たわっていた。


 

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